やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。 作:乃木八
激動の一日を終え、リコを連れて久しぶりの自宅へと帰ってきたみらいは玄関を開けた瞬間、いきなり誰かに抱き締められる。
「みらい!」
「わっ!?」
突然の出来事に驚きながらも、みらいはその人物を見て安堵の表情を浮かべた。
「心配したよ~」
「お父さん…ごめんなさい」
娘の元気そうな姿にみらいの父、朝比奈大吉は良かったと胸を撫で下ろす。
「おかえり、みらい」
「ただいま!おばあちゃん」
大吉の少し後ろから祖母のかの子が優しげな声音でみらい達を迎え入れた。
「そちらは?」
「リコだよ?」
そう尋ねられ、簡潔に答えるみらい。もちろんそれだけでは説明になっていないため、後から入ってきたみらいの母、今日子が簡単に補足する。
「みらいの友達だって」
「はじめまして。リコと申します」
紹介されたリコは大吉とかの子に小さく頭を下げた。
「そう、あなたが…」
「?」
初対面にもかかわらず、まるで知っているかのようなかの子の反応にリコはきょとんとしてしまう。
「…で、そちらは?」
「「?」」
そう言って大吉が今日子の後ろを指すも、そこには誰もいない筈だとみらい達は首を傾げながら振り向いた。
「「「えぇぇっ!!?」」」
いつの間にか気配もなく人が立っていた事に驚き、三人は声を上げる。
「教頭先生!?」
そこには昨日別れたばかりの魔法学校の教頭先生がトランクと傘を手に立っていた。
みらい達の帰宅と教頭先生の急な来訪で少しどたばたした空気もひとまず落ち着き、お茶の用意をしている今日子を除いた全員がテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろしていた。
「みらいが帰ってこなかった日。町で変な騒ぎあったし、心配したよ」
一息ついて少し苦い表情を浮かべながら話を切り出す大吉。おそらく変な騒ぎというのはみらいとリコがヨクバールから逃げていた時の事だろう。
「騒ぎになってたんだ…」
「…えへっ」
会話が聞こえないようにみらいとリコは顔を寄せあって声を潜める。確かにあれだけの巨体が町の中を飛び回ったのだから、騒ぎになっていたとしてもおかしくはない。
「みらいから連絡あったっておばあちゃんが言うから大丈夫だとは思ってたけどね」
お茶とお茶菓子を配り終えた今日子が会話に混ざりながら席に着いた。
「立派な学校に通ってたんだね。いや~作法の学校の先生は立ち居振る舞いが違いますな」
「はい?」
教頭がお茶を口に運ぶ所作を見て大吉が感心したように何度も頷いている。
「作法?」
何の事わからずに首を捻る教頭の二つ隣の席に座るみらいが疑問をそのまま声に出した。
「魔法学校って言ってるのに私の聞き間違いだって」
「作法…魔法……」
発音こそ似ているが、それらを聞き間違える事はあまりないだろう。魔法というあり得ない事象の存在を認めるよりは、かの子が聞き間違えたと考える方が現実的だと考えたのかもしれない。
「ところで教頭先生はどうしてこちらへ?」
頭の中で作法と魔法についてのイメージを膨らませているみらいの隣でリコが教頭の方へ顔を向けて尋ねた。
「入学の手続きを…リコさん、貴方は明日からこちらの学校に通うのです。津成木第一学校に」
「え?」
思わぬ言葉にぽかんと口を開けるリコ。確かにリコの年齢で学校に通わないのも不自然なので通った方がいいのだろうが、よもやナシマホウ界の学校に通うなんて思いもしなかった。
「それって私の学校だよ!」
「ええっ!?」
みらいと同じ学校に通うという事でリコはさらに驚く。もしかしたら手配してくれた校長が同じ学校になるように配慮してくれたのかもしれない。
「宿も手配しておきました」
前回、リコが独断で訪れた時とは違い、許可を得てこちらに滞在するため寝泊まりする場所など身の回りの事を学校側が
「宿なんて水臭いわね。家から通えばいいじゃない?部屋も空いてるしさ」
「え…?」
宿を用意したと聞いて今日子が少し身を乗り出しながらそう提案する。どうやらリコがこちらの学校に通うと耳にした時からこの話を考えていたようだ。
「
今日子の提案にかの子も柔和な笑みを浮かべてそれを後押しする。
「よろしいのですか?」
「ええ」
教頭は一瞬考える素振りを見せたが、かの子が賛同した事もあって家長である大吉に最終確認をとって了承を得ると今日子の提案を受け入れた。
「やった~!またリコと一緒だ~!!」
学校だけでなく家でもリコと一緒にいられる事にみらいは両手を上げ、今にも踊り出しそうな勢いで大喜びしている。
かくして話し合いの末にリコがナシマホウ界にいる間はみらいの家でお世話になる事が決まった。
今日子達を交えての話し合いが終わり、魔法関連の話をするために三人はみらいの部屋へと場所を移した。
「さあどうぞ。私の部屋だよ」
「モフ~~!」
リコと教頭を案内しながら扉を開けたみらいの下を潜って先程までぬいぐるみの振りをしていたモフルンがいの一番に部屋の中へと駆け込む。
「モフ♪モフ♪モフ~♪」
部屋の中を駆け回るモフルンは回転してみたり、ステップを踏んでみたりと、とにかくはしゃぎまわっていた。
「ずいぶん楽しそうね」
駆け回るモフルンを見てリコが不思議そうに首を傾げる。
「みらいの部屋を歩くの初めてモフ~!!」
