Ideal・Struggle~可能性を信じて~ 作:アルバハソロ出来ないマン
甘くないけどゆるして
甘々なのは書こうとしても筆が進まない時のが多いんです。
万掌に料理を振る舞い、万掌が料理を褒めてくれる。そうすると私は万掌に頭を差し出すのだ。
万掌は戸惑いこそすれど、この行動が意味する正解を何度も行っているのだから、当然、それに行きつく。
「これさ、俺が料理褒める度にするつもりか?」
「んふへへ...いいよぉバンショー...これだよぉ...」
それは、頭を撫でてもらうということ。幼い日に万人が受ける、両親から褒めてもらう時の行為。
織斑家に両親は居らず、物心ついた私が千冬姉に両親の存在を訊ねても、家族は私だけだ、という答えが帰ってくるだけだった。話がそれたが、両親が居ない私にとって、頭を撫でられるという事は途轍もなく新鮮で、飽きが来ず、心を暖めてくれるものであると知った。だが万掌以外の人にやってほしいとは思えなかった。
万掌の手から伝わる暖かな熱が好きだ。万掌が私を想って優しく手櫛で髪を梳いてくれる感触が好きだ。万掌のごつごつとした男らしい手が割れ物を扱うかのように繊細に動き、私を喜びで満たしてくれるのが好きだ。たまに頭を撫でられたまま、耳を掠めて降りてきた万掌の手が私の頬を優しく撫でてくれる時など、つい万掌の手を抱き留めて頬擦りまでしてしまった。
万掌に依存する弱い私を、万掌は守るべき人と判断して甘えさせてくれる。今はその関係が心地良く感じていたので、それでいいと思っていた。どうせ、高校に行ってしまえば別々の道を歩むことになるのだから。だから私は一人でも歩ける様に、中学3年生の9月頃から万掌に多少なりとも甘えながらも、甘える頻度を減らす努力を始めた。夜8時ほどまでは互いの部屋の何方かに通い、受験勉強で一般科目の復習・予習に努め、万が一の失敗を減らす為の努力を続ける日々。その日々の中で、寂寥感に襲われたのだろうか。それの始まりは万掌だった。いつもと同じように静かに、隣に座る互いの邪魔をしない様に過去問を解きながら分からない点を交互に挙げあい、回答を示し合う光景の中で、万掌はそれとなく私の手を握ってきた。
「......バンショー?」
「――あ、悪い......つい、な」
「どうしたの?」
「別に、なんでも......ああ、いや。――少し、寂しくなった」
「......そっか。じゃあ、ちょっと休憩しようか!いつもなら、もう帰る時間だし、さ」
「もうそんな時間か、んん.....あぁ、あっという間だな」
最初は、こんなに小さな始まりだった。
何かに寂しさを感じた万掌がシャーペンを握る手を止め、私の手を握った。そこで私は休憩として、2人で壁にもたれ掛かりながら軽い会話をする事を提案した。万掌の手を、指と指を絡める恋人繋ぎで握った時は怪訝な顔をされたが、こういう繋ぎ方もあるんだよ、と教えてみると万掌は意外なほどに、すんなりと信じた。
「――ねぇ、バンショー」
「どうした」
「どうして、私の傍に居てくれるの?」
「......どうして、だろうな。家族だし、幼馴染だし、大親友だし......色々、あると思う」
「.........そっか」
「一夏?」
「ううん、今はそれでいい」
万掌の右手と私の左手を深く繋ぎ合わせたまま、体育座りをする私は胡坐を掻く万掌に目を遣りながら、どうして私の傍に居続けてくれるのか、と期待を6割、不安を4割ほどつぎ込んだ質問を投げかけた。好きだから、と言ってほしかった。そうすれば、この複雑な心境に宿る恋煩いの片思いも晴れてスッキリするのではないかと思って投げたものだった。しかし、帰ってきたのは家族や幼馴染、親友。色々という部分には期待できない。それが、男女間の友情を信じている万掌の答えだった。その返事のなんと万掌らしいことか。だから私は、今はその認識で構わないとこの質問を撃ち切った。万掌はよく分からないという顔をしていたが、いつか嫌という程理解させてあげたい。
12月も終わりを迎えるころ、クリスマスや年末年始の普段の浮かれ気分も自粛してISに関する専門科目の勉強をする私に釣られたのか、万掌も自粛の方向で動いていた様だった。しかし、今日は12月25日。クリスマスだ。
「と、いうことで!クリスマスです!」
「ケーキは食ったろ」
