やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。   作:乃木八

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第九話「魔法の箒でGO!暴走再び?ペガサスの親子を救え!」Aパート

 

「今日の補習も課外授業になります。皆さん魔法の絨毯に乗ってください」

 

五回目の補習授業。前回と同じく魔法の絨毯の前に集められた補習組の生徒達はアイザックの指示を受けて次々と乗り込む。

 

「どうしました?八幡君」

 

一人乗らずにじっと動かないでいる八幡にアイザックは首を傾げて尋ねた。

 

「…先生、今回も……」

 

魔法の絨毯に視線を向けてから自分は箒で行くという胸を伝えようとした八幡。しかし、アイザックに伝える前に絨毯の方からの声でそれを遮られてしまう。

 

「八幡さんっ私なら大丈夫です!だからえっと…ここ空いてますよ?」

 

先に乗り込んでいたエミリーが立ち上がり、自分の隣を指差した。

 

「は…え?……いや俺は…」

「ほら、遠慮せずに」

 

断ろうとした八幡だったが、最終的に普段からは想像がつかないくらいにぐいぐいとくるエミリーに押しきられてしまう。

 

「なんか今日のエミリーいつもと違う気がする」

「昨日まで怖がってたのにどういうことだい?」

 

隣に座っていたケイとジュンが不思議そうに首を傾げ、エミリーの方を見た。

 

「あれ?八くんいつの間にエミリーと仲良くなったの?」

「…というか、どうしてそんなに一緒に乗りたがらないのかしら?」

 

みらいとリコも同じく不思議そうな顔で居心地悪そうに座っている八幡に視線を向ける。

 

「ホッホッ、では出発しますよ」

 

そんな生徒達の様子にアイザックは微笑み、魔法の絨毯が走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ええ!?今……ペガサスって言いました~!!?

 

雲海を走る魔法の絨毯がみらいの大きな声でふらふらと上下左右に揺れる。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

そして、全員がキーンとなった耳を押さえてみらいにジト目を向けた。

 

「…言ったわ」

「ペ、ペガサスってあの白くて、綺麗で、羽が生えた馬だよねっ?」

 

どうやらはしゃぐみらいはそれに気づいていないらしい。リコの肯定する言葉を聞いてますますはしゃいでいる。

 

「…気持ちはわからんでもない…が、流石にこの距離であの大声は勘弁してくれ」

 

げんなりした顔でそう八幡は訴えるが、みらいは止まらない。

 

「だってペガサスだよ!私達の世界だとおとぎ話なのに会えるんだよ?ワクワクもんだよ!!」

「わ、わかった、わかったからこれ以上揺らすな…」

 

みらいに肩を掴まれてテンションの赴くままに揺さぶられた八幡が諦めたように呟く。

 

「今日はペガサスと記念撮影みたいね」

 

それを見てリコも諦めたらしく、今日の課題について話始めた。

 

「撮影?カメラはあるの?」

「……いや、カメラで撮るだけなら魔法の補習にはならないだろ」

 

きょとんとした顔でリコに尋ねるみらいへと八幡がツッコミをいれる。

 

「その通りです」

「「「「「「?」」」」」」

 

八幡のツッコミに答えたアイザックの前にいつの間にか羽ペンが浮いていた。

 

「キュアップ・ラパパ!━━撮影しなさい」

 

アイザックが大きな杖を振って呪文を唱えると、空中に真っ白な紙が現れ、そこへ意思を持ったかのように羽ペンがさらさらと動き出す。

 

「これがマホウ界の記念撮影です」

 

羽ペンの動きが止まり、描かれた紙がみらいとリコの間に落ちてきた。

 

「「あっ」」

「これは…写真……?」

 

声を揃えて驚く二人の後ろから覗いた八幡もまた驚愕に目を見開く。

 

「すっごーい!」

「カメラで撮ったって言われても信じるレベルだな…」

 

そこにはみらいとリコの姿が羽ペンで書き込んだだけとは思えない精度で映し出されていた。

 

「つまり、今日の課題は魔法を使ってペガサスと記念撮影をするってことね」

「空を自由に飛べるペガサスと記念撮影なんかできるかな…?」

 

要点をまとめたリコの言葉にエミリーが自信無さそうに呟く。

 

「頑張って箒で追いかけるしかないよね~」

 

間延びした口調でエミリーの呟きに答えるケイ。それは自信があるというよりもそれしかないんだから仕方ないと割り切った風にも見えた。

 

「その通り、今日の補習は皆さんの箒の腕にかかっています」

「「ほうき……」」

 

その言葉に箒に乗るのが苦手なリコと怖がりのエミリーが浮かない表情で俯く。

 

「…自分を信じて飛び出せば、きっと出来ますよ」

「信じる…」

 

アイザックのアドバイスに何か思うところがあったのかリコは俯いていた顔を上げた。

 

(自分を信じる……か…)

 

そこでふと、八幡は昨日の暴走箒が上手く操縦出来た時の事を思い出す。

 

(…あの時は必死でとにかく逃げ回って時間を稼ぐ事しか考えてなかった)

 

なにせ文字通りのピンチだったのだ。それこそ操縦を誤れば終わり…あの状況では出来るかどうかではなくやるしかなかった。

 

それはある意味で自分を信じると言えるかもしれない、もしそうならアイザックのアドバイスは的確と言えるだろう。

 

「ホッホッ、八幡君は何やら自信がありそうですね」

 

少ししんみりしてしまった空気を変えるためか、考え込んでいた八幡に向けてアイザックが朗らかに笑いかけた。

 

「え、あー…別にそういう訳じゃ……」

 

昨日上手く飛べた事で大丈夫だろうと考えていただけに八幡は曖昧な返事でお茶を(にご)す。

 

「…先生、いくらなんでも八幡にはまだ普通に箒を運転するなんて無理です」

 

暴走箒なんだし…とリコが少しムキになったように付け加えた。

 

「…それでも何もないところでいきなり落ちたりする事はないですよ」

 

それに対して八幡が皮肉めいた言葉で応戦する。

 

「なっ…!お、落ちてないし、それに八幡だって猛スピードで暴走してよく落ちるじゃない!」

 

痛いところを突かれたリコはキッと八幡を睨んで言い返した。

 

「「………はぁ」」

 

少しの間睨み合った後、お互いに不毛だと感じたのか二人は疲れたように視線を逸らす。

 

「あー…それからリコさん達は今回の課題、()()()()()()()()()()()()()()()()()を証明してください」

「「証明…?」」

 

