Ideal・Struggle~可能性を信じて~   作:アルバハソロ出来ないマン

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味覚―聴覚―視覚―嗅覚―触覚。

人間の五感。

そして、その五感の先にある、第六感。


それは、『理解』である。


ここでいう『理解』とは、精神的な共感に加え、肉体的な体感を持ち、それら全てを隣人を大切にするために活かすことが出来る者が到達する感覚を指す。
また、強いストレスの掛かる環境に身を置かれ、その中で認識能力を拡大し慈愛に満ちた精神を手にすることでもある。


そして、その漠然とした『理解』の領域に足を踏み入れた者を、『ニュータイプ』と呼ぶ。




New-Type

「――――――きた、か」

 

「ああ」

 

「久しぶりに、鍛えてやる。防具を、付けてこい」

 

「――解った」

 

剣道場に入ると、剣道部の部員が一斉に声を上げて寄ってくるも箒と一週間後に迫った模擬戦の為に精神統一の意味を兼ねて打ち合いたい、と伝えると剣道をしている者たちだけあってかその言葉の意味を理解して素直に剣道場から退出してくれた。それから、今にも人を切りかねない覇気をその身に宿らせた箒に近付くと、箒は一切俺の方を見ないまま短く言葉を交わして黙ってしまった。

言うべき事は言った、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久方ぶりに着る防具だったが、予想以上に苦戦することはなくあっさりと着込めてしまったことに少し嬉しさを感じながら、面を縛って箒の下へ戻る。

 

「取れ」

 

「ああ」

 

箒の突き出した竹刀を受け取って、互いが距離を取り、箒が頭を下げようとした所で、俺はそれを止めた。

 

この一言から、箒の背中を押す闘いが始まる。頼む、乗り越えてくれ。

 

「止めろ」

 

「――――?」

 

「お前のそれを、剣の道に落とし込むつもりはない」

 

「.........ッ!」

 

剣道のルールに従って動こうとする箒を制止し、その荒々しさを剣道を理由に発散させるわけにはいかない、というと箒はやや離れた位置に居る俺にも聞こえる程、歯を軋ませる音を立てた。心の内を読まれた気分だろう。だが、俺は別に心を読んだワケではない。箒が抱える怒り、焦り、自失、失恋、嫉妬、困惑。ありとあらゆる物が複雑に絡まり合い、その感情全てが互いに互いの足を掴み、深みへ落とし込んでいくそれを、俺は(とら)えていて、()っていたからだ。

 

故に、この勝負は剣の道に非ず。これは、箒の心を安らげる為の献身である。

 

「ならば、法は要らんな」

 

「そうだ。――――来い、箒」

 

ルール無用。蹴りも使え。背中も、喉も。好きな場所を攻撃してこい。倒れても、追撃しろ。そういう意味を籠めて、「来い」と言った。

 

 

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぅぁおおおおおおおおおあああああああっ!!!!!」

 

喉を引き裂く程の声量で唸りを上げながら、箒は尋常ならざる健脚を以て、姿勢を低く下げ疾風の如く飛び掛かってくる。手に構えた竹刀に剣道の構えは存在せず。その身に潜ませる様に竹刀を俺の視界から遮断することで距離感を誤認させる算段らしい。

 

「――!」

 

「はぁあああああああああッッッ!」

 

「―――」

 

僅か2歩。あれほど余裕のあった互いの距離は、箒の二歩で埋められた。目の前にズダンと音を立て着地した箒の上半身がうねり、腰の回転によるバネを利用した胴や面を狙う突きを穿つのだと理解した俺は、一歩飛び退く。これなら、ギリギリ躱せる。そう思って次の一手を予測する為に箒を観察していると、滞空している僅かな間を見逃さず、箒は捻り始めていた身体を完全に制止させ、そのまま更に一歩、俺目掛けて飛び出す。

 

 

 