「お出かけをします!」
「もう夜の8時だぞ」
「お出かけをします!」
「.....分かったよ。ちょっと待っててくれ」
「わーい!」
普段通りとは少し違う、気を遣ってくれたおばさんたちがチキンやケーキを用意してくれたなんともクリスマスな夕飯を食べ終えて8時まで受験勉強を終えた私は、万掌に外出を強制する旨を告げた。万掌はそれに頭痛を覚えたのか頭を少し押さえ、それでもなんやかんやと言いながら準備をし始めた。カーキ色のズボンに、真っ白なダウン。マフラーとニット帽を装備した万掌は携帯と財布を仕舞い、私の下へ戻ってきた。
「待たせたな、わがまま娘」
「待ちました!」
「少しは申し訳ないとか無いのかコラ」
「わーごめんてー!」
万掌がニヒルな笑いを浮かべながら格好つけた口調で格好の良い台詞を言うものだから、それに合わせて尊大な態度で胸を張りながら腰に手を当てて目を伏せ、フフンと笑いながら待ちました、と言ってみると万掌は私の耳を少し引っ張って抗議の声を上げるので、笑いながら謝罪をするとすぐに手を放してくれる。
「で、どこ行くんだ」
「――高台!」
おじさんとおばさんに外出する旨を告げ、万掌にエスコートしてもらいながら腕を組んで寒々とした夜の住宅街を歩く。
「すっかり、冬だね」
「ああ。年始には雪が降るかもしれないって話だったな」
「今日は、降るのかな?」
「予報じゃ晴れだったな」
素朴な、広がりのない話題だったと思う。しかし、こんな短いやり取りでも私の心は満たされている。面白い話が出来る人と居るのが楽しいのではなく、こんな些細なやり取りでさえ心が浮ついてしまう程に好きな人と居るのが楽しいのだ。
寒さから来るしもやけで頬が赤いのか、僅かながらの羞恥がそうさせるのか。弾む息が街灯に照らされ、靄のように広がっては消えていく。人通りのない、無機質な白いスポットライトが等間隔で設置されたコンクリートカーペットを二人で歩く。
静かな道を歩く二人の靴が奏でる僅かなカルテットをBGMに、高台へやってきた私たちは、街を一望できる広場へ足を運んだ。カップルで埋まっていそうだと思って出発時間を早めて来てみたが予想以上の人は居なかった。それによって混雑を予想していた広場は待ち時間も無く、揉めずにすんなりと落下防止の手すりのある最果てに到達できた。眼下に広がるのは、私たちが育った街。生まれは違っても、私と万掌はこの街で10年以上過ごしてきたのだ。その街が生む息吹の鼓動は光となって暗闇を照らしている。
「――綺麗だね」
「......ああ。だが、こんなに眩しいんじゃ星も霞んでしまう」
私は街の灯りを美しいと話すと、万掌はそれに同意しながら腕を組んでいない方の左腕で宙を指差して、星が見れないと言った。それに釣られる様にして顔を上げて宙を見ると、一面には輝く冬の星座たちが光を微かに放っていた。
「星も綺麗、なの...かな。確かに、街の光に負けちゃってる気がする。――これじゃ、どっちを見ればいいか分からないね。チョイス間違えちゃったかなぁ......」
「そんなことは無い。一夏となら、何処だろうと、何だろうと、楽しいものになるさ」
「......ねぇバンショー。それわざと言ってる?」
「...?何が?」
「それ素で言っちゃうんだもんね、バンショーって」
「何の話だよ」
「...別に、なーんでもなーい!」
人口の光が自然の生み出す光に勝ったこの世界において、星が生み出す小さな脈動の証は無情にも掻き消されてしまう。昼は太陽の光にその全てを呑まれ、青い空に包まれる。夜は逆に、人々が生み出す光に掻き消されて見えていたはずの物さえ見えなくなっていく。美しいと思えたはずの街の鼓動が、今となっては恨めしく思えた。それをなんとなく凹んだ表情で万掌の腕に頭を寄せながら溜息混じりに零すと、万掌は人を誑し込む甘い言葉を囁いた。
本当に、本当にもう。
万掌にわざと言ってるのか、と訊いてみても本人は何が何だか分からない様子。素でこれなんだから手に負えない。そうやって愚痴を少し零すも、万掌は頭の上あたりにクエスチョンマークを作るばかりで話を呑み込めていない様だったので、その話は打ち切って高台の一角に作られた公園にある芝生を目指して万掌の手を引っ張って連れてきた。
「ここで寝転がれば、星は多少は見えるんじゃないかな?」
