Ideal・Struggle~可能性を信じて~   作:アルバハソロ出来ないマン

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なんか評価が増えてる...ありがたいですね。

先ずは福音戦までですが書かせて頂く所存です。

応援ありがとうございます。

感想をくださった読者の皆様、お気に入り登録をしてくださった皆さま、評価をしてくださった皆様、拙作をお読みくださりありがとうございます。


ラウラを人に堕としていきます。


18000字くらいあるので注意してお読みください。


追記:誤字脱字多すぎですね、すいません。気付いた点から順次加筆・修正していきます。

追記2:誤字報告がありましたので修正を加えました。報告ありがとうございます!



第29話

ワイヤーブレードが1本欠落したボーデヴィッヒだが、その顔色に大きな変化は見られない。むしろ、本人はその余裕さを一層増して横柄に構えては空いた手をくいくいと曲げて俺と一夏を挑発し、口元に作った獰猛な笑みは深みを増すばかり。

 

右手に装備していたビーム・マグナムをアームド・アーマーDEを収納する代わりに左手に持ち替えてから、一夏に個人間秘匿通信を用いて俺は短く言葉を発した。

 

「――先に仕掛ける。背中、預けた」

 

「まかせて!」

 

瞬時のやり取りであった。一夏の返事を聞くよりも先だったかもしれない。一夏を信じて、後に続いてくると信頼して俺が先手を切り、ボーデヴィッヒへと突撃を開始する。機体の加速に圧迫感を感じながら、ボーデヴィッヒのその手首のプラズマブレード2本と、未だに堅牢な守りを主張する3本のワイヤーブレードが征く手を阻む。一零停止、即座にその場で急制動を取り、静止した俺がブレード群を消し飛ばそうとビーム・マグナムを構えれば、ボーデヴィッヒはそれを予知していたかのように叫んだ。

 

「それは使わせん!」

 

ボーデヴィッヒが右手を翳す。が、それよりも先に俺は大きく手首をスナップさせ、自身の後方にビーム・マグナムを放棄した。ボーデヴィッヒが怪訝な顔をしつつ俺をAICで拘束し、2本のプラズマブレードを撓らせて鞭のように薙ぐ。装甲が焼き切られる感覚に背中をひやりと汗が伝ったような感じがした。本来であれば、そういった恐怖心さえもある程度はISの操縦者保護機能でサポートされるはずなのだが、俺はその保護機能の保護圏外に出るほどの恐怖心を感じている様だ。

 

「ふん。このAICの前では、平等に無力だ」

 

「ぐ!......確かに、一人ならそうだろうな。だが俺たちは――」

 

プラズマブレードの一本が胸部装甲の表面をカリカリと短く往復を繰り返し、重点的に装甲板の重層を溶融させてプラズマブレードを奥へ、奥へと焦らす様に、しかしながら確実に内部へ捻じ込んでくる。ユニコーンの発する警告により、言い知れぬ不安に呑まれ掛ける。たしかにボーデヴィッヒの言う通り、AICがあれば一対一の状況では優勢を確保できるのは容易いし、心を折る事も容易だろう。しかしながら、今回ばかりはそうはいかない。このトーナメントはタッグマッチ方式になっているからだ。つまり、今の俺には誰よりも信頼できるパートナーがいる。

 

「二人なんだよね!」

 

「――!織斑一夏ァ...ッ!」

 

俺の機体の影に隠れるように移動しながら、一夏が俺の捨てたビーム・マグナムを左手に装備して飛び出す。なぜビーム・マグナムが持てるかというと、使用許諾を以前発行していた物をそのまま残していたからだ。何も言わずにやったアドリブではあるが、以心伝心というのだろうか。一夏は俺がビーム・マグナムを捨てた理由を理解し、拾ってくれた。

 

飛び出した一夏を見て顔を憤怒に歪めたボーデヴィッヒであったが、一夏がビーム・マグナムを発射しようとトリガーを押し込んだことで一気に冷静になり、AICを解除して全力で射線から離脱を計る。超至近距離からの放射であった為に光に覆われる視界にボーデヴィッヒは舌打ちをしながらも、流石というべきだろうか。即座の判断で後退し、一夏の放ったビームマグナムの光弾を回避し、軌跡に残る放射ビームさえも地面に吸わせることで対処した。光弾が直撃したアリーナの地面は溶解し、真っ白な光を放つクレーターを作り、そのクレーターの中心部からはボゴン、ゴボ、と、まるで溶岩が胎動するように音の鼓動を掻き立てている。それを見た一夏とボーデヴィッヒはビーム・マグナムを凝視し、その威力の高さを改めて理解したのだろう。一夏は再度ビーム・マグナムを撃とうと構えるが、ボーデヴィッヒはそれを許さない。

 

ワイヤーブレードを使い、ビーム・マグナムを集中的に攻撃しようとするボーデヴィッヒの迎撃を余儀なくされた一夏は雪片弐型を振るい、不規則に捻れるワイヤーブレードの切先を見事に見切って斬り捌いていく。そこでようやくAICの効力が完全に消滅したのか、自由に動けるようになった俺は頭部マシンガンを単発射撃で撃ちながら、ボーデヴィッヒを一夏から遠ざける為に本体に攻撃を開始する。

 

「ちぃっ!」

 

先の頭部マシンガンの威力を味わっているボーデヴィッヒは舌打ちをしながら後退を余儀なくされ、右肩に装備した大口径レールカノンが一夏を狙い、そのアシストでプラズマブレードを使い一夏を足止めさせ確実に当てる積りのようだ。一夏の援護の為に射線に割って入ろうとするが、ボーデヴィッヒは俺にワイヤーブレードの全てを回し妨害をしてくる。歯噛みしながら波のように押し寄せる鞭の如きそれをビーム・サーベルを振りまわし、完全に弾くのではなく機体に大きな損傷が出ない程度に逸らして、とにかく振れる回数を増やす。時折ワイヤーを狙うが、焼き切られることを理解しているボーデヴィッヒがそれを許すはずもなく、ビーム・サーベルが通るラインに置かれたワイヤーブレードは即座にボーデヴィッヒの下へ戻っていき、ビーム・サーベルが振るわれた直後に再度射出される。

