アオイ&リヴァイ兵士長……壁上にて待機中
リコ……同僚と見回り中、ちょっと時間を気にしている
ナイル……ナイル大地に――立てない?
白雲も出てきたお昼頃。
沖天の勢いの空の下、俺とリヴァイ兵士長はトロスト区の壁上で巨人達を眼下に収めていた。
別にトロスト区に巨人が襲来したとかではない。
むしろ今日は俺達が攻める側と言えるだろう。
後ろを見ればトロスト区の街が広がり、市民達は思い思いに屋台を巡っているだろう。
そして壁上にいるには俺達だけではない。
警備をする兵士達のことでもない。
ざわざわ……。
「あれば駐屯兵団と調査兵団の代表者か――」
「あれが巨人……なんて醜悪な顔つきだ……」
「どうやって兵士達はあの化け物を殺すんだ?」
「それを見せる為の今日の祭でしょう」
「おっきいなー」
「おっきいね~」
普段はいない人達――――つまり貴族や商会の幹部以上、そして特別に招待された有識者達などだ。子供を連れてきている人もいる。
壁上は政治的な駆け引きにも利用されており、本来ならこの行事でも人を上げることなどまずない。
ただ1年前のウォールマリア陥落、更に今年敢行した無謀なウォールマリア奪還作戦で、市民の間では王政府に不満を持つ人も出始めている。
適度なガス抜きという意味ではこの提案は渡りに船だったのだろう。
存外簡単に通ったと交渉を担当してくれたピクシス司令が仰っていた。
壁上に上がった人達の様子を見てみる。
巨人の巨大さに恐れ戦いている人もいれば、好機の目で見降ろしている人達もいる。
半分以上が興味津々なだけ……物見遊山気分だろう。
パニックにならないのはいいが正面切って戦う兵士としての立場としては微妙なところだ。
隣にいるリヴァイ兵士長も眉間にシワを寄せてイラ付いている。
いつもの5割増しで怖い顔をしてらっしゃいます。
ピリピリしているのを肌で感じているのひじょーーーに居心地が悪い。
吐き捨てるように呟く。
「チッ……じろじろ見てんじゃねえよ、カス共が……。俺らは見世物じゃねえぞ」
「へ、兵長、声は小さく、小さく……」
心情は判りますけど、一応パトロンになって貰う方々ですし……。
「あの位置じゃ聞こえねえよ。それよりさっさと始めて貰いたいもんだ。糞巨人共がボケ老人のように口を開けて待ってやがる」
「ああー、まあぞろぞろ来ていますしねぇ……」
人が集まっているのを本能で感じたのか……それとも大砲でドンパチやったおかげかうじゃうじゃと巨人達が集っている。
うん、正直嬉しくない。
ミッションで20体までは報酬が表示されていたがほぼ同数の20体前後。
正直半分でも万が一があるから勘弁して貰いたいのだが……。
俺の不安を感じ取ったのだろうか。
リヴァイ兵士長がこちらに向き直る。
「おいア……餓鬼」
「何ですか?」
「不安そうな顔をしてんじゃねえ――――巨人じゃねえが、兵士ならきつくても笑顔で軽々と乗り越えないといけねえ場面ってのもある。俺と同じ先頭で戦う奴なら特にな……」
「……はい――あいたッ」
ぽこんと頭を軽く叩かれた。
「シャキっとしろ。テメエは俺と違って速度に関しては才能がねぇ」
「それって褒めてないですよねぇ!?」
むしろ貶されている!
「最後まで聞け馬鹿野郎」
スパン!
