やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。 作:乃木八
「比企谷君、ほらみんなに謝って」
小学校の学級会、教卓の横に立たされ、先生にそう促されているのは小学生の八幡だ。
(……なんだ?)
それを俯瞰するような形で八幡はその光景を見ている。
「そうだー」
「謝れー」
中にはニヤニヤした顔を隠しきれていないクラスメイトも、ちらほらいるのが見えるが、確実に言えるのはこの教室に八幡の味方はいないということ。
(そうか…これは…)
八幡はこの光景が夢だというのに気付いた。すると、俯瞰していた視界が小学生の八幡と重なる。
「先生…でも…」
「比企谷君、悪いことをしたらきちんと謝るのよ?」
小学生の八幡が何か言おうとしたが、先生は取り合わず、話を聞いてくれない。
「比企谷、今ならみんな許してくれるからさ、な?」
昨日まで友達だと思っていたやつがまるで悪いことをした友達を諌めるように言う。
「……」
小学生の八幡は答えない。
なぜなら、知ってしまったのだ。
そいつが点数稼ぎの為に一人だった八幡と友達のフリをしていたのも、内心では八幡を嫌っているのも、そしてそいつが八幡に罪を擦り付けたことも。
(…何で今更こんな夢を……)
小学生の自分の視点からそれを見ていた八幡がそんなことを思うと同時に、この光景を目にして、あらためて異様なうすら寒さを感じた。
思えば、この出来事で人との繋がりの薄っぺらさを知り、嘘と欺瞞に満ちた関係に猛烈な拒否感と気持ちの悪さを覚えたのだろう。
(結局、この後はどうなるんだっけか…?)
思い出そうとすると、靄がかかったような感じでなぜか思い出せない。その事を不思議に思っていると、誰かの声が聞こえてくる。
…コン…くん……
…コンコン…ちくん……
何かを叩く音と声がだんだんと大きくなっていき、最後にバタンッと一際大きな音が響くと同時に八幡の意識は夢と切り離されて現実に戻った。
「おっはよー!八くんっ朝だよ!!」
「モフ~!」
みらいとモフルンが八幡の泊まっている部屋のドアを勢いよく開ける。どうやら八幡を起こしに来たらしい。
「………」
元気な声を出して入ってきた二人に夢見が悪かった八幡は無言で布団をかぶり、起きる意思が無いことを露骨に伝える。
「あれ?まだ寝てるのかな…八くーん朝ですよ~」
「モフ~」
それに気が付かずにみらいは八幡の体を揺すって声をかけ続けた。
「………」
「おーい」
「モフー起きるモフ~」
そのうち諦めるだろうと思って寝たフリをした八幡だったが、諦める気配がないので折れて仕方なく起きる。
「……一体なんだこんな朝早くに…」
「あ、やっと起きた!」
「モフッ」
いかにも不機嫌ですといった感じの顔をしてみらいを見る八幡。
「…朝早くってもう9時だよ?」
「……いいか?今日は補習授業は休み、つまり休日だ。休日の9時っていうのは充分早い」
よって俺はまだ寝る、寝るといったら寝る!と再び布団をかぶろうとするがみらいが布団を引っ張ってそれを阻止する。
「でもでも!せっかくのお休みだよ?寝てたらもったいないよ~!!」
「やめろ、引っ張るな…わかった、起きるから……はぁ…」
しつこく布団を引っ張ってくるみらいに根負けして八幡は渋々起きることにした。
「……?」
そこでふと、机の上に置いてあったリンクルストーンが目に入る。
(いつもより少し黒い…か?)