 

「一夏、避けろ!」

 

「無――理!」

 

僅かに残った頭部マシンガンも迎撃に回し、一夏の下へ急ごうとするがそれよりも先にボーデヴィッヒはその場でプラズマブレードに対処している一夏にレールカノンを撃ち放った。なんとか避けてくれと頼むが、それはなかなかに残酷な宣言であったらしく、無情にも砲口から飛び出したソレが一夏に吸い込まれる様に飛んでいき、滑り込んで直撃した。人の顔を3つ並べても足りないほど巨大な空薬莢が薬室から排莢され、地面に落下し、鈍く甲高い金属音を立てて転がる。一夏の安否を確認する為に、全方位視界を確保しているが、人の癖でつい顔を其方に向けてしまい周囲への視界確保が疎かになってしまった。それを、ボーデヴィッヒが見逃すはずも無く。

 

「――そうやって、他者に頼るから無様を晒すのだ」

 

「っ!しま――」

 

その一瞬を突かれた俺は、かつての鈴音や先程のシャルロットと同じようにワイヤーブレードに拘束され、縛り上げられてしまった。そのまま、プラズマブレードで再び蹂躙の限りを尽くされる訳にも行かず僅かながらの抵抗で頭部マシンガンを3点バーストを数度繰り返す。

 

「もとよりAICの弱点など知り尽くしている。ならばどうするか。一対一の状況を作り出してやればいいだけの事。私にはその能力がある」

 

ボーデヴィッヒは冷めた目で、勝利を確信した醜悪な笑みを口元に張り付けて高らかに宣言をしながらマシンガンの弾丸をAICで止めていた。それを見た俺はこれ以上の攻撃は通用しないと悟り、射撃を中止する。

 

「一つ、面白い物を見せてやろう。特等席でな」

 

ボーデヴィッヒは俺を拘束していないプラズマブレードの1本を目の前で泳がせた後、ゆったりとそのプラズマブレードを、ボーデヴィッヒを狙う弾丸の雨に押し当て、その軌道をボーデヴィッヒから――レールカノンの直撃を受けて吹き飛び、アリーナの壁に衝突したまま立ち上がれずにいる一夏へと修正した。それが何を意味するのかを理解し、血の気が一気に引く。

 

「自分の弾丸で、相棒を傷つけたら――貴様はどんな顔をするのだろうな」

 

「きゃ、あっ――!」

 

AICが解除されると同時に、1発400g以上の大質量を誇る銃弾の雨が、未だアリーナの壁に背を預ける一夏に襲いかかる。白式の装甲にヒビが入り、一夏の体が跳ねた。一夏は壁に浅くぶつかっては反動で押し返され、押し返された所を次の弾丸が押し返し、また壁にぶつかるというサイクルを数度繰り返し、沈んだ。アナウンスでは戦闘不能宣言がされていない事からまだ無事ではあるのだろう。ボーデヴィッヒは一夏の有様が面白かったのか愉快そうに哂い、俺を見やる。

 

「どうだ、これがパートナーとやらだ。一人でも、二人を相手取るのは容易い」

 

「――お前は、獣だな」

 

ラウラは人を侮辱する笑みを浮かべたまま、俺にパートナーなど必要ないと言ってみせる。その在り方は孤高であり、孤独であった。一人で生き続けてきた者が作り出す哀愁と憤怒の色を灯す瞳を見て、俺は獣のような生き方だと喉を割いて出てきた言葉を留める事無く吐き出した。

 

「...獣だと?――獣ならば、どうした」

 

獣と表現されたことに僅かに眉を寄せ、浮かべていた笑みを掻き消したボーデヴィッヒは俺の四肢に巻き付けたワイヤーブレードをそれぞれ胴体から遠ざける様に引き寄せる。四肢と繋がっているIS各部が引き千切られる引力を検知して警告を発し、視界が真っ赤に染まりアラートが鳴り響く。

 

「俺、たちが――お前を、人に堕とす!」

 

「......俺たち?...実に下らん。この期に及んでなお二人で挑むか......口ばかり達者な奴だ。――飽きた、消えろ」

 

何の興味も示さなくなった、無色の瞳を以て一瞥したボーデヴィッヒは最早語ることは無いと言わんばかりにワイヤーブレードで縛りつけていた俺を一夏の下へ振り子運動でエネルギーを稼いでから、全力で吹き飛ばす。俺の落下先には一夏が雪片弐型を杖代わりに立ち上がり掛けている所だった。このままでは衝突すると思い、対処策を練るが、ユニコーンがレールカノンのマーカーがレッドに移行したことを知らせてきた。それに釣られて意識を向ければ、ボーデヴィッヒは空中で俺を落とすつもりなのかレールカノンが発砲体勢へ移行し、砲弾が発射された。

 

錐揉み回転を起こしながら飛んでいく機体の制御をユニコーンに任せながら、左腕にアームド・アーマーDEを展開、即座にシールドを起動して迫り来る砲弾の弾頭に添え、ビーム・サーベルの刀身を収め、握ったままの右手を左手首の内側に当て、押し負けそうになる威力の一撃を相殺させる。ユニコーンが地面に両踵を押し付けたことを感覚で察知し、そのまま体重を掛けて地面に轍道を作りながら踏ん張って停止し、機体が静止した直後、一瞬だけ静止慣性が働き、逆側――つまり、前へ押し出される力が働いた所に左腕を右手で、上方へ弾くことで砲弾をパリィすることに成功した。その直後にはまた少し圧され、二歩、三歩と後退し...安定した。あと三歩下がれば、そこには一夏が居る。ギリギリのラインではあるが防御に成功した。しかし、このまま次弾を撃たれたなら、どうなるか分かったものではない。

 

それを避けるためにアームド・アーマーDEを収納し、クリアになった前方視界に映るボーデヴィッヒ目掛けて頭部マシンガンをフルオートで連射していく。ボーデヴィッヒは鬱陶しそうにそれをAICで防ぎ、俺たちはその光景が見えなくなるほどに濃密な発砲煙が周囲を覆い始め、それからほんの数秒ほどで完全に一帯を覆い隠していった。

 

 

 

 

 

 