逃げられないことを悟り、自らの竹刀を箒の一撃が通るであろうラインを予測し射線上に置く事で逸らす、逸らせなくてもカウンターで一撃を叩きこむつもりだった。箒は再び肉体を唸らせ、今度は逃がすまいと浮いた身体を前のめりに倒し、全体重を乗せていた。やばい、と脳が警告を発するが、避けることは不可能。この瞬間だけまるで地球の重力が消えてしまったと錯覚するほどに俺の体は浮いていたためだ。早く、急げ、着地をして、身を捻れ。脳から発する警告は、初手であるはずの突きが必殺の物であることを理解し警鐘を鳴らし続ける。視界は箒の竹刀のみ捉えられれば十分と言わんばかりに狭まっていく。聴覚は周囲の音を掻き消し、箒の道着と防具が微かに発する衣擦れの音を聞く事だけに特化していった。しかし、それでも尚。速かったのは箒の突きだ。人体が生み出す強力なバネの力を最大限に乗せた右腕を捻り、竹刀の切先が螺旋を描いて俺が予測したラインをあっさりと打ち破り、喉へ突き刺さる。

 

「――――か...は...っ......!」

 

突かれることは予め覚悟していたとはいえ、いきなり喉を潰しに来た一撃に思わず喉に潜めていた息の全てを吐き出した。

 

「ああああああああああああッッッ!!!」

 

痛みを正常に知覚し、溢れる涙に歪む視界。意識の外側に投げていた触覚が下げた右足の踵が床を踏む感触を掴む。即座に右足に全体重を掛けて勢いを殺し、次いで左足を前に突き出して前傾姿勢を保つ俺だったが、それが悪手だった。箒はかなり無茶な体勢で突っ込んできたので、突き終えた後は転倒するものだと予想していたし、そう見えていたからここで体勢を立て直すことにしたのだ。しかし、見えていた未来に反して箒は床に全身を打つよりもなお速く。猫を思わせる身体の柔軟性を見せつけるが如く見事な前転を行い、離れた距離を再度、一息で詰め切り迫ってくる。肝を冷やしながら痛い程に脈打つ心臓の鼓動が、勝負がすでに何時間も続いている様な錯覚を引き起こす。喉に受けた一撃を打ち消す様に、呼吸を、脳に掛かった霧を払う為に吼えた。酸素を欲した俺は吼え、息を吸い直す。

 

身を縮めた箒をここから打つ為には上段から振り下ろすしかない。負けると分かっていても振らざるを得ない。箒の方が早いとしても、カウンターを決める可能性が僅かながらにあるのなら、それに賭けるしかなかった。

 

「でぇぁああああああああああッ!」

 

声が裏返る事も構い無しに雄叫びを放ち、両手で柄を握った竹刀を勢いよく振り下ろす。聊か、内側に入られ過ぎている。舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、すぐに上段の振り下ろしを筋肉で無理矢理制止させ、両手で握った竹刀を解き左手を解放しつつ箒の面を狙って奥へ下げていた右足で膝蹴りをうつ。

 

 

「!」

 

「ぐっ!」

 

箒はそれを予見したかのように、立ち上がらないままの姿勢で居た理由を俺はこのタイミングで悟る。横受身をするように、俺の出した右膝に合わせて俺の左側、安全圏へ抜けた箒はそのまま俺の背後に回り込む。

これは、やばい!

 

「――――せい、やぁああああああ!!!」

 

――迅い。俺が追尾することを止め、逃げるよりもなお迅く、箒は再び渾身の一撃を俺の背に叩き込んだ。防具の保護が皆無の背中に、体重を乗せた振り向きの回転を加えた横薙ぎの一閃。

 

「......ッ!.......!」

 

力を籠め過ぎたのだろう、箒の竹刀が根本から圧し折れ、振り切った箒が今度こそ体勢を崩す。両脚がガクガクと情けなく震えあがり、膝を折りたくなる衝動が自然と発生する。身体を保護しようとする本能が、俺に膝を着く事を推奨していた。

 

「――――」

 

しかし。ここで折れる訳には行かず。まだほんの数秒しか経っていない闘いの中で、俺は緊迫したやり取りに湧き上がる恐怖から息を荒げ、箒は自らの感情が荒ぶる波となって肉体を支配する情動に困惑し、息を乱している。

 

「――立て、箒」

 

僅かなやり取りではあったものの肉体は硬直し、汗が滴り落ち、身体は途轍もない疲労感に襲われた。心は箒の情動を理解し、少しずつ俺の肉を箒の激情が染め上げていく。それを制す様に、怒りに呑まれないように。未だ振り切ったまま固まる箒に身体を向け直して俺は自分で持っていた竹刀を箒の眼前に投げ渡した。

 