アイザックの奇妙な言い回しに声を揃えて困惑するリコと八幡。しかし、三人が全員ペガサスと記念撮影をすればいいのだろうと思ってそれ以上は深く考えなかった。

 

「ペガサスに早く会いた~い!!」

 

そして、待ちきれない様子のみらいはアイザックの話もそこそこに満面の笑みで期待を膨らませている。

 

「むにゃむにゃ…モフゥ…?」

 

そんなみらいの隣で寝息をたてていたモフルンがふと目を覚まし、寝ぼけ混じりに上を見上げた。

 

「……?」

 

真上を影のようなものが通り過ぎていくのに気付いた八幡もモフルンと同じく上を見上げる。

 

「あのねぇ、ペガサスは森の奥の方に隠れてて探すのは大変なのよ?」

 

未だにはしゃいでいるみらいを(たしな)めるように注意するリコ。しかし次の瞬間、その注意も意味のないものになってしまう。

 

「あっ」

「うわぁぁ!なんか飛んでるモフー!!」

 

それを目にした八幡が思わず声を上げ、寝ぼけ混じりだったモフルンも驚きのあまり一気に目が覚めた。

 

「「「あっ!!」」」

「「ええぇっ!!?」」

 

ヒラヒラと左右に揺れる尻尾、凛々しくも雄々しく、純白の翼を広げて空を駆けるその正体は━━━━

 

「「ペ、ペガサス━━っ!!?」」

「いっぱいいるモフ~!!」

「森の奥に隠れてるんじゃ…」

 

魔法の絨毯の前方に現れたペガサスの群れにみらいとリコが声を揃えて驚き、モフルンは飛び跳ねて喜び、八幡はその光景を前に唖然としていた。

 

「あー!早く捕まえるぞ!?」

「捕まえるんじゃないでしょー!」

 

絨毯の上は半分パニック状態で慌てたジュンが目的を見誤り、それをケイが慌てて注意する。

 

「た、高い~!?」

「っ!?」

 

全員があたふたしているせいで絨毯が揺れ、下の景色を見てしまったエミリーは恐怖のあまり近くにいた八幡にしがみついた。

 

「……にゃい丈夫か」

「ひゃ、ご、ごめんにゃさい…」

 

突然しがみつかれた八幡も、恐怖で思わずしがみついたエミリーも、互いに動揺して噛んでしまう。

 

「…八幡?」

「ひっ…」

 

偶然、一部始終を目にしたリコの圧力の込められた笑顔にエミリーの口から悲鳴に近い声が漏れ、八幡が目を逸らしつつ、エミリーからバッと離れた。

 

「まったく…」

「よーし!いっくぞぉ~!!」

 

怒るリコの隣ではみらいが箒に(また)がり、元気良く飛び出そうとしている。

 

「…あっ!?待って!!」

 

飛び出そうとしているみらいを止めようとリコは声をかけるが怒っていたせいで一瞬遅れてしまった。

 

「っあなた!箒に乗れないでしょ~!!」

 

リコの言葉にみらいがハッとするが気付いた時にはもう遅い。

 

「あ……そ、そうだったぁぁ~!!?」

 

みらいの乗る箒はすでに絨毯の外、重力に引かれて自由落下し始めている。

 

「みらい!!」

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!」

 

落ちていくみらいを助けるべく急いで箒を走らせる八幡。その速度は凄まじく一瞬でみらいの元までたどり着く。

 

「八くん━━!」

「━━掴まれ!」

 

すれ違い様に差し出された手をどうにか掴み、落下を防ぐ事には成功した、しかし━━━━

 

「わ、ちょっ…八くんはやっ……」

「……あれ?」

 

二人を乗せた箒は絨毯に戻ることなくそのまま猛スピードで目の前の島へと突っ込んでいく。

 

「「あぁぁぁっ!!?」」

 

八幡とみらいの悲鳴が重なり空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…一番最初に飛び出すなんて」

「あはは……」

 

呆れた顔をしたリコにそう言われみらいは苦笑いを浮かべる。

 

「それに八幡もあんな事言ってたのに結局一緒に落ちてるし…」

「………」

 

続いてジト目を向けられた八幡は明後日の方に視線を逸らした。

 

「わ、私には絶対無理…」

「エミリー、高いとこ苦手だもんな」

 

二人が飛び出していった時の事を思い出して身震いするエミリーにジュンが呟く。

 

あの後、絶叫しながら島へと突っ込んだ八幡とみらいは止まることなく突き進み、島の森に生えていた大きなキノコに激突した。

 

幸い、箒に備え付けられている魔法と大きなキノコがクッションになって大事には至らなかったのだが、二人とも発見された時には揃って目を回していたのだ。

 

「ペガサスを箒で追いかけるなんて……」

 

そんな光景を高いところが苦手なエミリーが見てしまったのだから尻込みするのも仕方がない。

 

「そういえばさ、何でさっきはあんなにいっぱいいたんだ?」

 

ふと、思い出したようにジュンがそんなことを口にした。

 

「あ…あそこはまだ森の入り口だったわよね」

 

ジュンの疑問にエミリーが確認しつつ答える。

 

「…たまたま群れの移動に遭遇しただけだろ」

「でもペガサスが群れで大移動するなんて聞いたことないわよ?」

 

そこで八幡とリコも会話に加わるが、明確な答えは出ない。

 

「あの(うわさ)…本当なのかしら」

「…噂?」

 

一番後ろを歩いているケイのぼそりと呟かれた言葉に全員が足を止め振り返る。

 

「そう…この魔法の森に関するコワーイうわさ……」

 

普段と違うケイの様子に全員が思わず息を呑んだ。

 

「…なんでもこの森の中に妖しい花が咲いているらしいの…あまーい香りで森の生き物を(おび)き寄せるんですってぇ……」

「あまーい…」

 

おどろおどろしく語られた噂話の〝あまーい〟という言葉に八幡の目はついついモフルンの方を向いてしまう。

 

「その花にペガサスが向かってるってことか?」

 

恐る恐る頬に汗を浮かべ恐る恐る聞き返した。

 

「うん…そしてその花は香りの(とりこ)になった動物が動けなくなったところを…パクっ!とたべてしまうんですってぇ~」

「「っ………」」

 

ノリに乗ったケイは表情に加え、身ぶり手振りを交えて語る。その姿は魔法学校の制服と手に持った箒も相まって、さながらおとぎ話に登場する魔女にも見えた。

 

「うっ……そんなの怖くないし!」

 

話を聞いて涙目になっているエミリーの隣で顔を引きつらせていたリコが強がるように声を上げる。

 

