VRゲームで進撃の巨人~飛び立つ翼達~   作:蒼海空河

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戦いはすでに始まっている

 朝食の献立はフランスパン(国家のフランスは無いので違う名前かもしれないが)とジャガイモ&青豆のスープ。

 いつもはコッペパンもどきとジャガイモだけのスープなので、ほんのり豪華チックだ。

 塩味が薄いのはいつもの事だが、その分農薬などを一切使用していない野菜は無農薬栽培そのもの。

 大自然の甘みがほろりと舌の中で踊り、独特の旨味をふんだんに引き出している。

 だがこの料理のおいしさの秘訣はそれだけではない。 

 

「おっまちど~」

「ああ、クリスタありがとうな」

「えへへ、お仕事ですから~♪」

「そういえば今日の当番って――」

「ご名答です! 女将さんに頼んで今日の料理当番担当を代わって貰ったんですっ。…………どう、ですか?」

「いや本当に美味しいよ! もうこれだけで屋台出してもお金取れるよ!」

「あ………その、ありがとう、ございますっ。恩返しになった、かな?」

「もちろんっ」

 

 ほにゃっと頬を染めながら、はにかむ天使様。

 にっこり笑うクリスタのスマイルは威力抜群だ。

 

(いやーええ子やなぁ~)

 

 思わず関西弁もどきが出てしまうほど可愛い。

 心が温かくなる。

 恩返しとは初めてクリスタと出会ったとき暴漢から彼女を助けたことに起因する。

 俺としては放っておけないし、見習い兵士としては至極当たり前の事だったが彼女としてはなあなあで済ませられないらしい。

 朝に起こしてくれたり、手作りのご飯(パンを生地からこねて作ってくれたりとか)を振舞ってくれたりと甲斐甲斐しくお世話をしてくれて逆にこっちが申し訳なくなるぐらいだ。

 彼女からすれば全て恩返しらしいのだが、ありがたやありがたや……。

 今日はトロスト区のお祭り――『小鳥の大樹亭』でも新作パスタを店頭で販売するらしいが――で女将さんも朝から忙しいらしい。

 双子達やマスターも動員して忙しなくキッチンとお店前の屋台を行き来している。

 

「アオイさん今日はどうするんですか?」

「駐屯兵団のお手伝い、かな。調査兵団の方も手伝うかも」

「ほへぇー忙しいんですねぇ~」

 

 目をまんまるにして驚いていた。

 

「まあ……な」

 

 実は俺が駐屯兵団代表であることは秘密だったりする。

 無論これには理由がある。

 少しだけその時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

「え、覆面をして出る?」

「そうだ。戦い難いかもしれないがちゃんと理由はある」

「理由ですか?」

「ああ……政治的な理由でな……」

 

 キッツ隊長に呼ばれて駐屯兵団支部に来た俺はそう告げられた。

 聞くところによると、壁外での巨人討伐のパフォーマンス――壁内での立体機動の披露もだが俺の正体を秘匿する理由があるらしい。

 

「別に構わないですけど、理由を教えて貰ってもいいですか? 一応どんな意味があるのか知りたいですし……」

「無論構わん。お前には知る権利があるしな。理由は、だ――――」

 

 理由は複数ある。

 最初は俺が裁判に掛けられたと脛に傷があるような経歴で表に出すのは不味い――――という理由ではないらしい。

 

 1つが貴族達のご機嫌取りと交渉の手札としての意味合いだ。

 今回呼びだし貴族や豪商達の中で俺のことを知っている人は実は2、3割程度しかいないらしい。

 つまり大半の人間は俺の容姿や年齢を知らない。

 貴族達は内地で常に戦っている。

 力による武力ではない、騙し騙され合う関係だ。

 権謀術数の渦巻く内地で彼らは常に自分の優位を確保しようとしている。

 そして使えそうな情報はとにかく欲しい。

 

 例えば誰にも知られていない情報などを、だ。

 