「まぁ、試してみるか」
「そうだねっと――――――わぁ...!」
「......中々、良い光景だな」
芝生の丘に、万掌が着てきたダウンを広げて私を座らせ、その隣に万掌が腰を下ろして、二人して寝転がって宙を見上げた。そこに広がる星々のプラネタリウムに私は感嘆の声を漏らし、万掌もかなり驚いた様子で宙を食い入る様に眺めている。
「ねぇ、あの一番明るいの何だろう」
「冬の一等星はシリウスだと決まっているが......」
「シリウスはあんな場所には無いでしょ、何だろうね」
「調べてみるか」
「えー、知らないままでも良いんじゃない?」
「そうか?」
「私たちには分からない、漠然とした、眩しい星っていう謎めいてる感じの方が格好いいでしょ」
「そういうモンか?......まぁ、そうしておくか」
「うん!昔の人も多分、こういう風に宙を眺めて、星を見てたんだろうね」
「今と星の配列とか、見える数は変わってるんだろうけどな......それでも同じ星の重力に身を委ねて、未知の世界に想像を働かせることは変わらないな」
「分からない物に名前をつけて、自分たちはそう呼んで理解することで未知を既知にしたんだよ」
「人のエゴだな。それもまた変わらない物だ」
「人であればこそだよ」
「違いない。一重に、自然の本能が為す事だろうな」
後で調べてみたが、一際輝く星は金星だということが分かった。そうやって調べてしまうと、途端にロマンスが無くなり詰まらなくなってしまう。受験を控えた年頃の男女が、人気のない公園の芝生で、星空の下でするべき会話とは思えない内容だったがそれでも私は楽しめた。気の利いた言葉を掛けてほしい時もあるけど、ただ同じ時間を共有して、同じものを見て、同じ話題で繋がっていたい。それだけで人はこんなにも心が暖かくなるのだ。万掌も、私と同じくらいに心暖まっていてくれるだろうか。
「万掌」
「どうした」
「――寒いね」
「そりゃあ、冬だからな」
「万掌は、寒い?」
「ダウン脱いでるから寒いよ」
「そっか。私も寒いけど――万掌が傍に居てくれるから、暖かいよ」
身体を横向け、星空ではなく万掌を瞳に映して僅かな羞恥心からか、それとも寒さでやけたからだろうか。かぁっと紅くなる頬の熱の心地良さに揺られながら、私は微笑んだ。...と、思う。
「――......さて、身体が冷えて風邪引くのも情けない話になる。さっさと帰るか」
「あっ――」
「一夏、ほら」
「......うん」
万掌は私の声に耳を赤くして恥ずかしそうにしながら、私の視線に気付いて私の方へと身体を向け、私の顔を見て、今度は耳だけで済まず、顔から首までを真っ赤に染めた。こういう態度が、私に気でもあるのではないかと思わせてしまう。もう少し、その顔が見たくて。万掌の手を取って誰も居ない寂寥の世界で二人きりで過ごしていたかった。しかし、万掌に伸ばした手は虚空を掠め、既に立ち上がってしまった万掌は私に手を指し伸ばし、帰る旨を告げてきた。
手が届く位置に居るのに、届かないこのもどかしさに痛む胸を抑え――伸ばされた手を取った。
――――ばか。
2月に万掌がISを動かしてからは、私の復習も兼ねて短い時間の中で万掌に最低限の知識を詰め込ませた。万掌は万掌で、作成された事のないIS学園の男子制服を特注する為に学園指定の企業を駆けまわり、ISスーツのデザインを提出したり、自分の身を守る為の専用機に搭載する装備を要望したりと細かに忙しそうに毎日走り回っていた。
私もそんな万掌を支える為に堺家に泊まり込み、万掌のちょっと残念な家事の全てを引き受けて、万掌が使える時間の全てをISの為に使わせた。
その代わり、二人きりの時間は大きく減ってしまったが。
そんな日が続くある日のこと。
「一夏」
「ん、なーに?」
「ここまでして貰って、俺が何もしないというのは少し――貰いすぎだと思う。だから、俺が返せるものなら......何か返したいんだ」
「......バンショーが、返してくれるの?」
「俺に出来るものなら、なんでも」
「本当に?」
「うお近っ!ちょっと離れろって......ああ、俺に出来る事なら、だけどな」
口笛を吹きながら床をモップ掛けしていると万掌の声が聞こえたので、それに耳を傾けながら掃除を進めていく。
