Ideal・Struggle~可能性を信じて~   作:アルバハソロ出来ないマン

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読まなくても問題ないです。




TabaNe

「おー......お、お......おー...?」

 

奇妙な部屋。

 

至る所に機械の部品が散乱し、ケーブルが樹海のように広がった密室。

 

金属の根の上を歩くのは機械仕掛けのリス。床に転がったネジを拾い上げてはドングリを齧るかの如く、ネジを削り取っている。カリカリと金属粉さえ上げずに金属を食す金属が放つ異音は、一昔前のハードディスクの書き込み音によく似ていた。

 

不必要な部品を識別し、その構成素材を分解して吸収、別の形状へ再形成するリスなど、世界中を探してもこの部屋にしか居ないだろう。

 

ここは、篠ノ之束のラボである。

 

「う~ん......わっかんないなぁ......」

 

異質な部屋に籠る篠ノ之束。束もまた、異質さを隠すことなく放っていた。

 

空のように真っ青なブルーのワンピースに、エプロンと背中に付けられた大きなリボンが目を引く。鉄の箱庭に住むアリスのような恰好をした束の目線の先には、12枚の大型のノンフレームモニターが束を囲むように端に行くにつれて歪曲しながら設置されている。

 

それを食い入る様に眺める束の目は不健康に淀んでおり、その暗く濁った目の下に出来たクマはもう何年も消えていない。

 

睡眠とは思考を整理する時間でしか無く、眠るという行為自体が脳が自身の記憶を整理する為に起こす生理的衝動である事すら乗り越えてしまった彼女は、自らの意識を泥の中に沈める事を忘れてしまっていた。

 

正しく、天才は思考から解放されないというものだろう。

 

ウサギ耳のカチューシャを揺らしながら、束の淀んだ瞳に捕らわれ続けているのはIS学園1年1組所属、唯一の男性操縦者こと堺万掌その人であった。束は万掌がユニコーンを装着しデストロイモードへと移行した瞬間を、どうやってか様々な角度で録画した物を同時に再生し、リピートしては頭を抱えて唸っていた。

 

「わっかんないなー......なーんでしょーくんは暴走しないんだろー」

 

束は不機嫌そうに独り言ちるが、その口元には張り付いたような冷たい笑みを浮かべ、目は興味深そうにどす黒い光を滲ませて万掌を捕らえ続けていた。

 

ハイパーセンサーを起動していない束だが、その瞳は凄まじい速度で動いており、超音速戦闘へと突入した12枚のモニターに映る全ての万掌を同時に捕らえ続け、手元に出現させた網膜投影式のヴァーチャルキーボードを叩き続けている。

 

「しょーくんに連動して暴走するようにした筈なんだけどなぁ......う~ん」

 

瞬き一つすることなく、虚空の瞳は万掌全てを知り尽そうと貪欲に動き続けてはキーボードを叩く指の速度が加速していく。

 

「やっぱり、人の心かぁ......それは流石の束さんにも分からないよねー」

 

入力された情報は、万掌の感情指数であった。万掌が戦闘の際に感じた、僅かながらでも抱いた感情が独特の指数で表示されたそれを見た束は、ユニコーンのデストロイモードへ至っても暴走しない原因の解明を終えた。

 

しかし、本人はその答えに満足してはいなかった。

 

「しょーくんの暴れっぷり、面白くないよねぇ......」

 

束は、制御不可能な獣に乗せられて暴れ狂う万掌が見たかったのだと言わんばかりに憤怒の表情を一瞬浮かべ、すぐに元通りの顔を用意する。

 

「――あ、そーだ!」

 

束が何かを思いついたようで、パン、と両手を合わせた瞬間にモニターの映像が全て途切れ、ヴァーチャルキーボードが消失した。それが当然だと思っている束は何も気にすることなく立ち上がり、床に散乱した機械の山に身体を潜り込ませて、あれでもないこれでもないと言いながら部屋を更に乱雑に汚していく。

 

「しょーくんなら、きっと使えると思うんだよねー。あったあった、これこれ!」

 