 俺がこのイベントで一目置かれることは決定事項。

 そこで貴族達は思う。

 「あの覆面の駐屯兵は誰だ?」と。

 将来有望な兵士は人脈を作っておきたいと思うのが貴族という種の性だ。

 貴族の護衛は駐屯兵または憲兵団が担っている。

 護衛としては申し分ないし、そんな実力のある兵士を所有しているのはある種のステータスにもなる。

 そんな俺の情報を持っている貴族と持ってない貴族の間には差が出来る。

 それを利用すれば様々の交渉で有利に展開できる、らしい。

 

 2つ目に市民達の信頼だ。

 駐屯兵団の代表で出る俺は調査兵団のリヴァイ兵士長に負けない実力者だとアピールできると思われている。

 少なくともキッツ隊長以下、トロスト区の大半の兵士はそういう意見らしい。

 重要なのは誰が、ではない、駐屯兵団にも実力者がいる、という事だ。

 誰かは知らない――しかし、駐屯兵団にも強い兵士がいるというだけでも市民達には十分だと。

 テレビなどないのだからちょっとした噂でいいのだ。

 調査兵団も強いけど、駐屯兵団にも強い兵士がある。正体不明だがもしかしたら自分達の住む街にいるんじゃないか――――そう思わせればいい。

 自分を守ってくれる強者がいると思えば市民達の心にも安心感が生まれ、壁内全体の治安面にも良い面の効果を期待できる。

 

 箱を開けるまでは中身が事実が確定しない『シュレンディンガーの猫』のように正体が判らなければ何処にその実力者がいるか判らない。

 いないかもしれないが、いるかもしれない。

 そしてえてして人は希望的観測をしがちだ。

 自然と自分達の街にいるものだと思うようになる。

 騙しているようだがその作戦は有効だろう。

 

「騙しているようですね……」

 

 といったら、

 

「騙してでも1兵士として1人の人間として、市民には安心して貰いたいのだ。不安で眠れない夜などない方がいい」

 

 とキッツ隊長は苦笑しながら言った。

 少し顔を伏せたが、彼の苦悩は容易に想像できた。

 狡いようにも思えるがそれが有効なら実行する。

 なんだかんだで良い人なのだ。俺が否やと唱えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 回想終わり。

 俺は朝食を取り終え食堂を出る。

 

 その後は早い。

 今じゃすっかり慣れた兵服を着て、立体機動装置も装着。黒金竹製のブレードは今日もキラリと太陽の光を反射し輝いている。

 

「よっしゃ、いっちょ今日も頑張りますか!」

「いってらっしゃ~~いアオイさ~ん!」

「あい、いってきまっす!」

 

 宿屋を出ていつものようにクリスタの「いってらっしゃい」を背中に受けながら出発した。

 覆面は途中の裏路地で被る予定だ。

 少しだけ雲が出始めた空の下で、俺はいつものように駐屯兵団支部に向かって歩き始めた――――

 

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 私達は入念な準備の下調査兵団臨時本部から出た。

 

「エルヴィン、本当に私服でいいのかな? いざというとき対処しようがないよ?」

「調査兵団の兵士は100人態勢で見回りを実施している。問題はない」

「スン……そうか。では決行、でいいのだな」

「当然だ。我らは知らなくてはならない。巨人の秘密を……それを保有している可能性のあるウォール教の秘密を」

 

 そう――彼らは何か隠さなくてはいけない事実を持っている。

 支持基盤の怪しい宗教、不自然に広がったウォール教には王政府の影が見え隠れしている。

 兵士として、裏を探る行為は下手をすると処刑されるリスクは存在するが――――

 

「失う覚悟がない者になにも得ることは出来ない」

 

 作戦失敗のリスクは承知の上。

 それでも知らなければこの不透明な状況で勝利は難しい。

 人類の真の勝利は我武者羅に求めても難しいのだ。

 

 私はハンジとミケを伴い、トロスト区の北門へと向かう。

 朝日が出たばかりの時刻。

 街はまだ静寂に包まれていた。

 

 しばらく無言で歩いていると北門が見えてきた。

 早朝とはいえ誰もいないわけではない。

 門の近くには黒髪の少女が1人、壁を背にしてぼんやりと立っていた。

 

 一瞬立ち止まったが、気配と身なりからしてただの少女のようだ。

 問題はないだろう。

 私達は彼女の横を気にせず通ることにした、が――――

 

「すこ~し待ってもらっていいかい、調査兵団団長様(・・・・・・・)?」

 