 

残弾を全て消費し、わざと作り上げた疑似煙幕の中で前方を警戒しつつ一夏に声を掛ける。

 

「一夏、立てるか」

 

「万掌......手を、握って」

 

「――分かった」

 

ボーデヴィッヒが発砲時のマズルフラッシュを頼りに射撃してくるかもしれない事を考え、頭部マシンガンを全弾を撃ち切った後にアームド・アーマーDEを展開して前面防御を固めていると、一夏が手を握ってほしいと言ってきたので其方に意識を集中させると、一夏は右手をおずおずと伸ばしてきた。ハイパーセンサーの視界に映る一夏の右手は少し震えており、恐怖に揺らいでいるのが理解できた。短く了承を告げ、力強く伸ばされた右手を、同じ様に一度ビーム・サーベルを収納した右手で掴んで握り締める。

 

「俺たち二人で」

 

「......うん。私たち、二人で!」

 

ほんの数秒ほど、力なく握られていた俺の手に掛かる力が強くなった。一夏が握り返してきたからだろう。それを確認した俺は再度前方へ意識を集中させ、ビーム・サーベルを抜刀し直し、体勢を整えて隣に立つ一夏と共に煙幕から飛び出す準備を進めていく。

 

「バンショー、これ返しておくね」

 

「よし――じゃあ、第二ラウンド...行くぞ!」

 

一夏はそう言って、ビーム・マグナムを俺のバックパックにマウントして固定した。それを受け取り、恐らく再び襲ってくるであろうAICを利用した自弾再利用攻撃を警戒してアームド・アーマーDEを前方に構えながら、一気に煙幕の中から地を舐める超低空飛行で飛び出す。この予想は正しく、ボーデヴィッヒは真正面へ飛び出した俺目掛けてAICを解除し、此方に弾頭の向いた大質量弾の雨が水平に降り注いだ。だが、それを何度も食らうほどに学習能力がない訳ではない。機体をやや右側へ傾け、瞬時加速を使って加速し、射線から飛び出るように脱出しながら右手に装備したビーム・サーベルの刀身を地面に突き刺して無理矢理ブレーキを掛けていく。その際に、アームド・アーマーDEを左側面防御に回してレールカノンの射線を塞ぎつつ、ボーデヴィッヒの左真横6mの距離にまで迫る。そのままノンストップでシールドを再度前方へ戻して左肩を前に、右肩を後ろに下げてビーム・サーベルの刀身をいつものように機体の影に隠し、90度曲る直角ターンを行いボーデヴィッヒに肉薄する。

 

「くどい!」

 

ビーム・サーベルを突き刺して無理矢理削り飛ばしたアリーナの地面から土煙が舞い上がり、濃煙に包まれ始めた低高度に舌打ちをしたボーデヴィッヒは目の鼻の先にまで迫った俺をAICで止め、レールカノンを零距離射撃する為に距離を一歩詰めた。

 

「やらせない!」

 

「何ィ!」

 

発砲まで秒読みとなった土壇場になり、俺の作りだした土煙をなぞって追尾してきた一夏は俺に遅れて土煙から飛び出し、俺のバックパックにマウントしたビーム・マグナムを再度回収すると、俺の背中にぶつかりながら無理矢理俺の左肩を押して左側面へ展開し、横飛びの体勢でボーデヴィッヒの右肩に装備されたレールカノンの砲身側面へとビーム・マグナムの先端を押し付けながらトリガーに指を掛けた。ボーデヴィッヒは突然の介入に動揺して一夏を見て、AICを解除して逃げるか、撃退するかの逡巡をした。

 

「――この距離ならっ!当たれぇえええ!」

 

「ぐぅうあああッ!」

 

正しく必中の距離。砲身を一部消滅させながら内部に生成されたビーム・マグナム弾がレールカノンを一瞬で溶けた鉄屑へ変貌させながら、ボーデヴィッヒの眼前を掠めてアリーナのシールドへ吸い込まれ、白雷を迸らせる。ボーデヴィッヒは突然の事態かつ、超至近距離でビーム・マグナム弾を直視したせいか右目を抑え苦しみながら誘爆に巻き込まれるのを防ぐ目的で即座にレールカノンをパージ。そのままプラズマブレードで一夏の追撃を妨害しながら左後方へ後退していく。目視が正確に出来なくなった影響か、AICが解除され再び自由になった俺は一夏に目配せをすると、顔は見えないはずなのに一夏はしっかりと頷いた。

 

「二人で!」

 

「行くぞ!」

 

残弾二発となったビーム・マグナムを主張するように眼前に突き出しながら追撃を仕掛ける一夏をAICで停止させたボーデヴィッヒ。その一夏の後方から上空を通過する形で飛び越えた俺は、白式の大型スラスターを蹴り飛ばして加速しつつボーデヴィッヒの近距離左側へ移動する。

 

「チィ――ッ!眼帯側ばかりに!」

 

「それが闘いだろう!」

 

ボーデヴィッヒが一夏を停止の継続しつつ、ワイヤーブレードを伸ばそうとしてくるので左腕に展開したアームド・アーマーDEを追加スラスターへと転回させた俺は更に加速。そのまま手首までスライドさせたシールドで射出されたワイヤーブレード一本を殴って軌道をずらし、もう一本を内側から外側へ弾くパリィで吹き飛ばす。最後の一本は食らっても問題ない。弾かれたワイヤーブレードが回収される前に素早く振るったビーム・サーベルの振り下ろしで一本を焼き切り、流れに乗せて右側へ薙ぐ様に払った一閃で残った一本も鎔断する。が、それで足を止めるわけではなく更にスラスターの出力を上げ、ボーデヴィッヒの左側面後方を陣取りながらビーム・サーベルを高出力モードへ切り替える。マゼンタ色の刀身は短くなる代わり、圧縮されたエネルギーはその膨大な熱量を訴えるかのような純白を示して光り輝く。振り返りながらその刃を突き立てようとするが、ボーデヴィッヒはその光の刃から逃れる為に一夏を止めていたAICを解除して一夏の方へ瞬時加速で突っ込んでいく。

 

「――撃てるものか!」

 

「くっ...!――でも...今!」

 

