やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。   作:乃木八

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第九話「魔法の箒でGO!暴走再び?ペガサスの親子を救え!」Bパート

 

「…でもあんな高いところにあるものをどうやって取るんだ?」

 

巨大な花の中心に現れたリンクルストーン・ピンクトルマリン。あれを取るためには数十メートルはあるあの花をよじ登るか、箒で飛んでいくしかない。

 

「えぇっと…箒で……」

 

八幡の疑問にリコが自信無さそうに答える。ついさっき落ちたばかりで上手く飛べるかどうかわからないからだ。

 

「ヒヒィン?」

 

みらい達がどうしようか頭を悩ませているそんな時、お母さんペガサスが何かを伝えようとして首を動かした。

 

「え?もしかして取ってきてくれるの?」

「ヒヒィン!」

 

お母さんペガサスは頷くような仕草をした後、翼を広げて飛び立ち、花の上のリンクルストーンを(くわ)えて戻ってくる。

 

「ヒヒィン♪」

「ありがとう!」

 

リコがそれを受け取ると両脇からみらいと八幡が覗き込んだ。

 

「わぁぁ…きれい……」

「銀色……支えの輝き…か」

 

花びらを(かたど)ったような銀色の(ふち)に鮮やかなピンクの宝石にみらいと八幡がそれぞれ感想を漏らす。

 

「ええ、ピンクトルマリン…癒しの花から生まれたアクアマリンと同じ支えのリンクルストーン」

「みんなの優しい気持ちにピンクトルマリンが応えたモフ~」

 

━━くぅぅぅ~~~……

 

リコとモフルンの後に続いて可愛らしい音が鳴り響いた。

 

「………」

「な、私じゃないわよ!」

 

その音が鳴り響いた瞬間にジト目を向けてきた八幡にリコが抗議する。

 

「くぅぅ~……」

「はーちゃんお腹すいたモフ?」

 

音の正体、それはリコではなくはーちゃんがお腹を空かせた音だった。

 

「じー…」

 

今度はあらぬ疑いをかけられたリコが逆に八幡をジト目で見つめる。

 

「……ここには食べ物はないからリンクルスマホンで何か食べ物を出してあげるしかないな」

 

目線を逸らして誤魔化すように早口で喋る八幡。正直、音からしてリコではない事は薄々わかっていたのたが、前例があるため思わずジト目を向けてしまったのだ。

 

「…はぁ……そうね、それなら……」

 

そんな八幡の反応にため息を吐きつつ、リコはリンクルスマホンを取り出して手に持っていたピンクトルマリンをセットする。

 

ヒュルルル━━━━ポンッ

 

ひとりでにペンが動きだしてスマホンの画面に何かを描いたかと思えば、光と共に花の蜜がたっぷりとかかったホットケーキが現れた。

 

「わぁぁ!」

「美味しそう!」

「はー♪」

「みんなで食べるモフー!」

「みんな…?ってまさか…」

 

モフルンの指すみんなとは八幡の予想通りで、スマホンが(せわ)しなくペンを動かし、このお花畑にいる動物を含めた全員分のホットケーキを描き出す。

 

「「「いただきます」」モフ」

「はーはー♪」

「…いただきます」

 

大小様々な動物達に囲まれたその中心でホットケーキを食べ始めるみらい達。その動物達の前にも等しくホットケーキが置いてあるこの光景はある意味シュールに見えた。

 

━━もぐもぐ……

 

「おいしい?」

「うまーうまー♪」

「やばい、可愛い……」

「うっ八くん…すごい顔してるよ…?」

 

小さく食べやすい大きさに千切られたホットケーキを頬張(ほおば)るはーちゃんの姿を見つめる八幡の顔を見てみらいが何とも言えない表情を浮かべる。

 

「はっ♪はーはー!」

 

パタパタ━━

 

はーちゃんは花が咲くような満面の笑顔を浮かべながら小さな羽を動かし、ゆっくり宙に浮かび始めた。

 

「飛べた!」

「っキュアップ・ラパパ!━━写し撮れ!!」

 

その瞬間、みらいが驚きと喜びの混じった声を上げ、八幡が今までで一番力の込もった呪文を唱える。

 

「ちょっ八幡…!?」

 

突然呪文を唱えた八幡に戸惑い驚くリコを他所(よそ)にいつの間にかそこに現れた紙とペンが魔法をかけられて動き出した。

 

「すっごい集中力モフ~」

 

鬼気迫る八幡の様子にモフルンが思わずそんな言葉を漏らす。

 

「は…はぃ~……」

 

疲れた様子でゆっくりと失速していくはーちゃん。それは時間にしてみれば数秒に満たないが、みらい達にとっては何よりも嬉しい事だった。

 

「まだ長くは飛べないみたいね」

「ゆっくりでいいんだよ~」

 

ゆっくりと落ちるはーちゃんを受け止めて二人は優しく微笑む。

 

「すっごいモフ~!」

 

そんな中、八幡の方に視線を向けていたモフルンが唐突に大きな声を上げた。

 

「どうしたのモフルン?」

「すごいって何がすごいの?」

「はー…?」

 

モフルンの声にみらいとリコ、それにはーちゃんも思わずそちらを向く。

 

「わぁ…!これ八くんが描いたの…!?」

「あ、あの一瞬で…?」

 

そこには満面の笑顔で空を飛んでいるはーちゃんが紙に描かれていた。

 

「すごい…本当の写真みたい……」

 

みらいの言うように八幡の描き出したそれは描かれたというよりも文字通り、写し出したと言える程の完成度だ。

 

「…それにしてもアイザック先生の魔法と同じくらい綺麗(きれい)って……」

 

八幡の魔法を見て呆れた様子のリコ。その理由は八幡の魔法がどうしてそこまでの精度を誇るのか察しているからだろう。

 

「……はーちゃんが初めて飛んだ記念だからな」

 

自分でも自覚はあるようで八幡はサッと目線を逸らした。

 

(いくらはーちゃんの事とはいえ、ほぼ無意識の内に体が動いていたのは流石に……)

 

ここまでくるとただはーちゃんの可愛さにやられたのではなく何かの意志が介在(かいざい)していると言われても信じるかもしれない。

 

「はー♪はー♪はー…ふわぁ……」

 

そんな事を考えていると魔法で描き出された自分の絵を見て喜び、はしゃいでいたはーちゃんが不意に可愛らしい欠伸を漏らした。

 