「――まだ、剣はあるだろう」

 

「お前は、どうするつもりだ」

 

「これは、剣の道に非ず」

 

「―――――貴様、貴様、貴様ァアアアッ!!!」

 

投げ渡された竹刀の意味を訊ねる箒に対し、先程述べたことを口にすると、箒は面の内側で般若を宿した顔を作り俺に折れた竹刀の柄を投げつけてくる。それは滅茶苦茶な狙いで、放物線を描いて在らぬ方向へ消えていく。箒は俺が投げた竹刀を掴み、吠えながら立ち上がり、貴様、貴様と喚き、叫び散らして俺の面の側面を鷲掴みにした。

 

「貴様は一体、どれだけ私を惨めにさせるつもりだ!」

 

宇宙飛行士たちがヘルメットを触れさせあって会話をするように、箒は面を俺の面に当て、涙を流しながら叫ぶ。

 

「――――知るか。やれよ、箒」

 

知っているし、解ってる。お前の心をよく解っている。だから俺は箒を突き飛ばして、自身の頭に手を伸ばした。

 

「......正気か、貴様......()()()に、そんなことをするのか......ッ!」

 

箒は俺が取った行動に愕然として、怒りと屈辱で肩を震わせた。

 

「――俺は箒を信じてる。箒が、そんな事をする奴じゃないと信じている。箒が、自分の感情を抑えられると信じている。箒が優しい人だと知っている」

 

自分の面を脱ぎ、遙か後ろに投げ捨てた。ただ、それだけ。狙うなら、俺の顔を狙えと分かりやすく示しただけ。箒はそれを見て、自分の感情を理解しつつあるのか狼狽えた。だから俺は、その箒を信じた。自分の中に宿る激情を理解し、手綱を取ろうとし始めている箒を信じたかった。

 

「やれよ、箒」

 

「――――い、いや、しかし」

 

「昼休み。一夏に投げ掛けた心無い言葉と、無抵抗で無防備な俺を一方的に殴ること。違いはないだろう」

 

「......!」

 

箒に、指で竹刀を指してから、俺の顔を狙えと親指で示す。箒はそれに困惑し、攻撃を躊躇し始めた。あと、少し。

昼休み。俺がセシリア嬢と過ごしていた時間に、一夏が受け取った言葉の全てを俺は一夏の口から聞いた。涙を流さず、堪えて笑う一夏の顔が、途轍もなく辛かった。だから、それを引き合いに出す。

 

「体の痛みはいつか消える。だが、心の痛みは簡単には消せない。言った本人の無自覚な言葉が、その人が一生引き摺る言葉にもなる」

 

「――――あ、う......」

 

「それは、お前もよく理解してるはずだ。違うか、箒」

 

「違う、違うんだ、私は、私は、そんなつもりで――」

 

「――――束さんと比較され、篠ノ之という苗字だけで苦しんできたお前が、一番心に掛かる言葉の重みを知っているんじゃなかったのか!!!」

 

「!」

 

「篠ノ之だから天才だろう、篠ノ之だからISをよく理解しているのだろう。篠ノ之だから、篠ノ之だったら、篠ノ之ならば」

 

「――やめろ、やめ...ろ.......」

 

 

 

 

 

 

 

あの篠ノ之束の妹なら、篠ノ束の!妹なら!

 

 

 

 

 

 

 

喋るなぁああああああッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目視する事さえ出来なかった何かが、俺の左頬を僅かに掠めて抜けていく。髪を僅かに穿ち抜き、奥へ消えていく。目を僅かに左へ見やれば伸ばされた竹刀の鍔が視界に映る。

 

箒は、俺の顔面を狙う事が出来た筈の突きを、外した。

 

「――――なぜ、なんで、そんな事を言う......なんで、どうして、私ばかり......万掌、なんで......」

 

震える竹刀の手元、伸ばされた腕が揺れ、肩を震わせて喘ぐ箒の声はか細く震えている。

 

「お前の感情(それ)も理解できる......だから、乗り越えて、今の一夏を受け入れてほしい」

 

「無理、だ......私は、私には、無理だよ......こればっかりは、抑えられなかったんだ......」

 

「出来る。箒なら出来る」

 

「無理だ!きっと私はまた、一夏を傷つける!私がされて嫌だったことを!私が一夏にしてしまう!そんなこと、そんなのは嫌だ!」

 

