Ideal・Struggle~可能性を信じて~   作:アルバハソロ出来ないマン

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古戦場お疲れ様でした。


今回からは一夏ちゃんの中学校生活から前回に至るまでをざっくり大雑把に書いたものになります。

ちょっと重いかもしれませんがご容赦ください。



こんなにも遠くに。あんなにも近くに。①

一夏

 

 

自分が突然女性になってしまうなんていうファンタジーを、現実で体験したことはあるだろうか。

 

第二回モンド・グロッソ決勝戦。自身の姉である織斑千冬の応援の為に会場に駆け付けた俺は、そこで正体不明の組織に拉致監禁され織斑の血を手に入れる道具にされ掛けていた。男は遺伝学的に劣勢存在らしく、千冬姉を捕まえられない事を理解していた謎の組織は弟である俺を女にすることで『織斑千冬』に最も近い織斑の血を持つ者を作りだした。

 

ただ、俺が女にされた段階で千冬姉が乱入。決勝戦を放り出して助けに来てくれた。あの時の千冬姉の焦燥と安堵が入り混じった顔は初めて見た物だったと思う。

 

守られてしまうことが情けなく感じ、強くなりたいと思った。

 

守られてしまうことが悔しくて、強くなりたいと思った。

 

守られてしまった事で千冬姉の快挙を潰した自分を呪った。

 

それを自覚しているからこそ、他人から言われた正論は容易く心に突き刺さった。

 

千冬姉が大会関係者に謝罪して回っている間も幾度となく襲いかかる痛みに何度涙を流したことか分からない。数えることさえ億劫になるほどには泣いた。だが、涙は枯れなかった。そんな俺を千冬姉は何度も慰めてくれたが、その慰めが最も深く心を沈めたと思う。俺って、最低だ。

 

千冬姉の帰国のタイミングに合わせて俺も帰国となり、幼稚園に通う前から友達で、今は大親友でもあり幼馴染でもある堺万掌という男の下へ向かうことになった。なぜ向かう事になったかというと、千冬姉は忙しい人だから家に居ることはほぼ無く、幼少の頃より堺家が俺の面倒を見てくれていた為だった。それに万掌やおじさん、おばさんに自分が女になってしまった事を隠し通すのは無理だろうから事情を説明して受け止めて貰い、中学校生活をどうするかを話し合う必要性があった。ただ、千冬姉に堺家に挨拶に行くと言われた時は、どんな顔をして万掌に会いに行けばいいのか分からなかった。それでも時間は残酷で、悩んでいる間に日本に戻ってきてしまい、心臓を打つ早鐘の音が自分の耳の奥から聞こえてくる感覚に怯え唇を震わせていると、千冬姉は肩を数度、優しく叩いて、大丈夫だ、と言った。

 

少し、震えが収まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして。

 

 

 

「お久しぶりです、千冬さん。少し、窶れましたか?」

 

「......ああ、そうかもしれないな。そういう万掌、お前は随分と身長が伸びたな。声も多少なりとも変わったか?――落ち着いてきたじゃないか」

 

塀の向こうで、幼馴染の声が聞こえた。ただそれだけで収まりを見せていた筈の心臓が跳ねる。こんな自分を見て、万掌はどう思うのだろうか。受け入れてくれるのだろうか。

 

なんて、説明をすれば――

 

「ほら、いつまでそうしている。さっさと出てこい」

 

「ちょ、ちょっと待って!まだ、準備が!心の準備ぃ!出来てないって!」

 

千冬姉に連れられて無理矢理万掌の前に引っ張り出された俺は男の時では想像も出来ないほどに高い声を出して抗議したが、受け入れられず簡単に万掌の前に押し出された。千冬姉も酷い人だ、心の準備が出来ていないと言うのに連れていくのだから。

 

女になって身長が縮んでしまったせいだろうか。俺の前に立つ万掌が非常に大きく見える。首を少しだけ上に上げて、上目遣いのようにしなければ顔が見れないという感覚は新鮮なものだと感じる。万掌も万掌で「え、誰?」みたいな顔をして呆けている。

 

「そら、さっさと挨拶をしろ」

 

