Ideal・Struggle~可能性を信じて~ 作:アルバハソロ出来ないマン
多分一夏のことを他の人が少しでも負担してれば千冬さんもこれくらいの余裕が出来るんじゃないかと思って書いてます(今更ぁ)
いちかわいいを与えられているのだろうか......
セシリア嬢に激励を貰い高揚し、決闘を申し出たその日の放課後。
「はぁ......自分が嫌になる」
「あ、あはは......私もまぁ、推薦されて飛び入りだったし......ていうか一応日本の国家代表候補生なんだけどなぁ......完全にバンショーとセシリアさんに話題食べられちゃってたよ.......はぁ」
一夏を寮の部屋まで送っている途中、俺が落ち込んだまま自分の浅慮具合に嫌気が差して自嘲していると、全くの蚊帳の外から火中の栗になった一夏は俺を励まそうと話をするが、かえってそれが逆効果だったようで織斑の苗字を持ち国家代表候補生でありながら全く話題に昇らなかったことを喜んでいいのか、嘆けばいいのか分からないといった表情で肩を落としている。
二人して溜息を吐きながら歩いていると、俺たちを呼ぶ声が後ろから微かに聞こえてきて足を止める。
「バンショー?」
「誰かが呼んでる」
「え?あ、山田先生じゃない?ほら、アレ」
不意に足を止めた俺に疑問を抱いた一夏が、俺の顔を覗きこみながら心配そうに名を呼ぶ。それに対し、自分の背後に身体を向けながら声がした旨を伝えると、一夏は俺の前から横へ移動し、俺たちを呼んだ人物の名前をあげる。一夏が指を指しながら言うものだから、手を掴んで下げさせつつ振り返り終わると、確かにあの髪色と格好は山田先生のものであった。
「よかった、お二人とも居たんですね」
少しだけ肩で息をしながら呼吸を整える山田先生を見て、この広い学園内を捜し歩かせてしまったか、と申し訳ない気持ちになる。ある程度、山田先生の呼吸が落ち着いてきたところで俺たちを探し回っていた件についての催促をすることにした。
「山田先生、どうかしたんですか」
「えっとですね、堺くんの寮の部屋割りが決まりまして」
「......?一週間は自宅からの通学になると伺っていましたし、それで此方も納得して折り合いをつけたはずですが」
「はい、そうなんですけどね、事情が変わったんです」
「事情が」
「はい。堺くん、オルコットさんと一週間後に模擬戦をする約束を取り付けたでしょう?」
「あっ、あれはですね」
「ここだけの話なんですけど、織斑先生、結構きつく言っちゃったこと気にしてるみたいでして、政府に意見具申して監視と保護の名目で寮の部屋割りを無理矢理――――」
「随分と近い距離で長話をしているな、山田先生」
「わっひゃぁ!?お、織斑先生......」
山田先生が走り回って俺を探していた理由は、俺に寮の部屋が割り振られた事に起因するものだった。だが俺は前もって学園側と話を進めた結果、寮の部屋を即時変更することは出来ない為、一週間ほどは自宅からの通学をしてもらい、一週間後には個室を用意する旨を伝えられ互いに納得していたはずだ。その疑問を投げかければ、セシリア嬢と俺が模擬戦を1週間後に控える身となったことを挙げられ、言い訳をして逃げていた自分を自嘲したばかりだった俺は不意の話題に面食らって固まってしまう。ここだけの話、と言いながら思春期の男子には聊か、いや普通に近すぎる距離で内緒話をする様に耳に口を寄せ、囁く山田先生の態度に緊張しながらも、なるべく表情に出すまいと思って目線を一夏の方に向けると、頬をこれでもかと言わんばかりに膨らませた一夏が抗議の目を向けていた。反論したい気持ちになったが山田先生の話を聞くのが最優先である為に何も言い訳は出来なかった。話だけはしっかりと聴いていたが、どうやら千冬さんも俺の事を案じていてくれたようで、俺の知らぬ所で手を回していてくれたようだ。最も、全て言い切る前に僅かに頬を朱に染めた千冬さんが山田先生に追いつき俺との距離を叱りつけたことで、話を最後まで聞く事は出来なかったわけだが。照れている千冬さんを見るのは本当に久しぶりだと思い、千冬さんを見れば、息を少し漏らした後にいつも通りの鉄仮面に戻ったようで、話を続けてきた。