「いやどう見ても……」

「うるさい!怖くないって言ったら怖くないの!!」

 

その様子を見て何かを言いかけた八幡の声を遮ったリコ。そしてそのままプンスカと怒りながら一人でずんずんと先に進んでしまう。

 

「あぁっ!リコ、待って!!」

「……はぁ…」

 

リコの後を追いかけてみらいが走り出し、さらにその後を面倒くさそうにため息をついた八幡がゆっくり追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなとはぐれちゃったね…」

「うん…」

 

影が射して少しだけ暗い森の中をすたすたと進む二人。心なしかリコの顔は強張(こわば)って見えた。

 

「大丈夫だよ」

 

その強張りを(ほぐ)すようにみらいはリコの手を握り笑いかける。

 

「二人なら…ううん、三人なら出来るよ!ね、八くん?」

「えっ?」

 

そう言うとみらいは振り向き、釣られてリコも後ろを向くとそこにはポケットに手を突っ込んでそっぽを向いている八幡の姿があった。

 

「…合格しないとあれだからな」

「照れてるモフ?」

 

はーちゃんと一緒にみらいが下げているポーチに入っているモフルンがからかうでもなく嬉しそうに笑う。

 

「…信じられない」

「?」

 

リコが厳しい表情でみらいと八幡を見つめた。

 

「あなた達、箒に乗れないのよ?今回はそんなに簡単にいかないわ」

 

ペガサスとの記念撮影が課題の以上、リコの言う通り箒に乗れなければクリアは難しい。

 

まともに箒に乗ること自体が初めてのみらいと何度も乗っているが暴走箒ゆえに上手く飛べない八幡にとっては今までで一番困難な課題と言える。

 

「はー!はーはー♪」

「はーちゃん、いい子いい子モフ」

 

少し重くなった空気をポーチの中ではしゃぐはーちゃんの声が(やわら)げた。

 

「あぅー!はー!あぅ…はー!」

 

目の前をヒラヒラと飛んで通り過ぎていく蝶々を追いかけてはーちゃんが背中の小さな羽を懸命にぱたぱたと動かす。

 

「はーちゃん、飛ぼうとしてるの?」

「みたいだな……可愛い」

「はいはい…でもまだちょっと早いみたいね」

 

その微笑ましい姿に三人は表情を(ほころ)ばせた。

 

「けど頑張ればきっと飛べるよね!…うん!」

 

何度も飛ぼうとしているはーちゃんを見てみらいが何かを決意し、頷く。

 

「はーちゃんが頑張ってるんだから私も頑張らなきゃ!」

「ふふっ、本当に前向きね……誰かさんと違って」

「…後ろ向きで悪かったな」

 

みらいの元気な声、いたずらっぽく微笑むリコと少し()ねたように呟く八幡。今の三人からは課題に対する緊張は感じられなかった。

 

「はー!あぅはー!!」

 

空の方を指差すはーちゃんに釣られて三人は上を向く。

 

「あれは…」

「ペガサスだ!!」

 

大きなキノコや木々が生い茂るその先の青空にペガサスが一頭だけ飛んでいるのが見えた。

 

「行こう!二人とも!」

「待ちなさい!無茶よ!」

 

箒に(また)がり、今にも飛び出しそうなみらいをリコが強く止める。

 

「…ついさっき失敗したばかりなのにそれでも飛ぶ気か?」

「…うん!だって魔法はイメージ、できるって信じればなんだってできる!!」

「みらい…」

 

目を閉じ、イメージを膨らませたみらいは空を見上げ呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!箒よ、飛んでっ!」

 

━━━ヒュゥゥ…

 

みらいを乗せた箒がゆっくりと浮かび上がる。

 

「飛べ……わあぁっ!?」

 

浮き始めた事に喜んだのも(つか)の間、箒は凄い勢いで急加速し、真上へ飛び上がった。

 

「「わぁっと…!?」」

 

あまりの勢いにみらい下げているポーチから振り落とされたはーちゃんをリコと八幡が慌ててキャッチする。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ~~~!!?たぁっすぅぅけぇぇてぇぇっ~~!!?」

 

コントロールを失い、右へ左へジグザグに飛び回る箒に振り落とされないようしがみついて悲鳴を上げるみらい。

 

その速度は八幡の箒程ではないにしろいつ振り落とされてもおかしくない速さだ。

 

「みらい!」

 

リコがはーちゃんを抱えたまま箒に乗り、みらいに向かって飛び立った。

 

「っ……!」

 

遅れて八幡も箒を取り出すが呪文を唱えようとして、また暴走するのではないかと躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁっ~~!?」

「目が回るモフ~~!?」

 

みらいとモフルンを乗せた箒は下の森が小さく見える程の高さまで飛び上がったかと思えば突然、空中でピタリと止まった。

 

「「……??」」

 

一瞬の静寂、そして箒はくるりと上下を反転させ重力に従い落ちてゆく。

 

「「ぅわぁぁぁぁ~~~!!?」」

 

擬似絶叫マシーンと化した箒の挙動にみらいとモフルンは叫ぶことしかできない。

 

「みらいぃー!!」

 

落ちていくみらいの元へどうにか間に合ったリコが箒の穂先を掴んで落下を阻止しようと試みる。

 

「ぐぅ…!」

 

しかしいくら箒に乗っている分、重さが緩和されているとはいえ、人一人分の重さを片手で支えるにはリコの力だけでは足りず、徐々に手から滑り落ちていく━━━

 

「っ!!」

 

完全に手から離れる寸前でリコの横合いから伸びた手ががっしりとみらいの箒を掴んだ。

 

「八…幡…!?」

「ぐっ…いいから早く掴み直せ!」

 

驚きのあまり呆然とこちらを見つめるリコに八幡が叫ぶ。

 

「へっ…あ、ご、ごめんなさい!」

 

その声で我に返ったリコが慌てて穂先を掴み直し、二人がかりでどうにかみらいの乗る箒を支える事に成功した。

 

「はぁ…はぁ…ありがゃとう……」

 

逆さまのままのみらいが息を切らしてお礼を告げる。

 

「みらい落ち着いて…」

「…とりあえず体勢を元に戻すところからだな」

「うん…わかった」

 

二人のアドバイスに従いゆっくりと逆さまの体勢を起こしていくみらい。そして正常な位置に戻ったところでほっと安堵の表情を浮かべた。

 

「ふぅ…二人とも箒、すごい上手…!」

「それよりも…」

「今は…」

 