一夏はビーム・マグナムを撃とうと狙いを定めるが、ボーデヴィッヒが避けた場合には俺にビーム・マグナムが当たる可能性を考慮して撃てず、それを見たボーデヴィッヒはプラズマブレードを動かし、慣性に流される中で一夏を襲う。が、一夏もそれに負けず、左手に握っていた雪片弐型を右腕側へ流す形で残し、ボーデヴィッヒの右側面を抜けながらカウンターで一撃を叩き込んだ。

 

「――あ...が、ぁ......っ!?」

 

単調な動きかつ、制御の出来ない瞬時加速の影響で機体のコントロールが許されないまま、加速した肉体にカウンターを受けたボーデヴィッヒは何が起こったのか理解できず、一夏のカウンターによって変化した運動エネルギーの影響で乱回転しながら地面に衝突し、大きく地面を抉り飛ばしながら転がっていく。

 

「――この、弱者共がァアアア!!!」

 

地面に沈んだ機体から紫電を滾らせ、機体限界を知らせる兆候を見せ始めたボーデヴィッヒが今までの冷静さがまるで無かったかのように吼えた。が、上空へ飛翔した俺が逆手に握った高出力ビーム・サーベルを馬乗りの体勢で突き刺す為に急降下しているのを捉えたのだろう、大慌てで地面を引掻き、必死の形相でISを落下地点から逸らして回避した。

 

「――――...っ!」

 

突き刺す相手を見失った純白の短刀身が地面を容易くマグマへ変貌させ、湧き上がる蒸気に揺らぐ中で、フルフェイスを静かに持ち上げる。茹だる蜃気楼に溶け込むバイザーから発する翡翠色の細い眼光でボーデヴィッヒを見れば、息を呑むのが聞こえた。少しの間硬直したボーデヴィッヒは、突如気を持ち直してAICで俺を止め、その間に立ち上がり一夏を警戒した。

 

「当たれっ!」

 

「そう、何度も当たるか!見飽きたッ!」

 

射撃照準のない一夏が確実にビーム・マグナムを当てる為に接近してトリガーを押し込むが、0.3秒間のチャージ時間があることを数度撃たれて理解したボーデヴィッヒはその僅かな隙を突いてワイヤーブレードの最後の一本を使い弾き上げた銃口は宙を向き、一発がアリーナのシールドを白く染め上げるだけで不発に終わる。

 

「だったら――これで!」

 

「――......!?」

 

一夏は雪片弐型をスライドさせ、中からエネルギーで形成された刃...零落白夜を起動した。勝負を決めに行くつもりらしく、残弾一発のビーム・マグナムと一撃必殺の零落白夜、浪漫とも言うべき大火力を両手に携えたボーデヴィッヒはこれ以上一夏の接近を許さないと言わんばかりに、怒りと焦りで単調になった挙動のプラズマブレードを2本突き飛ばす。そのミスに気付き、ボーデヴィッヒはプラズマブレードを引き止め手繰り寄せようとするが、一夏の握るビーム・マグナムがそれを容赦なく妨害した。トリガーを押し込んだ一夏がマガジン内に装填された最後のエネルギー・パックから供給されたエネルギーを増幅して生成された小さな太陽が放射され、プラズマブレード2本を纏めて消し飛ばし、ボーデヴィッヒの顔面左側、浮遊している肩のアーマーも残滓と化した余波が呑み込み、光へ変えて消し飛ばす。ボーデヴィッヒはビームが突き抜けた真空が閉じる暴風に煽られながら思わずといった様子で、ハイパーセンサーにより左側へ顔を向け、通過していったビーム・マグナムのエネルギーの破壊力に表情を凍らせた。

 

「はっ......はっ......――武器はそれ一本だよ。......もう、諦めて」

 

「......舐めるなッ!たとえワイヤーブレード一本になろうとも!私はドイツ軍人だ!なればこそ――誇り高きゲルマン魂を以て斯く戦うだけのこと!」

 

「――恨むなよっ!」

 

冷めやらぬ興奮に息を荒げて呼吸する一夏が、全て撃ち切ったビーム・マグナムを下げながら零落白夜を収納しつつ、高周波ブレードに戻した雪片弐型を突き出して戦闘はボーデヴィッヒの敗北濃厚だと告げる。そのまま降伏を勧めるが、ボーデヴィッヒは自らを軍人だと言い切り最後まで戦うと叫んだ。同い年の少女が口走る言葉とは思えないそれに、後頭部を殴られた衝撃を感じながら自身の恵まれた環境に思いを馳せ――それを振り切り、軍人であれば絶望的な闘いになったとしても恨むのは無しだ、と、こちらも感情を乗せた声で叫び、ボーデヴィッヒへ後方から強襲を仕掛ける。一夏もそれに続き、前後からの挟撃と相成った。

 

「恨んでいる!既に貴様を!織斑一夏をな!」

 

「憎しみでは何も得られないと、なぜ理解しない!」

 

一夏をAICで捕縛し、前方からの突進を防いだボーデヴィッヒはワイヤーブレードを俺の方に回してビーム・サーベルを弾こうとするがアームド・アーマーDEは既に不要だと判断した為、収納して右腕部のホルダーからビーム・サーベルをもう一本引き抜き二刀流を形成して、迫り来るワイヤーブレードを弾き落とす為の近接防御を展開する。リーチが欲しかったので、何方も通常出力モードへと切り替えて振るい続ける。

 

「いいや、変わるさ。私は憎しみで強さを手に入れた!近接戦も得意かと焦ったが――甘いな!」

 

「――ぐ!それは強さじゃない!孤独になっただけだ!」

 

「だからどうした!」

 

「強さとは、戦うだけの力じゃないだろう!」

 

「私にとってはそれが全てだ!」

 

「それが獣だと言っているんだ!」

 

ワイヤーブレードの迎撃をしつつ、ボーデヴィッヒが対話に応じ始めている事に心境の変化を感じながら、迫り来る殺意の籠った一撃を弾く。が、弾く度にドス黒いオーラを纏っていく思念の籠る一撃は、その重さを増していき、やがて此方の防御が追いつかなくなった。拮抗した一撃が左手に握ったビーム・サーベルの出力装置が貫き、ビーム・サーベルを破壊する。やはり、左手での剣術は慣れていないこともあるせいか、隙が大きかったようだ。終わってしまった事を悔いるような時間も無く、内側に秘めた感情を表に出し始めたボーデヴィッヒの底力に、歯がガチガチと情けなく鳴り、背筋を凍らせる程の寒気を覚えた。