髪の一部を指で弄りながら、緊張で震える足を誤魔化す様に内股になるのも気にせずに擦り合わせて前に立つ万掌の顔を時折覗くと、万掌は困惑の色を浮かべながら人当たりの良さそうな笑顔を薄らと作っていた。

 

少し垂れ気味の目の奥からは、慈しみの色が漏れ出している。いつもの万掌が、そこに居た。

 

「えぇと、あぅ......えと、その――バンショー、ただいま......」

 

小さく、なんとか絞り出せたその声は酷く媚びたような女の声で、自分の喉を締め上げて黙らせたい程に情けないものだった。

 

「――......?えぇと......はじ」

 

万掌が頭を抱え、脳内に居る人物と顔を照らし合わせているのだろうが、やはり気付いてはくれなかった様だ。はじめまして、と言われそうになり覚悟をしていたにも関わらず、幼馴染から掛けられるその言葉は非常に重く感じつい顔を上げてしまった。目から勝手に涙が溢れ、目尻に溜まっていく。万掌はそれを見て、言葉を切った。

 

「――まさか」

 

目を見開いた万掌は、そんな言葉を言いながら、奥に居る千冬姉を見た。

 

「まさか、そんな」

 

千冬姉から返事が返ってきたらしく、絶望したような表情で、俺を見て――目が合った。

 

「君は......――――――......一夏、なんだな?」

 

万掌は俺が此処までに受けた事を想像したのだろう、涙を零しながら震える両手で、割れ物を扱うような優しい手で俺の肩を掴んで、しゃくり上がった声で俺を俺だと認識してくれた。

 

「――......うん」

 

正しく認識してくれたことの嬉しさからか、僅かに喜色の色を滲ませてしまった自分が嫌になる。なぜ、この身体はこうも心に素直になってしまうのだろう。

 

万掌は暫く虚空を見つめる様な遠い目をして、目を伏せ――開いて俺たちを見た。

 

「春とは言え、夕暮れは冷える。一夏、千冬さんも、とりあえず中へ......どうぞ」

 

万掌は何時もと変わらない様子を取り戻し、堺家へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

万掌に差し出された、飲み慣れた美味いコーヒーを飲んで気持ちを落ち着けよう。そう思って一口、口に含み――その苦みに、思わず眉を顰めて味わう事無く呑み込んだ。喉の奥から這い上がってくる苦みが、その異物感を受け入れ難い物だと拒んできた。形用し切れないそれに苛まれ、身体が拒絶反応を起こし涙を吐き出して警告を告げてくる。

 

「――......一夏?口に、合わなかったか?」

 

そんなことない、うまいよ。――そうは、言えなかった。

 

未だに口の中で暴れ回る苦みの暴風を、鼻へ抜ける苦さを、この身体は拒絶していた。

 

「――――――苦い......いつもと同じなのに、苦いよ......ばんしょぉ......」

 

なんとか吐き出した言葉は、万掌に媚びるように擦り寄る女の物で、それが自分の口から出た事に心が悲鳴を上げていく。

 

 

俺は、男なのに。

 

 

「すまない......気が、回らなかった。紅茶にしよう。シュガーポットも持ってくるから、味を調節してくれ」

 

万掌は緊張しているのだろう、普段のお茶らけた態度は鳴りを潜めたまま剣呑な表情をしている。が、それでも普段と同じように、真摯に対応してくれた。

 

「謝らなくていい......ごめんね、バンショー」

 

この忌々しい声が嫌になる。普通に謝る事も出来ないのかと憤慨してしまう。しかし、それ以上に万掌に気を遣わせてしまった事が、俺の心の隅を突く痛みを訴えた。

 

「こっちなら大丈夫か?紅茶なんだけど。あと、クッキーとケーキ」

 

とりあえず、口の中の苦みを黙らせたくてシュガーポットの中から角砂糖を一つ取り出して紅茶に落とし、掻き混ぜた後で恐る恐る口に付け、口に流し込んだ。

 

「――――おいしぃ......」

 

今までの紅茶はどうも気に入らなかったが、これほどまでに美味い紅茶は初めて飲んだ気がする。口の中に広がる優しい味わいに思わず口元に笑みを浮かべた俺は、女々しい声が出る事も気にせずに素直な感想を口に出していた。

