Ideal・Struggle~可能性を信じて~   作:アルバハソロ出来ないマン

4 / 31
第4話

再び、日々はあっという間に過ぎていく。

 

夏休みが明け、1日過ぎる度に3年生全体に広がる独特の緊張感と圧迫感、それに焦燥感は膨らんでいった気がした。たまに聞こえる羽根休めをしろという教師の言葉も耳を素通りする事もあった。それは11月、12月とカレンダーを捲る毎に自分に余裕が無くなっている表れだったのだろう。

 

一夏も、目と鼻の先にIS学園の受験を控えている。俺たちが学校以外で出会うのは、今日を除けば正月が最後だったと思う。互いが互いを尊重するが故に、勉学の妨げになるような事は互いに憚りあって避けてきた。ただ、その代わりに一夏と過ごす日は1分1秒さえ大切に過ごす様に努力をしてきたつもりだ。お互いが持つ受験への不安と、来るべき別れの時が近付くに連れて心の奥底を隙間風が吹き抜けるように襲い掛かる虚無感を誤魔化す為に、何気なく、何方からというわけではないが手を伸ばし、取り、絡め、握りあい――誤魔化し続けた。12月も終わりに近づく頃には逢瀬を終わらせる時間は夜の8時から11時にまで伸びていた。これの始まりは、俺の弱さが原因だった。互いが抱える不安を吐き出したり、堪えたまま傍に互いを置いたまま無言でお互いの心を溶かしあうやり取りも終わりが見え始めたころ、一夏が俺の部屋から立ち去ろうとした時に、俺は自分の弱さに負けて一夏の手を掴み引き留めてしまった。そこからはあっという間だった。一夏も堪えていたのだろう。例外が出来た為に、俺と同じ様に俺が帰ろうとするタイミングで俺の手を取り、俺を引き留めた。そこで俺が強く言えれば良かったのだろうが、一夏と俺の二人だけの空間は互いを理解しあっているが故に居心地が良かった。だから、俺もまだ居たい、と流されてしまったのだ。

 

「――ねぇ、万掌」

 

一夏が俺の名前の「ウ」をしっかりと強調するときは、何か大切な話をする時に限る。

 

「どうした、一夏」

 

深く絡ませあった指の一部を動かして一夏の手の感触を確かめれば、一夏も俺の手を細く艶やかな指を静かに滑らせて弄んだ。

 

「進学してからも、休日はなるべく逢うようにしようね」

 

顔を突き合わせて話しているわけでもなく、ただ互いに壁を背にして座り込み手を握り合っているだけなのに俺は一夏がどんな表情で話しているか分かった。

 

「――ああ、そうだな。一生の別れってワケじゃないんだ。そうしよう」

 

その日は俺の発言が最後の会話となり、お開きになった。今日は2月3日。明日が、IS学園と藍越学園の入試日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ会場、だね」

 

「ああ」

 

「受験場所は違うけどさ、頑張ろうね」

 

「ああ」

 

「――緊張してる?」

 

「......ああ」

 

受験当日。受験会場に到着するまでの俺たちは互いの荷物チェックを行い、何度も点呼をして忘れ物がないかを確かめ合った。会場に着いてからは、一夏が何か話しかけてくるが緊張して喉が干上がり今まで勉強してきた事の全部を振り返っていた為によく聞こえず空返事をしていたのだろう、俺の目の前に一夏が飛び出して来て不安そうに尋ねてきた声にようやく反応する事が出来た。

 

「だーいじょうぶ!バンショーが頑張ってた事は私が一番よく知ってるから。絶対に大丈夫だよ」

 

「――。ああ、ありがとう。俺も、一夏が頑張ってる事を一番よく知ってる」

 

「......えへへ」

 

「じゃあ、お互いに全力を尽くして、頑張ろう――?」

 

緊張する俺の両頬を摘んで、ぐいーっと引っ張って笑顔を作らせながら笑う一夏の頬は少し朱に染まっていて、寒いのだろうかと思い気を遣わせてしまった礼に報いる為に右手を一夏の頬に添えつつ、励ましの言葉を返す。一夏は少し照れ笑いを浮かべた後に目を伏せ、一夏の頬に触れている俺の手に自分の手を重ねてきた。お互いにリラックス出来たので、それぞれの目的地に行くかと切りだそうとした時に、不意に鼻根、いや眉間の辺りからだろうか。一瞬だけ電気が弾けたような錯覚を覚えて足を止めた。余りにも一瞬の出来事で困惑したが、確かにその一瞬の間で身体を駆け抜けた不快感に眉を寄せながら不快感の一番強い場所を捉えて勢いよく顔を向けた。