ずっとみらいと一緒だったといっても動けるようになったのはつい最近だ。
それも動けるようなってすぐにマホウ界へ行ってしまったのでモフルンが自由に動けるようになってからこの部屋を訪れるのは初めてという事になるためここまでテンションが上がっているらしい。
「そっか…そうだよね!」
「はー♪はー!?」
モフルンがはしゃぎまわる理由にみらいが納得して頷いていると目の前をまだ飛び慣れていないはーちゃんがふらふらと横切る。
「妖精まで連れてきているとは……」
「あはは……」
飛び回るはーちゃんの姿を見て教頭は呆れ混じりに呟き、リコが困ったように笑みを浮かべた。
はーちゃんとモフルンが落ち着いた頃を見計らってから教頭が話を切り出そうとする。
「どうぞモフ」
みらい達とテーブルを挟んで反対側にあるソファーにはーちゃんと帽子を運んだモフルンがそこに座るよう教頭に促した。
「どうもありがとう」
モフルンにお礼を言ってソファーへと腰を下ろした教頭は改めてみらいとリコの方に向き直る。
「さて、みらいさん。ナシマホウ界での生活のしおりはちゃんと読みましたか?」
「?」
教頭に尋ねられたみらいはそんなものもらったっけ?と首を傾げ、記憶を辿ってみるも特に思い当たらない。
「帰りの荷物の中にいれた筈ですが?」
「あ!あー……あのトランク開かなくて…」
帰りの荷物と聞いてすぐにその事を思い出したみらいが申し訳なさそうに答えると教頭は仕方ないとため息をついてから杖を取り出す。
「…キュアップ・ラパパ」
呪文を唱えた教頭は杖を操り、持ってきた青色のトランクをリコの前へと差し出した。
「こちらはリコさんの分です」
「ありがとうございます」
トランクを渡した後、教頭は厳しい表情でみらいとリコを見つめて本題へと話を進める。
「いいですか?これは魔法使いがナシマホウ界においてもっとも気を付けるべきルール…」
教頭は一旦そこで止めて溜めを作り、そのルールがいかに重要なのかを分かりやすく強調してから続けた。
「━━こちらの世界の人に魔法が使える事を知られてはなりません」
「「ええっ!?」」
ルールを聞いて驚く二人。もしこの場に八幡がいたら、むしろ今まで知られても良いと思っていた事に驚くわ…と呆れていただろう。
「わ、私っおばあちゃんに魔法学校のこ━━」
「問題ありません」
焦るみらいの言葉をぴしゃりと遮った教頭がその理由を説明しながら、ちらりとリコの方を見た。
「貴方と八幡さんの件は特例として校長先生が許されました……リコさんもね」
「えっ?」
自分もその中に含まれているとは思っていなかったらしく、リコは思わず声を漏らす。
「前回、みらいさんと八幡さんに魔法を見られたそうですね?」
「は、はいぃ…」
力なく返事をするリコ。あの時はそのルールを知らなかったので隠すという発想すらなく、表現としては見られたというよりも見せたといった方が近い。
「本来ならその者の杖は没収、魔法の使用を禁じられます」
「「ええ~~っ!!?」」
再び声を揃えて驚く二人に教頭が表情を変えないまま続きを口にする。
「…これもお咎めなしとなりましたが、以後、充分に気を付けるように!」
「「はいぃ…!」」
釘を刺された二人はその場でびしっと背筋を伸ばし、気をつけをしながら返事を返すのだった。
話を終えた教頭はみらいの部屋からそのままベランダに出ると紫色の傘を取り出す。
「では二人とも、しっかりね?」
傘を広げた教頭は最後にそれだけ言うと風に乗って夜空へと飛びたった。
「…って、思いっきり飛んでるんだけど!?」
教頭が飛んでいった方に向かってさっきまでの注意は何だったのかとリコが大きな声でツッコミを入れる。
「…バレなければ良いって事じゃない?誰にも見つからなかったら問題にならないし」
「……何か少しずつ八幡に毒されてきてない?」
空を見上げながらあっけらかんと言い放ったみらいにリコは
「そんなことないと思うけど……」
思わぬ指摘に首を傾げながらもみらいは心の中で〝もし自分が八幡の影響を受けているというのなら、リコも人の事は言えないんじゃないかな…〟とこっそり思っていた。
みらいの家を後にした教頭は続けて八幡の家を訪れていた。
「ここですね」
誰にも見られる事なく玄関の前に着地した教頭は傘を閉じると備え付けられたインターホンに手を伸ばす。
「はーい。今開けます」
ピンポーンと甲高い音が家の中に響き、応対する声と共にドアが開いた。
「こんばんは。えーと…どちら様ですか?」
ドアを開けて出てきた八幡の妹である小町が見覚えのない来客にそう尋ねる。
「こんばんは。私はこの春休みの間に八幡さんが通っていた学校で教頭を勤めているものです」
尋ねられた教頭は簡潔に自分の立場を説明し、八幡に用がある旨を伝えた。
「ああ!その節は兄が大変お世話になりました。立ち話もなんですからどうぞ上がってください」
「ではお言葉に甘えて」
教頭はお邪魔しますと頭を下げてから玄関に足を踏み入れ、小町に促されるままリビングへと向かう。
「そこに座って待っててください。兄を呼んできますから」
「お願いします」
階段を勢いよく駆けていった小町はものの一分もしない内に階段を駆け下りてきた。
「今降りてくると思うので。あ、お茶いれますね」
「お気遣いなく…」