みらいの言葉を他所に八幡とリコの視線は別の方を向いている。

 

「あ…!」

 

その視線の先には首だけをこちらに向けて様子を(うかが)いながら飛んでいるペガサスの姿があった。

 

「早く追いかけて記念撮影するわよ!」

「うん!」

「…わかった」

 

リコの言葉を合図に三人はペガサスを追いかけ始める。

 

 

「やぁっ!」

 

「たぁっ!」

 

「っ!?」

 

「「「わぁぁっ!!?」」」

 

どうにかしてペガサスに近付こうとする三人。しかしその度にリコはかわされ、みらいは操作が安定せず避けられ、八幡に至ってはその速度ゆえにペガサスを通りすぎてしまう。

 

「「くぅぅ~……!」」

「はぁ…はぁ…この…まま…だと近付け…る気が…しない…ぞ…」

 

歯噛みするみらいとリコに息を切らした八幡が告げた。

 

「……そうだ!」

 

何かを思い付いたらしいみらいに八幡とリコの視線が集まる。

 

「こんなのどうかな?ゴニョゴニョ……」

「…は?いや…流石にそれは…」

 

みらいから提案された作戦に八幡は思わず首を傾げた。

 

「わかったわ、それでいきましょう」

「え…?マジで…?」

 

あっさりと了承したリコを驚いた顔で八幡は見つめる。

 

「…どちらにしてもこのままじゃ一緒だもの。それならみらいの案を試したみた方がいいわ」

「……それは…まあ…」

 

確かにリコの言う通りこのまま手をこまねいていてもペガサスが逃げてしまうだけだ。それなら出来るかどうかはともかくやってみても損はないだろう。

 

 

 

 

 

みらいの作戦を実行するためにまずリコと八幡がペガサスの気を引くために先行してペガサスの前に出た。

 

「?」

 

先程まで追いかけてきたにも関わらず、自分を追い越して先を飛ぶ二人にペガサスが(いぶか)しんで首を傾げる。

 

「こっちこっち~こっちを見なさ~い!」

 

そして二人に注意が向いたところで今度はペガサスの後ろからみらいが大きな声で呼び掛けた。

 

「いざっ…勝ぉぉ負!!」

「ヒヒィン…?」

 

その声に反応して振り向いたペガサスの視線は天高く掲げられたみらいの手に注がれる。

 

「「……!」」

 

ペガサスがみらいの方を向いたのと同時に前に出ていた八幡とリコが少しずつ距離を詰めていった。

 

(…問題はここからだ)

 

気付かれないように距離を詰めつつ八幡はちらりとみらいの方を見て行方を見守る。

 

「せーの!あっちむいてホイッ!」

「ヒヒィッ」

 

勢いよく右の方に指を向けたみらいに対し、ペガサスは首を左に向けた。

 

((乗ってきた…!))

 

半信半疑だった作戦の成功に心の中で同時に声を上げるリコと八幡。見てわかる通りみらいの作戦はペガサスとあっちむいてホイをしてその隙に後ろからリコと八幡の二人が記念撮影をするというものだ。

 

多少工夫をして乗ってきやすくしたものの、ペガサスとあっちむいてホイなんて普通は思い付かないし、成功するとも思わない……だからこそみらいがそれをやってのけた事に二人は改めて驚かされる。

 

(とにかく今の内に…)

(ええ、チャンスは今しかないわ)

 

互いに視線で合図をかわした八幡とリコは再び慎重にペガサスとの距離を詰めていく。

 

「あっちむいてホイッ!ホイッ!ホイッ!」

 

矢継ぎ早に指を動かすみらいに余裕そうな澄まし顔でそれを捌くペガサス、両者とも譲らずあっちむいてホイは熾烈(しれつ)を極めた。

 

「あっちむいて……ホー…イッ!!」

 

━━━━そして決着が訪れる。

 

「ヒヒィン!?」

 

みらいのフェイントに引っ掛かったペガサスは指差す方と同じ方向に首を向けてしまった。

 

「隙ありっ!」

 

すぐ近くにまで忍び寄っていたリコは思わぬ敗北で驚き固まっているペガサスの(ふところ)に飛び込むと魔法の羽ペンを取り出し呪文を唱えようとする。

 

━━ポロッ

 

「あぁっ!?」

 

しかし(はや)る気持ちを抑えらないままの覚束(おぼつか)ない手つきと思いの外勢いよく取り出してしまった事で魔法の羽ペンがリコの手からすっぽ抜けてしまった。

 

「ぁ…あぅっ」

 

重力に引かれて落ちていく羽ペンをリコに抱えられていたはーちゃんがキャッチしようと身を乗り出す。

 

ヒュゥゥゥ━━……

 

「あ~あ~っ!」

 

キャッチする事はできたものの、はーちゃんの小さな体ではその重さを支えきれず、リコの腕の中から落ちてしまった。

 

「あっ!?」

 

思わず声を上げたせいでペガサスが飛び去ってしまったがそれどころではない。

 

リコが慌ててはーちゃんを追いかけようと箒を走らせるが操作を誤って逆さ吊り状態になってしまった。

 

「はーちゃっ!?」

 

近くにいた八幡がはーちゃんを追いかけようするも逆さ吊りのリコとぶつかりかけてたたらを踏んでしまい、危うく落ちかけて宙吊り状態になってしまう。

 

「はーちゃん!!」

「っ!!」

 

少し離れていたモフルンとみらいもはーちゃんの元へと全速力で向かった。

 

「くっ…はーちゃん!!」

 

逆さ吊りの状態から抜け出したリコも急いで箒を走らせみらいと並んではーちゃんを目指す。

 

「…!?」

 

驚いた表情を浮かべるリコ。その理由はさっきまで箒に乗ることすら覚束(おぼつか)なかったみらいがリコを上回る速度ではーちゃんまで一直線に向かっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「えっみらい…?」

 

その様子を森の中を探索していたエミリーも偶然目にして驚く。

 

「凄い…!飛んでる……私も…!!」

 

魔法の初心者であるみらいが箒で飛んでいる姿にエミリーは自らの箒を見つめて決意を胸に呟いた。

 

 

 

 

 

ぐんぐんと速度を上げて落ちていくはーちゃんに迫るみらい。そしてあと少しというところで柄から片手を離し、はーちゃんへと伸ばす。

 

「はーちゃん!!」

「はっ…はー?」

 

伸ばされた手はそっとはーちゃんを包んで無事に救出する事ができた。

 

「はぁ~よかったぁ~…」

「はー?はー♪はー♪」

 