その中で万掌がお礼をしたいと言い出したので思わず手を止めて万掌の下へ駆け寄ってしまう。その俊敏さに驚愕した万掌が上半身を僅かに逸らしながら、自分に出来ることならなんでもすると言った。
万掌、気軽になんでもとか言っちゃダメだからね。
「......じゃあ、いい」
「いや、そういう訳にも行かんだろ」
「いいったらいいのー!」
「えぇ......うーん...それだと俺の気が済まないんだが」
「あ、いらないって意味じゃないからね?いつか、纏めて返してもらうから」
「ああ、そういう。まぁそれでいいなら、それでいいんだけどさ。で、いつかっていつだよ」
「それはバンショー次第かなぁ」
「うっわ意味深な顔。何集るつもりだよ」
「うん?――...ふふ、内緒!」
まだいい、というと万掌は私がいらないと勘違いしたのかどうにかして清算させようと算段を立て始めたのでその勘違いを即座に是正する。その上で期日が未定な事に不安を覚えた万掌が取りたての予定を訊ねてきたのでそれは万掌次第だと返す。万掌は口元をヒクつかせて何を要求されるか分からない恐怖に軽く震えている。
付き合って、なんて。
今の万掌に言っても買い物か何かだと思われてしまうだろうから。
万掌が私を意識してくれてから、万掌が欲しいと言おうと思う。
大好き。
4月。
万掌と同じIS学園に入学して、同じ寮部屋になって。同じ教室で過ごしているのに、なぜだかあの日々よりも遙かに疎遠になってしまったような気がした。
IS学園に入学してからは、時間の流れが速い気がする。
セシリアさんに叱咤され、より勇ましくなった万掌は決闘を申し込み、一週間の猶予が与えられた。
IS学園の同じ教室で箒に会い、すっかり荒んでしまった箒を助けたい私と万掌の考えが一致し、私は箒の中にある男の織斑一夏を砕く為に一芝居打つことになった。
「......久しぶりだね、箒」
「あ、ああ......本当に、一夏なんだな?」
「信じられないかもしれないけど――男がISを動かしちゃった世の中だし、信じてもらうしか、ないかな」
「そう......そう、か」
「そういえば箒、中学の頃の大会で優勝したの新聞で見たよ。ずっと剣道、してたんだね」
「あれは――――あまり、話題にしないでほしい」
久しぶりに会った箒は大人びていて、結んだポニーテールはそのまま伸ばし続けていた様でかなりの長さになっている。剣道の大会で優勝した話題を切り出すと、箒は途端に顔色を悪くして話題を逸らす。
「そっか。じゃあ私の話をするね。私、中学の頃は部活をせずにバイトしてたんだ。まだ男だった頃だけどね」
「......」
「第二回モンド・グロッソの決勝戦にね、千冬姉の応援に行ったときに拉致されて、女の子にされちゃってさ」
「な!?そんな夢物語のような話があるか!」
「本当に夢物語だよね。自分の体が徐々に女性らしくなっていくんだから」
「それで、その......無事、だったのか?」
事実を口にしただけなのに、自分でも信じられなくて笑ってしまう。これが実際に遭った被害なんだから猶更笑うしかない。そんな自嘲気味に笑う私を心配した箒が何かされなかったのか、と暗に聞いてきた。
「うん。女の子になっちゃった以外は、何かされる前に千冬姉が助けてくれたから」
「――そう、か。男に戻る手段は、ないのか?」
「ないと思うよ。こうなった仕組み自体が分からないんだから、戻し様がないの」
「その、組織を捕まえたり、というのは――」
「無理。この広い世界の何処に潜んでいるかも分からない存在を探せる訳がないよ。――それに私、男に戻る気はないんだ」
千冬姉が助けてくれたと話すと、箒は千冬姉なら、と安心した様で息を吐き出した。その上で、男に戻る手段はないかと訊いてきた。
どういう風に女体化したのかなんて、全く解らなかったし遺伝子学的にも、人に当てはめるのは難しい問題だと言う事で、専門家も揃って匙を投げる始末だ。
ならばその組織を捕まえて聞き出すのはどうかと提案する箒に、現実を突きつける。既に私も、千冬姉もそれを思い浮かべ、諦めた側の立場だったからだ。
そして、男に戻るつもりはないとキッパリ言い切る。
箒はその一言で目を見開き、唇を震わせた。
「......ば、馬鹿を言うんじゃない、一夏。貴様は男だ。織斑一夏、男なんだ」