スナップを効かした手で更に頭を叩かれた。
「アダッ! すんません……」
「その狭い耳の穴をよくかっぽじって聞け。テメエは確かに速度は足りねえ……空中で無意識に体をくねらせる気持ち悪いクセがあるからだ」
「え、それ初めて聞いたんですけど!?」
「言ったら治そうとするだろうが」
「そりゃ悪いクセって言われたらそりゃあ――」
「阿呆が。
「……? 駄目そうな気がしますけど……」
リヴァイ兵士長の悪いわけじゃないと言われても、空中で無駄な動きがあるのなら、そりゃ速度が落ちるだろう。
正しい姿勢で飛ぶのも立体機動の基本のはずだ。
リヴァイ兵士長は呆れたように「あのな」と言った後、俺の動きに関する解説をした。
「そうやって誤解しやがるから訓練中は言わなかったが……てめえの様々な姿勢を取る癖は、つまり
「どの、方向にも……」
「そうだ。立体機動はワイヤーによる巻き取りと、後部噴射口の2つだ。だがアンカーを刺して巻き取るという2つのアクションが必要な前者は咄嗟の回避には不向きだ。兵士が巨人に喰い殺される大きな理由の1つが回避方法のミス…………目前まで迫ってくる巨人に対してのんびりワイヤーを刺す暇はねえ」
「はい」
「そうなると後部噴射口で回避するのが正解だが……ワイヤーと違ってコイツは腰に固定されている。つまり進行方向が制限されているわけだ。不意打ちで攻撃された時、巨人に囲まれた時、障害物で逃げきれない時…………進行方向が制限されている場合は致命的だ。だがテメエはこの弱点を克服しやがった」
「つまり俺の不規則な動きは何処にでも逃げれる……?」
「ご明察だ。常に体勢を変えるが故にテメエの立体機動術は全包囲機動を可能にした変態機動を実現しやがった。何でそう言う機動が出来るようになったか知らねえが俺だって真似しようがねえ。訓練兵団でも教えてねえだろう邪道ワザだが、調査兵団からすれば1つの理想系だろう…………判ったか餓鬼。それはテメエが今まで文字通り、必死に生き抜いて培ってきた……謂わば魂の立体機動術。才能があるって言ったのはそういう事だ」
「……はい、ありがとうございます!」
「はん……(この分じゃ、アオイの奴、自分自身の回避能力の真価に気づいてねえな。幼いからこそ磨かれた能力があるんだが。…………1から10まで教えてやるほど俺は優しくねえ。壁外で生き抜くなら、それ以上は自分で気づいてみせやがれ――――
リヴァイ兵士長に言われたことはストンと俺の胸の中に落ちた。
今までもやもやしてきたものが一気に払拭された想いだ。
この2週間、俺はひたすら木をすり抜ける訓練ばかりしてきた。
しかしリヴァイ兵士長の高速機動を思うように取れず、満足のいく結果は出せなかった。
当たり前だ。
彼は言っていたじゃないか「回避の才能がある」と。
速度を出し急いで抜けるのではない。
あの訓練は絶妙な回避技能を鍛える為のもの。
早く動くのではなく
(は、はは、はははははははッ! 俺は本当に馬鹿だっ。なに検討違いのことを考えていたんだ。速度などハナから気にしないでよかったんじゃないか!)
声には出さず頭の中で自分の馬鹿さに笑う。
思えばこの回避能力の発端は十中八九スキル『生存本能』からだろう。
『生存本能』には何度もお世話になったことがある。
あれは身の危険は察知すると強制的に回避行動を取る…………おそらくだが繰り返している内に無意識下で常に回避行動を取ろうとする癖がついたんだろう。
人間に限らず生物は美味しい、気持ちいいなどのプラスの記憶より、辛い痛い怖い等々のマイナスの記憶の方が断然残りやすい。
それは本能。
文字通り『生存本能』から、そういう命の危険を伴う事態を全力で避けようとするのだ。
巨人に喰い殺される寸前という記憶――――思い出すだけでも冷や汗が湧く。
普通の兵士なら既に死んでもおかしくない状況を何度もギリギリで回避しきった体は『生存本能』から生き残る為に身体の奥の奥…………細胞単位で刻み込んだのだ。回避するという事を。
そりゃあ癖というより、本能だ。
そして処置無し。
矯正は不可能だろう。
リヴァイ兵士長もそれを知っていたし、むしろその状態だから俺は今まで生き残れた。
(ありがとうございますリヴァイ兵士長……俺、もっと強くなってみせます。そして、絶対皆と一緒に生き抜いて見せるッ!!)
感謝を胸に、じっと敵である巨人達を壁上から見下ろす。
まずは――――2週間の成果をリヴァイ兵士長に見せる!
貴方の鍛えた生徒の実力……お見せしますッ!
祭典の始まりは、もう目前まで近づいていた――
× × ×
外の騒ぐ馬鹿どもこれほど憎いと思ったことはない。
ドンドンと大砲が鳴らす振動音も気分が絶不調になるのに一役買っていた。
晴れ渡る太陽すら今の俺をあざ笑うかのように感じる。
憲兵団詰所の一室で頭を抱える。
気分は最悪。
どのくらいかというと、糞不味いオートミールを腹の限界まで詰め込まれたあとワインをがぶがぶ飲まされ、更に全力ダッシュをしたような気分だ。
まあ、つまりだ――――
「うえ……お、お、おええぇぇぇぇえぇぇぇぇッッッ!!!」
かれこれトイレで30分は過ごしているが一向に回復しない。
糞ッ!
