今回は全て3人称です。
敵さんわさわさ。
蠢く闇
ある人は謂う――――人とは産まれたときから善であり、悪ではないと。
ある人は謳う――――悪魔の囁きを打ち破った者こそ英雄であると。
ある人は嗤う――――悪とは所詮は正義と同種のモノであると。
ならば、ここにいる者たちは果たして正義か悪か、それとも別の何かなのか、それは神のみぞ知る……。
ある街の一角。
そこは大通りの喧騒から離れ昼間なのに静寂を満たされていた。
陽光は木窓により閉ざされ外の灯りが入り込むことは無い。
もとより地下にあるそこでは日が差すことはないのだが。
闇――――それは正しく闇。
肌にべっとりと纏わり付き、埃臭いこの闇の中では多くの男女が漆黒のローブに身を包んでいた。
地下を照らす唯一の光はローソク一本の炎のみ。
まるで黒魔術の儀式か悪魔召喚でも行う雰囲気の中。
のべ100人近い者たちが跪き祈りを捧げている。
それはウォール教?
否――――地下の最奥にあった偶像は3つの壁を神聖なるものと崇める一団ではない。
そもそも彼らならおおっぴらに境界で集会を開こう。
なら何故彼らは闇に紛れるように集うのか?
それは像を見れば判るだろう。
「おお……我らが崇拝する巨人様……卑しき我らに祝福を!」
「「「祝福を!」」」
「愚かにも刃を持ちて神たる貴方様に抵抗する矮小な人類に裁きの鉄槌を!」
「「「鉄槌を!」」」
「この世で最も尊き御仁……それは神代の頃より存在せし巨人様のみに他ならない!」
「「「ああ、巨人様……ッ! どうかご慈悲を!!」」」
司教らしき人物に信者が声を揃える。彼らの目には狂気が宿っていた。
巨人信奉者――――その名の通り、巨人を神と称え崇める一団。壁内に於いてそれは人々から忌み嫌われる存在。彼らの願いは神たる巨人に喰われてることに他ならないからだ。
まさに狂信者。
人類の天敵たる巨人を崇めるなど邪神崇拝と同等だ。
憲兵団に見つかれば即拘束され処刑されるだろう。
しかし光あるところに影はある。
光があるからこそ、闇は闇たりえる。
宗教は人の心に安寧をもたらすと同時に危険な狂気を孕んでいるのだろう。
この信奉者の集団はある大事件を境に壊滅したと思われていた。
数十年前――――大発明家アンヘル・アールトネンが作りだした立体機動装置が未だ日の目を見ていなかった頃。調査兵団班長ヒースの妻でありながら、夫の死の悲しみから巨人信奉にのめり込んだエレナという女性がいた。
彼女もまた巨人に喰われ、その巨人が吐きだした死体の胎内から産まれたのが巨人殺しの第一人者、英雄キュクロだ。
この時シガンシナ区は巨人信奉者が扉を開け放ったことで巨人の侵入を許し、大損害を受けている。
巨人の子供と蔑まれ、見世物にされたキュクロは信奉者たちにとっては神の子同然。
監禁され虐待を受けていたキュクロを浚おうと彼らが襲撃し、その隙にキュクロは逃げだす。
後は以前にも語ったこと。
天才アンヘルと父譲りの豪胆さに逆境にも負けない精神力を身に付けたキュクロの手により、立体機動装置を扱い、巨人は殺せる存在と証明される。
ここで重要なのは巨人信奉者たちの目的だ。
巨人を招き入れ、人類に大打撃を与えた彼らは等しく重罪だ。
徹底的に摘発されて消えた集団だったが未だその一部の生き残りが存在していた。
時を経て、信義の一部が変質してしまった彼らだが目的は変わらない。
神たる巨人に喰われる事。
ウォールマリアの襲撃事件、ウォールマリア奪還作戦でも一部の信者は既に死んでいる。
だが喰われ損なった者たちもまたいる。
そしてその目的は当然――
「我らは今日まで地に隠れ、闇に紛れ、生きてきた! それも全ては巨人様の供物となるため! そして運命の時はきた!」
「「「運命の時はきた!!」」」