 

これが、一人で闘い続けた者の魂か。

 

なんと、冷たいのだろう。

 

「――それでも!」

 

「...動きが!?」

 

「人は一人では生きられない!支え合って生きていくんだ!」

 

「甘言ばかり!」

 

右手に残るビーム・サーベルを高出力モードに切り替え、胸の前に添えて構えた被弾覚悟の一撃で懐に突っ込んでいく。するとボーデヴィッヒは突然の攻防逆転に驚き、一夏に掛けていたAICをキャンセルし、その場から横――アリーナ中央へと飛び退く。AICを解除された一夏は逃げるボーデヴィッヒの追撃に移り、ボーデヴィッヒの背中を斬りつけんばかりに加速するがボーデヴィッヒは一零停止からの反転を行い、一夏の上段からの振り下ろしを回避して、カウンター気味に裏拳を放つ。その間に、一夏の背後にまで接近した俺は、一夏がその場で飛び退くのに合わせて逆に加速し、前に出る。そうして入れ替わる瞬間に一夏が再び、俺の背中にビーム・マグナムをマウントさせ返却してきた。

 

「俺はそうやって生きてきた!」

 

「――何故だ!なぜ、そうも弱い貴様が......こうも強い!?」

 

ボーデヴィッヒ目掛けて胸の中央に構えたビーム・サーベルを右側へ薙ぐが、踏み込みが一歩足りずに致命的損傷にはならず。胸部装甲の塗装が灼ける程度に留まってしまう。ならばもう一歩踏み込み、一撃を加えようと右腕を左側へ振り戻そうとするが逆に踏み込みすぎてしまい――いや。接近してきた、焦燥するボーデヴィッヒによって間合いが狂わされたようだ。右手首を抑えられ、正拳突きが飛んでくる。それを食らう訳にはいかず、左腕に出したアームド・アーマーDEで受け止め、この戦いの中で少しコツを掴んだパリィで、ボーデヴィッヒの拳を外側へ弾く。

 

「守りたいという想いさえも、力になる!」

 

「寝言を言うな!――認めたくないが、機体の技術差か!?」

 

「違う!支えてくれる人達に背中を押してもらって、俺は前に進み続けることが出来る!一人で突き進む孤独(きさま)とは違う!」

 

「そんな人間、存在しない!」

 

「貴様が見てこなかっただけだ!差し伸べられたはずの手を無視して、孤独で在ろうとしたお前の弱さがそれだ!」

 

抑えつけられた右手に残るビーム・サーベルがワイヤーブレードに弾かれ、後方へ飛んでいく。ボーデヴィッヒの表情が何とも言えぬ物に歪んでいき、震えていく。

 

「本音を語れ、ボーデヴィッヒ!その仮面の下に隠した醜い物を吐き出してしまえ!」

 

「――だまれ、だまれ、黙れぇえええッッッ!!!ずけずけと人の心に入り込む俗物め!」

 

「助けを求める事は弱さじゃないよ、ラウラ!」

 

アームド・アーマーDEで未だに手首を抑えつけているボーデヴィッヒの腕を殴って振り払い、ビーム・キャノンを連射する。ボーデヴィッヒはまだ飛び道具が残っていたことを忘れていたのか、瞳を見開いてジグザグに後退を開始した。俺はそれを追いかけようとするが、それよりも速く、主人加速を使った一夏が斬り込んでいく。片手にビーム・サーベルを、片手に零落白夜を握った状態で。

 

「ッ!織斑、一夏ァアアア!!!」

 

「私も――助けられて、前に進んだ人間だから!」

 

必殺の二刀流を構えた一夏は瞬時加速で得た速度を活かしタックルを撃ち込み、迎撃に向けられたボーデヴィッヒのワイヤーブレードを弾きながら本体に直撃し、慣性を殺しきった後に力なく揺れるワイヤーブレードを焼き落とす。

 

「認められるか......認められるものか!そんなこと!」

 

「人に頼る勇気も、強さになるよ」

 

顔をぐしゃぐしゃに歪め、動揺しているボーデヴィッヒはいよいよ武装が無くなってしまい拳闘戦を挑むために前進するが、一夏の慈愛の声と共に放たれた「X」字に斬り付ける必殺の連撃が無情にも機体を引き裂き、致命的損傷を与えた。

 

「――私は......私は......負ける、のか......?」

 

機体維持限界を告げる紫電がボーデヴィッヒのISを覆い始め、アナウンスが聞こえる頃だろうと思い、勝利を確信した一夏は、零落白夜を維持できなくなり、シールドエネルギーが底を尽いて雪片二型が消滅するのを少し呆けた様子で眺めていた。そんな一夏に声を掛けようとしたところで、眉間に閃きにも似た閃光が駆け抜ける。

 

「一夏下がれ!まだ何か来るぞ!」

 

「――ッ!」

 

力なく項垂れたボーデヴィッヒの眼帯が地面に落ちるが、その顔は沈んでおり見る事はできない。だが、言い知れぬ不安に包まれた俺の直感がこれから始まる何かを確実に察知していた。一夏を呼べば、即座に飛び退いて俺の隣にまで後退してくる。

 

「ぐ、あ......あ、ああ――あああああああああッッッッ!!!」

 

ボーデヴィッヒは凄まじい勢いで天を見上げたかと思えば、身を裂かれているのかと思う程の絶叫を発した。それだけで一夏はビーム・サーベルを構え、俺はビーム・キャノンの砲口をボーデヴィッヒへ突きつけた。だがそれも束の間で、次に起きた現象で俺たちは互いに顔を青くする。

 

破損痕や被弾痕、罅割れや装甲の一部が欠け、塗装の剥げたボーデヴィッヒのISを象っていた輪郭が突然飴細工のように溶け、どろりとした液体に変貌した。それだけでも奇怪だというのに、その現象はそこで終わらず、濁ったどす黒い悪意が、ボーデヴィッヒを奈落の底へ落としていく様に呑み込んでいく。