昨日は寝酒と割り切って少量しか飲まないはずだった。
だがほろ酔い気分になってくるとストレスも幾分か和らぎ後一杯、後一杯と
やっぱり兵団貯蔵の安酒じゃ悪酔いの元だな……今度はもう少しランクの高い酒を――
「うっぷ……うぇぇぇぇ……」
びちゃびちゃ……
あ゛~~~~~気分悪い…………。
二日酔いで頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた感覚。
風邪を引いたように体が熱い。
誰だ……二日酔いには迎え酒がいいってのたまった野郎は……。
二日酔いで頭が痛いから更に酒を飲んだら悪化したじゃねえかッ!
今度アイツらしこたま安酒を飲ましまくってやる……。
タッタッタッ
「ナイル師団長! 水をお持ちしました!」
「ぎゃあぎゃあ耳元で騒ぐな、頭に響――――あたたたた!? ……くそが……んくッんくッ――――」
ぷはぁ~~~~~水がうめえ。
冷たい液体がするすると五臓六腑に沁み渡るようだ。
とくとくと喉を通って、全身に活力が戻ってくる。
この一杯に生きているって感じだな。
酒と水はこの世の至宝だな。
ウォール教の女神よりよっぽど神秘的で魅力的だ。
だからお酒はやめられない。
部下の新兵の目が冷たいがどうせ酒の味も知らない餓鬼だ。
いい大人は酒を楽しむもんだ。
それが判らないなんて憐れだな……。
水を一気に飲んだおかげか体調もかなり回復した。
だったら予定通り動こうか。
太陽も昇っているし丁度いいだろう。
「……いよし、もう完璧だな。後は――――おいそこのお前」
「は、はい何でしょうか!?」
「詰所には何人くらい兵士が残っている」
「え、えっと~~~30人前後だったかと。後は見回りや警備で出払っています」
「よしでは全員――――いや詰所に残す人員も必要か。それに連絡係も……5人残して後は全員玄関前に集合しろと伝えろ!」
「え、えええええ!! 面倒くさ……いえ見回りかなんかですか? どうせ調査兵団や駐屯兵団の奴らが馬鹿真面目にやってるからいいじゃないですか。それに先輩方はワイン飲んでポーカーしてますよ!」
それがどうした。
仕事しなくちゃいけねえ日に遊ぶ奴が悪い。
新兵が目を白黒させてうろたえてやがるが……ぴーぴーうるせぇ。
「師団長に逆らうのか?」
「う…………」
「今の全責任者は俺だ。俺がやれといったら貴様の答えは1つしかない……返事は?」
「りょ、了解しましたぁ! やります、やらせていただきますッ!」
「だったらさっさと行って来い! ゴネたら半年間給料9割カットだと伝えろッ! 喜んで仕事をするだろうさッ!」
「絶対怨まれますよ……あ、いえ、行ってきまーす!」
「ふんッ!」
やれと言われればやる。
それが即座にできない奴はずっと下っ端のままだ。
あの調子じゃ数年は昇進できねえな。
「いよし。憂さ晴らしにローブの組織をふん縛ってやる。どうせ後ろめたい奴らだろうからな――――うえ水が逆流して…………」
と、とりあえず準備しなくてはなッ。
俺は急いで装備を整えるため、部屋に向かった。
トイレが先だが…………うえぇぇぇぇぇぇ……。
× × ×
いい天気だ。
祭日よりとはこのことか。
良いこともあったし、気分の上向きになるね。
「リコどうしたの? なんか機嫌よさそうだけど、恋人でも出来たとか?」
「ん? いやフレスカ、それは無いよ。今は人類の為にみんなが一丸になる時期だ。色恋は情勢が収まってからだな」
「リコは真面目~~そんなんじゃ適齢期逃しちゃうよ?」
「うぅ……そこを突かれると厳しいが――ってフレスカも同じではないか!?」
「なぁッ!? まあそりゃあさ、兵士だから忙しいっていうか、みんな暇じゃないっているか、ね?」
「つまりお相手はいないってわけだ」
「…………」
「…………」
沈黙――――――。
「「……はぁ」」
「やめよう……不毛だし」
「同感だ……」
ワイワイと周囲は明るい笑顔だ。
我々だけ暗い顔をするわけにもいかない。
私は顔を引き締め南門の方へと向かうことにした。
「どうしたのリコ?」
「もうじきアオイの巨人狩りも始まる。警護がてら見学しようと思ってね」
「ああ~~もうそんな時間かぁ。…………もしかしてリコ――」
「ん?」
フレスカ……なんでにやにやとしながら私を見る。
「アオイ君狙いとかぁーーー!」
「なぁ!? ば、ば、ば、馬鹿ではないかね君は彼とは昔からの知り合いでそう弟のようなものだつまりは彼と私は
ポンと顔が浮かぶ。
いや彼は子供にしては聡いし同年代と話しているような錯覚さえあるが――――いやいやないない!?