「今の私はね、女の子なんだよ。最初はたしかに男に戻りたいなぁって思ってたんだけど...――万掌がね、女の子の私でも受け止めてくれたから」
「――......万掌が?」
「うん。万掌が、不安定な時期だった私の傍に、ずっと居てくれたの。怒鳴っても優しく聞いてくれて。泣きついても優しく慰めてくれて。抑えられないイライラを物に当てて、それを万掌にぶつけても優しく怪我はないかって心配してくれて。ずっと、ずっと。万掌は私の傍で、私を守ってくれたんだ」
「......」
「私はね、男だった頃は守られるのが嫌だったけど......女の子になってから、守られることも悪くないんじゃないかなぁって思えるようになってね」
箒が万掌という単語を耳にし、顔色を変えた。私はそのまま、万掌の話を嬉しく、思いの丈を乗せて言葉に出す。万掌に守られる暖かさに目を閉じて胸に手を当てると、優しい熱が掌に灯る感触がする。
「――違う」
「違わないよ、箒。人間不信に陥った私を暖めてくれたのが万掌なの。万掌だけが私の傍に居てくれたの。だから、私――」
「――やめてくれ、一夏...そんな、そんな言葉!私は聞きたくない!」
「......私は、万掌を――愛し」
言い切る前に、箒が打ったビンタが右の頬に当たる。破裂音にも似た音が屋上に木霊し、春の暖かな風に即座に掻き消された。
「お前は、男だ......男だろう、一夏」
「――女の子だよ、箒」
「違う!貴様は根からの男だ!万掌に抱いているソレは、ただの幻想に過ぎない!仮に今の貴様が女であろうと!男だった貴様を知っている万掌が貴様を愛すわけがない!そうだろう!」
「――......そう、かもね」
箒の言葉は酷く正論染みていた。と、いうのも私が心のどこかで、その可能性を否定し切れなかったからだ。
万掌は私をどんな目で見てくれているのだろうか。幾度となく思った疑問だった。万掌が私を男だと言って、今の私を否定したら私はどうなってしまうのか。考えたくも無かった。
箒は沈む私を見て、口元を歪めて嗤った。
「でも......それでも、好きだから。愛してるの、万掌のことを。片想いだけど.....それでも、いいから」
「――――っ!」
打たれた頬の痛みを押し殺して箒に微笑むと、箒は鬼のような形相を作りもう一度手を振り上げ――昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
「......昼休み、終わっちゃったね」
「......ああ」
「先に、戻ってるから」
箒の顔を見る事なく、春風が吹き抜ける屋上を後にする。視界の端に映ったグラウンドの桜の木に花開かせた花弁が風に煽られ、吹き飛ばされて消えてしまうのを見た。この頬の痛みも、そうであってくれたのなら。
いたいよ、万掌。
万掌は、頬の痛みを打ち消してくれた。慰めよりもずっといい方法で、解決してくれた。
憑き物の落ちた箒が泣きながら謝罪し、女の私を受け入れてくれた。
そして、また幼馴染を始めることになった。
箒も私もいっぱい泣いたから、この話はここでおしまい。
思い出すのも、残すのも恥ずかしいから。
万掌が専用機に乗った。全身装甲の身体が一切見えないデザインの、騎士のような出で立ちのIS。
セシリアさんを相手によく戦ったと思う。
角が割れて、装甲が開いてからの万掌は、万掌じゃないみたいで。
あれは怖いよ、万掌。
セシリアさんと楽しそうに話す万掌に、人誑し、と軽い罵りを加えながら近寄った。
頭を撫でてほしくて、机に顎を乗せて待っていると、万掌は容易く与えてくれた。
同じ学園に居て、同じクラスに居て、同じ寮部屋に居るのに。
どうしてだろうね、万掌。
万掌が、他の誰かと関わる時間が増えたせいかな。
こんなにも近くに居るのに、すごく遠くに万掌が居る気がするんだ。
鈴と再会して、いっぱいいっぱい謝って、いっぱい泣いた。
万掌も、空を見て泣いていた。
鈴はそれでも、全部許してくれた。その上で、また私たちと仲良くしてくれるって言ってくれた。
ありがとね、鈴。また、よろしく。
日が変わる。万掌とは、一言二言、話しただけ。
また、日が変わる。
楽しそうに、セシリアさんと話す万掌が居る。
あんなにも遠くに。
日が変わる。
楽しそうに、鏡さんや相川さん、布仏さんに囲まれながら話をする万掌が居る。