「昼休憩の空き時間を利用したIS知識の予習・復習に加え、早朝と、それと放課後から就寝時間までの自由時間がある寮生活の方が何かと便利だろうと思ってな。勝手にやらせて貰った。荷物はお前の母親が纏めてくれたものだ。生活必需品の、着替えと充電器のコンセントをとりあえず入れておいたらしい。そら、中身を確認しておけよ。足りない物があれば、休日に外出届出を前もって提出し受理されたのを確認してから、取りに行くように」
「――――はい、ありがとうございます。千冬さん」
「織斑先生、だ」
「はい、織斑先生」
「......勝て、とは言わん。だが、精一杯の事はしろ。努力は報われるとは限らんが、努力を見ている者たちは居る。裏切るな。分かったか」
「はい」
千冬さんの不器用な優しさが確かに伝わった。気に掛けてもらえていた事が嬉しくて、つい名前で呼んでしまったが強い衝撃は感じず、労う様に肩を優しく叩き口元に小さな笑みを浮かべる千冬さんが、まだ公の態度を崩さずにいたのでこちらもそれに合わせておく。慈愛を僅かながらに感じさせる黒い瞳が、俺を映し出している。千冬さんに寮の部屋の鍵を渡され、激励の言葉を掛けられ、いよいよもって無様な闘いをするワケにはいかなくなった。
「あ、織斑先生、ちょっと照れてます?」
「んん、山田先生。そう言えば山田先生に頼みたい仕事が残っていたな。他にもまだまだあったかもしれません」
「え、え!?あ、ちょっと、織斑先生......あ、あーっ!堺くん、頑張ってくださいねー!」
山田先生が地雷原の上でタップダンスを踊り、見事に地雷を踏み抜いた。千冬さんが山田先生の肩を掴んで引き摺る様に連行していくのを見て一夏と二人で肝を冷やしていると、山田先生が声を張り上げて応援してくれた。姿が完全に見えなくなるまでその場で立ち止まっていると、腕に違和感を覚え、その違和感を見やれば、一夏が俺の制服の袖を摘んでいた。
「――――頑張ろうね、バンショー。私も、私に出来る事の全部、してあげるから」
「......ありがとう、一夏」
「気にしないで。私の復習も兼ねて、だから」
「お前も、俺も。頑張らないといけないってことだな」
「そうだよ」
手渡された鍵が、異様に重く感じた。
「ところでバンショーの部屋番号っていくつなの?」
「1025」
「へー......てっ、え、ええええええ!?」
「うぉ、なんだよ急に。ビックリするだろ」
「い、1025!?」
「ちょ、近い近い。ほら、間違ってなきゃそうだろ。確認してくれ」
一夏に訊ねられた部屋番号を、鍵のプレートに貼られてあるフィルムに印刷された文字を読み上げて答える。すると最初は流していた一夏だったが、何か思い出したのか急に声を張り上げた。それに驚いて肩を竦ませて抗議の目を向けると、一夏は既に視線の先には居らず、目を前に戻すとそこには懐に潜り込んだ一夏が居て、精いっぱいの背伸びをしながら俺の顔ギリギリまで接近していた。目をキラキラと輝かせて(いる様に見える)鼻息をそこそこに荒げている一夏の態度に少し心臓が跳ね、一歩下がるが一夏が一歩前に出てくる事で相殺され距離を取れないと判断した俺は鍵を一夏の体よりも奥に差し出す事で距離を取ることに成功する。
「――――ほ、ほんとだ、1025!やったよバンショー!わーい!」
「何がそんなに嬉しいんだ」
「んー?んー!はい、これ!じゃじゃーん!」
一夏が鍵を引っ手繰って番号を確認すると、更に喜びの色を強めてその場でぴょんぴょんと跳ね始める。気疲れを起こした俺は無愛想気味に一夏の話を聞いてやれば、一夏は自分の鞄に手を突っ込んで、寮の鍵を取り出し、見せつけてきた。
「――――1025」
揺れるプレートに貼られたフィルムは、俺が渡された鍵に印刷されていた部屋番号と同じ文字が記されていた。
「同室だね、バンショー!よろしく!」
心底嬉しそうに笑う一夏を見て、俺は廊下の天井を見上げた。
「たっだいまー!」
「おかえり、ただいま」
「おっかえりー!」
「楽しいか?これ」
「もう最高だよ!クラスも部屋も、ずっと一緒だよバンショー!ねぇベッドどっち使う?私出来れば窓際がいい!」
「落ち着け、テンション上がりっぱなしの犬じゃないんだから。俺は壁際の方でいいよ」
「あ、制服脱ぐ?貸して、ハンガーに掛けるから。ネクタイもそんな雑にしないの」
