Ideal・Struggle~可能性を信じて~ 作:アルバハソロ出来ないマン
なんでセシリアと鈴をリンチしてるラウラ殴り倒してイキらなかったの?みたいな質問が個人的に届いたので回答を示します。
まず1つ目の理由が千冬さんにこれ以上迷惑を掛けたくなかった事が挙げられます。千冬さんにはただでさえシャルの件を相談・報告し対策に動いてもらっているわけですから、そこにラウラとISを使って模擬戦の範疇を超えた戦闘行為も加えると大きな迷惑が掛かります。それを考慮して万掌はその拳を振り上げることはしませんでした。
2つ目が千冬さんとの約束です。問題を起こすなという教えを守り続けています。本来万掌は暴力を好みません。相手が話し合いの余地があるにも関わらず暴力に訴える時だけ此方も暴力で対抗するのですが、今回の場合、ラウラにもこれが適応されます。しかし、千冬さんとの約束がある以上、それを反故にして自分の感情を優先させてしまうのは高校生、大人として成長している時分の人間には相応しくないのではないかと万掌のプライドと千冬さんの約束が絡み合い、ブレーキの役割を果たしました。
その他にクラスメイトたちからの抑制の声や何やらもありますが特筆して書くべきだと思ったのは上述の2点くらいかと思います。
長いわハゲって人用に要約すると『感情的になってイキるのは高校生らしくない、千冬さんには(万掌が起こす問題で)迷惑を掛けたくなかった』になります。
ラウラが万掌を釣るためにでかい釣り針を用意しながら問題を起こそうとそれは万掌には関係ない事なので知りません。
いちかわいい最近出来てなかったね、ごめんなさい。
申し訳程度入れましたけどかわいいかは分からないです。ただ努力はしました。
保健室。
「......」
「......」
第3アリーナの一件から2時間が経過し、ベッドの上には治療を施されたセシリアと鈴音が気落ちした表情で佇んでいた。打撲や擦り傷を治療され、ガーゼを当てられた患部や包帯を巻かれた状態の二人になんて声を掛けたらいいのか分からず、しかし何か一言でも発しようと俺は口を動かした。
「二人とも...その――」
「別に、そんな事気にしてないわよ」
「むしろあそこで乱入されていたのなら、万掌さんを先に落としていましたわ」
「アンタは千冬さんとの約束を守った。私たちはあのポテトから売られた喧嘩を買った。それだけよ」
「約束は守るべき物です。私は万掌さんのその姿勢を尊重いたしますわ」
俺が助けに入れなくてすまなかった、と謝罪を口にしようとした所で鈴音がそれよりも先に歯牙に掛けない態度をとり、セシリアもそれに続く形で邪魔立ては無用だったと話す。千冬さんとの約束を二人も知っていた様で、俺にも俺なりの立場があったことを理解した上での先程の発言だったらしい。二人は約束を破ってまで助けに来る必要は無いと言ってくれた。その言葉で、友人を優先すべきか、恩人との約束を優先すべきかの二択を迫られていた俺の心の中にあった罪の意識が僅かばかり軽くなったような感じがした。
「そう言ってくれると俺もほんの少し気持ちが楽になる。だが、学年別個人トーナメントはどうする?ISがあの状態じゃ出場は難しいと思うが、どうだろうか」
「そう、ね......甲龍は衝撃砲の一基が完全に損傷して消滅してるし、装甲も粉々よ。はっきり言ってスペアパーツを使っても修復は間に合わないわ」
「私も、ブルー・ティアーズはほとんど無傷なので稼働は容易ですが本体のダメージがよろしくありません。悔しいですが出場は難しいでしょう」
「はい、二人とも。ウーロン茶と紅茶。僕が淹れたので良ければどうぞ」
「サンキュー、デュノア」
「頂きますわ」
鈴音とセシリアにトーナメントは出場できそうか、と訊ねると整備科から渡された損傷表とダメージレベルが記載された紙を見て、グシャグシャと丸めながら鈴音は修理が追いつかないといい、セシリアも要読紙に目を通しながら溜息を吐いて出場を諦めた。そうして全員が気持ち一つ程度落ち着き、現状を把握し終えた所にシャルロットが飲み物を淹れて戻り、鈴音とセシリアにそれぞれ茶を振る舞う。