一応、毎日肌身離さず持ち歩いているのだが、改めて見ると、心なしか最初に見たときより黒ずんで見えた。
「八くん?」
ぼーっと机を見つめている八幡を不思議に思って、声をかけるみらい。
「…で?わざわざ起こしに来てまで一体何の用だ?」
八幡は色の変化を気のせいだろうと頭の隅に追いやって、欠伸を洩らしつつ布団から出るとみらいに問う。
「ふっふっふ…」
寝起きで不機嫌そうな八幡の言葉にみらいはよくぞ聞いてくれましたと笑顔で答えた。
「みんなでショッピングにいこう!!」
「遅い!」
みらいに起こされてから、急いで着替え、準備をして待ち合わせ場所まできた八幡を待っていたのはしかめっ面をしたリコの一言だった。
「えぇ…これでも急いで来たんですけど……」
開口一番に遅い!と怒鳴られ八幡はげんなりした顔で小さく抗議する。
「休みだからっていつでも寝てるからでしょ!もうっ!」
まだ怒っているリコを見て隣にいたみらいが首を傾げて口を開いた。
「あれ?でも起こしに行った時にリコも寝てたような…」
「うっ…それは……」
みらいの発言でギクリとした顔をするリコに八幡はジト目を向ける。
「…ま、まあ?休みの日だからしょうがないわねっ」
「…さっきと言ってることが違うんですけど?」
なおもジト目を向けてくる八幡にリコは明後日の方を見て誤魔化し、あからさまに話を逸らしてきた。
「そ、そういえばこれで全員なの?」
「え?あ、うん、ジュン達も誘ったんだけどみんな用事があるからごめんって断られちゃった」
「ほーん…なら仕方ないな、ところで俺も用事を思い出したからこれで……」
話の流れに乗っかってさりげなく逃げようとした八幡の両肩をみらいとリコ、二人の手がガッチリと掴む。
「逃がさないわよ?」
「…私達と一緒にお買い物に行くの……嫌?」
二人に掴まれて動けない八幡、絶対に逃がさないという表情をしたリコと遠慮がちに聞いてきたみらいを見て、逃げられないと悟り諦めた。
「…別に嫌とかそういうのじゃなくてだな……」
「本当に?一緒に行ってくれる?」
みらいのとどめと言わんばかりに上目遣いに、もはや、八幡は首を縦に振るしかない。
「八幡ってみらいには甘いのよね……」
やったー!とみらいが嬉しそうに笑う横で訝しげに八幡を見るリコ。
「…そんなことないだろ」
「本当かしら…?」
未だに疑いの眼差しを向けてくるリコに八幡はさっと目をそらして答える。
「本当、本当、なんなら甘いのは自分にだけまである」
「…まあいいけど…じゃあこれで全員みたいだし、行きましょう」
納得はしていないという顔をしながらも時間がもったいないと思い、リコは先を促した。
「行くって…どこに?朝比奈からはショッピングとしか聞いてないぞ」
行き先を知らない八幡がそう聞くと、リコが呆れた顔をしてみらいの方を見る。
「みらい…あなたねぇ…」
「あ、忘れてた…ご、ごめん八くん」
しまったといった顔をしたみらいは素直に謝り、慌てて行き先を告げた。
「え、えっとね、八くん、昨日、校長先生がお小遣いをくれたでしょ?せっかくだからみんなで魔法商店街に遊びに行きたいなーって思って…」
「ほーん……」
確かに昨日、校長先生からマホウ界で使えるお金がチャージされているMAHOCA(マホカ)というカードを渡されている。
マホウ界に来るときにリコが使っていた黒猫の絵がついたパスカードと同じ物なのだが、みらいが言うようなお小遣いをくれたという表現には少し語弊があった。
「…あれはどっちかっていうと、口止め料だろ……」
「…そうね」
げんなりした顔の八幡にリコも同意する。
というのも昨日、補習授業が終わって学校に戻ってきた後、みらい、リコ、八幡の三人は校長に呼び出されて図書館に向かった。
そこに待ち受けていたのは様々な本が床に散乱した惨状、そして、申し訳なさそうな顔の校長だった。
何でも、リンクルストーンについて見落とした文献はないかと探し回っていたら、押し込められていた本を抜いたらしく、一斉に落ちてきたそうだ。
そこから、夜遅くまで片付けを手伝ったのだが、生徒に片付けを手伝わせたと教頭に知れたらまたお小言を言われてしまう。