「はーちゃん眠いモフ?」

「頑張ったから疲れちゃったのかな?」

「…初めてだったから余計に疲れが出たのかもな」

「ふわぁ~……」

 

はーちゃんはもう一度小さく欠伸をするとリコの持つリンクルスマホンの中に戻っていく。

 

「頑張ったわね」

 

スマホンの中ですやすやと眠るはーちゃんに向けてリコは優しく(ささや)いた。

 

「ふふっ……って、あ~~!!忘れてた~~!!」

 

眠るはーちゃんの姿を見て微笑んでいたみらいが何かを思い出したように大きな声を上げる。

 

「っ…何を?」

「ちょっとみらい…!声が大きい!」

「リコもモフ…」

 

その声に八幡は驚きながらも聞き返し、リコははーちゃんが起きるでしょと抗議の声を上げ、モフルンが耳を抑えながら呟いた。

 

「記念撮影!」

「「あ…」」

 

みらいの言葉にリコと八幡が当初の目的をすっかり忘れていた事に気付く。

 

「すいませ~ん、写真一枚お願いしま~す!」

「ヒヒィン?」

「いや…その頼み方は違うだろ……」

 

ペガサスに駆け寄ってそう頼むみらいに思わずツッコミを入れる八幡。ニュアンスの問題なのだろうが、みらいの言い方だと写真を撮ってくれと頼んでいるように聞こえてしまう。

 

「え~…じゃあ…あの~お写真の方を撮らせてもらってよろしいでしょうか?」

「…まあ意味合いは間違ってないならいいか」

 

まだところどころ間違っているが、ペガサスの親子には伝わったようなので八幡はそれ以上何も言わない事にした。

 

「…?」

「モフ?」

 

記念撮影に応じるべく立ち上がったお母さんペガサスが何かを感じ取った様子で辺りを見回し、モフルンが何事かと首を傾げる。

 

━━━━シャキンッ━━━━シャキンッ

 

「…?なんだこの音……」

 

森の奥地であるこの場所に響く似つかわしくない音に八幡は眉をひそめた。

 

━━ドドドドドドドドッ!!!!!!!

 

一瞬の静寂、そして地鳴りと共に動物達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 

「えっ?」

「何?どうしたの?」

 

突然の出来事に困惑するみらいとリコ。先程まで穏やかに過ごしていた動物達が一目散に逃げ出すなんて只事ではない。

 

「ブルルルルッッ……!!」

 

探るように辺りを見回していたお母さんペガサスがみらい達の背後に向けて威嚇(いかく)するように鼻を鳴らした。

 

「「は…!?」」

「お前は……!?」

 

お母さんペガサスの見つめる先、自分達の背後に何かいるのかと振り向いた三人は驚き険しい表情を浮かべる。

 

「…チッ……強い魔法の力を感じてエメラルドかと思ったら……あ~あ、残念。ま~た違ったか……」

 

こうして対峙するのは三度目、一度目は商店街で、そして二度目は学校で、蜘蛛(くも)を思わせる容姿に赤い双眸(そうぼう)、闇の魔法使いスパルダがそこに悠然と(たたず)んでいた。

 

「……何で毎回、補習授業の度に闇の魔法使いと遭遇するんだか…」

 

スパルダの登場に八幡の口からそんな呟きが漏れる。

 

元を辿ればエメラルドの在りかを知っていると勘違いされた事から始まり、そこからはほぼ毎回と言っていい程に補習授業で行く先々で()()リンクルストーンとそれを探しに来た闇の魔法使いに鉢合わせていた。

 

(ここまで続くと偶然かどうか疑わしくなってくるな……)

 

何かの意志が介在しているのか、あるいはリンクルストーン同士が引き合うのか、はたまたその両方か、どれにしても偶然の一言で片付けられるよりはまだ納得できる。

 

「ブルル……ヒヒィンッ!!」

 

八幡がそんな事を考えている間に、威嚇するように鼻を鳴らしながらスパルダを睨んでいたお母さんペガサスが痺れを切らして突撃し始めた。

 

「おっと」

 

それをあしらうようにひらりとかわしたスパルダは再び突撃せんとして空中で身構えるお母さんペガサスに目を向ける。

 

「ブルルル……ッ」

「へぇ…おもしろい……!」

 

対峙するお母さんペガサスとスパルダ、そしてその様子を子供ペガサスが心配そうに見上げ、空に向かって鳴き声を上げた。

 

「ッ……!」

「はぁぁっ!!」

 

一直線に向かってくるお母さんペガサスに対し、スパルダは右手をかざして放射状に糸を放つ。

 

シュルシュルシュル━━━━ガシッ!

 

「ヒヒィンッ…!?」

 

放たれた糸はあっという間にお母さんペガサスへと絡みついて、いとも簡単に体の自由を奪ってしまった。

 

「ブルルル……!」

 

糸に絡め捕られて身動きが取れなくなってしまったものの、お母さんペガサスの闘志は衰えることなく怒りを込めた眼を真っ直ぐスパルダに向けている。

 

「良い眼をしてるじゃないかぁ…そんなに花を切られたのが許せなかったのかい?」

「ッ………!!」

 

挑発めいた言葉を受けてさらに怒りを燃やすお母さんペガサスにスパルダは不気味な笑みを浮かべた。

 

「そうかい……ならそうだねぇ………」

 

笑みを浮かべたままスパルダは思案するように目を閉じる。

 

━━ゾクリッ

 

「っ……!」

 

その瞬間、下から様子を見ていた八幡に形容し難い悪寒が走った。

 

「…キュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!!」

 

このままお母さんペガサスとスパルダを対峙させておくのはマズイと判断した八幡は急いで箒を取り出し、飛び立つ。

 

「え?」

「八幡!?」

 

突然の行動にみらいとリコが驚く中、八幡を乗せた箒はスパルダに向かって一直線に飛び始めた。

 

(この直感が当てになるかどうかわからないが、どうしても嫌な予感が拭えない…)

 

這い寄り絡みついてくるようなそれに焦る八幡。この箒の速度ならばスパルダまでの距離くらい一瞬なのだが、加速するまでの数秒の時間すら長く感じる。

 

(あと少し…間に合っ……)

 

━━━━ニタァァァ

 

八幡の箒が加速し始めた直後、目を閉じていたスパルダがその真っ赤な双眸(そうぼう)を見開いて口を裂けんばかりに開き、(わら)った。

 

「……じゃあ、もっと花を切りまくってやるよっ!!」

 

そういうとスパルダは髑髏(どくろ)の杖を取り出して掲げる。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

スパルダの足下に闇の魔法陣が浮かび上がるとそこから放射状に糸が拡がってお母さんペガサスと刈り取られた植物を吸い込んでしまった。

 

(マズイ……!)