 

「万掌......なに、アレ......」

 

「知らない......あんな、悪意に満ちた物は......!」

 

一夏が肩を小さく震わせながら腰を少し引いて怯えつつ、俺にアレが何かと訊ねてくる。だが俺にもあんなものを知っているわけも無く、何よりあの黒い液体が放つ、邪気と呼ぶのが正しいほどのそれがボーデヴィッヒを手招きするように、迷子の子供を連れ去る様に呑み込んでいく状況に焦燥を覚えた。

 

ISは原則的に、変形をしない。例外として装甲の展開やパーツ位置の変動などで発生する変形はあるが、それは飽くまで拡張される機能の一部である。ISが装甲展開以外でその形を大きく変える時は、『初期化・最適化』と『形態移行』の2種類のみである。パッケージやイコライザに積んだ追加装備によって多少の外観変化はあれど、基礎形状が変形することはまずない。有り得ない出来事であるはずのそれが、目の前で起きている現実に俺たちは唖然として、行動を起こす事が出来ずにいた。

 

まるで粘土細工のようにISを構成していたパーツ全てが歪な形に歪み、ボーデヴィッヒを核にするように集まっていく。瞬間的に発生した変異の中で、眼帯で塞がれていたボーデヴィッヒの金色と普段の紅蓮のオッドアイが俺を見て――右手を伸ばした。ような、気がした。が、それも束の間の出来事。ボーデヴィッヒを完全に取り込んだ黒い液体は新しい肉体を形作り、その表面を何度か胎動するように脈動させてゆっくりと降りてきた。その黒い何かはボーデヴィッヒの肉体をそのまま利用したような少女らしい身体を作り上げ、その手足には従来のISを思わせる最小限の装甲らしき物が取り付けられている。頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、双眸にはセンサーがあるのか、顔面を覆う装甲の下で邪悪な烈火を力なく灯していた。

 

「......雪片...!」

 

一夏が苦悶の表情を浮かべて零した一言は、変態したボーデヴィッヒのISが握っていた武器の銘を指した。雪片。かつて千冬さんが握っていた武器であり、一夏が現在使っている武器の先代である。一夏はそれに思う所がある様で、激しい怒りに呑まれて武器を突き出そうとした所で、一夏を無理矢理掴んで引き留めた。

 

「――!離して、万掌!」

 

「一夏」

 

「...でも!あれは、千冬姉のデータなの!千冬姉だけの物なの!」

 

留められた一夏は、怒りと悲しみの混ざり合った表情で吼える。しかし、もう一度名前を呼ぶと少し冷静になったのか、突撃は止めた。それでも腕を引っ張って揺らす一夏の叫びを黙って聞いていると、黒いISが突発的に、かなりの速度で動き出した。

 

「――退け、一夏!」

 

「――っ!」

 

機体維持限界に到達している一夏を後ろに下げ、アームド・アーマーDEを突進してきた黒いISの眼前に突き出すと、黒いISは居合に見立てた刀を中腰に構え、必殺の一閃を薙いだ。ただそれだけで、マウントしていた固定装置が破損し、アームド・アーマーDEこそ砕けなかったものの、保持していた装置が持たずにシールド諸共吹き飛ばされ、身を守る物が完全に剥がされた。そのまま上段に構えた動作を見て、次にやってくる一撃を想起し咄嗟に逆加速を始めて後退を開始する。しかしそれもコンマ数秒間に合わず、縦一直線に振り下ろされた一撃が胸部装甲を掠めた。全方位視界で得られる背後の一夏を気に掛けて意識を向ければ、既に白式は消滅しており、生身のまま危険な位置に放り出された状態のまま固まっていた。戦おうにも武装がない。デストロイモードが起動しない。かといって下がろうにも一夏を構えたままでは退けない。

 

破れかぶれの突撃をしたところで、千冬さんの動きをそのままトレースした一撃を持つあの黒いISにヤケクソの攻撃が通じるとも思えない。八方塞がりのような状況の中、視界の隅から小さな光が瞬き、黒いISが小さくよろめいた。

 

「バン、ショー...!織斑さんを、早く!」

 

誰の援護だと思って光の射した方へ顔を向けると、シャルロットが紫電を巻き起こしたままのラファールをなんとか動かして、ライフルを構えていた。シャルロットは俺の視線を感じ、苦悶の表情のまま一夏を連れて下がれと叫ぶ。

 

「――すまん!任せた!」

 

「万掌!私まだ戦えるよ!」

 

「無茶を言うな!白式はエネルギー切れだろ!」

 

「そうだけど!でも、ラウラが!」

 

「......とにかく、今はシャルルの方へ!」

 

一夏を腕の中に抱きしめて背中を盾にしながらシャルロットの援護射撃の中を迅速に後退する。一夏は生身なので、なるべく苦にならない速度での離脱を求められるが、正直あまり構っていられるほどの余裕はなかった。

シャルロットの正確な射撃を物ともせずに近付いてくるので、気が気でない。安全圏まで離脱できたと思った矢先、瞬時加速を使い一瞬で真横に並ばれた事に唖然とし――追い抜いていった黒いISに思考が一瞬停止し、シャルロットへ攻撃を行ったことで脳が思考を再開した。

 

「――シャルル、射撃中止!その武装を投げ捨てて逃げろ!」

 

「え、あ...うん!」

 

シャルロットは俺の声に動揺したが、何か考えがあってのことだと信じて黒いISへライフルを投げ付けて、片足を地面に擦りつけながら退避を開始した。眼前に迫ったライフルを両断した黒いISは、大破状態のシャルロットに一切の興味を示すことは無く、その場に鎮座する。そのパターンの観測に成功したことで、憶測は確信に変わった。攻撃を受けた、もしくは攻撃性の高い武器を検知することで自動的に反撃・迎撃を行うプログラムのような物だろう。一夏はISがエネルギー切れで消滅し、俺は武装をほぼ全て消費した上で、吹き飛ばされたシールドを除いて残された武装はデストロイモードにならないと使えないビーム・サーベル2基のみ。それも今は通常形態なので使えず脅威度はゼロに等しい。シャルロットも何時エネルギーが尽きても可笑しくはない状態の為、脅威度は低いと判断された様だ。といっても、まだ腰部背面にマウントされた予備カートリッジを遣えばバックパックにマウントしたビーム・マグナムは再使用が可能になる。だが、それが千冬さんの動きを完全トレースするあの黒いISに通じるかと言われれば、言い淀んでしまう。