静かに茶を飲む僅かばかりの息抜きが許された一時だったが、それは保健室のドアが開けられた事で終わりを告げた。
「失礼します。堺くん、いますか?」
「山田先生?はい、ここに。二人ともすまない、少し離れる」
保健室へ訪れた人物の声を聞き、それが山田先生の声色であった事に気付いた俺はカーテンを開け、セシリアと鈴音に一言その場を離れる旨を告げてから山田先生の下へ移動し、カーテンを閉めて保健室を出た。
「急ですいません。連絡事項が1つ生じたので、それをお知らせに来ました」
「連絡事項?何です、それ」
「はい。こちらの用紙に記述されている通りなんですけど、まずは見てもらっていいでしょうか」
「拝見します」
山田先生から手渡された一枚のA4サイズ用紙を受け取り、書かれていた文章を眺めていく。短く簡潔に書かれていた文章の内容は『今月開催する学年別トーナメントは、より実戦的な模擬戦闘を行う為に二人組での出場を原則とする。なお、二人組を組めなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』というものだった。
「と、いうことで今年は専用機持ちの生徒さんが多くいるため、少しでも一般生徒が有利に戦えるようにということで一対一ではなく二対二のタッグトーナメントへと方針を変更したんです。私はそれを伝えに来ました」
「確かに、拝見し、拝聴しました。わざわざご足労をおかけしてすみません、山田先生」
「いえいえ。堺くんにデュノアくんは競争率が高そうですから、知っておかないと困惑されるかと思いまして」
「そうですね......となれば、ずっと保健室に残っていてはセシリアや鈴音の傷に響くかもしれません。大事ではないですが気を遣うということは必要かと思いますし、騒ぎの原因は保健室から出ていった方が良さそうですね」
「じゃあこれ以上引き留めるのも悪いですね。では私はこれで失礼します。堺くん、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます、山田先生。さようなら!」
「はい、さようなら。また明日」
専用機を所有する生徒が多い為に専用機対専用機の衝突をしつつ一般生徒同士が戦闘を行う事で平等に実力を計る目的で今回のタッグトーナメントが出来上がったらしい。恐らく、専用機2名で組んだ場合は専用機2名のチームと序盤に当てられるだろう。と、そこまで考えてからタッグトーナメントへの変更届を受け取った俺は、山田先生に頭を下げて足を運ばせてしまった謝礼をする。山田先生はそれを照れた様子で顔の前で軽く両手を左右に小さく振りながら受け取り、俺やシャルロットが男子だから狙う人も多いだろうと言う事で先に告げにきたと言う。
保健室には怪我人が寝ているわけだし、騒がせるのも気に障ってしまうだろう。騒ぎの原因になる俺とシャルロットはなるべく早くこの場から離れた方が良さそうだと思い、保健室を後にする旨を山田先生に告げると、山田先生は激励の言葉を発し一足先に保健室の前から立ち去った。
「シャルル、もうすぐ他の生徒が此処に押しかけてきそうだ。セシリアや鈴の傷に障るのも悪いし、移動しよう」
「確かに、それもそうだね。じゃあ、オルコットさん、凰さん。また明日」
「はいはい。ウーロン茶、なかなかだったわ」
「ええ、また明日。紅茶も中々でしてよ」
「ありがとね、じゃあバンショー、行こうか」
「ああ。二人とも、また――」
「あー、ちょっと、万掌」
保健室のドアを開けて静かにシャルロットを呼び、簡潔に説明するとシャルロットはそれに頷き荷物を抱えてセシリアと鈴音のベッドを後にしながら俺の方へ二人に挨拶を交わしてからやってきた。シャルロットが出発の準備が整った旨を告げたので帰ろうとしたところで仕切られたカーテンを開け放った鈴音に呼び止められた。
「......なんだ?」
「もしボーデヴィッヒに当たったら......アンタはどうするの?」
トーナメントに出場が出来ない鈴音は心底悔しそうに表情を歪め、それから拳を俺に突き出して、ボーデヴィッヒと対戦が決まったらどうするか、と言葉を掛けてきた。鈴音の言葉に俺は振り返り、返事をする。