 

すぐそこまで近付いていた八幡が慌てて箒に急ブレーキをかけ、そこからすぐに反転して()()と距離を取る。

 

「ヨクバールゥッ…」

 

闇の魔法陣の中から現れたのは全身を植物の(つる)(おお)われ、不気味な色の翼を背中から生やし、顔を髑髏(どくろ)隠された怪物……お母さんペガサスの変貌した姿だった。

 

「っ……」

 

嫌な予感が的中した事、目の前でお母さんペガサスが怪物に変えられてしまった事、そして何より間に合わなかった事実に八幡は歯噛みし、箒の柄を手が白くなるほど握り締める。

 

「っなんてことを……!」

「ヒヒィ…ン……」

 

お母さんペガサスをヨクバールに変えた張本人、スパルダを睨み(いきどお)るリコ。その隣で子供ペガサスが悲痛な声を上げた。

 

「元に戻してっ!!」

 

その声にみらいはキッとスパルダを睨み付けて叫ぶが、それをスパルダは鼻で(わら)って返す。

 

「ハッ、戻せと言われて戻す馬鹿がいるかい?…さあヨクバールよ、やりな!!」

「ギョォォイッ!」

 

指示を受けたヨクバールは髑髏の目を怪しく光らせ、全身から四方に向けて勢いよく(つる)を放った。

 

「ヨッ」

 

━━━━ズドンッ!

 

「クッ」

 

━━━━ズドンッ!!

 

「バールッ!」

 

━━━━ズドォォンッ!!!

 

自らの身体から伸ばした蔓を(むち)のように操ってヨクバールは眼下(がんか)にあるその景色を蹂躙(じゅうりん)していく。

 

「ぐっ…」

 

ヨクバールが放った蔓の鞭の脅威は地面だけではなく空を飛んでいる八幡にも襲い掛かった。

 

「クッハッハハッ!もっとやれぇっ!!」

 

無惨(むざん)にも散らされていく花達、抉られた大地、空中で必死に蔓の鞭をかわす八幡、それをスパルダは心底楽しそうに眺めている。

 

「ッブルル……!」

「いっちゃダメモフ~!」

 

変わり果てた姿で破壊の限りを尽くすお母さんペガサスに居ても立っても居られず、飛び出そうとする子供ペガサスをモフルンがしがみついて止めた。

 

「「……っ」」

 

無謀(むぼう)とわかっていても大好きなお母さんペガサスを救いたい…悔しさと悲しみの混じった鳴き声が響く。

 

「……助けなきゃ」

「…うん!」

 

子供ペガサスの想いを胸にみらいとリコは覚悟を決めて手を繋ぎ、呪文と共に光を解き放った。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

放たれた光━━二つのリンクルストーン・ダイヤがモフルンの元に(つど)って一つとなる。

 

「「ダイヤ!」」

 

モフルンの手を取り、輪になって光を紡ぐ二人。そして━━

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

(まばゆ)い輝きが二人を包み込んでその姿を(いろど)っていく。

 

 

光の中から魔法陣が浮かび上がり、守りの輝きを身に(まと)った二人が姿を現した。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

(とら)われたお母さんペガサスを救うべく、伝説の魔法使いが今、その闇を振り払う。

 

 

 

 

 

 

「フッ…変身してどうする?」

 

伝説の魔法使いプリキュアに変身した二人を前にしてもスパルダは慌てる様子もなく、むしろその(たたず)まいからは余裕すら垣間見(かいまみ)えた。

 

「ヨクバール…ルッ!」

 

標的を二人に変えたヨクバールが無数の(つる)を槍のように放って攻撃を仕掛けてくる。

 

「「っ!」」

 

その攻撃ををバックステップでかわした二人はなおも追撃してくる蔓の槍をかわしつつ、ヨクバールに向かって走り出した。

 

「やめて!」

「お願い!」

 

ヨクバールに取り込まれたお母さんペガサスの心に訴えかける二人。しかし、蔓の槍による攻撃は容赦なく降り注ぐ。

 

「このままだと…不味(まず)いな……」

 

ヨクバールの注意が逸れた事で難を逃れた八幡が二人の様子を見て焦るように呟いた。

 

(まだ気付いていないみたいだが…もし、()()()に気付いてしまえばあいつらは動けなくなるかもしれない……あのヨクバールを攻撃することの意味に…)

 

今まで戦ってきたヨクバールはどの個体も無機物、あるいは動物の羽や貝殻などが元になっていたため、二人は迷いなく戦う事ができていた。

 

だが、今回は違う。あのヨクバールの元となっているのはお母さんペガサスだ。意思のある動物…それも短い間とはいえ共に過ごした相手をあの二人が攻撃できるとは思えない。

 

たとえそれが助けるために必要な事だったとしても割り切れずに躊躇(ためら)ってしまうはずだ。

 

「…かといってそれを責める事はできない…か」

 

きっとこれが物語の中の話ならば〝優しさを履き違えるな〟とでも言うのだろう。実際、それが正しいと思うし、今この場でそれを理解している八幡はその言葉を伝えるべきなのかもしれない。

 

けれど、あの二人…みらいとリコはまだ中学生だ。

 

いくら伝説の魔法使いだからと言っても中身は普通の女の子、そんな彼女達にその選択を()いる事が正しいのなら間違えたままでいい。

 

「……間違いだろうと帳尻さえ合っているならどうとでもなる」

 

傷つけられないのなら無傷のまま助ける方法を探せばいいだけの話。そのために動く、それだけだ。物語のように戦う覚悟を問うなんてする必要はないだろう。

 

それに生憎(あいにく)と八幡にはそんな大層な事を問うような気概(きがい)や覚悟なんて持ち合わせてない。

 

「ならまずは……」

 

考えをまとめた八幡は一先(ひとま)ずヨクバールの攻撃を避け続けるミラクルとマジカルの方に向かって箒を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「っふ!」」

 

迫る蔓を全てかわし、ヨクバールの正面へと抜けたミラクルとマジカルはそのまま反撃に転じて跳躍し、空中で構えて狙いを定める。

 

「ヨ?」

「「あっ……」」

 

攻撃に移ろうとヨクバールを見据えた瞬間、その姿がお母さんペガサスと重なり、二人は攻撃することを躊躇(ためら)ってしまった。

 