箒は感情の渦に抗った。怒りに満ちていながらも、その切先を外した。優しい心を持っているからだ。だから俺は箒を信じる。箒になら、どんなことをされてもいいと思っていたが、それでも箒はきっと打てないと解っていたから、信じた。そして、箒は外した。

一夏を受け入れてほしいと頼む。箒は、自分がしてきた事を振り返り、その厭らしさに襲われて怯えている。背中を押す。箒なら出来ると言い切る。箒は自分が受けた痛みを理解して、一夏にぶつけた一夏が受けた痛みを理解した。

 

「私は、私は一夏が好きだ。なのに、あんなひどい事を、自分が受けていた痛みを、一夏にも―――!あ、っ、うあああああっっ!」

 

箒はそこで顔を上げ、俺の頬を掠めたままの竹刀に驚き、竹刀の切先を見て恐れ、投げ捨て、数歩下がってから、踏ん張れず腰を抜かして尻餅をついた。

 

「私は、私は......なんて、ことを......」

 

激情に呑まれた箒は、這い上がり始めている。

 

「今の箒は、人の痛みを理解できる人間だ」

 

「違う、違う...違うんだ、万掌」

 

「何が違うんだ、箒」

 

「私は――――私は、一夏に投げかけた言葉で、一夏の顔が歪むのが、愉しくて、たまらなくて――――――――私は、なんて......醜い......」

 

「変わればいい、ここから」

 

「――――変わる?――――無理だ、こんな私では......信じられないよ......万掌......私は、お前と違って、自分を信じられない......」

 

俺の言葉を否定し、自分の可能性を信じられない箒は首を横に振って否定するばかり。

 

「それでも、だ。――それでも俺は、人の可能性を信じている。箒の可能性を信じている。人の誰しもが内側に持つ黒い感情を制御して、手を取り解りあえると信じている。お前が、お前を信じられないと言うなら、お前を信じる俺を信じろ。俺が信じている箒は、困難を乗り越えられる(そういう)奴だよ」

 

「......う、ぁ......ああ、ああ......」

 

箒は一夏に投げかけた言葉の裏にあった感情を、受け止めた。醜い感情があることを認めて、一夏のことを想い、声を上げて泣いた。箒は崩れたままの姿勢で天を見上げ声を上げて泣き喚いた。箒の中にあった激情は、霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏に、謝ろうと思う」

 

「そうか。頑張れ」

 

「一緒に来てはくれないのか?」

 

「お前はそれを望んでないだろ」

 

「――やはり、お前は」

 

「ああ、視える」

 

「そう、か......ありがとう。――――行ってきます」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

泣き喚いて、黒い感情を流し落として。憑き物が落ちた箒の目は赤く腫れていてひどい面だったが、それでもその顔は久しぶりの再会をしたときよりも遙かに美しい物だった。箒は一夏に謝罪をしに行くといい、俺はそっけない返事を返すと、箒は少しムスっとした表情で同行しないのかと訊ねてくる。その気もないのによく言うよ、と言ってやると箒は少しだけ目を見開いて、俺が感情を読めることをなんとなく悟ったのか、確認を取ってきたので短く視えていると応える。箒は最初から全部知られていたのかと恥じらい、それでもこうして感情の憂さ晴らしに付き合ってくれた俺に感謝しながら目を閉じ、再び目を開けて出発する旨を静かに告げた。

 

 

 

 

おかえりの言葉は二人に言う事になるだろうなと確信して、俺は使わせていただいた道場の掃除を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食。食堂の一角にある1つのテーブルを囲む3人の男女の楽し気な姿が見られたという報告が相次ぎ、愉快に笑う一人の少女が、あの篠ノ之箒であるという一報は1年1組の間ですぐに話題になった。が、それは今後もよく見られる光景になり、その話題性はすぐに薄れていくことになる。




箒救済です......ひどい役やらせてすまんやで




前書きに記載した第六感『理解』は、貴婦人と一角獣の解釈から引用したもので、ニュータイプの話はジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプ理論やその他ガンダム作品のニュータイプの扱い方をそれぞれ少しずつお借りして構成しています。

また、前書きで扱いタイトルもニュータイプとしたので、タグをニュータイプっぽいからニュータイプと明記しました。

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