 

「......っ!いや、そんな――束、さん......?」

 

「えっ」

 

視線の先には、廊下の曲がり角に消えていく――行方不明になり、指名手配までされた篠ノ之箒の姉にして織斑千冬の親友、篠ノ之束の姿があった。嘘だ、こんな所に居るわけがないと思いながらも、もしかしたらIS学園の試験を見に来たのかもしれないという僅かばかりの可能性を信じて追いかけることにした。追いつけたのなら、話が出来たなら。心配したんですよ、と声を掛けようと思った。

 

「束さんっ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよバンショー!」

 

曲がり角を抜ければ、続く廊下の奥の部屋に入っていく束さんが見えた。相変わらず、足の速い人だ。一夏が少し遅れてやってきたが、部屋に入ったのが見えたのだ。ここで先に走って行った所で到達地点は見えているから大丈夫だろうと判断して先に行く。束さんが入っていった部屋の前に立ち、扉に手を掛けて一気に開け放つ。

 

そこに待ち受けていたのは、束さんでも無ければ受験生が控える待ち部屋でもなかった。

 

 

 

 

ここで見た束さんのような誰かを追いかけたのが俺のターニングポイントだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ISだ」

 

部屋の中央に鎮座する機械的冷たさを感じさせるフォルムのそれはインフィニット・ストラトスという、かの天才篠ノ之束が作り上げたオーバーテクノロジーの塊。それが、何かを待ち続けているかの如く粛然と佇んでいる。

 

「宙を目指すはずの夢が――」

 

悲壮感に包まれ、重苦しくなった心で束さんの心境を想い、締めあげられるような慟哭から少しでも解放されたくなった俺は何ともなしにISを撫でた。

 

「虚しいな」

 

そう呟いた瞬間、目の前が光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一夏

 

 

 

私は、焦燥した様子で束さんを見たと言ってから走り出す幼馴染を追いかけるが、男女の脚力の差は大きく、身長も違うことから足の長さから変わってくる歩幅に置いていかれ始める。角を一つ曲ったところで少しペースを落としてほしいと頼んだがスルーされてしまい、万掌は一番奥の部屋の扉を開けて室内へ飛び込んでいってしまった。もしあの部屋が受験生の待機室だったり、試験監督が待機している部屋だったらどうするのだろうか。私は逸早く万掌を冷静にさせる為に走るスピードを上げようとしたその時だった。万掌が入っていった部屋から、かなりの光量を持つ光が廊下に流れ込んできたのだ。

 

「万掌!」

 

万掌が何かしたか、もしくは何かされたかと思い顔を青くして部屋に飛び込めば、そこには万掌が立っていた。

 

 

 

ISを、身に纏った状態で。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

万掌

 

 

 

 

それからの話をしよう。光が漏れ出した事と、一夏がISを置いてある部屋に飛び込んでいったのを試験監督の一人が目撃していたようで、追いかけて注意しようとしていた所に、男の俺がISを纏っているのを発見し、通報。駆けつけた他の監督たちやIS学園側の教師陣営、IS委員会の関係者にも見られた。一夏が自身が織斑千冬の妹であると告げ、千冬さんをお手数を掛けてしまったが呼び寄せ、状況の説明をした。

 

束さんらしき人を見かけ追いかけていたら、ISの置いてある部屋に辿り着いた事。ISを見た瞬間から目が離せなくなり久しく会っていない束さんのことを思い出しながらISに触れたところ起動させてしまった事。千冬さんは眉間を抑えながらではあったが、しっかりと話を聞いてくれた。忙しい時期に、ほとんど事故とは言え申し訳ないことをした。謝りを入れると、「一番混乱しているのはお前だろう。気にするな、私に出来る事の全てを果たしてお前を守ってやる」と言ってくれた。迷惑ばかり掛けているような気がして、すいません、と謝ると千冬さんは俺の肩を数回叩いてから現場を纏め上げた。

 

藍越学園の受験は中止となり、俺は世界で唯一のIS男性操縦者であるとその日の内に報道された。そして、2日後にはどこの国にも属していない操縦者として扱いつつ、IS学園で3年間保護し、後にどこの国の所属として扱うかは俺個人の意見を最大限に考慮し、尊重することになった旨を千冬さんが伝えてくれた。