「ヨッ!!」

 

それを好機とみたのか分散させていた蔓を集中させて放つヨクバール。そこには微塵(みじん)の躊躇いもない。

 

「「っ……!」」

 

身動きのとれない空中ではかわせるはずもなく、二人はやってくる衝撃と痛みを想像してぎゅっと目を閉じる。

 

 

━━━━ポスッ

 

 

「あれ…?」

「痛くない…?」

 

痛みもなく、想像していたよりも弱い衝撃に二人は恐る恐る目を開いた。

 

「八くん…?ってあわわ…!?」

「これは…」

 

二人の視界に流れる景色と箒に乗る八幡の背中が映る。

 

「…案外やってみれば何とかなるもんだな」

 

ミラクルとマジカルを両肩に抱えながら額に汗を浮かべて呟く八幡。咄嗟(とっさ)の判断で二人を抱えて脱出したのだが、どうにか上手くいったようだ。

 

「八幡のおかげで助かったみたいね…ありがとう」

 

未だに慌てたままのミラクルの横で状況を察したマジカルが礼の言葉を口にする。

 

「……やばい、腕がもう限界…!」

「へっ?あ、ちょっ……」

「お、落ちる~!?」

 

しかし、今の八幡にはその言葉に返す余裕はなかった。いくら細身の女の子とはいえ二人分の体重だ、特別鍛えているわけでもない八幡にはとてもではないが支えきれない。

 

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、止まれ!」

 

━━キュッ

 

「「きゃぁぁぁっ!?」」

 

フラフラと揺れる箒を止めるために唱えたものの、思いの外勢いよく急ブレーキが掛かってミラクルとマジカルが投げ出されそうになってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

足で箒にしっかり捕まり、歯を食いしばって離すまいと八幡は二人を抱き寄せた。

 

「わわっ!」

「「~~~~!!」」

 

その甲斐(かい)もあって何とか踏みとどまる事が出来たが、抱き寄せられた反動であまりに近い互いの距離を意識してしまったらしい八幡とマジカルの顔が赤く染まる。

 

「よっと…びっくりした~落ちるかと思ったよ~……あれ?どうしたの?二人とも」

「「……なんでもない」」

 

三人を乗せた箒がゆっくりと下降して地面に降りた後、様子のおかしい八幡とマジカルにミラクルがそう尋ねると二人は揃って目線を逸らしながら答えた。

 

(落ち着け…あれは不可抗力、意識するような事じゃない……あれだ、いい匂いがするとか、思ってたよりも腰が細いとか、柔らか…ゲフンッゲフンッ……そんな事全然思ってないですよ…?)

 

(落ち着きなさい…私、そう…あれは不可抗力よ、八幡は私達が振り落とされないようにしてくれてただけなんだから…べ、別にやっぱり年上の……こ、こほんっ…そ、そんな事全然考えてないんだから…!)

 

「?」

 

その反応に首を傾げるミラクルを他所に八幡とマジカルが悶々(もんもん)と思考に()ける。

 

「……って、そんなことを考えてる場合じゃなかった」

「……そうね、早く助けないと…」

 

羞恥心からぐるぐると回っていた思考も一周回って落ち着き、現状に改めて向き合う二人。後から思い出して(もだ)えるかもしれないが今はそれどころではない。

 

「でも…お母さんペガサスと戦うなんて……」

 

目を伏せ、ミラクルが沈痛な面持ちで口を開く。それは先程八幡が懸念(けねん)していたことだが、実際に本人の口から聞くとなおさら〝戦え〟とは言えない。

 

「…だとしても戦わないと助けられないわ」

 

ミラクルの言葉に答えるマジカルの声は震えていた。戦わなければならないとわかっていてもやはり割りきれないのだろう。

 

「助けるために戦う……問題はそこだな…」

 

結局、懸念していたものの特に良い案も思い付かないまま来てしまったため改めてその問題にぶつかってしまった。

 

「……戦いが始まる前にリンクルステッキを使って浄化できれば…」

 

今まで見てきた限り二人の…プリキュアの魔法は相手を傷つけるのではなく浄化し、元に戻す力を持っている。

 

あの魔法ならばお母さんペガサス傷つける事はない。ただ一つ懸念があるとすれば……

 

「でも無傷で万全の相手にどこまで通じるかどうか…」

 

八幡の提案にマジカルが表情を(くも)らせて呟く。確かにこれまでは、ある程度戦ってから隙を見計(みはか)らって浄化の魔法を放っていた。

 

しかし、今回は無傷の状態のヨクバールが相手だ。かわされるかもしれないし、浄化しきる前に破られる可能性もあるだろう。

 

「あの時みたいな魔法ができたら……」

「あの時?」

 

ミラクルのいう〝あの時〟に思い当たる節がなく八幡は首を傾げた。

 

「それって…マキナ先生と戦った時の…?」

 

八幡と違い心当たりがあるらしいマジカルが確認するように尋ねる。あの時というのがマキナ先生と戦った時の事ならば八幡を精神攻撃をくらいほとんど気絶していたので思い当たる節がないのも仕方ない。

 

「うん…あの時の魔法ならもしかしたらって」

「なるほどな。…正直気絶してたからよくわからんが、もう使えないのか?」

 

詳細は謎だがその魔法に可能性があるのなら試す価値はある。少なくとも一か八か浄化魔法を使うよりはいい筈だ。

 

「わからない。あの時は無我夢中で聞こえてきた声を頼りにしてたから……」

「声…?それは……いや…」

 

表情を曇らせたまま答えたマジカルの言葉に八幡は眉をひそめる。聞こえてきた声の正体も気になるが、今はそれよりもお母さんペガサスを救えるかもしれない魔法の使い方だ。

 

「……あっ」

 

二人のやり取りを見てミラクルが声を上げる。そこまで大きな声ではなかったが突然だったため二人は少し驚いていた。

 

「ミラクル?」

「何か思い付いたのか?」

 

驚き混じりに二人がそれぞれ尋ねるとミラクルはガバッと八幡の肩を掴んだ。

 

「リンクルストーンだよ!八くん!」

「は?え、何が?」

 

いきなり肩を掴まれた八幡は戸惑ったまま聞き返す。唐突にリンクルストーンだよと言われてもそれだけでは何の話か検討もつかない。

 

「…もしかして八幡のリンクルストーンのこと?」

 

マジカルもミラクルの言わんとしている事がわかったらしくハッとした表情をしてそう返した。

 

「そうだよ!あの時、八くんのリンクルストーンから光がピカーって…そしたらなんだか力が湧いてきて…」

「……そういえばあの時投げ渡したんだっけな」

 

要領を得ない言葉だったが、聞いている内に八幡は気絶していた前後の出来事を思い出し、ポケットから自らのリンクルストーンを取り出す。

 

(あの時はこのリンクルストーンを二人に渡さないといけない気がして……)

 

取り出したリンクルストーンをまじまじと見つめる八幡。直感で二人に投げ渡した守りの輝きにも支えの輝きにも属さない正体不明のリンクルストーンにそんな力があるなんて思わなかった。

 

「じゃあこれがあればその魔法が使えるのか?」

「…可能性はあると思う。けど……」

「とにかくやってみようよ!八くんリンクルストーンを貸して━━」

 

 

バチィッッッ!!