あまり長居をするつもりはなかったので遠慮しようとした教頭だったが、すでに用意を始めている小町を見て断るのも忍びないと思い、お茶だけ貰う事にして八幡が降りてくるのを待つ。
待ち始めてほんの一、二分たったところでリビングのドアがゆっくりと開き、八幡が頭を下げながら姿を現した。
「すいません。お待たせしたみたいで…」
教頭と向かい合う形で席についた八幡は開口一番にそう言って再び頭を下げる。
「いえ、急に押し掛けたのはこちらですから」
本来なら事前に連絡をとるべきだったのだが、リコにトランクを渡さなければならなかったのとナシマホウ界で魔法を使う上での禁則事項を一刻も早く伝えるために急いで後を追ってきたのでこんな形になってしまった。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
湯気のたった湯呑みを教頭の前に差し出した小町は配膳に使ったお盆をキッチンに戻すとそのままドアの方に足を向ける。
「では小町は自分の部屋に戻るであります。お兄ちゃん、失礼のないようにね」
普段なら小町は同席して一緒に話を聞くところだが、どうやら空気を読み気を使ってくれたらしく、ビシッと敬礼してそう言うとリビングを出て自室に戻っていった。
「…良くできた妹さんですね」
「ええ、何せこんなに駄目な兄を反面教師にしてきましたからね」
教頭の言葉にドヤ顔で答える八幡に対し、教頭は呆れた表情を浮かべる。皮肉を言ったつもりはなかったのだが八幡にはそう捉えられてしまったらしい。
「……それで教頭先生はどうして家に?」
変な返しをしてしまったせいで流れた何とも言えない空気を誤魔化すべく八幡は尋ねる。
「…ナシマホウ界で生活する上で魔法使いが気を付けなければならない事柄について説明するためです」
「ああ、そういう…」
それを聞いて納得したように頷く八幡。そういえば別れ際にもそういった注意事項については特に触れられてなかったなと思い返す。
「では八幡さん。ナシマホウ界での生活のしおりは読みましたか?」
「生活のしおり?」
聞き覚えのない単語に八幡は首を傾げ、その反応に教頭はため息を吐いた。
「貴方もですか…帰りの荷物の中にいれた筈ですよ」
「……すいません」
帰ってすぐにお風呂へ直行させられ、その後も小町に向こうでの出来事を話すよう急かされ、ようやく話が終えて荷物を整理し始めたタイミングで教頭の訪問があったために確認する時間がなかったのだ。
「……ちなみにトランクの開け方はわかりますね?」
「え、まあ、はい。魔法で開けるんですよね?」
渡されたトランクにはロックが掛かっているのに鍵らしきものが見当たらない。ならトランクを開ける方法は魔法しかないだろう。
「よろしい。では今から貴方に魔法使いがナシマホウ界で最も気を付けなければならないルールについてお話します」
真剣な表情で八幡の方を真っ直ぐ見つめる教頭。その様子からこれから話すルールの重要さが窺える。
「いいですか?そのルールとは…こちらの世界の人に魔法を使える事を知られてはならないというものです」
「はあ…」
初対面の時にリコが隠すような素振りを全く見せなかったのでそういうものかと思っていたが、やはり魔法というものは秘匿しなければならないらしい。
「ふむ、やはり貴方は驚かないのですね」
「まあ予想はしてましたから」
魔法を隠すというのは読み物ではよくある事だし、普通に考えても科学が一般的なナシマホウ界で異なる法則の魔法なんて代物が知られれば混乱を生みかねない。
「もし魔法を使える事が知られた場合、その者の杖は没収。魔法の使用を禁じられます」
「……思ってたよりもだいぶ厳しいですね」
魔法をナシマホウ界にとっての科学と置き換えて考えるとその罰はとてつもなく重い。マホウ界の人間にとって魔法は生活の基盤、それを禁じられるという事は生きていく中でこの上無く不自由を強いられるという事だからだ。
「ええ、ですからくれぐれも注意してください。…リコさんの時のような特例措置はもう出来ませんからね」
「…気を付けます」
教頭の言葉に八幡は真剣な面持ちで頷く。正直なところマホウ界出身ではない八幡にとっては魔法を禁じられても生きていく上で不自由はないだろう。
けれど〝魔法〟という特別をきっかけに繋がった関係性にとってその罰は瓦解してしまう致命的な原因にもなりかねない。
だからこそ八幡はそのルールを破るわけにはいかなかった。少しの事象で人と人との繋がりが、いとも簡単に壊れてしまう事を知っているのだから。
その他もろもろの注意と説明を一通り終えた教頭は空になった湯呑みを置き、傍らに置いていた帽子を手に取る。
「さて、説明すべき事は終わりましたし、私はそろそろお暇致します」
そう言って立ち上がり帰ろうとする教頭を見送るべく八幡も席を立って玄関に向かった。
「今日はありがとうございました」
玄関で靴を履き替える教頭に八幡が三度頭を下げる。いくら八幡一人のためではないとはいえ、マホウ界からわざわざ足を運んでもらったのだからお礼くらいは言って然るべきだと思ったからだ。
「いえ、礼には及びません。本来なら貴方達がマホウ界を発つ前に説明すべき事でしたし、どちらにせよリコさんがこちらの世界で生活するために諸々の手続き等がありましたから」
「…すいません」
意図せず教頭の仕事を増やしてしまった事に気付いて反射的に謝る八幡。どうやら八幡はリコのナシマホウ界行きを校長に交渉した手前、それが自分の責任だと感じているらしい。