無事に救出できた事に安堵するみらいと裏腹に当の本人であるはーちゃんはきゃっきゃとはしゃいで喜んでいる。

 

「…ひとまずは安心だな」

 

しっかりとはーちゃんを抱き抱えているみらいを見て宙吊り状態のままの八幡も安堵の言葉を口にするが、次の瞬間、再び息を呑む事態に見舞われる事になった。

 

「……へ?……ぅわぁぁぁっ!?」

 

なんとみらいの箒が力を失ったように急降下し、真っ逆さまに落下し始めたのだ。

 

「また落ちるぅぅ~~!!?」

 

みらいが落ちていくその先にはポッカリと空いた底の見えないほど深い巨大な穴が待ち構えている。

 

「っ…!」

 

落ちていくみらい達を助けるべく動こうとした八幡だったが、いかんせん宙吊り状態から中々抜け出せない。

 

━━パシッ

 

「ぅぅ……?」

 

このまま落ちる━━そう思ってぎゅっと目を閉じていたみらいの手を急いで飛んできたリコの手がしっかり掴んだ。

 

「リコ…ありがとう……」

 

手を掴まれ支えられた事でみらい安堵し、礼の言葉を口にするが掴んでいる方のリコはそれどころではない。

 

「んぐぅぅぎぎぃぃっ……お、重いっ…!」

 

先程みらいを支えた時は箒が機能していたためリコ一人の力でも少しの間、支えることができた。しかし今回、みらいの箒はまったくと言っていいほど機能していない。

 

それはつまりみらい達の体重をそのまま支えるということ…とてもではないがリコの細腕で支えきれるわけがなかった。

 

「ぅわぁっ!?」

「え…わぁぁっ!?」

 

重さに耐えきれなくなったリコがバランスを崩してみらいと共に落下する。

 

「「わぁぁぁぁっ!!?」」

 

このまま落ちれば深い深い穴の中、地面に落ちるよりも遥かに危険でまず助からないだろう。

 

かといってみらいとリコの二人には、もはやどうすることもできない。ただただ暗い穴の中へ叫びながら落ちていく━━━━

 

「っ!!」

 

「わぁっ!?」「きゃっ!?」

 

落ちていくみらいとリコの身体に軽い衝撃が走り、さっきまでの猛スピードで落下していく感覚が消えて奇妙な浮遊感に変わる。

 

「っ……ぐぅぅ……重っ……」

 

「……八……くん?」

「ぇ…八…幡?」

 

恐怖で固く閉じていた目蓋(まぶた)をゆっくり開けるとそこには苦しげに歯をくいしばる八幡の姿があった。

 

「はー♪はー♪」

「モフ~!八幡が()()()()()()モフ~!!」

 

再び嬉しそうにはしゃぐはーちゃんと驚きの声を上げるモフルン。その言葉にリコとみらいが八幡の足下に目を向ける。

 

「箒の上…?って…えぇ!?」

「ほ、本当に箒の上に立ってる…!」

 

二人の目に飛び込んできたのは細い箒の柄に横向きで立つ八幡の足だった。

 

「お、落ちる…!?」

 

それを見て慌てふためくリコ。八幡の立つ箒の柄の部分は太さが足の半分もなく、横向きでバランスをとっているとはいえ不安定極まりない。

 

「っ…おい…やめろ…じたばたするな……マジで落ちる」

 

顔を引きつらせた八幡が冷や汗を浮かべて言う。現状、火事場の馬鹿力でなんとか二人を両脇に抱える事が出来ているがだんだんと腕に力が入らなくなってきていた。

 

そんな状況で動かれるとバランスを崩しかねないし、何より余計な負担が腕にかかってしまう。

 

(ゆっくりとだが穴の底に近付いているはず…ならせめて落ちても問題ないくらいの高さまでは……)

 

先に落ちていった二人の箒が地面に当たる音はそこまで離れていなかった。なら案外、底が近いのかもしれない。

 

(……それにしてもまさかボッチ体験が役に立つとは思わなかったな)

 

限界が近い事を誤魔化すために八幡はふとそんな事を考える。

 

━━小学校の体育、体育館で早く進みすぎて余った授業時間をよく自由時間にあてがる先生がいた。

 

自由時間と聞いて大半がグループを作り遊び始める中、グループに入れてもらえなかった八幡は一人、体育倉庫の中で遊ぶことが多かった。

 

体育倉庫の中の様々な用具は子供にとって絶好の遊具となりえる。

 

跳び箱の上からマットに飛び降りてのトランポリンもどきで遊び、大きなキャスター付きのボール入れに乗って狭い倉庫内を駆け、平均台をボードに見立ててサーフィンを楽しんだ。

 

その中でもとりわけ平均台サーフィンはもう極めたと言っても過言ではない。平均台の上で飛んだり跳ねたりはもちろん、ボッチ特有の(たくま)しい想像力で波を描き、時間いっぱい平均台の上で過ごしたこともあった。

 

 

 

(…まあ、たまたま入ってきたクラスメイトに見つかってその後しばらく笑い者にされてからはもうやることは無かったが……)

 

勝手がだいぶ違うとはいえ、それでもそのおかげで飛んでいる箒の上に立つという無茶を通せたのだから人生、本当に何が役に立つかわからない。

 

「━━あっ!地面が見えてきたよ!八くん!!」

 

抱えられているみらいが下の方を指差して声を上げる。

 

「……やっとか」

「…本当、一時はどうなるかと思ったわ」

 

限界を迎えていた八幡と注意されてからなるべく動かないように黙っていたリコの二人がほっと安心したその時、予期せぬ事態が起こった。

 

━━つるんっ

 

「━━あ」

「━━え?」

「━━うぇ?」

「━━モフ?」

「はー♪はー♪」

 

地面が見えた事で気が緩んだのか、八幡の足が箒の上から滑ってしまう。

 

「「「わぁぁぁぁっ!!?」」」

 

「モフ~!!?」「はー♪」

 

安心した矢先にバランスを崩してしまった八幡達は叫び声を上げながら底に向かって落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み…みんな…大丈夫…?」

「モフ…」

「はー♪」

「ま…まあ…穴の中に入るのは狙い通りだし…?」

「…どんな狙いだよ……」

 

所々(ところどころ)小さなかすり傷は負っているものの、()()()()大きな怪我もなく無事に底までたどり着いた五人。

 

落ちた高さがそこまででは無かった事と地面が石ではなく草花の生える土だったおかげだ。

 

「うぅ…あいたた……」

 