 

万掌はそんな俺を見て、張り詰めた表情を緩めて息を吐き出していた。気を遣わせすぎてしまったようだ。悪い、万掌。

 

 

 

 

そして、万掌に俺が女になってしまった経緯を千冬姉が話せる範囲で話し――万掌は話を聞き進めていく毎にその瞳に浮かべる怒りを濃くしていった。万掌は誰かの為に怒る事も出来る、優しい人だと改めて感じた。

 

「一夏」

 

「......うん」

 

「今は、これくらいしか言えないし、一夏は怒るかもしれないけどさ」

 

「――うん」

 

「言わせてほしいんだ。すごい、独善的で、嫌な奴に見えるかもしれないけど、言っておきたいんだ」

 

別に、そんな前置きをしなくてもいいよ。俺と万掌がどれだけ長い付き合いをしてきたと思ってるんだ。万掌がどういう人なのかは、良く分かってるから。

 

俺が沈黙を以て、続きを催促する。

 

「おかえり。大変だったろう?」

 

その言葉は、多分俺が一番欲していた物だったと思う。帰ってきたという実感が欲しくて、ここには危険な物なんて何一つ無くて、世界で一番安全だと思えた。万掌の優しい声色で発せられた震えた声は、俺の心の奥深くに侵入して途轍もない安心感を与えてくれた。

 

 

 

 

「ぅ......ぁ......う、ぁあ、あぁああ、ぅぁああああああああああ!!!!!ばん、しょぉおっ......俺...俺ぇ......!!!」

 

 

それが限界だった。飛び掛かる様に万掌に抱き着いて、感じた物の全てを吐き出した。肩に顔を押し付けて、流れる涙で万掌の服を濡らしながら、口から耐えることを止めた本音が零れ落ちていく。

 

「――――すごく、こわ、かっ...た......!」

 

万掌は俺の背中を何度も優しく擦り、頭を何度も撫でてくれる。一回り小さくなってしまった俺は万掌に包まれるように抱きしめられ、万掌から伝わる高めの体温が冷えた心を暖めてくれた。

 

これから先は、千冬姉に見られていたので割愛する。

 

ただ、小さく話すのであれば――万掌と喧嘩して、万掌が俺の事を俺と同じか、それ以上に考えていてくれたことを知った。

 

それだけ。

 

そして、俺は――私は、IS学園に行く事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性となってからは、本当に大変だった。

 

千冬姉とおばさんの指導の下、女性らしい所作を求められ、口調を正し、心構えや立ち振る舞いを把握した。服もとりあえず大量に買い込み、女性物の肌着の付け方を徹底的に仕込まれた。肌のケアも教えられ、髪のケアも例に漏れなかった。

 

ただ、自分で改善したのは料理だろう。かなり力を入れたし、ある事情も料理を頑張る理由になったと思う。

 

学校生活が再開してからはクラスメイトにだけは事情を説明し、それ以外のクラスには突然の転校。与えられた偽名は『如月一夏(キサラギイチカ)』。鈴には説明しようかと万掌と話し合ったが、政府がそれを許さないだろうし、迷惑を掛けてしまうだろうからと説明をするのは憚られた。

 

いつか話そうと思ってはいたが、万掌は隠し通すつもりだった様だ。最も私も、鈴が中国に帰ってしまった事でホッとしていた部分もあった。嫌な人間だと思う。

 

女性になってはっきり分かる様になったのは、男子の下種な視線だろう。元男の私でも、今が女ならそれでいいのか酷く汚い視線を向けてくる。親しかった男友達はほとんどが離れていき、五反田と数馬、そして万掌くらいになった。今まではあれほど近寄ってきた女子たちもすっかりと鳴りを潜めて寄らなくなってしまった。

 

 

 

あまり語りたい話ではないが、女性になった私なら男子の欲求も分からない訳ではないだろう、と言われ、放課後の教室で友達だった男子たちに襲われ掛けた事が一度だけあった。そんな河原に落ちたエロ本みたいな事をされる日が来ると思ってもいなかった私は、興奮して制服を剥ごうとする男子たちに恐怖し、助けを求めて叫んだが既に部活も終わってしまった時間だったせいか活気に溢れる学校はそこには無く、無人となった静かな校舎に反響するだけで終わってしまった。私の腕を掴み、制服が剥かれブラジャーが露出し、口を手で押さえられ、呻き泣くことしか出来ない私を助けてくれる人は居らず、目を閉じて、いよいよこれから起こる事の一切を見ないように、感じない様に心を塞ごうとした時。