私は大人、彼は子供だ!
色恋沙汰などあり得んッ。
「あははははははッ! リコさー顔まっかっか~~まんざらでもないとか? そうかー10歳以上の歳の差カップルかぁー、リコはショタだったんだね♪」
「ふ、ふ、ふ――――」
「ふ?」
「ふじゃけるなぁぁぁぁぁぁ!!! そこになおれーーーッ」
「きゃあああああああ♪」
ま、まッッッッたく!
けしからん奴だ。
私が彼を気に掛けるのはあくまで――そうあくまで近所の年下の子供を見る目だ!
決して不埒な想いで関わってるわけではないっ!
からかう友人を成敗すべくしばらく追いかけっこをする羽目になったのだった――
「まったく! フレスカにも困ったものだ! 私がしょ、ショタなどと。純粋に彼を心配しているのに失礼だ!」
正午近いからだろう。
頬が少し熱かったがだんだん冷めてきた。
私はぐちぐちと先ほどのフレスカに対する愚痴をこぼしながら南門へと向かう。
立体機動装置は装備しているのだが使えない。
原則街の中での立体機動は禁止されているからだ。
今日の祭でも事故を防ぐため、所定箇所以外での立体機動は使えない。
壁上に昇るには壁側かつ指定されたところに行かなくてはいけない。
私は小走りで南門へと向かう。
そこも指定箇所だからだ。
ウォール教の教会を通り過ぎる。
信者はいないようだった。
(さすがに南側は人が少ないな……)
シガンシナ区で巨人が襲撃された影響だ。
門のすぐ近くでは巨人が襲われたら避難が困難だ。
そのためお金が無い者を除き、南側に住宅を構える住人は少ない。
稀に巨人が門のすぐ外で歩く振動音が伝わるのも人気のなさに拍車を掛けていた。
もうすぐ門に到着、というところで私はおかしな光景を目にする。
立ち止ったとき視界の端に黒い物が通り過ぎたのだ。
「なんだ、警備の兵か?」
まだアオイ君が戦う時間ではなかったのもあり、私は好奇心からその路地裏を覗くと話声が断片的に聞こえてきた。
「おい……じゅん…………まだ……――――」
「かんりょ…………あとは……まつ……――」
(なんだ……あの黒ずくめの人は……しかも兵士……駐屯兵、か?)
見るからに怪しい人物だ。
そもそも今日は門周辺に民間人は近づけてはならないことになっていた。
祭用の資材などを置くスペースに使っている為であり、祭に紛れての窃盗を防ぐためにでもある。
兵士の格好ではないこいつはここにいてはいけない。
これは規則違反だ。
(ま、まあ、可愛い子供が迷い込むのは仕方が無いが……いやそれよりコイツだ。問い詰める必要がある)
私は念の為、ブレードを引き抜ききゃつらの元へと向かう。
「貴様らッ! 民間人の門周辺の立ち入りは禁止されている。即刻ここから立ち去れ!」
「――――ッ!?」
「なぁ!?」
「どうした。貴様――見たところ駐屯兵だがどうして民間人を連れている?」
「す、すまん、ちょっと知り合いでな…………コイツは連れて行くから。な?」
「ではさっさと連れて行け。だが一度支部に来て貰うぞ。規則だからな」
「――ッ! ……わ、わかった……」
「ほら行くぞ!」
ふぅ……これは急いで戻らないとな。
私はそう思いながら背中を向けたところ――
ガツンッッッ!!
「――――がは…………ぁ!?」
後頭部を襲う衝撃。
熱を持ったなにかが全身に広がる。
思わず倒れ込んだ私が最後に聞いたのは男達の声。
「ここで邪魔されちゃ困るんだ……大人しくして貰うぜ」
「……大丈夫……起きた時には……巨人様が導いてくださる……」
「…………きさ……ま…………ら……い、ったい――――――」
全てが判らぬまま私の意識は――――――闇に消えた。
アオイはリヴァイ兵士長と友情? を育んでおります。
ナイルさんやっと起動そしてエラー。
リコさんピンチ!
余談ですがアオイ君の外伝を別途で始めました。
もしリヴァイ兵士長並みに強くなったアオイ君がアンヘルがまだ立体機動装置を作っていない世界にタイムスリップしたらという、小説版進撃の巨人を元にしたIFのお話です。
原作を知らなくても楽しめるよう書くつもりなので、発明王アンヘル達の時代に興味がおありの方はいつでもお待ちしております!