目を回しているモフルンを気にかけながらみらいは痛みに少し表情を曇らせる。

 

「………」

 

その隣で無言のまま自分の足首をほぐすように回して僅かに顔をしかめる八幡。どうやら落ちた時に(ひね)ったらしく動かす度に痛みが走る。

 

高さと地面のおかげで大した衝撃では無かったと言っても二人を両脇に抱えていた八幡は必然的に最初に落ちる事になり、後から落ちてきた二人の下敷きになったのだ。むしろこのくらいで済んだのは幸いと言える。

 

(…歩けないほど痛いわけじゃない……この課題が終わるくらいまでなら誤魔化せるか)

 

今ここで痛いと(わめ)いてもどうしようもないし、何よりリコの留年がかかっている以上、この課題を諦めるわけにはいかない。

 

本来なら動かさないのが一番なのだが…ここはさっさと課題を終わらせて魔法学校に戻ってから処置をした方がいいだろう。

 

「…さっきの惜しかったね」

 

みんなが黙ってしまい暗くなりかけた空気を変えるためにみらいがぼそりと呟く。

 

「…そうだな、正直あの作戦があそこまで上手くいくとは思わなかった」

 

足を痛めている事を悟らせないように八幡がみらいの言葉にそう返した。

 

「そう?私は絶対上手くいくと思ってたよ?だってあっちむいてホイだもん」

「…そのあっちむいてホイに対する自信はどこからくるんだよ……」

 

なんの根拠もなく自信は満々な様子のみらいに八幡は呆れ混じりのツッコミを入れる。

 

「……ねぇ?」

「ふぇ?」

 

先に落としてした事で(いた)んでしまった箒の毛先を気にしながらリコはどこか神妙な面持ちでみらいの方を見た。

 

「なんでさっきあんなに上手く箒に乗れたの?」

 

さっき、とは恐らくみらいがはーちゃんを助けようとした時の事だろう。あの時のみらいはおおよそ初心者とは思えない速度でぶれることなく飛んでいた。

 

「んー……とにかくはーちゃんを助けなきゃって…その事で頭がいっぱい」

「それだけ…?」

「うん!」

 

少し考え、思い返すように答えたみらいにリコは驚き戸惑った表情を浮かべる。

 

「…まあ、いまさら驚くような事でもないだろ」

「え?」

 

八幡の言葉に振り向くリコ。それを補足するように意識を取り戻したモフルンが口を開いた。

 

「モフ!リコも同じモフ。みらいを助けようと思ったから上手く飛べたモフ!」

 

━━助けたい、みらいもそしてリコもその想いを力に変えて今まで何度も…それこそ驚くような事をやってのけてきたのだ。

 

だからみらいがはーちゃんを助けたいという一心で飛べたとしてもおかしくはないし、モフルンの言う通り箒に乗るのが苦手のはずのリコが上手く乗れたというのも頷ける。

 

「それに二人だけじゃないモフ。みーんなを助けてくれた八幡もおんなじモフ!」

「…は?」

 

思わぬモフルンの言葉に八幡は思わずそのまま聞き返した。

 

「八幡だってまだ上手く箒には乗れないのに助けようと飛んできてくれたモフ」

「それは……」

 

確かにみらいを助けようとした時も、落ちそうな二人の元へ向かおうとした時も不思議と暴走箒を思い通りに動かすことができた。

 

言われてみればまさにモフルンの言う通りなのだが、二人と同じと言う部分がどうしても引っ掛かる。

 

なぜなら比企谷八幡はどうやったってあの二人のようになれる筈はないのだから。

 

「あ!アイザック先生が言ってた通りだね」

「それって……」

 

思い出したように声を上げるみらいをリコが反応を示す。

 

「アイザック先生が言ってた通り…か」

 

八幡もみらいの言わんとしている事がわかったらしく少し考えるように呟いた。

 

「上手に箒に乗るコツ、それは……」

 

「「信じること!」…あっ……」

 

互いに人差し指をピンと立てて向かい合い、揃う二人の声。その事にみらいは嬉しそうに笑い、思わず答えてしまったとリコは恥ずかしげに手を引っ込める。

 

「えへへ~出来ると思ったら何でも出来る!……それにリコと二人なら…ううん、モフルンもはーちゃんも八くんも…みんなとなら何が起きても大丈夫って信じてる!!」

「「………」」

 

自信満々に言い切ったみらいに恥ずかしそうにしていたリコも、考えるように俯いていた八幡も、二人揃ってポカンと呆気にとられていた。

 

「…ぷっ…ふふふっ……」

「………」

 

突然笑いだしたリコ。よくよく見れば隣の八幡も噴き出してこそいないものの、呆れたように苦笑している。

 

「な、なんで笑うの?」

 

その理由がわからないみらいはあたふたと戸惑い、尋ねた。

 

「本当にみらいって変わってるわね」

「変わってるというかもはや変だな」

「え~…?」

 

口々に変わってるだの変だのと言われてみらいは納得いかないと言った様子で(うな)る。

 

「わ~…くんくん…甘い匂いモフ」

 

そんな中、誰も気付いていない内にモフルンが鼻を鳴らしてその匂いを感じ取っていた。

 

━━ィィィン……

 

「「…?」」

「…何だ今の音?」

 

モフルンの呟きと重なるように聞こえてきた謎の音にみらい達はキョロキョロと辺りを見回す。

 

「二人とも!あっち」

「あっ…!」

「あれは…」

 

リコが指す方に目を向けたみらいと八幡の二人は少なからず驚いた。

 

「ペガサスだ!ちっちゃ~い!」

「まだ子供みたいね」

 

そこには先程、空の上で見たペガサスよりも二回りくらい小さなペガサスが(うずくま)っている。

 

「何で子供のペガサスが一匹だけでこんなところに…?」

 

小さく力ない声で鳴くペガサスを見て眉をひそめる八幡。まだ子供だとすれば近くに親がいないのは不自然だし、はぐれたと言うのならばあそこに(うずくま)ったままなのはおかしい。

 

たとえ子供だろうと、いや子供だからこそ親を探しに飛び回るのではないか?そんな考えが八幡の頭に浮かぶ。

 

「あの子供ペガサス……」

「「うん!」記念撮影のチャンス!」

 

どこか様子がおかしいと気付いた八幡がそれを言い終える前に、ペガサスを見つけた事が余程嬉しかったせいか二人は駆け出してしまった。

 

「…はぁ……仕方ない」

 

あの二人の事だから近付けば子供ペガサスの様子がおかしいのに気付いて無理に記念撮影することはないだろうと思い、溜め息を()きながら八幡はしぶしぶ後を追う。

 