「?なぜ貴方が謝るのです」
「それは…その、色々と……」
交渉の件を知らない教頭は突然の謝罪に困惑し、八幡が誤魔化すようにぎこちない笑いを浮かべる。
「…貴方は良くやってくれていると思いますよ。こちらの世界でもリコさんの事をよろしくお願いします」
「……助けがいるとは思えませんけど…まあ、わかりました」
きっと助けなどなくてもリコは上手くやっていくと思う。たとえ仮に助けが必要な状況になってもみらいがいるのだから八幡が出る幕はない。
「頼みましたよ。では」
教頭は最後にそれだけ言うと玄関を出て八幡の家を後にした。
教頭を見送った後、しばらくの間みらい達はベランダで楽しくお喋りをしていた。
「きれいなお月様モフ」
「はー…」
「でも前より小さいモフ?」
「月は日によって形が変わるんだよ」
欠けた月に疑問を覚え、首を傾げるモフルンにみらいが答えた。
「…そういえばリコの来た日は十六夜だったね」
「十六夜…?」
十六夜という言葉に反応を示したリコは一瞬、みらいの方を向くが、またすぐに空へと視線を戻す。
「みらいよく知ってるモフ」
みらいの意外な知識に感心するモフルン。その手の知識は日常の中で触れる機会が少ないため知っている方が珍しい。
「たまたま習ったばっかりだったの、学校で」
「モフ?学校…」
モフルンがみらいの方を見上げて何か尋ねようとした瞬間、部屋の方からガチャガチャと妙な物音が聞こえてくる。
「にゃ!?」
「ひゃ!?」
誰もいない筈の部屋から突然聞こえてきた物音に驚き、思わず声を上げたみらいとリコは互いに顔を見合わせると音の正体を確かめるために急いで部屋の中へ戻った。
「これって…」
「リコのトランクモフ!」
音のする方に顔を向けると教頭が届けてくれた魔法のトランクが勝手に跳ね回っているのが見える。
「…キュアップ・ラパパ!トランクよ、開きなさい」
「あ、魔法で開けるんだ」
トランクを開けるために意を決して杖を振るうリコの横で納得したように呟くみらい。そして魔法をかけられたトランクからは魔法学校の校章が浮かび上がり、ダイヤルが回るような音と共に勢いよく開いて中からピンク色の煙が飛び出した。
「「おお~~!!?」」
目の前の光景にみらいとモフルンは驚きの声を上げる。それもその筈、煙が晴れるとそこには服や靴に生活必需品、果ては用途の不明な小物など、どう見てもトランクには入りきらないであろう量のリコの私物がずらりと並んでいたからだ。
「旅行の荷物なら一年分入るのよ?」
二人の反応にリコがドヤ顔で答える。別段リコが開発したわけでも持ってきたわけでもないため、もしこの場に八幡がいればどうしてそんなに得意げなのかとツッコミを入れたかもしれない。
「服が浮いてるモフ…?」
並んでいる荷物の中からベージュのブレザーが一人でに浮き上がり、みらい達の前まで飛んできた。
「「わぁっ!?」」
飛んできたブレザーの中から現れた
「って…あ~!魔法の水晶さん!!」
正体に気付いたみらいが指をさしながら大きな声を上げた。
「水晶さんだなんてよそよそしいわ。キャシーと呼んで♪」
テーブルの上に降り立った魔法の水晶……もといキャシーは台座に装飾されたヒラヒラをスカートに見立てて軽く浮かせ、みらい達に挨拶をする。
「おー!」
「名前あるんだ…」
キャシーの優雅な所作に感心してみらいは声を漏らし、リコが知らなかったと苦笑いを浮かべている中、不意にキャシーが光り始めた。
「「……?」」
発光するキャシーに戸惑いながらも二人は何が起こっているのか確かめるために水晶の中を覗き込む。
「…校長先生!?」
「と八くん!?」
覗き込んだ先には校長と八幡の姿が画面を分割するよう同時に映し出されていた。
『これは……』
『水晶通じてこうして会話する事が出来るようになっておる。リコ君と八幡君のトランクに通信用の水晶を入れておいたのじゃ』
状況に追い付けていない三人に対して校長が簡潔に説明する。どうやら八幡もみらい達と同様にトランクから聞こえてきた音の正体を確かめようとしたらこうなったようだ。
『…で、どうじゃ?そちらは』
校長は説明に続けて近況を尋ねた。といっても戻ってまだ一日と経っていないため、近況というよりも無事に帰り着けたかを確認したかったのだろう。
「リンクルストーンを見つけました!」
『なんじゃと!?』
予想外の報告に校長は思わず大きな声を上げながら立ち上がった。
『着いて早々見つけるとは……』
「エメラルドだってすぐに見つかりますよ」
驚く校長に対して物凄いドヤ顔を浮かべながら答えるリコ。心なしか自慢げなリコの鼻が高くなっているようにも見えた。
『……まあそのリンクルストーンは手に入れられなかったんですけどね』
「うっ…」
ぼそりと呟かれた八幡の言葉にリコがギクリと顔を引きつらせる。その呟きにはどうしてそんな自慢げなのかという意味合いの呆れが含まれていた。
『ま、まあ無理はせぬようにな。明日からそちらの学校も始まるのじゃろう?』
少し引き気味に二人を宥めようとした校長は話をリンクルストーンから逸らそうと別の話題に変える。
「はい!」
みらいが元気よく返事をする横で顔を引きつらせていた筈のリコがいつの間にかドヤ顔に戻っていた。
「心配要りません。こっちの学校なら苦手な魔法の実技がない!…ふふ♪」