「明日、我らは巨人様の供物となる。しかし忘れてはならない! 人類は今まで巨人様に対し、その肌を傷つける無礼を働いてきた! 我らの祈りにて許しを乞うても償いきれない大罪であろう――――ならばこそ、ウォールローゼの全てを捧げて初めて神は我らに微笑んでくださるであろうッッ!! これは聖戦だ!! 情けない無知なる同胞の代わりに我々が導こうではないかッッ!!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
正常な判断の出来る者がいれば顔を顰めて、余計なお世話だと吐き捨てる論法だ。
自分勝手な考えでしかない言葉に信者たちは、自分達こそ人類の代表だと言わんばかりに真剣な表情。
司教は両手を広げ荒ぶる信者を宥めるようにゆっくりと掌を下にした。
静寂が戻った地下。
彼の語りが再度始まる。
「我らの目的はただ1つ――忌々しい門の楔を解き放つこと…………同志よ、首尾はどうだ?」
「はっ! 明日のトロスト区の祭にて門の警備は我らの同志が勤めます。門周辺の警備の者にも我らの手の者がおります」
「そうかっ、聞いたから同志たちよ! 明日、人類を束縛する邪悪な門は我らの同志が打ち破る……巨人様の加護よあれ!!!」
「そして……神の怒りを知らぬ愚か者共に鉄槌を与えようではないか! ……聞くところによると、明日の祭とやらはなんと愚かなことに、神たる巨人様を殺そうとする者たちがいるらしい!」
「なんと、恐れおおいっ!」
「神罰だっ! 誰だ、その不敬者は!」
「殺せ殺せ殺せェーっ!」
信者たちは口々に罵り始める。
信ずる者たちにとって神である巨人を殺そうとする者は大罪人であった。
四肢を裂き、生きたまま焼いてしまえと誰かが叫ぶ。
厳かな声で司教はその者の名を語った。
「その大罪人とは、調査兵団のリヴァイ……駐屯兵団アオイの2名……。決して奴らを許してはならないっ!! 神を貶める彼らに裁きを!」
「「「裁きをっっっ!!!」」」
信者には駐屯兵、憲兵もいる。
アオイの名と姿を知る者も当然いる。
トロスト区に危機が訪れようとしていた――――
× × ×
所かわってこちらは教会――――そこでは白髪の神父が信者たちに神の教えを伝えていた。
「祈りましょう……マリア、ローゼ、シーナ……神から賜りしこの3つの壁を決して穢してはならない……」
「「「………………」」」
信者達は3つの壁を形成するようにお互いに腕を組み、目をつぶって祈りを捧げる。
天井のステンドグラスが太陽の光を取り込み、彼らを祝福するように照らしていた。
「祈りましょう……我らの祈りは必ずや神に届き、巨人の魔の手から護ってくださるでしょう……」
「「「………………」」」
ウォール教の信者たちは静かに、安らかに、祈りを捧げ続けていた……。
夕刻。
祈りは終わり信者たちは教会からいなくなっていく。
「神父様、今日もありがとうございました。貴方に神の祝福があらんことを……」
「信ずる者に必ずや神を答えてくれるでしょう。貴方と貴方の家族に神の祝福があらんことを……」
神父に頭を下げ、最後の女性信者が教会から去っていく。
好々爺然とした神父は笑顔のまま後ろを振り向いた。
そこには別の神父達が居た。
彼らは笑顔なのだが、どこか冷たい目つきで中心へと集まっていく。
話す内容もまた神父に似つかわしくない物騒なものだった。
「……例の少年の処遇はどうなった?」
「
「だが奴らとの接触がゼロというのもおかしい。そもそも10歳の男の子が1年もウォールマリアで生きてきたのは怪しいだろう……何者かの手引きがあったものと考えた方が自然だ」
「ならばどうするね?」
1人が問う。
そこでフッと笑うもう1人の神父。
好々爺した笑顔は残酷な心が見え隠れしていた。
「……そう言えば、即刻壁に武装処理を施せという主張する不届き者がいたとか」
「あの貴族か……壁の秘密を守る為には極力触れさせないことこそ重要。どうするか?」
「なに、神たる3つ壁を穢そうとする輩には罰が下ろう……例えば、愛娘が
「貴族である以上、本人の警備は厳重。また直接手を出すと、尻尾を掴まれかねないからか」