 ピタッ。

 

 足を止める。

 表情は変えず、顔だけ彼女に向ける。

 そばかすが特徴的な少女だった。

 

「なにかなお嬢さん」

「どこに行くか判らないけど、耳よりな情報があるんだ」

「なるほど……善意のアドバイスならいつでも聞いてもいいが――」

「まさか! でも聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥っていうだろォ? 耳よりな情報だと思うぜんだけど、なぁ?」

 

 善意じゃない――つまり、金、か。

 表情は出さず、少女を見つめる。

 

「袖の下でも欲しいと?」

「いやいや……ただ恵まれない子供に愛の手を――――ってもの胸糞悪いだろうから情報料で手を打とうって話さぁ」

「どうすんのエルヴィン?」

「聞かなくてもいいと思うが――」

「そうだな」

 

 ハンジはどっちでもよし、とミケは反対気味か。

 

「さて……愛の手はどのくらい必要なのだろうか?」

「おっ! 乗り気かい。まあ20くらいが妥当かね。こっちも危ない橋を渡っているからね」

「しかし、いいのかい? 情報によっては君を拘束するかもしれないのだがね」

 

 顔まで出して交渉するのは些か不用意と言えよう。

 最悪、お金を払わず不当に逮捕することだってこちらは出来るというのに。

 

「ないね」

「ほう、何故だね」

「私はこれでも人を見る目があるつもりだ――――アンタは金に執着がない。貴族や腐れ神父みたいな金の亡者じゃないことくらい、スラム育ちにゃわかるのさ」

「ふっ……ふふふ……なるほど、確かに私は金に興味はないな。いいだろう――――買おう」

「エルヴィン?」

「いいんだハンジ。所詮、食事以外に使わない金だ。溜めて腐らせるより使った方が有用だろう」

「さすが団長様! ――――じゃあ他に聞こえないよう、隅に寄ってくれ」

 

 少し暗がりの方へと彼女は手招きする。

 全面的に信頼したわけではない。

 だが彼女が裏切るとは思えない。騙すならいくらでも方法がある。彼女は純粋にお金が欲しいだけだろう。

 どんな情報にせよ、後で吟味すればいい――――そう思っていたがその内容は想像のナナメ上をいっていた。

 

「神父の連中が暗殺を企んでる」

「――ッ! …………誰にだ」

「誰かは知らない――――けど壁上に招待された貴族の娘さんらしいね。父親は革新派でその見せしめ……警告の意味も込めて上から突き落とすとか。あと詳細は知らないけど少年(・・)とやらの足を引っ張って一緒に殺そうと画策しているとか。――――以上だ」

「…………なるほど。情報提供ありがとう。これは礼――いや愛の手かな」

「毎度あり――」

 

 鋼貨20枚を袋に包んで渡す。

 用は終わったと、少女は私達のもとから去る。

 「よっしゃ、屋台で買い食いでもするか!」などと言って離れて行く。

 嘘か真かは不明だが、気になる情報であった。

 

「どうするエルヴィン? 嘘の可能性もあると思うけど……」

「いや――彼女の目に嘘は無かった。騙すならもう少し信憑性のあるものにする」

 

 浮浪児にも見える格好で話す内容にしては事はでかい。

 ウォール教の関係者が暗殺など誰が思う?

 あの組織を疎ましいと思う市民はいるだろうが、暗殺を企むなら貴族連中で十分だろう。

 彼女の言う内容は荒唐無稽が故に信ぴょう性があるのだ。

 だが……事実だと仮定してどうするか……。

 

「…………ハンジ」

「うにゃ?」

「武装して壁上に行ってくれ。そして壁上で警備をしている者たちと協力して警戒を厳にするように。最悪、アオイ君とリヴァイに加勢してくれ」

「――判った。エルヴィンは?」

「作戦は続行する。ミケと2人でも十分可能だ」

「りょーかい。じゃあ戻るね」

「ああ」

 

 私はミケとともに目的を果たすためウォール教の施設に向かった。

 

 

 

 




黒髪少女さんの人を見る目は確かだと思います。
警戒心バリバリな彼女なら安全か危険かの判断はできるはず。

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