「リコ?」
『もはや隠そうとすらしないのかよ……』
もういっそ開き直ったのか、苦手なのを隠そうともせず不敵に笑うリコをみらいが不思議そうに見つめ、八幡は呆れ混じりにの視線を向ける。
「成績トップは間違いないわ!!」
腰に左手を当て、右手の人差し指を上に掲げて自信満々なポーズをとるリコ。その姿に八幡はため息を吐き、はいはいそうデスネと適当に返した。
「モフ!」
「はー!」
リコがポーズを取っている横でいつの間にかモフルンとはーちゃんも一緒になってポーズを決めている。
「どうしたの二人共?」
少しはしゃいだ様子のモフルンとはーちゃんにみらいが不思議そうに尋ねた。
「はー!」
「モフルンも学校に……」
『お兄ちゃんーご飯ができたよー』
モフルンが何かを言いかけた瞬間、それを遮る形で水晶に映った八幡の方から声が聞こえてくる。
『…すいません。妹に呼ばれたみたいで』
『いや、かまわんよ。元々、君達が無事に帰れた事も確認するのが目的だったからの。ここらで終わるとしよう』
本来の目的はもう果たせたので校長は八幡が呼ばれた事を区切りに通信を終わらせようとする。
『新たな占いの結果がで次第、また水晶を通して報告しよう。では、またの』
「はい」
互いに別れの挨拶をかわすとすぐに通信が切れ、二人の姿を映し出していた魔法の水晶が元の透明な色に戻った。
「でも学校に行ってる間に連絡がきたら……」
タイミング次第では連絡に応じられない事に気付き、みらいがどうしたものかと頭を悩ませる。
まさか学校に魔法の水晶を持っていくわけにもいかないし、仮に持っていったとしても授業中に連絡がこようものなら目もあてられないだろう。
「あ、モフルン!」
悩んだ末にみらいは自分達が学校に行っている間モフルン達に頼むことを思い付いた。
「モフ……お留守番モフ?」
何を頼まれるのか察してモフルンが表情を曇らせる。
「はーちゃんと一緒に良い子にしててね」
「校長先生から伝言があったら聞いておいて」
「モフ……」
モフルンの表情に気付かないまま留守番を頼む二人。それに対してモフルンは二人を困らせないよう一緒に学校に行きたいと言う言葉をぐっと呑み込んだ。
通信を終えた後、モフルンは、はーちゃんと二人で再びベランダに出ていた。
「……モフルンはずーっとみらいと一緒だったモフ」
三日月を見上げながらモフルンはまだみらいが小さかった頃を思い出す。
『モフルン!いってくるね~!』
少しずつ成長していくみらいの様子をずっと見守っていた。何度も何度も〝いってきます〟と〝ただいま〟を聞きながら。
「モフルンもいつか大きくなって…みらいと一緒に行けると思ってたモフ……」
成長していくみらいと変わらないモフルン。時が経つにつれ、自分とみらいは違うんだと薄々わかり始めていた。
けれどこうして自由に動けるようになり、これなら一緒に…と思ってしまった。たとえ動けるようになってもみらいとの違いは変わらないのに。
「モフ……」
「はふぅるー……」
思い悩み、肩を落として
━━━━ぴちょん
穏やかな水流に流されていた一枚の葉が何かにぶつかり、微かな音が静かな夜に反射する。
「っ……リンクルストーンと気配があっちこっちに動き回っている」
誰もいない河川敷で闇の魔法使いである亀の大男ガメッツが一人、拳を打ち合わせていた。
「━━お困りのようですね?ガメッツさん」
「む?お前は…」
他に誰もいなかった筈だと訝しむガメッツ。声の方に顔を向けるとそこにはガメッツと同じく闇の魔法使いであるマキナことマンティナの姿があった。
「マンティナか。相変わらず気配が薄いなお前は」
「…そうですか?私としては特別気配を消した覚えはありませんけど」
突然現れた声の正体がマキナだった事でなら気付かったのも仕方ないとガメッツは納得する。
「…で、一体何の用だ?お前はしばらく様子見をするのではなかったのか」
「ええ、私はまだ動く気はありませんよ。ただガメッツさんがお困りのようなので少しお助けしようかと思っただけです」
宣言した通りその気はないというマキナにどこか違和感を覚えつつもガメッツはその話の続きを聞くことにした。
「成る程。それで何をするつもりだ?」
「特に何も。私はガメッツさんにちょっとした情報をお教えするだけですよ」
何をと問われたマキナは肩を竦め、小さく笑う。
「リンクルストーンを探すのにぴったりな場所、知りたくありませんか?」
次の日の朝。朝比奈家では大吉と今日子が夫婦揃って朝ごはんの準備をしていた。
「じゃーん!これが最新型のホームベーカリーだよ」
制服に着替えたみらいとリコがダイニングに入ると大吉がまるでテレビショッピングのような言い回しで二人の前にホームベーカリーを取り出す。
「お父さんは家電メーカーに勤めてるからすぐ新製品を買ってくるの」
「材料を入れて……」
みらいが説明をしている間に大吉はホームベーカリーの蓋を閉めてスイッチを押した。
少し待っているとホームベーカリーから小麦の香ばしい香りが漂ってくる。
「…すごい!パンが出来てる……魔法みたい!」
材料を入れただけでホカホカのパンが出来上がった事に驚くリコ。魔法使いが魔法みたいと驚く程にカルチャーショックを受けたらしい。
「魔法じゃないよ!科学技術の力だよ!」
その反応がよほど嬉しかったのか、大吉は両手を上げて喜んでいた。
「ほら、いつまでも話し込んでると遅刻するよ?」