 

 

 

――万掌が来てくれた。

 

 

 

 

文字通り教室のドアを吹き飛ばし、珍しく猛り狂った様子の万掌は動揺する男子たちとブラジャーがずらされ乳房が露出した私を見て、一切の容赦なく男子たちを殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「一夏に何をしたぁああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

それからは、動揺と恐怖でよく覚えていない......けれど、全部終わったのか、床に転がる男子たちを無視して、何発か殴られた顔を下げた万掌は私の下にやってきて制服の上着を私に羽織らせ、静かに肩に手を置いて腰を落とし、目線を合わせてから口を開いた。

 

「――遅れてごめん、一夏。怖かったよな、ごめん、ごめんな」

 

私の肩から背中へ手を回し、頭をグシャグシャと力強く撫でてくれた万掌の手の大きさに、包まれる安堵感に震えあがっていた心は簡単に万掌を許し、涙を流した。

 

制服を整えた私は万掌の上着を羽織ったまま、万掌に担がれ職員室に連れられ、男子生徒から性被害に遭いかけたが万掌が助けてくれた旨を告げると、先生方は顔色を変え、男性教師たちは教室に駆け出し、女の先生たちは急いで警察に通報し、常駐しているメンタルカウンセラーの先生が緊張を解きほぐしてくれた。でも、そんな言葉以上に万掌が傍に居てくれたことが安心につながったんだと思う。警察の事情聴取で万掌が連れていかれた時は、本当に自分でもこれほどまでに周囲の人間が怖く感じるなんて思いもしなかった。騒ぎは生徒の家庭にも届き、裁判沙汰になりかけたが示談で収まりがつき、生徒たちは転校を余儀なくされ、この一件は恐ろしい速度で収束した。

 

私はその一件で人間不信に陥った。最初は五反田や数馬とも距離を置き、登下校は常に万掌と共にしたし、家はすぐ傍にあるけれどそれ以上に不安が勝り万掌の部屋に押しかけて共に眠らせてもらう日々が続いた。そうして過ごす間に、気付いた事の1つに、私的にとても嬉しかったことがある。こんな形で暴露するのもどうかと思うけど、嬉しかったから。

万掌の部屋は昔からよく私が掃除していたが、以前は見かけても見て見ぬフリをして触っていなかったアダルト雑誌の一切が捨てられており何処にも隠されていなかった。おばさんに相談してみると、あの一件をきっかけに自分からおばさんに捨ててくれと持ってきて頼み込んだそうだ。普通こっそりと内緒にして捨てるものだと思うのだが、万掌がやる事はよくわからない。それでも、私の為を想って起こしてくれたことだと、おばさんに言われたときは心が暖かくなった。

 

おばさんに気分転換に料理でもして、味付けを自分好みの物に近付けてみてはと言われたが、私の舌に合う味には調節出来てしまっていたので、どうせなら万掌の舌に合う物を作りたかった。料理くらいでしか、お礼が出来ないと思った事もあると思う。

 

「万掌、あのね。料理を作るんだけどどんな味付けがいい?」

 

「ん?料理か...そうだな、一夏の好きな味でいい」

 

「私は万掌の為に作ってるんだよ。だから、万掌の好みが知りたいの」

 

「――だから一夏の飯なら外れないだろ。一夏の味がいい」

 

「......ぶー」

 

「なんで拗ねるんだよ。ほら」

 

「――えへへ」

 

万掌の好きな味を教えてほしいのに、私の味がいいなんて言われてしまえば悩んでしまう。私は万掌の為に料理をしたいのに、私の味でいいのかと思ってしまう。万掌に『私の味"が"いい』と言われ、勘違いしてしまいそうになるがきっと万掌は何も考えず言っているのだろう。だからなんとなく拗ねて、この誑しめ、と恨みを籠めた視線を送る。すると万掌は困り笑いを浮かべて困惑したあと、しょうがないな、という顔をして私の頭を優しく撫でてくれるのだ。その手付きが優しく、守ってくれる万掌の暖かさに甘えてしまう。