 

 

ミラクルが八幡の手からリンクルストーンを受け取ろうと手を近付けた瞬間、火花に似た光がまるで拒絶するように(はじ)ける。

 

「きゃっ!?」

 

予想外の出来事に驚いたミラクルは尻餅をついて倒れた。

 

「ちょっミラクル大丈夫!?」

「う、うん…ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」

 

幸いミラクルは尻餅をついただけで怪我はないが、どうやら八幡のリンクルストーンは再び八幡以外には触れない代物になってしまったようだ。

 

「……また色が変わってる?」

 

さっき手に取った時は気のせいだと思って気にしなかったが、リンクルストーンの色が白から薄い黒の混じった灰色に変わっている。

 

(確か初めてこのリンクルストーンを見た時は赤黒かったはず、それがいつの間にか白くなって…かと思えば今度は灰色……何か意味があるのか?)

 

いつの間にか八幡の枕元に置いてあった事や八幡以外には触れず、色が変化する事、それにプリキュアの魔法を強くする可能性も秘めていたりとこのリンクルストーンに関しては謎だらけだ。

 

このリンクルストーンは一体何なのか?もしその謎の一端でも分かれば状況を打開できるかもしれないのだが……もう時間切れらしい。

 

「作戦会議は終わったかい?」

「「「っ!?」」」

 

ヨクバールと共にスパルダが悠然(ゆうぜん)と姿を現した。

 

「そんな…!」

「もう追い付いてきたの…!?」

 

スパルダの登場にミラクルとマジカルの口から思わずそんな言葉が漏れるがそれも仕方ない。今しがた八幡のリンクルストーンに弾かれてしまった事で振り出しに戻ってしまったのだ。

 

他の方法を考えようにも目の前にスパルダとヨクバールがいる以上、そんな時間はないだろう。

 

「…わざわざ待っててくれるとはずいぶんとお優しいことで……」

「フッ…アタシは寛大だからねぇ……そうだ、何度も邪魔してくれたアンタの事も許してやろうじゃないか」

 

時間を稼ぐために挑発した八幡だったが、その予想に反してスパルダは不気味な笑みを浮かべながら軽く挑発を受け流した。

 

(っ…まさか乗ってこないとは……それだけ自分が有利な立場にいることをわかってるって事か)

 

前回、スパルダと戦った時に八幡はおそらくプリキュアである二人よりも目をつけられている。そんな八幡が(あお)るように挑発すればすぐにでも標的をこちらに変えてくるだろうと踏んだのは考えが甘かったらしい。

 

「さーて、じゃあそろそろ楽しい楽しい戦いを再開しようかねぇ……やれっヨクバール!」

「ヨクバールッ!!」

 

八幡の挑発は失敗に終わり、スパルダの指示を受けたヨクバールがミラクルとマジカルの二人に向かって再び(つる)を槍のようにして放つ。

 

「「っ!!」」

 

まだ何の打開策も見つかっていない事に動揺して焦りながらもなんとかその攻撃をかわす二人。このままではお母さんペガサスを助けられず、森やお花畑も滅茶苦茶になってしまう。

 

「…こうなったらやれるだけの事をやるしかないわね」

「…うん、少しでも助けられるかもしれないなら……」

 

たとえ策がなくとも今自分達に出来ることをしようと決めた二人は追撃してくる蔓の槍を真っ正面から受け止めた。

 

「「ぐぅっ…!!」」

 

受け止めた衝撃と痛みで二人の口から苦悶の声が漏れるが、それでも離すまいと力を込めて蔓を握り、ヨクバールの動きを封じる。

 

「目を覚まして!」

「私達の話を聞いて!」

 

互いに動けない状況の中でマジカルとミラクルは必死にお母さんペガサスに呼び掛けるがその言葉は届かない。

 

「おお?チャンスだ!ほぉら、反撃したらいいじゃないかぁ?」

 

スパルダは二人がヨクバールを攻撃できないとわかった上で(あお)るように語りかける。

 

「あ~できるわけないっかぁ♪アハハハハッ!!」

「ヨク~!!」

 

勝利を確信して高笑いするスパルダ。それに呼応してヨクバールが掴まれている蔓とは別の蔓を放ち、ミラクルとマジカルに襲い掛かった。

 

「ぅわぁぁっ」

「うっ…」

 

蔓の直撃を受けた二人は勢いよく吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直して着地し、痛みを(こら)えて立ち上がる。

 

「っ…まだまだ!」

「これくらい……!」

 

立ち上がった二人はやはりダメージが大きいのか少しふらふらしていて、そう何度も攻撃を受けられる状態ではなかった。

 

「っ時間がない…何か手を打たないとこのまま……」

 

そんな二人の姿を前にただ見ていることしかできない八幡は焦燥感に駆られる。

 

挑発は失敗し、自分のリンクルストーンに可能性があるとわかっても使えない、他の方法を考えようにも手詰まりでなにも思い付かず、出来ることと言えばいつものように時間稼ぎくらいだが今はそれも意味がない。

 

これまでは時間を稼いだらあの二人がなんとかしてくれる、二人にまかせればいい、そう思っていた。

 

自分はただの高校生。魔法が少し使えるがそれだけ、伝説の魔法使いには遠く及ばない。だから時間稼ぎや不意をついて隙を作る事しかしてこなかった。

 

「……いつの間にかあいつらに…他人(ひと)に頼るのが当たり前になってたのか…」

 

今までずっと一人で解決してきた。周りには助けてくれる人間なんていなかったから。

 

いや、いなかったというのは語弊(ごへい)があるかもしれない。妹の小町や普段はぞんざいに扱われているものの両親だって本当に八幡が困っていたら力を貸してくれるだろう。