一夏が先頭に立ち、部屋に入るなり帰宅を告げる挨拶をするのでノリを合わせて挨拶を返し、此方も帰宅を告げる旨を言うと、一夏もそれを拾った。やっていて楽しいかと訊ねれば、それはそれは満面の笑みで最高だと返す一夏に毒気が抜かれ、テンションのギアを勝手に上げていく一夏に苦笑しつつ何方のベッドを使うかを決め、俺が使うことになった壁際のベッドに制服を脱いで放り投げようとすると、一夏はそれを制して俺の制服をハンガーに掛けて吊るした。ネクタイを緩めて外し、寝台の傍に雑に置いたら一夏がそれを咎めて持っていき、ハンガーに掛かった制服の襟にネクタイを乗せる。
「出来た嫁だな」
「いやぁそれほどでも。――じゃなくてぇ!何でもかんでも床に置いたりその辺に放置したりしないの!子供じゃないんだから、もう」
「掃除や整理整頓はあまり得意じゃなくてな」
「やらないだけでしょー。ほんとにもー......ぶー」
「悪い悪い、今度から気を付けるよ」
「その台詞は去年で聞き飽きましたー」
一夏の徹底ぶりに、思わず口から出てきた言葉に破顔一笑した一夏は少し照れてから、俺の私生活のだらしなさを知っているためそれを引き合いにして説教を始めてきた。それに対していつも通りの言い訳をしつつ一夏の柔らかな頬をぐにぐにと弄ってご機嫌取りをすると、少しずつ気を良くしているのか、何度も交わしたお決まりのやり取りとも言える言葉を交わしあって、この話題を終わりにした。
「夕飯は六時から七時、寮の一年生用食堂を使うんだって。お風呂は大浴場があるけど――――バンショーは部屋のシャワーで我慢だね」
「いいなぁ大浴場、俺もたまにはデカい風呂に入りたいもんだ」
「女の子になれば入れるよ!」
「すっげー自虐ネタ。笑える?」
「――うん、今は笑って言える」
「......そっか」
「うん!えへへ......あったかいね、バンショーの手」
新入生用に配られたパンフレットを見ながら、一夏が夕飯の時間と食堂の位置情報を共有する為に地図を見せてきて、それを見ながら頭の中に叩き込んでいると女子は大浴場を使えるが俺は使えないのでシャワー室で我慢することになると一夏に言われる。大浴場というわけではないが、大きな風呂に入りたいと愚痴を零せば、一夏がとんでもない自虐ネタを突っ込んでくるのでお前それジョークで言ってる?という聞き方で返せば、少し溜めたあと、一夏はしっかりと笑って返した。俺はそれを見て、それ以上は何も言わず、手を一夏の頭に乗せて髪の感触を確かめながら優しく撫でてやると、一夏は嬉しさと恥ずかしさを含んだ笑みを浮かべながら目を伏せてされるがままになった。思えば、学園に来てから、リラックスした素の口調に近い話し方をしたのは、これが最初かもしれない。やはり、一夏と二人で居る時が一番楽なのだろう。千冬さんは、俺のことを考慮した上で一夏と同室にしてくれたのかもしれない。そう思うと、教室で強く言ってしまったことを後悔した。本当に俺は、まだまだ底の浅い人間だ。
「これからだよ、万掌」
「――ああ」
「これから、少しずつ。頑張ろうね」
「......ああ」
頭を撫でる手が止まった理由を、何処となく察した一夏は撫でられていた状態から脱し、俺の肩に片手を置いて支えにしてから、精一杯の背伸びをして頭を撫でてくれた。その心地良さに、目を瞑り、力が抜け――ベッドに腰を沈めてしまった。それでも、一夏はそれ以上は言わず、ただ静かに、頭を撫で続けてくれた。
今日だけで、色々な人に励まされたが、どれもこれも気を張るものばかりで。
一夏の掌がくれた熱だけが、俺の心を解かしてくれた。
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一夏
「......よっぽど、疲れたんだね。万掌」
ベッドに腰を沈めた想い人は、私に頭を差し出したまま、されるがままといった様子で撫でられ続け――寝息を上げ始めた。
「ふふ、こうしてると可愛いなぁ......眉間の皺もないし、眉も吊り上がってない」
起こさないように静かに、ベッドに上半身を沈めさせてから、布団を引き抜いて掛けてあげる。その時に見た万掌の寝顔は、ここ数カ月の間で一度も見た事がない、穏やかなものだった。
「お疲れ様、万掌。明日から、頑張ろうね」
万掌の髪を撫でながら、私は暫く万掌の顔を眺めていた。
そのおかげで、危うく夕飯を取り損ねてしまうところだったが。