「羽ペン羽ペン…えっと…どこだっけ?」

 

子供ペガサスの近くまで来るとそこからリコはそろりそろりと歩いて近付き、みらいは木の陰に隠れてモフルンの入ったポーチをおろして記念撮影の準備を始めた。

 

「あった!」「あれ?」

 

みらいが羽ペンを見つけるのと同時に数メートルの距離まで近付いたリコが子供ペガサスの鳴き声があまりに弱々しい事に気付いて声を上げる。

 

「この子、何だか様子がおかしいわ」

「え?病気なのかな…?」

 

リコの後からみらいも駆け寄り二人は心配そうに子供ペガサスを見つめた。

 

「くんくん…モフ」

 

みらいとリコが子供ペガサスの方を注視している間にモフルンは鼻を鳴らしてポーチから抜け出し、茂みの中へと消える。

 

「…モフルン?」

 

二人から少し遅れて来た八幡が何事かとモフルンの後を追って茂みへと入っていってしまった。

 

「大丈夫?」

「どうしよう…」

 

後ろにいたモフルンと八幡がいなくなったことに気付かないままリコとみらいは子供ペガサスの容態を見守っている。

 

「薬草でもあればいいんだけど……」

「や、薬草?…うーん……」

 

薬草と聞いてみらいは辺りを見てみるがそれらしき植物は見当たらない。

 

「…モフルン?……モフルーン!どこいったのー?」

「…そういえば八幡もいつの間にかいないわ」

 

見渡しているとモフルンの入っていたポーチが空になっている事に気付くみらい。それと同時にリコも八幡がいない事に気付いた。

 

「二人とも一体どこにいったんだろう…」

「探さないと……でも…」

 

どこかに消えてしまった二人の事は心配だが、具合の悪そうにしている子供ペガサスをこのままにしてはおけない。

 

「…こうなったら一人がここに残って、もう一人が探しにいくしか……」

 

少し考えてから歯切れの悪そうに呟くリコ。確かにそうすれば問題は解決するが…そうすると今度は別の問題が浮かび上がる。

 

「う~ん…わかった!じゃあ私が探してくるからリコはあの子の事をお願い!」

「えっちょっとみらい!?」

 

みらいは矢継ぎ早にそう言うとリコが静止する間もなく近くの茂みに駆け出してしまった。

 

「…迷ったらどうするのよ……もうっ!」

 

初めて訪れる場所、そして周りは似たような木々、下手をすると探す方も迷子になりかねない。

 

しかし、子供ペガサスをほってみらいの後を追うわけにもいかず、リコはその場で声を上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

「八くーんっ……モフルーンっ……どこにいったのー!」

 

茂みを掻き分けながらみらいは大きな声で二人の名前を呼び続ける。

 

「う~ん…ここにはいないのかな……」

 

━━ガサッ

 

呼び掛けても返事がないため別の場所を探そうと(きびす)を返してみらいが歩き出そうとしたその時、近くの茂みが音をたてて揺れた。

 

「……?」

 

何かいるのかとみらいは音のした茂みの方へ足を向ける。

 

━━ガサガサッ

 

「………八くん?」

 

音のした茂みの先には足を伸ばして座り込み、苦い表情を浮かべる八幡の姿があった。

 

「っ………」

 

名前を呼ばれた八幡は驚いたように顔を上げてみらいの方を見ると気まずそうに視線を逸らす。

 

「大丈夫?もしかしてどこか具合が悪いの?」

 

八幡の様子がおかしい事に気付いたみらいはすぐさま駆け寄って心配そうに尋ねた。

 

「……何でもない、ただ疲れたから座ってただけだ」

 

視線を逸らしたまま答える八幡。本当はモフルンを追いかけている内に足の痛みが酷くなってしまい、動くに動けない状態になっていたのだが、それをみらいに気付かれるわけにはいかない。

 

(…変に気を遣われるのは御免だからな……)

 

先程のみらいの呼び掛けもこの事を隠すためにあえて返事をしなかった。

 

「……む~…あ、はーちゃんが空飛んでる!」

 

納得していない様子のみらいが少し考えるように沈黙した後、突然、向こうの方を指をさして声を上げる。

 

「っどこだ!?」

「今だ!」

 

はーちゃんが飛んでいるという言葉に思わず八幡がその方向を向いて注意がそれた瞬間、その隙を狙ってみらいが八幡のズボンの裾をめくった。

 

「なっ!?」

 

予想外なみらいの行動に抵抗する間もなく、赤く腫れている八幡の足首が(あらわ)になってしまう。

 

「やっぱり…!どうして隠してたの…?」

「いや…これは……」

 

みらいの追及にたじろぐ八幡。はーちゃんの事となると反射的に反応してしまう自分が(うら)めしい。

 

「…その怪我ってここに落ちた時の……だよね……」

「………」

 

八幡の沈黙を肯定と受け取ったみらいは表情を曇らせる。

 

「……戻ろう、それでちゃんとお医者さんに診てもらわないと…」

 

少しの沈黙、そしてみらいが絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「…そういうわけにもいかないだろ……今日の課題は三人で取り組んだことを証明するしないといけない…俺がここで抜ければ三人とも不合格になる」

「でも……!」

 

言い(つの)るみらいに八幡は矢継ぎ早に続ける。

 

「それに見た目ほど痛いわけじゃない、この課題の間くらいなら何とか持つ…だから心配しなくていい」

 

そう言って八幡は大丈夫だという事を証明するためにその場で立ち上がって見せた。

 

「っ…まずはモフルンを探すのが先だな。あっちの茂みに走っていってまだそんなに時間は経ってないは…ず……!?」

 

走る激痛を(こら)えて顔に出さないよう気を付けながら話を続ける八幡に対し、みらいが(おもむろ)にむすっとした表情で八幡の肩を支える。

 

「なにを…」

「…痛くないなんて嘘、本当すっごく痛いのに我慢してるでしょ?」

 

どうやら八幡の痩せ我慢は見抜かれていたらしい。それでも八幡の事を止めないのは、先日の人魚の里の一件で止めても無駄だということを知っているからだろう。

 

「だから掴まって、じゃないと八くんはここから動いちゃダメ!」

 

それがみらいにとっての最大限の譲歩だ。もし、八幡が嫌だと断れば意地でも動くのを阻止する、そんな気構えに見えた。

 

「……わかった」

 