 

そうとわかっていても八幡は頼ることをしなかった。

 

巻き込むのが嫌だからとか心配かけたくないだとかそんな殊勝な理由じゃなく、ただ自分は弱くないと見栄(みえ)を張っていただけだ。

 

誰かに頼ることが(ひど)く弱い行為だと思えて仕方がない。筈だったのに……いつの間にかあの二人を頼ることに何の抵抗もなくなってしまっていた。

 

闇の魔法使い、ヨクバールという怪物、そんな非日常に巻き込まれ、どうしようもなくなって知らず知らずの内に二人に頼りきって…言うなれば依存していたのだ。

 

直接戦う事は出来ないから、自分にはそんな力はないから、そう思って全部をあの二人に押し付けていた。

 

もちろん、それが最善の判断で力がないのも本当の事だし、頼るという行為は決して悪いことではない。依存しているだとか、全部を押し付けているなんて、八幡の勝手な考えとも言える。

 

だとしても気付いてしまったらもう頼りっぱなしと言うわけにはいかない。中学生の女の子に頼りきりの男子高校生ほどカッコ悪い者はいないのだから。

 

「無傷のまま浄化する事が難しいなら……」

 

角度を変えて方法を模索する八幡。と言ってもすぐに思い付くわけもなく、ぐるぐると思考が空回る。

 

「あら、お困りかしら?」

「っ!?」

 

突然、誰もいないはずの後ろから声をかけられた八幡が驚き振り返るとそこには━━

 

「マキナ…先生……!?」

 

つい先日まで魔法学校の教員を演じ、敵として八幡達を苦しめた闇の魔法使いの一人、マキナことマンティナの姿がそこにあった。

 

「へぇ…まだ先生と呼ばれるなんて思わなかったわ」

 

八幡の反応にマキナは肩を(すく)め答える。

 

「……っ…で?何か用ですか?今色々と忙しいんですけど?」

 

背中から嫌な汗が流れるのを感じながら八幡は平静を(よそお)ってそう返した。

 

(このタイミングで現れたって事は目的はこの前の続きか…?)

 

理由はわからないがマキナは八幡に固執している。興味があるのは記憶か、それとも八幡自身なのかはわからないが、どちらにせよ今ほどマキナにとって都合のいい機会はない。

 

 

「ふふっ…そんなに警戒しなくても、今日は危害を加えるつもりはないわよ」

「……それを信じろって言うのは無理があるんじゃないですかね…?」

 

マキナの言葉に八幡は警戒を強める。あれだけの事をしでかした人物が二人のいないこの隙を(のが)すとは思えなかった。

 

「そうでしょうね。でも本当にそんなにつもりはないの。私はただ助言しに来ただけ」

「助言…?何を……」

 

思わぬ言葉に八幡は怪訝な表情を浮かべる。何に対する助言なのか?何のためにそんな事をするのか?そもそも本当に助言するだけなのか?様々な疑問が浮かび上がり、マキナの意図が全く読めない。

 

「あのペガサスを無傷で助け出す方法のヒント、理由はそうね…スパルダをからかうためかしら?負け帰ったスパルダをからかうと楽しいから、もちろん助言をし終わったらすぐに帰るわ」

「…人の心の中でも見れるんですか……」

 

言葉にしていない疑問に対してすらすら答えたマキナに八幡は呆れ混じりに驚いて見せる。

 

「まさか、私は八幡君の考えそうな事を予想して答えただけよ。当たってたかしら?」

「………さあどうでしょうね」

 

手玉にとられ、マキナに会話のペースを握られたままの八幡はせめてもの抵抗として出来るだけ表情を抑えながら答えた。

 

「ふぅん…まあいいわ。それよりも早くヒントを教えてあげないとね?」

「………」

 

特に気にした風もなく話を続けるマキナ。ヒントを教えると言うがそれを鵜呑みにしてもいいのだろうかという疑念は消えない。

 

「ヒントはリンクルストーンよ。信じる信じないは八幡君に任せるけれど…あの二人、いつまで持つかしら?」

 

そう言ってマキナはヨクバールと対峙しているミラクルとマジカルの方へ視線を向ける。攻撃できない二人は一方的に攻撃を受けて満身創痍、なんとか立っているものの今にも倒れそうだった。

 

(っこうなったらヒントが正しい前提で考えるしかない…!)

 

一刻を争う状況を前に八幡は膨らんでいた疑念を呑み込んで考えを巡らせる。

 

(ヒントはリンクルストーン…単純に考えるならリンクルストーンの力を使えば無傷で助けられるって事になる……)

 

マキナの目的がスパルダの失敗なら難しいヒントは出さない。もしヒントが伝わらなければ目的を達成出来なくなるからだ。

 

だから問題はマキナの指すリンクルストーンがどれなのかだが……

 

(口振りからしてさっきまでの会話も聞いていたはず…ならこのリンクルストーンは候補から外れる)

 

自分のリンクルストーンに触れながら八幡はさらに考えを進める。

 

(守りの輝きであるダイヤ、ルビー、サファイア、この三つも違う。この三つはプリキュアへと変身するための力、それぞれ違いはあっても根本的には変わらない)

 

三つともヨクバールを浄化する力は持っているが無傷でとなると難しい。

 

(…残ったのは支えの輝きであるアクアマリンとさっき見つけたピンクトルマリンの二つ……)

 

おそらくはこの二つのどちらかがお母さんペガサスを救うための力を秘めている。

 

(アクアマリンは物体を凍らせる力…それでどうにかできるとは思わない、つまり……)

 

最後に消去法で見つけたばかりのピンクトルマリンが残った。まだどんな力を持っているのか分かっていない…わかっているのは傷を(いや)す花から生まれたということだけ。

 

(…傷を癒す花…今のお母さんペガサスの状態を傷と見立てるなら……)

 

可能性は十分にある。少なくとも一か八か無傷のヨクバールに金魔法を試してみるよりは断然マシだ。

 

「…早く伝えないと」

 

その答えにたどり着いた八幡は箒を手に二人の元へと急ぐ。

 

「ふふっ…」

 

その時、視界の端に捉えたマキナの笑みがより不気味に見える…そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやぁ?まだやるのかい?アンタ達が何を言おうと届かないっていうのにねぇ……ヨクバール、そろそろ終わらせろ!」

「ギョイ!」

 

スパルダの指示を受けたヨクバールは蔓での攻撃をやめて空へ飛び上がり、そのまま二人に向かって突進してくる。

 