ならばと前々から渡す予定だったMAHOCAに校長がお駄賃(口止め料)を入れたのだ。
「補習の後に本の整理とか本当、勘弁してほしい…」
「ええ…二度とごめんだわ……」
あれだけの量の本の片付けは相当骨がおれたらしく、二人は疲れたように呟く。
「あはは…でも、色んな本が見れて楽しかった!」
「モフルンもモフ!」
どうやらみらいとモフルンは疲れよりも楽しさが勝ったようで、元気いっぱいではしゃいでいた。
「…とりあえず行くか」
「うん!よーし、魔法商店街にしゅっぱーつ!!」
「モフー!!」
八幡がそう言うと、みらいはハイテンションな掛け声を上げ、モフルンもそれに大きな声で応える。
「もう、はしゃいじゃって…」
そんなみらい達の様子を見て言葉とは裏腹にリコの表情はとても嬉しそうだった。
「着いた~!」
「モフ~!」
魔法の絨毯から、いの一番に降りたみらいとモフルンが弾んだ声を出した。
「ちょっと二人とも?いきなり飛び降りたら危ないでしょ!」
そんな二人を叱りつつ、魔法の絨毯からゆっくりと降りるリコ。
「…またここに来るとは思わなかったな」
そして最後に八幡がそんな事を呟いて降りる。
四人が降りたのは前回来たときと同じく、中心に町のシンボルである情熱の炎を灯したランプを持つ猫像が建っている広場だった。
「…で?どこに行くんだ?」
具体的にどんな店に行くのか聞いてない八幡が何気無く二人に問う。
「え?えーと…どこに行くんだっけ?」
みらいがキョトンとした顔をしてリコに聞いた。
「…私に聞かれても困るわよ、言い出したのはみらいじゃない」
聞かれたリコが困った顔をして答える。
「まさか…特に行くところも決まってないのに来たとか言わないだろうな…?」
「えーと…そのまさかだったり?」
目線を逸らしながら答えるみらいにリコと八幡が呆れた顔をして、ため息をついた。
「だ、だってみんなで遊びたかったんだもん!でも、私どんなお店があるのかわからないし…」
「モフ…」
二人のため息にしょぼんとした顔で呟くみらい。
そんなみらいの様子にモフルンが心配そうに見つめ、リコは肩を竦めて、八幡はもう一度ため息をつく。
「…とりあえず、何か食べるか」
「へ?」
唐突な八幡の言葉にみらいはポカンと口を開けた。
「そうね、その後は私が魔法商店街を案内するわ」
「え?」
それに同意するリコの言葉にも驚いたみらいは恐る恐る口を開く。
「怒って…ないの?」
「「なにを?」」
その質問にリコと八幡は声を揃えて、同時に聞き返した。
「その、何も決めてないのに遊びに行こうって誘ったこと…」
ここに来た時とはうってかわって、みらいは申し訳なさそうに俯きながら呟く。
「いまさらそんなことで怒らないわよ」
「へ?」
「…朝比奈が唐突なのはいつものことだろ」
「へ?え?」
その反応にみらいは戸惑い、リコと八幡を交互に見た。
「どうしたの?みらい」
「朝比奈?」
「モフ?」
立ち止まったみらいを不思議そうに二人が見つめる。
「…ううん、なんでもないっありがと!」
そう言うとみらいはえへへ~と笑いながら三人の元に駆け出した。
そんなこんなで、みらい達は少し遅めの朝食をとるために魔法商店街の一角にあるお店に来ていた。
「それにしても、魔法学校の生徒は無料なんて思いきったサービスだな」
四人掛けのテーブルについてから八幡がそんな事を口にする。
「ええ、それもあって休みの日はいつもいっぱいなんだけど、ちょうど空いてて良かったわ」
リコの言う通り、他に客の姿はなく貸切状態だった。おそらく、朝というには遅く、昼というには少し早い微妙な時間帯だからだろう。
「あ、そうだ!はーちゃんにも朝ごはん!」
みらいがそう言うとリコはリンクルスマホンを取り出して、中にいるはーちゃんの様子を確認した。
「…まだ寝てるみたい、もう少し寝かせてあげましょう」
「モフ、はーちゃんも寝坊モフ?」
すやすやと寝息をたてて眠っているはーちゃんを見てモフルンがそんな事を聞く。
「ふふっ本当だね、誰かに似たのかな?」
「さあ?誰に似たのかしらね?」
まったく誰だはーちゃんにそんな悪影響を与えるのはと八幡が言うと、リコからじとっとした目で睨まれた。