「勝敗は別として、話が出来るくらいにはお高くとまった奴を地に墜とすつもりだ」
「......呆れた。アンタ、アイツと話が通じると思ってんの?」
「話し合いに持ち込むための暴力だ。人として話し合いをしたい」
「甘いのよ、アンタ。だだ甘よ。そんな理想で話は片付かないわ」
「深く話してもいない、互いを知らない。幾らでも可能性は存在する」
「――っ...アンタ、本当に何も変わってないのね。可能性、可能性って。どうせ仕舞いには、それを信じろって言うんでしょ?」
「そうだ。俺は人を信じている。悪感情を制御できると俺は信じている。俺が、鈴やセシリアが襲われている時に感じた怒りや憎しみを制御出来た様に、ボーデヴィッヒもその自身の内側に渦巻く一夏への悪感情も消える時が来ると信じている。その時が来たときこそ、感情に呑まれる獣ではなく、真に人として言葉を交わし合いたい。そう思う」
「相変わらず説教臭い。面倒な男になったものね」
「話が出来るなら、そっちの方が良いじゃないか。そうだろ?」
「......はぁ。だったら、ちゃんとボーデヴィッヒを蹴散らして、しっかり一夏に謝罪させなさい。分かった?」
「ああ。じゃあな」
鈴音に呆れられるだろうなぁ、と思いながらも人間の内側にある悪感情を乗り越えて話し合い、理解出来ると語るが、やはり甘いと切り捨てられた。それはそうだろう、俺自身も、俺自身の中にある怒りを抑えきれないのだから。しかし、それでも俺はボーデヴィッヒを話が出来るくらいにまで引き摺り降ろして、話してみたい。どうしてそう人を見下すのか、どうしてそう傲慢であろうとするのか、どうしてそうも千冬さんのイメージを押し付けるのかと訊きたい。でも、今のボーデヴィッヒでは訊いてくれない。だったら、聞ける状態にまで持っていく。そう思えるようになってきた。2時間以上頭を冷やしていたせいか、自分の中に渦巻く悪感情が収まっていったせいだろうか。俺は一夏を傷つけたボーデヴィッヒの件は殴った事で手打ちにしたし、今回のセシリアと鈴音を模擬戦以上に攻撃した件は千冬さんが場を持った事で収まった。
収まらない怒りも感じない訳ではないが、今回は怒り以上に何故そこまでして一夏に拘るのかという疑問の方が強くなってきた。きっと、そこにボーデヴィッヒの悪感情の根源がある。だから、俺はそれを知りたい。それを理解できればきっとボーデヴィッヒは話に応じてくれるはず。
そう思って鈴音に人として言葉を交わし合いたいと言うと、呆れながらも口元に笑みを浮かべた鈴音は子供に言い聞かせるような優しい口調で俺を諭した。それに釣られ、俺も少し笑みを浮かべて再び別れの挨拶をして保健室から退室し、少し先で待つシャルロットへ追いついた。
「待たせたな、シャルル」
「ううん。話はもういいの?」
「これ以上は無理だろ。それより、シャルルは誰と組む?」
「バンショーは織斑さんと、だよね?」
「――ああ。悪いな」
「何となく察してたから大丈夫」
シャルルに追いついた俺は少し待たせてしまった事を謝罪し、横並びになって寮へ帰っていく。その帰り道の中でシャルロットに誰と組むかと訊ねると、シャルロットは俺が一夏と組むのかと確認してきた。事情を知っている身からすれば突き放す様で申し訳なさを感じ謝罪をすれば、シャルロットは首を静かに横に振って許してくれた。
「どうしようかな......うーん......そうだ、天運に任せてみようよ」
「......敢えて抽選に身を投じるのか?」
「だって、誰かと最初に組んでその人が恨まれるよりも抽選の方が遺恨がないよ」
「そりゃあ、そうだろうけど......まぁ、シャルルがそれでいいって言うならそうしてみろ」
「ボーデヴィッヒさんとタッグを組む事になったりしても、僕は容赦しないからね」
「望むところだ。ガツンと来い」
「まぁでも生徒数は多いからそんな事にはならないと思うけどね」
此処に来てシャルロットの運任せという判断に目を丸くして訊き返すと、なるほどたしかに、最初からくじ任せの方が遺恨は残らない。だがしかし、専用機二人で一組完成したとなると、確実にボーデヴィッヒとシャルロットが組む事になるだろう。なんとなく視える未来が外れないことを把握した俺はシャルロットの発言が回収されるフラグであると理解した。