「くっ…」

「まだ体が……」

 

それを避けようにも攻撃を受けたばかりの体は言うことを聞いてくれない。

 

「ヨクバー……ッ!」

 

二人の状態を察したのか前足から鋭い爪を伸ばしてさらに加速するヨクバール。このままでは何も出来ずに終わってしまうと思ったその時、二人の間を小さな影が駆け抜けた。

 

「「「あっ!」」」

「危ないモフ!」

 

それに気付いた二人と後を追ってきたモフルンの口から悲鳴に近い声が漏れる。

 

「っ…!」

 

影の正体は怪物へと変えられてしまったお母さんを助けようとして飛び出した子供ペガサスだった。

 

「ル……」

 

向かってくる子供ペガサスを振り払わんと鋭い爪が振り下ろされ、誰もが嫌な想像を頭に浮かべる。

 

「うっ……ヨクバール……」

「あ…」

「「あっ」」

 

振り下ろされた爪は子供ペガサスを避けるように空を切ってヨクバールが地面へと滑り込んだ。

 

「どういうこと…?」

 

まるでヨクバールが自らの意思で外したように見えた事に二人は困惑し、地面に滑り込んだまま動かなくなったヨクバールの方を見つめる。

 

「ヒヒィィィンッ……!!」

「うぅ……ヨクバー…ル…」

 

その後ろに降り立った子供ペガサスが訴えかけるような声で呼び掛けるとヨクバールは(わず)かに反応を見せた。

 

「お母さんペガサスの心がまだ残ってるんだ!」

 

ミラクルの言葉を裏付けるように子供ペガサスの鳴き声を聞いてから苦しみはじめるヨクバール。おそらくお母さんペガサスの心が闇の魔法に(あらが)っているのだろう。

 

「……なら…元に…戻せる……」

「えっ?」

 

不意に聞こえた声に振り向くとそこには箒を片手に息を切らせている八幡の姿があった。

 

「元に戻せるってほんと!?八くん!?」

「…っああ、流石に…絶対…とは言い切れない…がお母さん…ペガサスの心がまだ戦っているなら…可能性はある」

 

八幡は息も絶え絶えにそう言うと一旦、間をおいて息を整える。

 

「…癒しの花から生まれたリンクルストーン…ピンクトルマリンの力を引き出すことができれば助けられるかもしれない……」

「ピンクトルマリンの力……」

 

手の上に取り出したピンクトルマリンを見つめるミラクル。

 

癒しの花から生まれたといっても本当にそんな力があるのかはわからないし、たとえ望んでいた力があったとしてもそれを上手く引き出すことができなければ助けられない。

 

もし失敗したら…そう思うととても怖い。けれど……

 

「……私を信じてくれる?」

 

投げ掛けられたミラクルの問いに八幡とマジカルが顔を見合わせ、苦笑混じりに微笑んだ。

 

「…私と八幡で隙を作るわ」

「え…?」

「…だな、スパルダとヨクバールを引き離さないと」

 

ミラクルは二人の思わぬ反応に戸惑ってしまう。

 

「だから任せたわよミラクル……信じてるから」

「まあ、そのあれだ……任せた」

 

すれ違い様にそう言って二人は箒にまたがり、飛び立った。

 

「マジカル!八くん!」

 

信頼してくれた二人に応えるためにミラクルは隙を逃さないようその行方をしっかりと見つめる。

 

「ほらほら!こっちよ!」

「ヨ……クバー…ル!」

 

箒に乗ったマジカルがヨクバールの横を挑発しながら通り抜けた。

 

「おい!ヨクバール!何をやって……」

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、弾けろ!」

 

ヨクバールを(たしな)めようとしたスパルダの前に八幡が立ちはだかって目眩ましの魔法を放つ。

 

「ぐっ……目が……!!」

 

圧倒的有利な状況から油断していたスパルダにそれがかわせる筈もなく、目論見通りにヨクバールと分断することができた。

 

「ヨクバー…ルッ!」

「おっと…どこを狙ってるの?」

 

お母さんペガサスの抵抗で判断力の鈍ったヨクバールが放った(つる)をかわしてマジカルが正面へと躍り出る。

 

「勝負よ!あっちむいて~」

「ヨ?ク…バ……バール…」

 

みらいがお母さんペガサスにあっちむいてホイを仕掛けたようにマジカルはヨクバールに向かって手を突きだし、ぐるぐると回し始めた。

 

「ヨ……ク……バー……ル……」

 

お母さんペガサスの時と同じくヨクバールは手の動きを目で追ってこれまた同じく目を回してさらに判断力が鈍る。

 

「ホイ!」

「ヨヨッ!」

 

手の動きに釣られて同じ方向を向いてしまったヨクバールは動揺して思わずピタリと動きを止めた。

 

「隙あり!」

 

その瞬間をミラクルは逃さない。お母さんペガサスを助けたい気持ちと信じてくれた二人の想いを全て杖へと込める。

 

「リンクルステッキ!」

 

ミラクルの杖が伝説の杖…リンクルステッキへと変わり、リンクルストーンが柄にセットされた。

 

「リンクルピンクトルマリン!…お母さんの心に届いて!」

 

リンクルステッキから花びらにも似た淡い桃色の光が溢れだしてヨクバールを包んでいく。

 

「ヨヨヨヨ……!?」

 

光に包まれたヨクバールの体が(うごめ)き、蔓がシュルシュルと音をたてて形を変え、複雑に絡み合っていた蔓がほどけ始めた。

 

「ヨクバール…!!?」

「やったー!」

 

絡みついていた蔓から解放されたお母さんペガサス。そして素体を失ったヨクバールは髑髏の頭から触手のように蔓を生やした弱々しい姿になってしまった。

 

「ヒヒィン…」

「ヒヒィィィンッ!」

 

解放されたお母さんペガサスに子供ペガサスが駆け寄って互いに顔を寄せ、涙を浮かべて再会を喜び合う。

 

「っ…な…そ、そんなばかなっ!」

「ヨ、ヨクバール!」

 

ようやく視力が回復したスパルダが目にしたのは解放されたお母さんペガサスとニョロニョロ地面を這い回る弱々しいヨクバールの姿、まさかの展開で思わず悲鳴に近い声を上げた。

 

「…上手くいったみたいだな」

 

喜び合うペガサスの親子を見て八幡は口元を(ほころ)ばせる。後は一見タコのような姿に見えるヨクバールだけ、もはやあの二人を(さまた)げる障害はない。

 