「お待たせしました、ご注文のモーニングセットです」
そんな時、ちょうど料理が運ばれてきて会話が中断される。
「では、ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、ウェイターらしき男性は一礼してキッチンに戻っていく。
このお店、商店街にある他のお店と違い、どちらかといえばナシマホウ界のレストランに似た雰囲気のお店だった。
運ばれてきた料理もナシマホウ界の一般的な洋の朝食といえるメニュー、もしかしたらリコが気を回してくれたのかも知れないと八幡は思った。
「どこか行きたいところの希望はある?」
ひとしきり食べ終えた後、全員に視線を向けてリコがそう切り出す。
「うーん…私はみんなと一緒ならどこでも楽しいよ!」
「モフルンもモフ~!」
みらいは少し考えると笑顔でそう答え、モフルンも同意した。
「俺も特には……あ」
そこまで言いかけて八幡が思い出したような声を上げる。
「どうしたの?」
「あ、いや…妹にお土産を買おうかと…」
本人は八幡の楽しい思い出がお土産などと言っていたが、買って帰らなかったらきっと何か文句を言われるだろう。
「妹さんって小町ちゃんのことだよね?会ってみたいな~」
妹と聞いてみらいそんなことを呟いた。その呟きで、入学の許可をもらうとき二人が小町と水晶越しに会話していたことを思い出した八幡。
「…まあ機会があったらな」
そんな機会があるかはわからないが、二人は小町と同い年だから、もしかしたらすぐに仲良くなるかもしれない。
(………っ!?)
そう考えてから八幡は驚いて一瞬固まってしまった。
なぜなら、その考えは今のこの関係がこれからも続いていくことを前提としていたことに気付いてしまったからだ。
みらい達の会話がどこか遠くに聞こえ、視界がぼやけると、マホウ界に来てからの出来事が浮かんでくる。
いつの間にか八幡の中で、みらい達との関係が当たり前になっていたらしい。
それは決して悪いことではない、しかし、どこか受け入れられず、形容し難い感情が八幡の内に沸き上がる。
(…結局何も変わらない)
声には出さず、心の中でそんな事を呟く。
期待することを諦めても、諦めることを諦めても、間違いを許容し、正解を偽っても、それすらわからなくって無意識の内に忘れていたとしても、ふと気付いて最後には否定してしまう。
言葉の端々を疑い、結論さえもひっくり返し真意を探ろうとして間違える。
他人の裏を読む癖は潔癖さを求める心の自衛手段だ。けれどそれが酷く傲慢で無意味な事を八幡は理解していた。
理解してなお、やめることはできない。なぜならそうしなければ、知って安心しなければ、怖くて仕方がないのだ。
だから、結局八幡は変わることは出来ない。
そうして考えている八幡の横で次の行き先が決まろうとしていた。
「えっと、じゃあまずは小町さんのお土産を探しでいいかしら?」
「うん!なら私もおばあちゃんやお母さんにお土産買うよ!」
「モフ!」
とりあえず、八幡の希望でお土産を買いに行くことになり、四人はお店を出て、案内役のリコを先頭に歩き出す。
「…結局どこに向かってるんだ?」
暗い思考に蓋をして八幡がどうにか平静を装い、リコに尋ねた。
「そういえばどんなお店に行くのか私も聞いてないよ」
「モフ?」
みらいもざっくりとお土産を探すとしか聞いてないため首を傾げる。
「それは着いてからのお楽しみよ」
片目を瞑ってそう告げるリコに、二人は顔を見合わせた。
「ここが目的のお店よ」
リコが一軒のお店の前で立ち止まって指を指す。
「わぁ…可愛いお店だね~」
「ここだけやけに真新しいな…」
お店の外見にみらいと八幡がそれぞれ感想を漏らした。
二人が言うようにそのお店は白とピンクを基調とした可愛いらしいデザインで他の建物と比べても比較的新しく見える。
「このお店は最近できたばかりで、魔法学校の生徒の間で人気なの」
「へえ~」
その説明を聞いて期待に胸を膨らませていたみらいと反対に少し渋い表情を浮かべた八幡。
「…これ入っても大丈夫なのか…?」
外装と同じように内装も可愛いらしい感じだと思われるこのお店は男である八幡には入りづらい。