その日の夜。一夏に校庭へと呼び出された俺は一夏と合流を果たし、星空を朝礼台に寝転びながら眺めていた。
「ねぇ、バンショー......バンショーはもう、誰かと組んだ?」
「いや、お前を待ってた」
「え、私?」
「ああ。―――......一夏。ボーデヴィッヒは色々な物を抱え込んで、悪感情に振り回されるがままにお前を狙っている。お前も、勿論俺も色々と内側に秘めた物は多い。だが、それでも。怨念返しのように悪感情をぶつけ続けるだけじゃ何も変わらないと思うんだ。だから、俺はボーデヴィッヒを人として見て、人として話し合いたい。その為には奴を下し、その根底にある物を発散させる必要がある。だがそれは俺一人じゃ無理だ。だから、だから頼む、一夏。力を貸してほしい」
一夏から切り出された話題を、食い気味に食らいついて、話したい事が多すぎて自分自身でもうまく纏められないことを自覚しながら吐き出した言葉は止まらない。結局勢いに任せて最後まで言ってしまい、言い切ってからしまったと思った。
「――――バンショーってさぁ......すっごいクサい台詞、平気で言うよね」
「ぅぐ......」
「それに一人で色々突っ走りすぎだし」
「ぬぐ...!」
「おまけに私の意見は聞いてくれないし」
「...」
「何か言うことはありますか、万掌」
「全部言われました......ごめん、一夏。伝えたい事が多すぎて、つい焦った」
「ん、よろしい」
一夏は寝転がったまま空に向けて言葉を投げ、その言葉が放物線を描いて俺に落ちてくる。その言葉の全てが俺がしまったと思っていたポイントを的確に突いてくるものだからもはや最後はぐうの音も出なかった。謝って、本音を吐き出すと一夏は満足したのか声色を明るくした。
「私さ、ラウラ・ボーデヴィッヒっていう人のことを何にも知らないなって思ったんだけど、きっとあの子も同じなんだよ。織斑一夏が元は男で、モンド・グロッソで拉致されて女の子にさせられて、そのせいで千冬姉にも迷惑を掛けて、バンショーにずっと甘えちゃって、苦労しながら此処まで来たって事を知らないと思うんだ」
「そりゃあ、予想出来ないだろうな」
「だよね。だからね、お互いの中にあるイメージだけじゃなくてもっとちゃんと、ラウラ・ボーデヴィッヒという女の子が織斑一夏という存在にどんな感情を抱いているのかを、私は知りたいなって思うの」
「一夏......」
「確かに最初は、すごく心を傷つけられたし、万掌にも殴らせちゃった。それは、とても心が痛くて、苦しかったよ。でも私には万掌が居たから、また立ち直れたし、今こうして誰かを想えるくらいの余裕も生まれた」
一夏は星空を見上げながら、ラウラ・ボーデヴィッヒが一夏を知らない様に、織斑一夏がラウラ・ボーデヴィッヒを知らないと言う。それは、俺にも当てはまる事だろう。そして一夏は互いが互いにどんな想いを抱いているのかを理解し合いたいと言う。一度、ボーデヴィッヒに心を苛まれ泣き付いた一夏だったが、その一夏は俺に支えられて再び立ち上がり、ボーデヴィッヒを気に掛ける余裕も生まれたと話す。それにむず痒さを覚え、柄にもなく頬に熱が灯ったように熱くなってきたので、それを覚ます意味で一夏がどんな顔でそれを話しているのか見ようと思って横を向くと、一夏の顔が、目が、その瞳が俺だけを見ていた。僅かに月明りに照らされて、俺だけを見ている一夏の瞳が輝きを増した。それは、とても綺麗で美しいと思える物だった。
「...っ」
「あ、照れた。かわいい」
「――!」
「恥ずかしがって逃げちゃダメだよ万掌、まだ話は終わってないんだから」
「うおっ...と」
思わず瞳に飲み込まれそうになった俺は顔を逸らすと、一夏は目尻を緩めて優しく微笑む。恥ずかしさから上半身を起こそうと身動きをしたところで一夏に素早く取り押さえられ、左腕をがっちりと固定されてしまった。
「......一夏」
「なに?」
「当たってるん、だけ、ど」
「――知ってる」
「......!」