「ミラクル!」

「うん!」

 

マジカルの合図で二人はリンクルステッキを構える。

 

「「ダイヤ!」」

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

光のカーペットに降り立つ二人。お母さんペガサスと分離して弱ったヨクバールへとリンクルステッキを向けた。

 

「「フル…フル…リンクル!」」

 

描き出したダイヤの壁に弱体化したヨクバールが自棄(やけ)っぱちと言わんばかりに突撃してくる。

 

「「プリキュア!」」

 

壁に阻まれたヨクバールに二人が手をかざすと魔法陣が現れて光の奔流が溢れ出した。

 

「「ダイヤモンド…」」

 

あっという間に闇を呑み込んだ光はヨクバールを覆い尽くし、ダイヤモンドとなって闇を封じ込める。

 

「「エターナル!!」」

 

容赦なく撃ち出されたダイヤモンドは宇宙(そら)の彼方に消え、ヨクバールの元となった草花だけがヒラヒラと大地に舞い落ちた。

 

「ううっ!おのれぇ…またしても…!チッやっぱり心があるものは駄目だね!……オボエテーロ!!」

 

浄化されたヨクバールを一瞥(いちべつ)し、八幡の方をギロリと睨み付けてから捨て台詞と捨て台詞にしか聞こえない呪文を唱えてスパルダはその場から姿を消す。

 

「…これは…あれだな。次からは前にも増して目をつけられるって事か……」

 

結果だけ見れば八幡は今回もまた重要な場面でスパルダの邪魔をしたのだ。次以降、相対する事があればこれまで以上に警戒されることになるだろう。

 

「……まあその分、あいつらの負担を減らす事が出来るか」

 

戦う力がなくとも頼りっぱなしは御免だと心に決めた以上、少しでも力になれるのなら何だろうと、とことん利用するまでだ。

 

「そういえば今回はまだ破壊された箇所が元に戻ってないな…」

 

いつもならヨクバールが浄化されてすぐに元に戻るのだが、未だ周囲には破壊された痕が残っている。

 

「「ヒヒィィィンッ!」」

 

まさかこのまま元には戻らないのかと思った直後、喜び合っていたペガサスの親子が不意に何かを感じとった様子で(いなな)いた。

 

「これは……」

 

するとペガサスの親子を中心に桃色の光が広がって壊された景色が元に戻っていく。

 

「すげぇ……」

 

その光景はまさに圧巻の一言。修復されたお花畑にもちらほらと動物が集まり始め、(いこ)いの場所としての姿を完全に取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほう。ペガサスとあそこまで仲良くなるとは」

 

空中で箒にまたがり、ペガサスの親子と仲睦まじく記念撮影をしているみらい達にアイザックは感心したような声を漏らした。

 

「楽しそう…私もあんな風に箒に乗りたい!」

 

アイザックの隣でエミリーが羨ましそうに呟き、いつかに想いを馳せる。

 

「「わぁっ!すてき!!」」

「おお……!…お?」

 

出来上がった絵の完成度に思わず感嘆の声を上げてペガサスの親子と共に喜びあったみらい達。その際、描き出された絵に写った自分の目を見て僅かに八幡の顔がひきつったがそれもまた良い思い出だろう。

 

「ありがとう!」

「じゃあね!」

 

リコとみらいがペガサスの親子に笑顔でお礼と別れの挨拶を告げて大きく手を振った。

 

「…じゃあな」

 

最後に八幡も小さく手を振ってペガサスの親子に別れを告げる。

 

「「ヒヒィィィン!」」

 

ペガサスの親子もそれに応え、元気な鳴き声を返して帰路につくみらい達を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━ポンッ

 

軽快な音と共にみらい達の用紙にスタンプが押される。

 

「合格じゃ、箒屋のグスタフが寂しがるなぁ…」

 

合格印を押したアイザックが生徒の成長を感じてしみじみと呟いた。

 

「…たまには昔みたいに落っこちて箒に修理に行ってあげなさい」

「はい。ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「えー……ありがとうございます…?」

 

よくよく聞くとアイザックの言っている事は少しおかしいのだが、合格したことがよほど嬉しかったのかリコとみらいは特に気にした様子もなく用紙を見つめている。

 

たぶん先生の冗談なのだろうが誰もツッコミをいれないのでまあいいかと八幡も触れない事にした。

 

「わあ!たくさんスタンプたまったね~!」

「ええ。補習もあとひとつよ」

「…もうすぐ終わりだな」

 

始める前はどうなるかと思ったがいざ振り返ってみればずいぶんと終わるのが早く感じられる。

 

「終わり…あっ……」

「……次が最後ね」

 

その言葉に俯く二人。補習の終わり…それは同時にみらいと八幡の入学期間の終わりを意味していた。

 

「…()が最後だ。まだ終わってないだろ」

「……うん」

「…そうね、まだ終わりじゃない」

 

八幡の一言で二人は顔を上げる。次で終わりだとしても終わる前から暗くなるのは嫌だから。

 

「モフ……みんな仲良しモフ…」

 

ポーチの中で眠るモフルンの寝言に三人はやわらかく微笑む。

 

 

 

雲に反射した太陽の光が虹彩となってみらい達を照らしていた。

 

 

 

━十話に続く━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ無事にスパルダを退けられたようね」

 

暗闇の中でマキナが薄く笑う。その笑みからは見るものに恐怖を与えるような狂気が感じられた。

 

「全く…変にあの子……八幡くんを追い詰めるのは止めて欲しいわ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マキナにとってはプリキュアを倒すこともリンクルストーンエメラルドを探すことも然程(さほど)重要ではない。

 

だからこそ必要とあれば八幡が納得するように悪意のある理由まで用意して助言もする。

 

「フフフッ…アハハハハハッ━━━これからが楽しみね……八幡くん?」

 

みらい達も闇の魔法使いも全てを嘲笑うマキナ。

 

 

その正体も、目的も、誰一人として知る者はいなかった……。

 

 

 




次回予告


「いよいよ最後の補習よ二人とも!」

「うん!みんなで合格しようね!」

「…ここまできたらやるしかないだろ」

「これで私もピカピカの二年生!」

「あ…私達はこれで…」

「………」

「どうしたモフ?」

「春休みも終わっちゃうなって…」

「みらい……」

「…まだ試験は終わってないぞ、最後まで全力を尽くすんだろ」

「八くん……」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「さよなら魔法界!?みらいとリコと八幡……それぞれの最終テスト!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日にな~れ!」

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