 

千冬さんは、これが今の私に出来る限界だ、力不足だった、すまないと頭を下げてきたがいきなりモルモット扱いもされず、解剖される事も監禁されることも無い環境に俺を置いてくれるレベルにまで交渉を重ねてくれたのだ。これを力不足だと罵れるわけがない。むしろ俺は、忙しい時期に問題を起こしてしまった事を重ねてお詫び申し上げた。が、千冬さんは

 

「ガキがそう謙るな。今はまだ迷惑を掛けてくれてもいい。お前にも、ご両親にも私たちは世話になった身だ。これくらいのことはするさ」

 

と、俺の胸を軽く叩いて叱咤した。目に出来た隈を見て心を痛めていると少し背伸びした千冬さんが俺の頭をグシャグシャと掻き撫でてきた。

 

「そんなに泣きそうな顔をするな、男だろう。人前で泣くんじゃない」

 

千冬さんは少し困った様に笑っており、「仕方ない奴だな」だと言いながら俺の頭を暫く撫でてから諸々の手続きの為に俺の両親と話を付け、俺がIS学園に入学してから困らない様にISに関する教科書や専門用語の乗った必読書類を手渡して帰っていった。

 

一夏は俺がIS学園に通えると知って、結局同じ進学先になったねと既に合格した気になりながら俺にISに関する知識を徹底的に教え込んでくれた。入学まで2カ月を切っていて、IS学園から男物の制服を作った事がないので参考意見が欲しいと言われ指定された仕立て屋に行ったり、専用機(俺だけが使える俺の為だけのIS)の調達の為の要望書を作成したりとてんやわんやだった。ちなみになぜ専用機が必要なのか。その点を疑問に思って相談した所、俺は突発的に入学が決まった為に自己鍛錬の一切も出来ず、知識も乏しい為に自衛すらまともに出来ないと判断されたが故であり、俺が命の危機ある状態から脱出を目的とした単独かつ極めて安全に離脱できる手段がISしか無かったからである。

 

その専用機選びも、俺がどこの国にも属さないという前提がある以上、国が用意したISを装着する事は各国の不利益を産むために許容されず、会議が二転三転した所でアラスカ条約に加盟した21ヶ国の内、アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、イタリア、中国の7国がそれぞれ10%ずつ、日本が30%の割合で資金提供をして設立された次世代IS運用総合統括研究所が専用機の用意をしたいと手を挙げたことで事態は収束した。武装に関しての要望は何かあるか、と聞かれたが特に何も思いつかなかった為、最低限身を守るための大きな盾が欲しいと答えた。

 

それからは一夏が俺の家に泊まりきりで飯に洗濯、掃除...何から何まで両親の代わりにやり始めてしまい、俺が家事に当てていた時間も全てISの勉強に使えるようになった。一夏に、たまには俺がやるよ、と言えばISは覚える事が多すぎるから、少しでも多くの事を覚えておいた方がいいと正論を返された為に、その言葉に感謝をしつつ勉強に没頭した。徹底的に叩き込まれた知識と、千冬さんに連れられやってきたIS学園のアリーナで歩行演習や最低限の体力作りや肉体鍛錬。これをひたすら、効率的に繰り返した。一夏を叱咤した1年前を思い出し、一夏に投げかけた言葉は俺に帰ってきた。自分で自分を守れるくらいに強くなる。短期間ではあったが鍛えられるだけ鍛えようと身体を徹底的に虐め抜いた。食事は一夏が作ってくれたこともあって、エネルギー効率や栄養バランスは自分で作るよりも確実に整っていただろう。彼女には感謝してもしきれない。何か礼をしたいと言った事もあったが、一夏は頑なに拒んだまま纏めて返してもらうと言うばかり。一夏は欲がないなと呆れると、いつかしっかり徴収すると言い返してきたので、その日を待ってる、と返答しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が出来る限りの全てをやり――桜が咲き乱れる、4月がやってきた。

 

 

 

 

「どうだ?ネクタイは完璧だろ」

 

「どれどれー?......うん、ばっちし!」

 

IS学園の校門前で、一夏にネクタイの締まり具合と傾きに違和感がないかを確認してもらい、OKを貰ったので改めて背筋を伸ばす。

 

 

 

 

 

「――行こう」

 

 

 

息を少し吐き出してから、俺たちはIS学園へ足を踏み入れた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。