魔法学校の生徒に人気があるというが、おそらくそれは女子生徒が大半なのではないかと八幡は考えた。
「え?なんで?」
そういうのを気にしないらしいみらいが不思議そうに八幡を見る。
「…心配しなくても男子生徒も結構いるみたい」
リコは八幡の考えていることを察したようで、先にドアを開いて中を確認し、その心配が杞憂だったことを伝えた。
「よくわからないけど、解決したなら早く入ろうよ!」
「モッフー!」
何のお店なのか気になってしょうがないみらいが早く!早く!と急かすので八幡はゆっくりとした足取りでその後に続く。
ドアを潜ると、意外にも落ち着いた雰囲気が漂う内装が目に入った。
綺麗に陳列された商品もあれば、その商品を魅せるために敢えて乱雑に並べられた物もある。どちらも配置した人物のハイセンスっぷりが窺え、人気があるというのも頷けた。
「あ、これ可愛い!」
みらいが棚に陳列されていた犬の置物を手に取ると、置物が動き出してくるりと円を描くように走り、ちょこんと掌の上に座る。
「「わぁ…動いた!」モフ!」
「これは…魔法の…置物?」
未だに座りながら尻尾を振る犬の置物にみらいとモフルンは目を輝かせ、八幡はじっと見つめながら呟き、店内を見渡した。
並んでいる商品はこの犬と同じ置物類から、変わった形のランプ、果ては観葉植物など様々な種類がある。それらに共通する点といえば…
「インテリア…か?」
どれも部屋の内装を飾る物ばかり、それこそお手軽に買えるものもあれば、そこそこ値が張るものまであった。
「正解、ここは魔法のインテリア雑貨を扱ってるお店なの」
リコが得意気に答える。確かにそれならお土産としても選びやすく、探せばお手軽な価格のものも見つかるだろう。しかし、ひとつ問題がある。
「魔法の雑貨ってナシマホウ界に持っていって大丈夫なのか?」
「あ、たしかに」
八幡の言葉にみらいも頷く。今、みらいの手の上にある犬の置物だって知らない人からみれば驚くだろう。
「…あ」
「「あ?」」
明らかにしまったという顔をしたリコは冷や汗をかきながら目を逸らした。
「もしかしてリコ…」
「忘れてたみたいだな…」
「モフ…」
三人がじとーっとした視線を向ける。
「わ、忘れてなんかないし!そ、その…」
つい意地を張ってしまったリコだが、しかし、どうしたらいいのかわからずに言葉を詰まらせていると、突然誰かに声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「へ?いや、なんでも…ってアネットさん!?」
声をかけられ、取り繕おうとしたリコがその人物を見て驚いた声を上げる。
「あ!やっぱりリコだったのね!久しぶり!」
そう言うとその人物ははしゃいだようにリコの手を取って上下に振るとぎゅっと抱きついた。
「リコの知り合いかな?」
「みたいだな」
いきなり抱きつかれ、戸惑うリコを見てみらいと八幡がそんな事を呟く。
「ん?こっちはリコのお友達?」
「え、ええ…」
みらいと八幡の視線に気付いてその人物が二人の方を向いた。
「こんにちは、私はアネット、あなた達は?」
「あ、私は朝比奈みらいです!」
「モフルンはモフルンモフ~」
「…比企谷八幡です」
名前を問われて答える三人。それを聞いたアネットはうんうんと腕を組んで頷く。
「みらいちゃんにモフルンちゃんに八幡君、ん?もしかして君たちナシマホウ界から来たの?それにモフルンちゃんはぬいぐるみ…なのかな?」
「え、えーと…」
矢継ぎ早にくるアネットの質問にどう答えたらいいかみらいが悩んでいると、代わりにリコが間に入って答えた。
「ええ、二人とも春休みの間だけ魔法学校に通ってるの」
「へぇ~そうなんだ…じゃあモフルンちゃんは…」
リコの説明にアネットは納得したように頷いたが、それでもモフルンの事は気になるようでその視線はモフルンに向いている。
「モフルンはモフルンモフ~」
「…ま、いっか、それにしても春休みの間だけとはいえ、あの教頭先生がよく許したね」
モフルンについてはそういうものだと考える事にしたアネットがそんな事を口にした。
「教頭先生のこと知ってるんですか?」