 

 

 

守られる事が嬉しくて、甘える。

 

守られた事が嬉しくて、隣に居てほしいと思う。

 

守られているから、お礼をしたい。

 

守られ続けているから、きっと私は――

 

 

 

 

一人の女性として、堺万掌に惚れたのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、心の傷も癒え始めた頃に五反田と数馬と再び交流を持ち始めた。ただし万掌が居る時だけに限って、だが。

万掌の大きさに惹かれ、常に万掌の傍に私が居る日々は心に負った傷を塞ぐ程の安心感と充実感を与えてくれた。万掌は私を傷つけない、苦しめない。その事実と誠実さが私の心にすっかり万掌という偶像を生み出していた。

だから、女性特有の生理現象に苦しんでイライラした時、万掌に当たってしまったり、どう吐き出していいか分からない感情の波を思いのまま万掌にぶつける事も、不意に蘇るあの一件でヒステリックを起こして万掌を拒絶する事もあった。

それでも、万掌はずっと優しくて。変わらない暖かさを私に与えてくれた。物を投げつけてしまった事も決して怒らず、私が落ち着くまで傍に居てくれて、何も言わずに全部聞いてくれる万掌に甘え続けた。正気に戻り自分のしでかした事に震えるのも良くある話で、万掌は私を優しく抱きしめながら頭を撫で、穏やかな口調で説教をするのだ。耳障りのいい、優しい声で。

 

「一夏」

 

「......ぁ、うん」

 

「落ち着けた?」

 

「――うん」

 

「なら、よかった」

 

「怒らないの?」

 

「怒ってほしいのか?」

 

「......少しは」

 

「じゃあ、少しだけ。――この馬鹿。そんなに抱え込む前に、少しは吐き出せ」

 

「――――それ、ズルい」

 

優しい声で、甘えを許してくれる万掌の胸に飛び込んで、どれだけ万掌の服を涙で濡らしただろうか。

 

好き。

 

 

大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学3年、夏。

 

万掌とアポなしデートをするつもりで着た夏の流行ファッションに身を飾り、化粧も何時もより丁寧に時間をかけ、薄く塗ったファンデーションや淡い色の口紅を塗り、この日の為に美容院で整えてもらった髪を鏡の前でセットし、向かいの家に居る万掌の家の前まで手早く移動し、呼び鈴を鳴らす。蝉の鳴く声に耳を傾けているとすぐに玄関が開き、万掌が私を迎えてくれた。

 

「一夏、どうしたんだ、こんな時間に。もしかして今日、何か予定を作っていたか?――と、すまん」

 

「大丈夫、見られてもいいから。今日はちょっと一緒にお出掛けでも、っていうお誘い。根詰めすぎても、ダメになっちゃうと思って。あ、もしかして忙しかったり......する?」

 

万掌は寝間着姿で、起きたばかりで顔を洗い、髪を整え飲み物を飲んだばかりの頃合いであったらしい。回り始めた室外機の音と蝉の鳴く声に消えない様に万掌が少しハキハキとした口調で話し始める。そこで私の服装をまじまじと見つめ、下の方を見てすぐに目を伏せて謝ってきた。万掌に見せる為に着てきたんだから全然構わない、むしろもっと見てほしいとさえ思った。しかし万掌は目を伏せてしまった。それに容姿を褒めてくれてもいいじゃないかと拗ねながら、それでもデートがしたい気持ちが勝り、一緒に出掛けないか、と最後は媚びる様に訊ねた。この声に慣れてしまった自分が......嫌い、でもない。万掌が受け入れてくれたから、少なくとも、嫌ではないはずだ。

 

万掌はおじさんとおばさんが家に居ない事を告げる。この時期、お盆休みに出張で居ないなんて大変な仕事をされているんだな、と思いながら万掌に招かれたのでリビングで待たせて貰うことにした。冷房の効き始めたリビングで3分ほど待っていると、濃藍のジーパンと白い無地のシャツを着て、その上に灰色の半袖ジャンバーを羽織ってやってきた。お揃いのカラーに合わせてくれたことに嬉しく思い、万掌の到着を笑顔で迎えて駆け寄る。