私の傍の、こんなにも近くに居る。
でも、その目は私を見てなくて。
胸が、痛いよ。
万掌。
引っ越しが決まって、離れ離れになってしまった。これで益々万掌との距離が開いてしまったと思う。
万掌のことが心配だ。万掌は掃除も洗濯も、何もかもが出来ない。それの原因は私が何役も買って出たからだろうがそれでも万掌は一人でやってみせると言い切ったのだから、信じなければ。
でも、あの時山田先生に万掌と同じ部屋にしてほしいと懇願したのは万掌の為じゃなく、私の為だった部分がほとんどだろう。
これ以上万掌に置いていかれたら。そう思うと、震えてしまう。
一人って、寂しいんだよ、万掌。
あ......万掌が居ないと、私ってこんなに――――
万掌に甘えたくはなかったし、気取られたくもなかったので意地を張っていた空っぽの日々に、転校生が二人やってきた。
一人はシャルル・デュノア。なんと万掌と同じ2人目の男性操縦者。金髪とアメジスト色の瞳が特徴の、男の子にしては小柄で、華奢だ。西洋の男性って、なんだかもっと身長があるイメージだったんだけど、それは多分外国人が日本人を忍者だと思っているという、アレに近い感覚なのだろう。
そしてもう一人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女に半年ほど触られて来なかった千冬姉の2連覇未達成と、私が女の子になった事件、そして女の子になったせいで起きたレイプ未遂が連鎖的にフラッシュバックを起こした。ビンタを張られた頬の熱さえ消えていく程に私の顔から血の気が引いていった。顎はガチガチと音を立て、手は震え、身体は硬直したまま動けなくなってしまう。
もう、癖だったのだろう。
こういう状況の時は、誰かを呼ぶのではなく――
――たすけて、万掌......!
万掌を呼べば、来てくれると。私はそう信じて、万掌をそういう偶像にしてしまっていた。
ラウラの言葉が、万掌に甘えてしまう私を呼び起こしてしまったのだ。
「やったな!人も気も知らないで、一夏の心を傷つけたな!絶対に許さない!折角一夏が笑えるようになったのに、貴様の無心な態度がまた一夏を傷つける!お前はテロリストだ!一夏を悲しませる悪だ!」
ほら、やっぱり――来てくれた。
「貴様のような奴の言葉に!どれだけ一夏が心を穢されたと思っている!どれだけ一夏が自分の無力を嘆いて泣いたか知っているか!どれだけ一夏が、どれだけ一夏が千冬さんの事を想って泣いたか!貴様はその一切を知らないからそうやって平気で人を傷つけるんだ!お前のような奴がいるから世界から争いが無くならないんだ!この薄汚い悪魔め!」
あの時と同じように、私を想って動いてくれた万掌の言葉に、自然と涙が頬を伝って零れ落ちた。
万掌と一緒に千冬姉に生徒指導室へ連れていかれた私だが、千冬姉が気を利かせてくれたのだろう。
千冬姉に感謝しなければならない。ここで、万掌に寄り掛からなければ、多分...空っぽの私は壊れてしまうから。
そして、私はまた。
万掌へ寄り掛かる。
――――万掌。私は、万掌が好き。
万掌だけが、空っぽを埋めてくれるから。
万掌じゃなきゃ、嫌だよ。
セシリアと鈴が襲われた。
私と万掌を挑発するために、ラウラに襲われた。万掌の制止を振り切って助けに行きたい気持ちが逸る中で、万掌は酷く冷めた目で此処じゃない何処かを見ていた。握り締めたその手に、血を溜めて。
万掌が耐えるのであれば、私だけ先走る訳にも行かなかった。
ラウラに、守られているだけの身分は達者でいいな、と個人間秘匿通信で煽られたが、それでも耐えた。
事実だから、受け止めるしかなかった。
今はそれが事実でも――私は万掌の後ろじゃなくて、隣に居たい。
一緒に、肩を並べて歩きたい。
物理的な距離じゃなくて、立ち位置のようなものの話。
守られるのもいいけど、隣に居たい。
だから、今の位置から隣へ。そのあと一歩を踏み出せる、この前に進む恐怖に打ち勝てる何かが欲しい。そう思った。
万掌から学年別個人トーナメントがタッグマッチに変わったことで相談があるとメールが来たので、『夜の9時に校庭の朝礼台で待ってる』と返す。
私は、この機会に賭けることにした。
万掌と本音で話し合えば、きっと私に足りなかった何かが見つかると信じて、行動に出る事にした。