うんしょ、とわざとらしく声を上げながら束が鋼鉄のジャングルから引き抜いたそれは、液体のような金属だった。

 

「しょーくん、見せてよ。束さんにさ......」

 

束が引き抜いた物は、名前を『サイコ・コミュニケーター(仮称)』と言う。人間の出す感応波をISの独自言語に翻訳し、従来の命令系統よりもより素早く複雑な操作をする事が可能になる拡張ツールと呼べるものである。しかし、これを凡人に使わせても意味はなく、強い感応波を発せられる操縦者でしか十全の効果を発揮できない未完成品の失敗作であった。

 

だが、万掌の感情指数を読み取った束は万掌の感情を見て、何かを企む深い笑みを作る。

 

「人の可能性ってやつを♪」

 

失敗作、オカルトと自分が投げ捨てたISに、同じく失敗作であり未知のサイコ・コミュニケーターを合体させた物に万掌が搭乗することで、『オカルト×未知×予測不可能』が成り立つ。

 

束の目に映る、万掌が最も強い感情指数を叩き出した物は2つ。怒りと悲しみ。

 

束は、決して今回の結果に満足したわけではない。

 

万掌はまだ、ユニコーンの全てを発揮できていないし、万掌自身の底も見せてはいない。束はそれを知った。

 

だからこそ、見てみたい。

 

「これからは、束さんがちゃーんと......しょーくんの全部を見てあげるからね」

 

どんな絶望を与えれば、万掌の心は折れるのだろう。その折れた心が再度治った時、ユニコーンはどれほど万掌に共鳴するのだろう。

 

その身を灼くほどの怒りに襲われたとき、ユニコーンはどれほど猛り狂うのだろう。その暴れ馬を、万掌はどう制御するのだろう。

 

一人と一機。これほど不完全で完全な人とISのコンビを束は見た事が無かった。万掌は全てをユニコーンに預け、ユニコーンはそれに応え続ける。束が数年前に見たかった物が、そこにあった。

 

「......束さんに、見せてよ」

 

『I・S』と表示されたプログラムを、束は起動させた。

 

『I』とはIdealを意味する。Idealは『理想』である。Iを表すのは、堺万掌。理想を抱き、人を愛し、可能性を信じて前へ進み続ける少年。

 

対する『S』とはStruggleを表す。Struggleとは『闘争』である。こちらにも、既に対象者が居る。人間の本能とは闘争であると信じ、破壊の限りを尽くそうとする存在。

 

「どっちが、正しい人間の在り方なのか」

 

理想・闘争。どちらも、人間が持つべき側面である。

 

苦しくもISになぞらえた頭文字になった本プロジェクトの本質は、人を見極める事である。

 

次世代を担う二人の若者に、理想と闘争の象徴を与え――幾度となく衝突させれば、何方が人間の本質か理解できるだろう。

 

「でも、きっと。IもSも、束さんに成ると思うんだよね」

 

束の濁り切った瞳から、感情が抜ける。そこに残るものは、虚無だけだ。束は解っている、理想の先に在るものを。束は知っている、闘争の先に在るものを。そして、そこに至った者の果てを。

 

何故か。

 

それは至極単純。

 

 

 

果てに至ったものが、篠ノ之束であるからだ。

 

 

 

 

「――楽しみだね、しょーくんが束さんに成れる日が」

 

 

 

 

そうして、少女のような声で童話の一節を読み上げながら鼻歌混じりにサイコ・コミュニケーターの調整を始める束は、どこか悲しそうに、しかし嬉しそうな様子である。

 

 

 

 

 

 

誰も知らないこの空間を起点に、世界は静かに動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 




『サイコ・コミュニケーター』:オリ主の底を見たい束が用意した不完全品。使用するには強い感応波を発する人間でなければならない為、一般人が扱うことは不可能に近い。しかし、束が資格化したオリ主の感情の度合いにより怒りと悲しみの何方かを強く発揮させることで、操作が可能になるのではないかという企みからユニコーンに取り付けられる予定となった。

以降の記載はユニコーンに取り付けられ、3巻の内容が進んでからになります。




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