「さよう。聞くところによると、娘は今度のトロスト区の祭で、直接巨人殺しの腕を見ることが出来る壁上に招待されているとか」
「くくくくく……興奮して足を滑らせることもあるだろうな、と」
「いやいや、神聖なる壁がそのような粗相をするものか。ただ悪戯な風が吹いたのだろう……後ろから、そっとな」
楽しそうに嗤う神父達。
その声は陰鬱で、嗜虐心に満ちたものだった。
「実行犯はどうする?」
「なに少し見た目の良い浮浪者を参加者として連れていけばいい。根回しは済んでいる。ある男は街の有力者と騙り、壁上の祭典に紛れこむ」
「憲兵団は我らの傀儡……しかし証拠はどうする。男が自白すれば、何者かの関与を怪しまれる。件の貴族が男の引き渡しも要求するだろう」
「まあ聞け……男は女性に不埒なマネをしようとして思わず背中を押してしまった。彼は不届き者と憲兵団に連れて行かれる途中に逃げようと暴れ、不幸にも壁上から転落し、巨人どもに喰われてしまう。それで全ては闇の中だ」
「かかか、なるほどなるほど。巨人に喰われたら仕方が無いな。死人に口なし。隠蔽するには持ってこいの場所だな」
「そういうことだ。そして娘を例の少年にぶつけるのだ……」
「ぶつける……?」
そこでいきなり
当の男は口の端を伸ばし言う。
「聞くところによると、その少年は危険な目に会っている人なら思わず助けてしまうほどの青二才らしい。壁上から転落する少女を見たら……どうするね?」
「……近くにいるなら助けに入るだろうな」
「今度の祭典には巨人共も多数おびき出すらしい。そんな中で1人の少女を抱えて――――さて戦えるかな?」
「仲良く喰われるだろうと? だが確実じゃないのではないか。少年が少女を救って助かれば、貴族の娘を殺すこともできないぞ?」
「なに、少年も少女も、死んでも死ななくてもいいのだ。言わばこれは警告……貴族の男なら自分の娘が危険に陥った意味を正確に捉えるだろう。少年は元から無干渉……つまり殺しても殺さなくてもこちらに不利益はないとも言える」
「なんともはや。確かにそうであるな」
「くっくっく……さあ明日が楽しみだ」
裏話が終わったと神父の一団はしずしずと教会から出て行った。
誰もいないウォール教の教会。
夜の帳が落ち始めたところでごそごそと物音がした。
そこに居たのは目つきの鋭い少女。
野生の狼を連想する彼女は隠れていた長椅子の裏から出来て一息吐く。
考えていたのはさっきの神父達の話。
内鍵を閉めて誰もいないと油断していた彼らの言葉を全て聞いていた。
「へっ! 金目のものを
楽しそうな雰囲気。
毎日を逞しく生きてきた彼女にとって教会の闇など当の昔に知っていたこと。
ぺろりと舌を出し、笑みを深める。
「この情報……使い用によっちゃあ、祭で荒稼ぎとシャレ込もうと思ったが、こっちの方が稼ぎがデカそうだ……さってっとー、どうすっかねえ~……ハハッ!」
闇夜に紛れ、黒髪の少女はふらりと消える。
残されたのはモノ言わぬ女神の像だけだった――――
× × ×
トロスト区の闇は終わらない。
蠢く闇は未だある。
路地裏で語られるのは数人の男たち。
みすぼらしい格好の彼らは下卑た哂いで相談事をしていた。
「トロスト区の祭なら――目当ての女を浚って貴族共に高く売りつけるんじゃねえか?」
「祭ってんなら兵士共がうじゃうじゃいるだろうぉ? 無理だろうが」
「いんや……裏道のことなら俺達が一番詳しいだろう。人が多いってことはそれだけ行き来が多いってもんだ。こっそり人を連れていくより案外うまくいくんじゃねえか?」
大通りこそ人は多くなるが、その分細かい箇所の警備は緩くなる。
裏道を駆使して動けばどうとでもなると男達は思っていた。
そんなことをすれば駐屯兵団や憲兵団も黙っていないのに、だ。
所詮は稼ぐより人から奪うことしか考えない不届き者の集団。
考えは浅かった。
「そりゃあいい! だが、女といっても極上の女じゃなきゃいけえんじゃねえの?」