「「わぁっ!?」」
今日子に言われ、時計を確認したみらいとリコが慌てて登校する準備を始める。
朝の喧騒の中、モフルンがはーちゃんと一緒にこっそりと玄関に立て掛けてある二人の鞄に近づいていた。
「……モフ」
キョロキョロと辺りを見回して誰もいない事を確認したモフルンとはーちゃんはいそいそとみらいの鞄に潜り込む。
「ほら!急いで!」
「えぇー!モフルンにいってきます言ってないのに…」
モフルンが鞄に潜り込んでから数分後、リコとみらいがドタバタと玄関に駆け込んできた。
「仕方ないわよ」
「うぇ~」
靴を履いて鞄を手に取り、みらいとリコは急いで家を飛び出す。もちろん鞄の中にモフルンとはーちゃんがいる事には気付いていない。
「はぁはぁはぁ…」
「まさか…朝…から…こんなに走る事に…なるなんて」
息を切らしながら住宅街を駆け足で進んでいると二人の視界が見覚えのある後ろ姿を捉えた。
「あれって…」
「おーい!八く~ん!」
名前を呼ばれた八幡は足を止め、少し気怠そうな表情でみらい達の方に振り返る。
「おはよう八くん!」
「おはよう八幡」
「おう…おはようさん」
追い付いたみらいとリコは息を整え、三人がそれぞれ挨拶を交わした。
「偶然だね~八くんの学校もこっちの方なの?」
八幡の通っている学校が自分達と同じ方向にあると思ったらしくみらいが尋ねる。
「…こっちの方もなにも行き先は同じだろ」
「「えっ?」」
その答えに思わず声を揃えて驚く二人。行き先が同じというのなら八幡は二人の学校に向かっている事になる。
「お、同じって八幡は高校生なんじゃ……」
春休み中いつも一緒だったため忘れてしまいそうになるが、八幡は高校生。魔法学校では魔法を初めて学ぶからと一緒に補習を受けていただけで、本来なら通う学校自体が違う筈だ。
「…だから津成木第一学校の高等部一年…あー……いや、今日から二年だ」
朝が苦手らしい八幡は気怠げな表情で混乱したままの二人に呆れ混じりの視線を向けた。
「あ、そっか!うちの学校、中等部と高等部があるんだっけ」
八幡の言葉で思い出したように声を上げるみらい。津成木第一学校は中高一貫校なので中等部、高等部の違いはあれど、みらい達三人は同じ学校に通っているといえる。
「えーと、つまり?」
「また八くんと一緒の学校に通えるって事だよ!」
まだ理解が追い付いていないリコにみらいが声を弾ませて答えた。
「…一緒って言っても校舎は違うけどな」
はしゃいだ様子のみらいを尻目に八幡がぼそりと呟く。
「…って話し込んでる場合じゃないわ!急がないと遅刻するわよ!!」
ようやく話を呑み込んだリコがハッと我に返って自分達が遅刻しそうな事を思い出した。
「そんなに急がなくても大丈夫だろ」
「八幡は大丈夫かもしれないけど私は転校初日なの!いきなり遅刻はまずいわ!」
初日早々の遅刻の危機に焦るリコ。本当なら八幡も出席日数がギリギリなので遅刻はまずいのだが、もう諦めたらしく急ぐ気配がない。
「だよね~…よしっ!じゃあ魔法の箒で……」
リコに同調したみらいは少し考えた後、ブレザーのポケットから小さくなっている箒を取り出した。
「何してるの!魔法がバレるでしょ!!」
「…そうだな。流石にそれで飛んだら目立ち過ぎる」
昨晩、あれだけ注意されたのにもかかわらず住宅街のど真ん中で箒を使おうとしたみらいにリコと八幡が厳しいツッコミをいれる。
「あぅ…そうだよねー……やっぱり駄目だよね…」
二人のツッコミに怯んだみらいは箒をしまいながら苦笑いを浮かべた。
「とにかく走るしかないわ」
「だね!ほら八くんも急がないと遅刻だよ?」
「……今からどう走っても間に合わないだろ」
ここから学校までの距離を考えると徒歩ではどうしたって遅刻は確定。魔法の箒や自転車なら間に合うかもしれないが、ここにないし使えないそれらの事を言っても仕方ないだろう。
「全力で走ればまだ間に合うかもしれないよ!」
「…朝から全力で走るくらいなら俺は遅刻する方を選ぶ」
食い下がるみらいに対して八幡はげんなりした表情で返した。
「本人がそう言ってるなら八幡はほっときなさい!急ぐわよみらい!」
こうなった八幡は中々動かないとリコはみらい先にいくよう促す。
「う、うん。じゃあ八くんまたね!」
「ああ、また」
手を振るみらいに軽く手を上げて返し、八幡は走っていく二人を見送った。
「…さて、まあゆっくりいくか……ん?」
ぼちぼち学校に向かおうと歩き出した八幡はみらいとリコの少し後ろに二人と同じ中学生くらいの少女がいる事に気付く。
「ひっ!?」
少女の方も八幡に気付いたらしく少し離れたところでも聞こえてくるくらいの声で短く悲鳴を上げ、走り去ってしまった。
「流石にその反応はないだろ……」
自分の目がいつもよりアレだという自覚はあるが、まさか目が合っただけであそこまで恐がられるとは思わず、八幡が少し傷ついたように呟く。
八幡と別れて学校へ急いでいたみらいとリコは全力で走り続けた結果、息切れを起こしてしまい、通学路の途中にある曲がり角で足を止めてしまった。
「はぁ…はぁ…まだ遠いの……?」
「はぁ…はぁ…完璧遅刻……」
膝に手をつき、肩で息をする二人。こんな状態では学校まで走り抜くのは難しく、仮に走れたとしても遅刻は間逃れない。
「はぁ…ぅぅ………しょうがない!」
このままでは遅刻すると判断したリコは悩んだ末に意を決し、辺りを確認してから箒を取り出した。