「そりゃ知ってるわよ、特に私はよく怒られたからね~」
驚いた様子のみらいにアネットは苦笑しながら答える。
「…もしかして魔法学校の卒業生ですか?」
その口振りから察して、八幡が問うとアネットはニヤリと笑った。
「その通り!君たちの先輩だよ~敬いたまえ」
「わー!」
「モフ~!」
「………」
「…はぁ」
ドヤッとした顔でそう言うアネットにみらいとモフルンはパチパチと素直に拍手をし、八幡は面倒なものを見る目を向けて、リコは疲れたようなため息を吐く。
「そういえばこういう人だったわ…」
額に手を当てて呟くリコの様子から色々察した八幡もまた、ため息をついた。
「いつからリコと知り合ったんですか?」
そんな二人を他所に楽しそうな表情のみらいはアネットにそう尋ねる。
「んー…確かリコがまだ魔法学校に入学する前の小さい頃だったかな…」
アネットは頬に手を当てて思い出すように答えた。
「あまりに可愛かったから、ついつい連れ回しちゃってよくリズに怒られたんだよね~」
懐かしむように昔を思い出すアネットの話に聞き入っていたみらいだったが、あることが気になってもう一度尋ねる。
「あのリズさん?って…」
「ん?ああ、リズは…」
「わ、あ、ああ~!!」
みらいの質問にアネットが答えようとしたその時、リコが突然大声を出してそれを遮った。
「モフ?」
「いきなりなんだ…?」
八幡とモフルンがリコの行動に眉を潜める。
「え、えーと、そ、それよりっアネットさんはどうしてここに?」
あからさまに話を逸らしたリコ。そしてそれは成功したようで、話題がアネットへと移ったが、その後に続いた言葉で全員が驚くことになった。
「なんでって…私のお店だから?」
「「「え?」」」
思わぬ答えに固まる三人。その様子にうまく伝わっていないと思ったのかアネットがもう一度口を開く。
「だから、ここは私のお店なの」
「「えぇぇぇぇっ!?」」
「…まじか」
「モフ?」
店内にみらいとリコの大きな声が響くのだった。
一方その頃、昨夜に引き続き図書館で調べものをしていた校長が奇妙な事に気付いて、難しい表情を浮かべていた。
「…何者かが知識の森に出入りした形跡がある」
校長は大きな扉の目の前に立ってひとしきり観察するとそんなことを呟く。
「誰か生徒が迷い混んだのでしょうか?」
その呟きに魔法の水晶キャシーが考えうる可能性を提示した。
「いや、侵入した痕跡を隠そうとしたあとが見られる、生徒ではなかろう」
おそらく校長でなければ、いや、昨日、偶然本をひっくり返していなければ見つけられなかったであろう痕跡、それを生徒がしたとは考えにくい。
「では一体誰が…」
「わからん…じゃが、何者かがこの学校に潜んでいるのは間違いない」
闇の魔法使いという可能性が高いのだが、もしそうなら校長が気付かない筈はないし、なにより、闇の魔法の痕跡は見ればすぐわかるのだ。
「校長先生、こちらにおいででしたか」
侵入者について考えていると、教頭がなにやら困った顔をして歩いてきた。
「どうかしたのか?」
仕事はきちんと終わらせたし、昨夜、みらい達に片付けを手伝ってもらったことについては黙ってもらっているので特に思い当たる節はない。
「明日の補習授業についてなのですが…アイザック先生が腰痛でお休みになるそうで…」
「なんと…」
アイザックは歳のせいか、腰痛持ちで酷いときは動けなくなってしまうほどだ。
「それにマキナ先生も体調が悪いらしくお休みに…」
「はて?それは誰のことじゃ?」
教頭の口から出た聞き覚えのない名前に校長は眉を潜める。
「え?誰ってマキナ先生ですよ、最近赴任して来た…」
「?そんな事は聞いておらんが…」
魔法学校の校長ということは当然、教員のことも全て把握している、にも関わらずマキナという教員の事は今初めて聞いた。
どうやら校長以外には認知の存在らしく、教頭も何ら疑問に思っていない。
「…教頭、急いでマキナという人物を呼んでくれまいか?」
「え、ええ、わかりました」
戸惑う教頭だったが、校長の指示に従ってマキナを呼び出すために外に走っていく。
「一体何が…」
あまりに異常な事態に、とてつもなく嫌な予感が襲い、校長はただ呆然と呟いた。