流されて、言葉の痛みに嘆くだけの私は嫌。
万掌の手を、幾万を繋ぐ掌を私の為だけに固く閉ざしてほしくはないから。
私は立ち上がって、万掌の隣に立っていたい。
その心意気を持って寮を飛び出そうとし、出入り口で千冬姉に遭遇してしまった。
「こんな時間に外で逢引か。不良娘」
「――千冬姉」
寮の出入り口を仁王立ちで塞ぐ千冬姉は一歩も通さないと言った様子だった。
が。
「......早めに戻るように。私は何も見なかった」
「――ありがとう!」
「いいからさっさと行け。明日、遅刻しようものならグラウンド20周だ」
千冬姉は出入り口から離れつつすれ違いざまに、私の頭を数度優しく叩いて寮の見回りへ戻っていった。
千冬姉の許可も下りたことで校庭へ走り出した私は、月明りに照らされた朝礼台に腰を下ろす万掌を見つける事に成功し、急いで駆け寄った。
「ごめん、待った?」
「全然」
「――そっか。じゃあさ、前みたいに......星を見ようよ」
「あー......まぁ、そうだな」
二人で同じように、寝転がって星を眺める。
私は万掌にそれとなく、タッグマッチの話を持ち掛けて話の本題を静かに切り出した。
万掌はそれから、一人で言いたい事の全てを言い始めた。
ラウラが色々な物を抱え込んで、感情の赴くままに私を攻撃しようとしていること。万掌も私も、それぞれがそれぞれの思いを胸に秘めて過ごしている。その中には大なり小なりの悪感情があるのだろう。例えば――万掌を連れていってしまうセシリアや、クラスの皆に嫉妬する、とか。何時の間にか、精神的にすごく遠くへ行ってしまった万掌の居ない寂しさに震える弱さだとか。万掌はそれに流されるままで居るだけじゃ、何も変わらないと言った。だから感情を受け止めて、理解して、抑制して――本能で動く獣から、理能を以て制する人としてラウラと話をしたいと語った。でも、それをする為にはラウラのプライドと凝り固まった感情の奔流がそれを邪魔するのだと言う。
そして、私は万掌に一緒に闘ってほしいと言われた。
胸の中に、歓喜が沸き起こる。
すぐに、一緒に闘おうと言いたかった。万掌の手を固く握って、そう言おうと思った。
けれど、臆病風に吹かれた私は、そうすることが出来ずに逃げた。
「――――バンショーってさぁ......すっごいクサい台詞、平気で言うよね」
「ぅぐ......」
「それに一人で色々突っ走りすぎだし」
「ぬぐ...!」
「おまけに私の意見は聞いてくれないし」
「...」
「何か言うことはありますか、万掌」
「全部言われました......ごめん、一夏。伝えたい事が多すぎて、つい焦った」
「ん、よろしい」
何もよろしくはない。この会話は、私が逃げただけのものだ。それらしい言葉を並べて、万掌の粗を突いただけだった。
でも、それだけで私の中の不安が一気に軽くなった気がする。万掌の声がそうさせるのか、少し余裕が生まれた自分が為せることなのか。それは分からない。
でも、変わりたいって思ったんだから、変わらなくちゃ。こんなチャンスは滅多に訪れないだろうから。掴みたい。
行け、私。
「私さ、ラウラ・ボーデヴィッヒっていう人のことを何にも知らないなって思ったんだけど、きっとあの子も同じなんだよ。織斑一夏が元は男で、モンド・グロッソで拉致されて女の子にさせられて、そのせいで千冬姉にも迷惑を掛けて、バンショーにずっと甘えちゃって、苦労しながら此処まで来たって事を知らないと思うんだ」
「そりゃあ、予想出来ないだろうな」
「だよね。だからね、お互いの中にあるイメージだけじゃなくてもっとちゃんと、ラウラ・ボーデヴィッヒという女の子が織斑一夏という存在にどんな感情を抱いているのかを、私は知りたいなって思うの」
「一夏......」
自分の心を整理したくて、私の中にあった物を全部吐き出していく。本心は恥ずかしがり屋で、引っ込み思案だから。
全部吐き出すつもりで、話す事にする。
「確かに最初は、すごく心を傷つけられたし、万掌にも殴らせちゃった。それは、とても心が痛くて、苦しかったよ。でも私には万掌が居たから、また立ち直れたし、今こうして誰かを想えるくらいの余裕も生まれた」
星空を見上げるのではなく、私は隣に居る万掌を見て話をする。