「タッグを組むのは即答できるんだけど......ねぇ、万掌」
「何、だ」
「私はね、またラウラに傷つけられて万掌に頼っちゃうのが、一番怖いの」
「......」
「また泣いて、縋って。万掌が心の底から怒ってくれることが、怖いんだよ」
「怨念返し...か」
「それは万掌も嫌だし、私も嫌だと思ってる。でもそれが、回避できなかったら......万掌はどうする?」
「......」
左腕に伝わる確かな感触に心臓が音を立てて跳ねる。緊張からか、口の中がカラカラと干上がっていき、口が震える。それでもなんとか平静を保とうと冷静な振りをして一夏に胸が左腕に当たっている、否、押し付けられている事を告げようとするが言葉が途切れ途切れになってしまった。しかし、それも話している内に徐々に真面目な話になっていくにつれて熱で茹で騰がりそうだった顔は冷めていき、次第に落ち着いたところで一夏が震えていることに気付いた。最悪の展開を想定して怯えている様だ。確かに考えられない事ではない。むしろ、有り得るかもしれない。俺は、その時どうするのか。
一夏を守るのか、ボーデヴィッヒを優先するのか。考えた時に一夏を守る、と反射的に言いかけた。しかし、それでは怨念返しが終わらなくなる。それを繰り返していては永遠にボーデヴィッヒと理解し合うことなど出来ず、憎悪が膨らんでいくばかりになるだろう。だが、逆にボーデヴィッヒを優先した時。万が一、一夏の心が持たなくなってしまった時。人として歩み始めたボーデヴィッヒは一夏にした事の重さに打ちひしがれてしまうのではないか。そして、考えたくもない第3の道は、一夏も、ボーデヴィッヒも選べなかった未来。ボーデヴィッヒは一夏の心を殺し、一夏はどんな様子で、どんな態度で......考えたくも、無かった。
「......」
「――万掌。すっごく悩んでるけどね?とても簡単な答えが目の前にあるんだよ?」
「......?」
なんとか答えを出そうと考えていると、答えを出せない俺を一夏は慈愛に満ちた瞳で微笑み、頭を抱えていた右腕を手に取り、震える肩で、腕を動かして自身の頭に乗せた。
「箒が乗り越えられると信じて、鈴を信じて――――色んな物を信じてきた万掌に、守られている私の事を信じてほしい」
「――――」
一夏の心が砕けない事を信じる。目から鱗だった。最も過保護に、大切に扱ってきた事柄だったからだろうか。ついこの間あんなことがあったばかりだと言うのに、一夏は信じてくれと言ってきた。無理だ、止めておけ、否定の言葉ばかりが先行して浮かんでくる。それとは逆に、肯定する言葉は一切出てこなかった。一夏を信じる。最も簡単なはずのそれが、なぜか最も難しく思えた。だが、ここで素直に無理だ、で片付けていい話でもない。現に一夏は震えながら勇気をもって行動を起こした。口に出すことすら難しい、心の問題に一夏が立ち上がったのなら――――俺は一夏を信じたい。
「まだ、こんなに震えてるけど......怖い物は、怖いけど......前に進みたいから、ずっと、万掌の後ろに隠れるのは嫌だから......二人で、行けるのなら。私一人じゃダメでも......私たちなら。私と万掌の二人なら、行けると思うから。だから、お願い――――どうか、どうか私に、
震える手を誤魔化す事無く見せる一夏は怯えながらも前に進む覚悟を見せた。一夏は何時までも後ろに居たくないと嘆き、俺と一夏の二人なら乗り越えられると言った。そして、勇気が欲しいと一夏は懇願した。俺に出来る物ならば。
「どうすれば、一夏に
言葉は要らず。ただ星空の下で、誰にも見られず、静かに口付けを交わす。
次第に震えが収まっていく一夏を抱きしめながら、何度も啄むように互いを求め、時には呼吸さえ忘れるほどの長い口付けを繰り返した。唇を擦り合わせ、吐息を交換し、互いの舌で唇を潤しあう。
息苦しくなり、途中で呼吸を挟んだ一夏の目は涙に濡れ――キスを再び行い、目尻に溜まった涙を拭いながら髪を触り、一夏を確かめる。
夜が一層深く更けるまで、夜空に浮かぶ月に照らされながら、何度も、何度も。ただ、繰り返した。
そうして俺は、一夏が好きだと自覚した。