「だったら高級娼婦はどうよ、ちょっと味見した後でも高く売りつけられるぜ」
「馬鹿野郎! ああいうところは裏の取り仕切ってる連中がいるんだよ! 下手に手ーだしてバレた日にゃあ、次の日には犬の餌になっちまうぞ!」
「糞……良い女が集まってるけど駄目かあ」
「なあに――――将来性ある良い女ってのが他にもいるんだって。目星は付けてあるぜ?」
にやりと1人の男が他の男たちに話す。
「『小鳥の大樹亭』……そこの女将と双子の娘、そして最近美人だって評判の美少女とやらをまとめて浚っちまおうぜ」
「あそこの女将ぃ? ちょっと太ってねえか?」
「アホか、子供を産んだ女ってのは独特の色香があるんだよ! それに充分痩せているぜあれは。美人の未亡人――――胸もたわわに実ってやがるし、双子と一緒に姉妹丼でナニしちまおうぜェ~」
「オ、オデはき、金髪の少女もいいな……。平たい胸と体……、つ、突っ込んで、む、無茶苦茶にしたいんだな!」
「てめえのガキ好きも困ったものだなぁ……。だが全員で一度輪姦そうぜえ。次いでに暇してる奴らも呼んで、最高の祭って奴をしようじゃないかあ」
「「げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」」
悪だくみをする男達の影で、黒衣の人が去っていった。
「……腐っているわね……千切って、その臭い口に突っ込んでやろうかしら?」
ローブからは金髪の零れおちる。
小柄なその人はある少年を思い浮かべる。
「ずっとあの子を見張ってきたけど、悪い奴じゃないのよね」
ボソリと呟く。
ここ数ヶ月間、ずっと見つめてきた。
好きなのではない。
ただ父の手記を持っていたその少年の動向を見張っていたのだ。
その間、彼のいろんな表情を見てきた。
宿屋の娘に見送られながら照れくさそうに歩く姿。
お店の女性にからかわれて、地団駄を踏む姿。
一仕事を終えて、汗を流しながら清々しい顔で空を見上げる姿。
馬に乗って凛々しい出で立ちで街を進む姿。
そして――剣を引き抜き、悪漢に立ち向かう雄々しい姿。初めて出会ったあの姿。
少女は判らない。
監視なのか、見張っているのか…………ただ見ていたのか。
ただただ1人遠くから、多くの人々に親しまれる彼の姿は眩しかった。
どうして彼は笑顔でいるのだろう、と。
少女は知らない。
彼がどんな人物かはおぼろげに判ってはいても。
どんな口調でどんな答え方をするかは分かっていても。
お気に入りのジュースや往きつけのお店を知っていても。
言葉を交わさない以上、踏み込めることは出来ない。
少年の心を知ることは……出来ない。
少女に味方はいない。
味方のような人はいても生来の気質から、心の奥底で信じることなど出来るわけがない。
敵は一杯いる。人類の敵に自らはなるのだから。
いずれやろうと思っている行為は最低で最悪な行為だと理解できている。
しかし自分の世界を取り戻すためには必要な犠牲であることも理解できている。
少年もまた……敵となるだろう。
孤独。どこまでも孤独。
幾重のしがらみが小さい少女に絡みつく。
孤独な心で求めたのは、どんな些細なものでもいい……繋がりだった。
見張りなど、所詮言い訳。
でもいじっぱりな少女はそれもまた作戦だと言い聞かせる。
「剛腕の持ち主も、一度懐に入れば攻撃を避けることが出来ってお父さんが言っていた……ならこの行為もきっと意味のある行動よ……」
ばさばさと風が路地裏を吹き抜ける。
ローブの少女は何処かへと向かい、その場から去っていった――――
一枚岩じゃないのも人類の常。
トロスト区を舞台にアオイ達が戦います。
次回もすいませんが大半はアオイではありません。
また『3つの兵団』の章では群像劇というかアオイよりサブキャラクター達が多く活躍するかもしれません。アオイ君無双をご期待の方には不快にさせてしまうかもしれませんが、他の人たちの活躍も見ていただけると幸いです。