 

「バンショー!」

 

「シャルル、無事か?」

 

「ダメージレベルがCを超えているのが無事だって言うのなら、無事だよ」

 

姿勢制御機能が破損しているのか、千鳥足のような動きで俺と一夏の傍にやってきたシャルロットに安否確認をすると、軽口を返してきたので見た目こそ損傷が酷いが本人は健康そうで何よりだと感じる。

 

「――よし。3人揃ったことだし、作戦会議だ」

 

「......ボーデヴィッヒさんを助けるんだね、バンショー」

 

「ああ。俺の気のせいかもしれないが――奴はアレに呑まれる瞬間、助けを求めたような気がした。手を伸ばしたのなら、相手が誰であろうと俺はその手を掴みたい。助けられるのなら、助けたい」

 

その俺の言葉に、何故か笑みを浮かべる一夏とシャルロットに訝しむ目線を向けるが、二人はその視線を受けてもただ小さく笑っているだけ。

 

「バンショーは、そうじゃないとね。――でも、武器がないよ。シールドエネルギーも......」

 

「それに、なにより決定打が足りない。一番火力があるのは一夏だが、一夏の白式は完全にガス欠だ」

 

「零落白夜があれば、多分行けると思うの......どうかな、シャルル」

 

「僕のリヴァイヴのコア・バイパスを使って――バンショーのユニコーンから吸い上げたエネルギーを、そのまま織斑さんに流せば......一極限定でなら、動かせると思う」

 

一極限定。本来ISは全身に展開する物だが、特異的状況下に置かれた場合でもISを扱える様に、腕の一部にのみISを展開することで、性能を腕1本分しか発揮できない代わり、燃費も腕一本分で済む限定使用状態の事を指す。今回の場合は、一夏の右手にのみ白式の腕を展開させ、零落白夜を扱わせる形になる。だが......

 

「......怖いね、万掌」

 

「一夏......」

 

一夏は、自らが重大な責任を背負った事に小さく震えている。無理もない。ほぼ生身の状態で、ISを装備した千冬さんの前に行けと言われているのだ。勝ち目は限りなく薄いだろう。たとえそれが、偽物であったとしても。

 

「大丈夫だ。俺も一緒に行く」

 

「え......」

 

「俺も怖いけど......いざという時は、盾くらいにはなると思う」

 

「――――じゃあ、守られるワケにはいかないね」

 

一夏に渡すシールドエネルギーの量を少しでも増やす為にユニコーンを出現させたまま装着を解除して地面に着地しつつ、一夏の頭を軽く撫でて肉壁くらいの役割は果たせると格好付けてみた。一夏はその言葉を聴き、身体の震えを殺し、やる気に満ちた目で失敗はしないと言ってみせた。

 

「よし。シャルル、頼んだ」

 

「――うん、じゃあバンショーのコアから、僕のコアを経由して織斑さんの白式にエネルギーを供給するよ。本当に、やっていいんだね?」

 

「お願い、シャルル」

 

アリーナのスピーカーから非常事態発令のアナウンスが鳴り響き、来賓と生徒は一斉に退散を始めており、その喧噪の中で静かにユニコーンに接続されたケーブルが一度リヴァイヴを経由し、それから白式へと繋がれたケーブルを通過してエネルギーの供給が開始される。ユニコーンが消滅しかかる寸前までエネルギーを譲渡したシャルロットはケーブルを引き抜き、エネルギーの配布が終了した旨を無言の頷きを以て知らせた。

 

「右手と、雪片弐型だけ......」

 

予想以上に供給されたエネルギーが少なく、腕の装甲さえ展開出来なかった一夏は不安そうにそれを眺める。

 

「一夏、お前が白式を信じなくてどうする。ISと操縦者は、パートナーなんだ。互いが互いを信頼し合うんだ。それに俺は、お前なら大丈夫だと信じてる」

 

「――うん。そうだね......そう。私が一番、白式の事を良く知っているんだから、信じてあげないとだね」

 

「......よし、ユニコーンでお前をギリギリまで連れていく。隙を見つけたら、即座に斬りつけろ」

 

手短に話をした後、一夏が捕まりやすいように膝を着いて待機していると、バックパックにマウントされたビーム・マグナムのグリップを掴んで身体を安定させたらしい一夏を一瞥して、無言で立ち上がる。ユニコーンも限界寸前の状況の中、無理矢理動かしているのが今だ。あのISの前に送れるか、送る前に消えるかのどちらかだろう。頼むぞユニコーン、お前の粘り強さを見せてくれ。

 

ユニコーンにそう告げると、機体の内側から迸る赤のサイコフレームが翡翠に染まり、暫く波打つように機体を覆い――光が消滅し、沈黙する。流石のユニコーンも、ここからはしゃぐ気力は無かった様だ。相棒が見せた茶目っ気に少し苦笑を漏らし、気が少し楽になった所で背中に乗る一夏に声を掛ける。

 

「行くぞ、一夏!」

 

「――うん!行って!」

 

この状況を整えてくれたシャルロットにサムズアップをしながら通り過ぎ、黒いISへ接近していく。奴の感知範囲に入ったのか、凄まじい勢いで振り返って宙を滑りながら突っ込んできた。

 

「速い!」

 

「ユニコーンが限界なの!」

 

「ああ、そういうこと!」

 

まるで紙芝居のページが1枚抜け落ちたかのように、いきなり眼前に現れた黒いISに驚愕するが、一夏の言葉で今のユニコーンはハイパーセンサーさえ満足に稼働しない状態だと改めて自覚しつつ、横薙ぎに構えられた一閃を咄嗟の判断で左膝と左肘でなんとか挟むことに成功し、刀を防ぐ。が、この雪片のコピーだが、高周波ブレードの機能も再現しているらしくこうして抑えつけている間にも、なけなしのシールドエネルギーが削られ続けている。