これ以上ここで言い合っても時間が勿体無いと渋々了承した八幡。…妹と同い年くらいとはいえ、女の子に肩を貸してもらうという気恥ずかしさは、この際仕方ないと割り切る。

 

「…よ~し!じゃあモフルンを探しにいこう!」

 

その返事にむすっとした表情から一転して笑顔になったみらいと共に八幡はモフルンを探して茂みのさらに奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁぁぁっ!」

「おぉぉ……!」

 

モフルンを探して一際(ひときわ)大きな茂みを抜けると、そこには一面にピンクと白と黄色の鮮やかな色彩が広がっている。

 

「すっごーい…!!」

「まさか森の奥にこんな場所があるなんて思わなかったな…」

 

目の前に広がる色鮮やかなお花畑に目を奪われる二人。それほどまでにその場所は神々しく幻想的に見えた。

 

「あ……甘~い…良い匂い…」

「甘~い匂い…つまり……」

 

ふと、風に乗って漂ってきた花の香りにみらいと八幡は本来の目的であるモフルンを探してキョロキョロと辺りを見回す。

 

━━ガサッ

 

「あっま~い!甘い匂いモフ~!」

 

幸せそうな表情でお花畑の中から飛び出してきたモフルンは、はしゃいだ様子で辺りを駆け回った。

 

「モフルン!」

「…ちょっと待て……あれは…!」

 

モフルンを見つけて駆け寄ろうとしたみらいを静止した八幡。そしてそのまま一点を見つめて固まってしまった。

 

「どうしたの?八く…ん…!?」

 

その様子を(いぶか)しげに思いってみらいも八幡の見つめている方を向き、驚く。

 

八幡の視線の先、そこには数十メートルを軽く越える大きさの巨大な花が咲いていた。

 

「これって…」

「いや…まさか…」

 

『あま~い香りで森の生き物を誘き寄せるんですってぇ……』

 

巨大な花を中心に様々な動物達がまるで崇めるように集まっているその様子は来る途中に聞いたケイの噂話を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「みら~い!それに八幡もこっちに来るモフ~!!」

 

みらいと八幡が嫌な想像を浮かべている間に、いつの間にか巨大な花の近くにいるモフルンが二人に気付いて飛び跳ねながら手招きしていた。

 

「モフルンダメ!食べられちゃうよ!!」

 

二人を呼んだ後、そのまま巨大な花に向かって駆け出そうとしたモフルンを同じく駆け出してきたみらいが慌てて抱き抱え止める。

 

「モフー!全然怖くないモフ」

「え…?」

 

呆気らかんとしたモフルンの言葉にみらいは改めてまじまじと巨大な花を見上げた。

 

「ほんとだ…嫌な感じが全然しないね…」

「みーんな、優しい顔をしてるモフ~」

 

先程は遠くからだった事とケイから聞いた噂のせいで怖いように見えたが、近くで見てみると一目瞭然(いちもくりょうぜん)、この花が噂のように動物達を食べるなんて到底思えない。

 

「…あくまでも噂はただの噂だったって事か」

 

後からゆっくりと歩いてきた八幡も巨大な花を見上げて呟く。

 

「うん…この花はとっても優しくて…なんだか暖かい」

 

その呟きにみらいも頷いて三人は穏やかな気持ちで花と向き合っていた。

 

「あっ!」

「へ?」

「…どした?」

 

突然大きな声を上げたモフルンにみらいと八幡が怪訝な顔をして尋ねる。

 

「傷が治ったモフ~!」

「傷…?……そういえばいつの間にか足の痛みがなくなっているような……」

「ほんとだ…私も傷が消えてる……すご~い!!」

 

落下の衝撃で捻ったはずの足も落ちたときに負った小さな切り傷や打撲傷もまるで最初から無かったのではないかと思えるほど綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「この花のおかげ…なのか?」

「きっとそうモフ!」

 

近くにいるだけで自然と傷が治る花なんていくらファンタジー溢れるマホウ界といえどにわかには信じられないが、他に要因らしきものが見つからない以上はそういうことなのだろう。

 

「…そうだ!これなら……」

 

すっかり治った身体を見て何か思いついた様子のみらいは八幡とモフルンに〝ここで待ってて〟とだけ伝えると来た道を走って引き返していった━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経ってみらいがリコと未だに具合の悪そうな子供ペガサスを連れて戻ってくる。

 

「そういうことか……」

 

みらいのやらんとしている事を察して八幡は一人、納得したように呟いた。

 

「ちょっと…大丈夫なの?」

「うん、見てて…」

 

弱々しく鳴いている子供ペガサスへとみらいがお花畑で摘んできた花束を近付ける。

 

「………!?」

 

すると驚いた事にみるみる子供ペガサスの血色が良くなり、徐々に生気を取り戻していった。

 

「………ヒヒィィィン!」

 

どうやら完全に回復したらしく、子供ペガサスは嬉しそうに空へ向かって大きな(いなな)きを上げる。

 

「「わぁぁ…!!」」

「おぉ…!」

「元気に…なった!!」

 

すっかり元気になった子供ペガサスにみらいは感極まって抱き着き、リコは胸を撫で下ろした。

 

━━━━ヒヒィィィィィンッ!!

 

ほっとしたのも束の間、空の方から聞こえた嘶きに全員の視線が上へと集まる。

 

「「「あっ!」」」

 

そこには純白の翼を広げて空を駆ける美しいペガサスの姿あった。

 

「きっとお母さんだ!」

「迷子になった子供を探しにきたのか」

 

二人の言う通り、ペガサスはみらい達の目の前に降り立つと子供ペガサスに寄り添い、子供ペガサスもまた甘えるように寄り添い返す。

 

「良かった…」

「良かったモフ…」

 

無事ペガサスの親子が再開したことに潤んだ目元を拭うリコとモフルン。そしてお母さんペガサスの目元からも嬉し涙がこぼれた。

 

「「「「……?」」」」

 

こぼれた涙が足下の花束を濡らすとそこから優しい光が波紋のように広がる。

 

「「「「ぁ……!」」」」

 

光の波紋は巨大な花へと集約し、花の中心に形となって現れた。

 

「わぁ!」

「あれは…!」

「リンクルストーン…?」

「ピンクトルマリン、花のリンクルストーンモフ~!」

 

思いがけないところで現れたリンクルストーンにみらい達は驚き、モフルンがブンブンと両手を振って興奮したように跳ね回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ……フッフッフッフ………見ぃつけた…」

 

その様子を遠くから見つめる赤い双眸(そうぼう)……闇が再びみらい達に牙を剥かんとしていた。

 

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