 

「悪い、待たせた!で、何処に行く?」

 

「んーと、買い物!」

 

行きは電車を使って移動したが、盆休みだというのに込んでいる車内で万掌は私を庇うような位置を取り、私は入り口付近で万掌に守られている立ち位置を確保できた。暫くは小声で会話もしていたが、乗車率の高くなってきた車内で話すのは憚られた為に二人とも会話を止めた。静かに揺れる車内の雰囲気を味わいながら、万掌は私の後ろに設置された広告を見ている。対して私はずっと万掌の顔を眺めていた。その視線に気付いた万掌が私と目線を合わせるためか顔を下げた。そこで電車がカーブに入り、乗車率の高くなってきた車内の人波が一気に私の方へ押しかける。

 

「う、ぉ――っと」

 

「――――」

 

「セーフ」

 

「~~~ッ!」

 

吊革を握れない位置に立っていた万掌は人波の圧に押されよろめき、私の方へ一歩近づき、身体を支える為に電車のドアに手を突いた。それでも上半身が少し屈み、私の真横に置かれた手と、すぐ傍に迫った万掌の顔と微かに香る男性物のフレグランスの香りが鼻腔をくすぐり、顔を朱に染めていく。そこで私を見た万掌と、目が合い――万掌は私に当たらなかった事をセーフだといい小さく笑ったが、その笑顔が私的にはアウトだった。

 

格好いいなぁ。

 

その後も密度が上がっていく車内の中で必死に私に触れない様に抵抗する万掌だったが、次第に押され始め、私はより近い距離で万掌の顔と匂いを独占する形になってしまった。

 

電車、万掌と二人ならいいかも!

 

そうしてモールまでやってきた私は万掌を引き連れて、秋物の服を求めてモール内のショップを練り歩き、気になった商品を手に取り吟味を重ね、本当に欲しいと思った商品数点を手に会計に向かうと、万掌が支払いの一部を代わりにすると言い出し、狼狽えたが押し切られてしまった。申し訳無さを感じ、感謝は告げたがそれで気が晴れる訳ではない。何かお返しをしなければ。

その後、化粧品店で化粧品を買い、万掌を揶揄う為にランジェリーショップを指差して、次はあそこ、と言うと、万掌は顔を赤くして公共の休憩スペースで休むと言って走り出してしまった。可愛い所もあるものだ。

 

その後、ひたすらモール内を散策して回り、食事はモール内で摂るかどうかという私の問いに対し、万掌は今から夕飯の材料を買って家で夕飯を共にしよう、と提案してきたので私はそれを快諾した。モールから出た後、電車は使わず徒歩でスーパーまで歩き、夕飯を何にするかで悩んだ結果無難に和食にすることにし、材料を買った私たちは夕焼けに染まる帰り道を何時もよりゆっくりと、適度に会話をしつつ歩き出した。

 

「結構買ったなぁ」

 

「うん、でも本当に女の子って買うもの多くて大変だよ。なんで時間かかるのか分かっちゃった」

 

「――ああ」

 

「...バンショー、どうかした?」

 

急に話の繋がりが薄くなったことに疑問を感じた私は万掌に何か気に障ることでもあったのかと思い目の前に移動して足を止めながら万掌の顔を覗くと、口角を少し吊り上げ笑っていた万掌は伏せていた目を開き、微かに遠くを眺めた後に視線を私に合わせた。

 

「ん?いいや。飯、楽しみだと思ってな」

 

「――そ、そう?じゃあ、頑張って作るね!」

 

万掌は夕飯の内容を想像し、笑みを浮かべていたというのでそんな顔をされて期待されては最上の料理を作らざるを得ない。そう覚悟を決め、そうと決まったからにはのんびり歩くよりも急いで帰って美味しいものを作ってあげたい、その気持ちが強くなってきた。

 

気持ち早めに歩き出す私を追いかける様に歩幅を合わせ、隣に並んでくれる万掌の手を握る。万掌は一瞬驚いたような顔をしたが、私の笑顔に顔を綻ばせ、握り返してくれた。

 

 

 






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