これは、独白なんかじゃなくて、万掌に聞いてほしい話だから。
私の話を聞いて恥ずかしくなったのか、顔を赤くした万掌は私の方を見て――目が合い、瞳孔をきゅっと縮めて息を呑んだ。
「...っ」
「あ、照れた。かわいい」
「――!」
「恥ずかしがって逃げちゃダメだよ万掌、まだ話は終わってないんだから」
「うおっ...と」
顔を逸らしながらも視界だけは私を見る万掌の態度が懐かしくて、つい微笑みながら、かわいい、と零すとあの日と同じ様に万掌は立ち上がって逃げ出そうとするが、今回はしっかりと捕まえる事が出来た。
遠くに行っちゃったって感じても、こういう所は変わってないんだ。
左腕をきつく抱きしめ、万掌を引き留めていると万掌は益々顔を赤くして狼狽え始めた。
「......一夏」
「なに?」
「当たってるん、だけ、ど」
「――知ってる」
「......!」
万掌が、私の胸の感触を理解し、それを指摘したことに僅かながらの羞恥心が生まれて手を離し掛けたがその程度でこの機会を逃してしまえば、私は一生このままかもしれないと思うとその羞恥心を我慢して――いや、むしろ、より密着して万掌の耳元で余裕ぶった態度の虚勢を生み出して耐えた。
ここからだぞ、織斑一夏。万掌を信じる織斑一夏を信じて。
万掌に、手を伸ばすんだ。
怯える私の本心を、万掌に伝えるんだ。
「タッグを組むのは即答できるんだけど......ねぇ、万掌」
「何、だ」
「私はね、またラウラに傷つけられて万掌に頼っちゃうのが、一番怖いの」
「......」
「また泣いて、縋って。万掌が心の底から怒ってくれることが、怖いんだよ」
「怨念返し...か」
「それは万掌も嫌だし、私も嫌だと思ってる。でもそれが、回避できなかったら......万掌はどうする?」
「......」
とうとう、言ってしまった。目をきつく閉じて、回らない舌を必死に動かして声を作って話を続けた。私はラウラに再び傷つけられる事が怖い。けど、それ以上に傷ついた私の為に万掌が傷つく事の方がよっぽど怖い。回りまわって辿り着いた本当の恐怖に、万掌はどんな言葉を口にしようか悩んでいる。
だから、ここで。もっと――本心を。
前に進むために。万掌が、私の為に誰かを傷つけない様に。
私自身が、強く在れる為に。
「......」
「――万掌。すっごく悩んでるけどね?とても簡単な答えが目の前にあるんだよ?」
「......?」
なんとか答えを出そうと考えている万掌に、私は震える口でぎこちなく作った微笑みを浮かべ、万掌が頭を抱えていた右腕を手に取り、震える肩で、腕を動かして私の頭に乗せた。
「箒が乗り越えられると信じて、鈴を信じて――――色んな物を信じてきた万掌に、守られている私の事を信じてほしい」
「――――」
私は、一人でも大丈夫になってみせるから、信じて。
だから。
だから――
「まだ、こんなに震えてるけど......怖い物は、怖いけど......前に進みたいから、ずっと、万掌の後ろに隠れるのは嫌だから......二人で、行けるのなら。私一人じゃダメでも......私たちなら。私と万掌の二人なら、行けると思うから。だから、お願い――――どうか、どうか私に、
私に、とびきりの勇気を、ください。
「どうすれば、一夏に
言葉を交わす必要も無く、私は万掌を求めた。
万掌から漏れ出す吐息の熱が、私の心に火を灯していく。
喜びと、安堵と、万掌を想う気持ちで涙が零れ落ち...る前に、万掌がそれを拭った。そのまま耳を掠め、髪を撫で、後頭部を優しく触る万掌に引き寄せられ、再び勇気を貰う。何度も、何度も。
万掌、大好き。
そうして私は、一歩踏み出し、後ろではなく――万掌の隣に立てた。
突如女体化した幼馴染をギャルゲー時空並の濃い1年を掛けて集中攻略した後に同じ進学先にまで行ったにもかかわらず放置して、別の女の子たちといちゃつく(語弊有)オリ主いるらしいっすよ。
空虚感を感じ無いワケがないですよね。
オリ主が記憶する部分と一夏ちゃんが記憶する部分もちょっとずつ違うよってお話。
また立ち直れた、の意味はオリ主と一夏で捉え方が全然違ってきます。
これを書きたいが為に今まで一夏ちゃんとの描写を極力薄くしてきた次第です。
(自分からは)こんなにも遠くに。(他の誰かとは)あんなにも近くに。