 

「...一夏!」

 

「――ここまで連れてきてくれたから、あとは私に任せて!」

 

「このまま抑える!いけ!」

 

一夏は俺の右隣に降り立つと、零落白夜を静かに起動させた。しかし、供給されるエネルギー量が少ないせいか、零落白夜は普段のような太いそれではなく、ビーム・サーベルのように細い。だがしかし、細いが故に頼りないという訳ではない。むしろ、日本刀を想起させるその形状は頼もしささえ感じた。しかし、そうして意識を集中させていられたのも束の間。高周波ブレードを抑えつけているユニコーンの脚部装甲が罅割れ、機体維持限界に陥ったことも相まって四肢の先から次第に粒子と化して消滅していく現状に焦るが、一夏が零落白夜を当てるまでは意地でも腹部側面の装甲を削り始めている高周波ブレードを防ごうと腹を括る。

 

「――強さっていうのは、誰かを傷つけるものじゃないんだよ、ラウラ」

 

シールドエネルギーの残量不足による絶対防御能力損失により、ここで致命傷を負えば死に直結しかねない現状に心臓は早鐘を打って自らの置かれた立場を克明に知らせ続けてくる。黒いISの正面にゆっくりと歩み寄った一夏は、削り飛ばされていくユニコーンの装甲が巻き起こす火花に包まれながら、黒いISの内部に囚われたボーデヴィッヒに声を掛けた。

 

「守りたい人が居る。守りたいから強くなる。強さっていうのはね......」

 

これ以上刃が脇腹を抉るようなら、サイコフレームを切り伏せ、そのまま生身の肉体まで裂かれるであろう事を想像し、その嫌な予想が現実の物にならない様に右腕もブレードに叩き付けて圧力を加えていく。頭部を保護していた兜を模したフルフェイスは少しでもブレードを抑える装甲各部位を維持させる為に、先んじて光となって消えた。これ以上は、本当にヤバい。高周波ブレードを挟み続けている左膝と左肘の装甲は真っ赤に灼け、操縦者保護機能が停止しつつあるユニコーンを伝わり始める。じわりと熱くなってきた皮膚に、額に貯まる汗はその熱から生じたものではなく、危険を察知した動物の本能が発した冷や汗というものだという事を直感的に理解する。しかしこの場で取れる最善は、一夏の援護をすること。この状況を打開するのは俺ではなく、一夏である。いや、一夏しかいない。

 

だから俺は、この土壇場で、俺の命も、安全も、ボーデヴィッヒのことも、何もかもを全部を一夏に預けた。

 

俺の信じた一夏なら、やってくれると信じているから。

 

「強さっていうのは、誰かを想って、誰かの為に頑張ろうとする活力の事だと、私は思うの」

 

「――任せたぞ一夏!」

 

「私は今――万掌を守りたい。私の為にギリギリまで粘ってくれた万掌を、守りたい。信じてくれた万掌を守りたい。だから、これが今の私に出来る全力全霊......守りたい人の為に振るう、想いの一振り。ラウラにも...届いてほしい」

 

一夏が両手で握った雪片弐型を構え、目を閉じながら静かに言葉を漏らす。そして、ボーデヴィッヒにもその想いが届く事を祈りながら、一夏は...

 

 

静かに、その切先を、音を立てる事なく、振り下した。

 

 

「――」

 

削り飛ばされたユニコーンの装甲に塗られていた塗装が剥げ落ち、削り飛ばされた装甲片が火の粉となって、粉雪のように一夏の周りへと重力に惹かれ、積もっていく。その黒い雪の中で、雪片弐型を振り下ろしたまま残心を取る一夏は、呼吸さえも忘れているように静止していた。まるで写真を見ているかのような、切り取られた景色だった。その中心に佇む、物憂げな表情で、熱を帯びた瞳を潤ませる彼女を一目見て、俺は決着が着いたのかも分からない状況なのを忘れ、見惚れてしまっていた。

 

「――っと...!」

 

しかし、それも束の間の出来事。脇腹の装甲を半ばまで削っていた黒いISのブレードがグニャリと歪んで溶け落ちる。それに合わせて本体も形を保てなくなったのだろうか、一夏に斬りつけられた縦一閃の切り口に沿うようにして開かれた部位から、虚ろな目をしたボーデヴィッヒが零れ落ちるように地面へ投げ出されたのを見て、正気を取り戻した俺は予想通りに動かないユニコーンをなんとか動かして一夏の正面に立つと、ボーデヴィッヒを右腕で抱き留めた。そのまま地面に降ろし、寝かせると同時にユニコーンが完全に粒子と化して消滅し、ユニコーンは首に掛けられたブローチへと戻ってしまった。

 

「無茶をさせたな、ユニコーン」

 

本当にギリギリまで酷使してしまった事を詫びながら、俺の期待に応えてくれたユニコーンを労う為にブローチを数度、優しく撫でてやる。するとユニコーンは、僅かにその瞳の翡翠を光らせた。疲れているだろうに、反応するその律儀さに、思わず薄い笑みを浮かべてしまう。

 

「万掌」

 

「ん?」

 

「――信じてくれて、ありがとう」

 

雪片弐型を粒子へ帰した一夏に呼ばれ振り返ると、少し頬を赤くした一夏が微笑みを浮かべて礼を告げてくる。それを何故か長い時間直視することができず、目線を逸らしてしまった。

 

「......――パートナー、だから、な」

 

「――!うん!」

 

赤くなった頬を指で掻きながら、目線を逸らしたまま小さく呟く。すると一夏は何故か嬉しそうに笑みを深め、華が咲いたような、満面の笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 

その後、駆けつけた教職員たちに連れられボーデヴィッヒは一度精密検査を受ける為に専門病院へ搬送され、俺たちも俺たちで、シールドエネルギーの切れた絶対防御発動不可能状態での戦闘行為を行った為に、念の為ということでボーデヴィッヒと同病院に搬送される事となった。

 

 

 

 

 

 




ラウラの過去把握と仲直りは次回に持ち越しです。

焦らしてすいません。

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