「リコ…?」
魔法がバレてしまうかもしれないと
「うんと高く飛ぶのよ…?」
「っそっか、それなら見つからないよね!」
昨晩、バレなきゃ良いと言ったみらいに対して八幡に毒されいると胡乱げな視線を向けたリコだったが、こうなるとやはり人の事は言えない。
「それじゃあいくわよ?」
「うん」
みらいも箒を取り出して跨がり、飛び立つために空を見上げる。
「「キュアップ・ラパパ!」」
「箒よ━━」
「うんっと高く飛びなさい!」
呪文を唱えて飛び立とうとするリコとみらい。しかし、この時二人は気付いていなかった。二人が飛び立とうとしている曲がり角に向かって走ってくる人影がある事に。
「━━━はぁ…はぁ…はぁ…」
先程、八幡を見て悲鳴を上げた少女〝
「はぁ…駄目…もっと…急が…ないと……」
二年生になって初日という事で絶対に遅刻したくないかなは、もうすぐ差し掛かる曲がり角で加速しようと足に力を入れる。
「っ…うぇ?」
曲がり角を目前にスピードを上げようとした瞬間、かなの視界がいきなりピンクの煙に覆われた。
「……え」
突然の煙に戸惑うかなだったが、それ以上に煙が晴れた後の光景を見て目を丸くする。
「ええぇぇぇっ!?」
驚きのあまり大声を上げるかな。それもその筈、かなと同じ津成木第一学校の制服を着た二人の少女が箒に乗りながら空を飛んでいたからだ。
「い、今のって……」
普通、人は箒で空を飛ばないし、飛べない。そんな常識を
立ち尽くすかなのさらに後ろをゆっくり歩いていた八幡が呆れた顔で空を見上げる。
「思いっきり魔法見られてるんですけど……」
堂々と箒で空を飛ぶみらいとリコの姿を見て八幡は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら呟いた。
津成木第一学校の校舎前。登校してきた生徒達がクラスの貼り出された掲示板の前に集まっている。
「っ間に合った~!」
箒を走らせ、無事に学校へ遅刻せずたどり着く事が出来たみらいとリコが掲示板の前で安堵の声を漏らした。
「じゃあまた後でね」
「うんまたね」
転校生のリコは先に職員室に向かうためここで一旦、みらいとは別れて校舎の方へ走っていく。
「さて、私は……」
リコを見送ったみらいは地面に鞄を置き、自分のクラスを確認しようと掲示板に目を向けた。
「みらい~!」
「あ、まゆみ~!」
声をかけられて振り向くみらい。そこには一年生の頃からの友人でヘアピンとセミロングの茶髪が特徴的な少女〝長瀬まゆみ〟が立っていた。
「またみらいと同じクラスだよ!」
「本当!?」
まゆみとみらいは一年生に続き、二年生も同じクラスになれた事が嬉しくて手を取り合って喜びあう。
「うん!最高過ぎ!!」
「やった~!ワクワクもんだ~!!」
「……モフ」
そんな二人の横でこっそりみらいの鞄に潜り込んでいたモフルンがひょっこりと顔を出した。
「━━忘れちゃ困るな。俺もいるぜ!」
一人の男子生徒が手に持った桜の花びらを自分に振りかけながらみらい達に話しかけてくる。
「
話しかけてきたのは〝大野壮太〟明るく活発な性格でみらいとは小学生の時からの幼なじみだ。
「よお!一年生に引き続きよろしく~!」
「「よ、よろしく~……」」
二人の手を取ってブンブン振りまくるテンションの高い壮太にまゆみとみらいは呆れ混じりの苦笑を浮かべる。
「……モフ~♪」
それを鞄からこっそり覗いていたモフルンは学校でのみらいの様子を知れた事が嬉しくて、思わず顔を綻ばせた。
みらい達が遅刻せず無事に学校へたどり着いてからしばらくして、誰もいなくなった校門をようやく登校してきた八幡がゆっくり通過しようとしていた。
「━━比~企~谷~……」
誰もいないと思っていた校門の陰から八幡の補習を担当していた平塚教諭が姿を現す。
「っひ、平塚先生…!?」
まさか校門で待ち伏せられていると思わず、不意を突かれた八幡は冷や汗を浮かべながら平塚先生の方に向き直った。
「おはよう比企谷。さて、今は何時だ?」
「く、九時過ぎですかね…?」
威圧的な笑顔を浮かべる平塚先生に問われ、八幡が恐る恐る答える。
「そうだな。本来なら君は教室にいなければならない時間だという事を理解しているかね?」
こちらの答えに頷きながら平塚先生は言い聞かせるよう再び八幡に尋ねた。
「そ、それは……」
「それは?」
平塚先生は口ごもる八幡に詰め寄り、間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「ち、違うんですよ。ほら重役出勤って言葉があるじゃないですか。これはもしそういう役職に就いた時のために心の余裕を持って練習をしようと……」
思い付く限りに言い訳を並べ立て、どうにか煙に巻こうとする八幡。そんな八幡の言い訳に対して平塚先生はすぐに否定はせずに一旦、肯定してからカウンターを繰り出す。
「そうか…しかし君は補習の時に専業主婦希望と言っていた筈だか?」
「ぐっ……」
まさか過去の自分の発言が今の自分の首を絞める事になるとは思わず、平塚先生のカウンターに対して言葉に詰まってしまった。
「…そ、そもそも遅刻が悪なんて誰が決めたんですか?警察は事件が起きてから初めて動きますし、ヒーローだって遅れてやってくるでしょう?それを責める人なんていませんよね?」
「ふむ、続けたまえ」
八幡の苦し紛れに放った言い訳に平塚先生が興味深そうに耳を傾ける。
「つまり正義は遅刻するものなんですよ!だからこう考えられる筈です。遅刻する事=正義だと!」
これなら上手く誤魔化せるのではないかと熱弁を振るった八幡に平塚先生はフッと短く笑った。
「なるほど勉強になったよ。では私からも比企谷に一つ教えておこう」
「な、何ですか…?」
上手く誤魔化せていると思った八幡だったが、平塚先生の浮かべた笑顔に不気味さを感じて思わず身構える。
「力なき正義は何の意味も持たない。そして今、この学校という場所において正義は教師であるこの私にある。比企谷、この意味が分かるな?」
「ちょっとよく分かりませ……」
みらい達は春休みの出来事を話しながら自分達の教室に入り、それぞれの席に着いていた。
「はいはい、着席~」
ガヤガヤと騒がしい教室の扉を開けてこのクラス担任で数学の教師でもある高木先生が入ってくる。
「さ、入って」
生徒達が静かになったタイミングで高木先生が教室の外で待っている人物に入ってくるよう声をかけた。
「お、何だ?転校生か?」
「可愛い……」
先生に呼ばれて入ってきた転校生に教室内がざわざわと騒がしくなる。
「リコ!?同じクラスなんだ!?」
教室に入ってきたリコに驚くみらい。まさかリコが同じクラスになるなんて思いもしなかったようだ。
「えぇっ?知り合いなの?」
「うん!一緒に住んでるんだよ~」
まゆみが驚き尋ねるとみらいは笑顔でそう答える。
「「「「ええぇぇぇっ!?」」」」
一緒に住んでいるというみらいの答えに教室内のほぼ全員が驚きの声を上げ、いいなぁ…という言葉がちらほら飛び交った。
「二年生からこの学校に来た留学生の………あれ?」
喧騒に包まれる中で高木先生はリコの事を紹介しようとして不意に詰まってしまう。
「名字何だっけ…?」
「名字…ですか……?」
マホウ界には名字という文化が無いためどう答えようかと悩んだリコの脳裏にふと、昨晩の会話が浮かんできた。
『━━リコが来た日は十六夜だったね』
思い出すのはみらいの一言と初めて過ごしたナシマホウ界の夜のこと。
「…
「あっ…」
リコが自分の名字を十六夜と名乗った事にみらいは目を見開いた。
「十六夜リコです。よろしくお願いします」
自己紹介をしたリコが頭を下げた瞬間、教室のドアが勢いよく開かれて全員の視線がそちらに向く。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
息を切らしながら教室に駆け込んできたのは通学路でみらいとリコの少し後ろを走っていたかなだった。
「遅いぞ」
「す、すみません…はぁ…はぁ…」
遅刻を注意する先生に息を切らしながら謝るかな。相当急いでいたらしくなかなか息が整わない中で、それでも何か伝えたい事があるらしくかなはそのまま話を続ける。
「はぁ…はぁ…ほ、箒が飛んでって……」
「箒?」
肩で息をしているかなの要領を得ない言葉に高木先生がそのまま聞き返した。
「…うちの生徒が空を飛んでったんです!」
「っぃぃ…!?」
かなの
「誰かはわからなかったけど……」
「ほっ……」
自分達だとは気付かれなかった事にほっとするみらいとリコ。他の生徒達も夢でも見たんじゃないのかと信じていない様子なのでひとまず魔法の存在はバレなかったらしい。
「…モフ」
「…はー」
全員の注意が前に向いている隙にみらいのすぐ後ろにあるロッカーから忍び込んでいたモフルンとはーちゃんがこっそり姿を現す。
「モフ…」
モフルン達は誰かに気付かれないようそろりそろりとドアに向かって歩き出した。
「はーいはい、そこまでそこまで。勝木は席に着け」
「はい…すみません……」
誰にも信じてもらえず俯くかなとギリギリバレなくてほっとしているリコの二人はそれぞれ自分の席に着こうと同時に前を向く。
「「……あぁぁぁっ!!?」」
ちょうど前を向いた瞬間、席と席の間からモフルンとはーちゃんが教室の外に向かって歩いていくのが目に入り、二人は声を揃えて驚いた。
「く、くまのぬいぐるみが走った!?妖精が飛んだ!?」
「ええっ!?」
混乱して驚き叫ぶかなの言葉に反応してみらいも声を上げてしまう。
「あなたも見たわよね!?」
隣で一緒にそれを見たであろうリコに向かってかなが確認するように詰め寄った。
「い、いいえ…気のせいじゃ…ない…かしら……?」
驚いた理由がかなとは違うのだが、もちろん本当の事を言う訳にはいかないのでリコはぎこちない笑顔でどうにか誤魔化そうとする。
━━━━━キーンコーンカーンコーン
「お、みんな始業式が始まるぞ」
チャイムのおかげでかなの追及を何とか逃れる事が出来たリコだったが、思わぬ状況に動揺が隠しきれない。
「くまのぬいぐるみと妖精って……」
他の生徒が始業式に向かう中で一人、座ったままのみらいが呆然と呟きながら前に目を向けると、リコが何度も首を縦に振っているのが見える。
「えぇぇぇっ……!?」
モフルンとはーちゃんが学校までついて来てしまうというまさかの事態にみらいの口から困り果てた末の悲鳴が漏れた。
平塚先生に連行され、みっちり説教を受けた八幡は始業式に向かうべく生徒指導室を後にする。
「はぁ………ん?」
体育館に向かう途中の渡り廊下で憂鬱さからため息を吐いた八幡は視界の端に何か見覚えのあるものが映った気がして首を傾げた。