やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。   作:乃木八

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第十三話「爆ぜる想いの火!みらいと八幡、二人の始まり!」Aパート

 

モフルンとはーちゃんの登校騒動から始まり、ガメッツの強襲というアクシデントをどうにか乗りきったその日の放課後。

 

八幡達はみらいの家に向かって歩きながらお喋りに興じていた。

 

「お母さんが家でパワーストーンのお店を開いてるんだ~」

「ほーん。パワーストーン……」

 

パワーストーンを売っていると聞いて思わず雑誌の裏の広告を思い浮かべた八幡が気のない声で相槌を返す。

 

「お父様は電気メーカーに勤めていらっしゃるのよ」

 

リコが今朝の出来事を思い出し、補足するように続いた。

 

「二人共とっても優しいモフ~!」

「……お母さんは怒ると怖いけどね」

 

笑顔のモフルンから出た言葉にみらいは苦笑いを浮かべる。

 

「それはみらいが怒らせるような事をするからでしょ……」

「あはは~……」

 

呆れたリコのツッコミにみらいは痛いところを突かれたらしく誤魔化すように目線を逸らした。

 

「……そういえば何の連絡もなしに行っても大丈夫なのか?」

 

ここまで来たものの、当然みらいの両親は八幡が来る事を知らない。いくらみらいに招かれたといっても、急にお邪魔するのは迷惑ではないかという懸念が八幡の中にはあった。

 

「大丈夫!たぶんお母さんは歓迎してくれると思うよ」

「お母さんはって部分が引っ掛かるんだよなぁ……」

 

その言い方だとお父さんの方は歓迎してくれるか怪しいとも捉えられてしまう。無論、大事な一人娘が見知らぬ男を連れてきたとなれば歓迎する方が稀なのはわかっている。

 

八幡だってもし、妹の小町がどこの馬の骨ともわからない男をつれてこようものなら、その男を吊し上げて関係を吐かせ、少し()()してから外に放り出して二度と家の敷居を跨がせないだろう。

 

「お父さんも歓迎してくれると思うよ?」

 

どこか戦々恐々とした表情を浮かべる八幡を見てみらいは不思議そうに首を傾げる。

 

「……だといいな」

 

そう返事をしながら八幡はみらいのお父さんが仕事から戻ってませんようにと心の中で切実に願った。

 

「はーちゃなにかこわいの?」

 

そんな八幡の様子を気にして飛んできたはーちゃんが頭の上に乗っかりながら尋ねる。もちろんそんなはーちゃんの行動を目にした八幡が正常に返せる筈もなく、ただその愛しさに悶えていた。

 

「…………大丈夫だ。心配ない」

 

それでも心配してくれるはーちゃんに答えない訳にはいかず、八幡は悶えながらも何とか片言の言葉を捻り出す。

 

「良かった~」

 

八幡の口から大丈夫だと聞いたはーちゃんは安堵の笑みを溢した。

 

「……どうしてはーちゃんは八幡の事をはーちゃって呼ぶの?」

 

はーちゃんと八幡の会話を聞いていたリコがふとそんな事を口にする。

 

「あ、それ私も気になってた!八くんだけ呼び方が違うの」

 

リコの疑問に同調してみらいも会話に加わり八幡の方を向いた。

 

「……俺に聞かれても困るんですけど?」

 

視線を向けてきたみらいにジト目と言葉を返す八幡。そんな事を聞かれてもはーちゃんにはーちゃと呼ばれる理由に心当たりはない。

 

「あ、そうだよね。はーちゃんに聞かないと」

 

そう言われてみらいは視線を少し上げ、八幡の頭の上に乗っかっているはーちゃんに目をやる。

 

「んーなあに?」

「はーちゃんはどうして八くんの事はーちゃって呼ぶの?」

 

視線に気付いて首を傾げるはーちゃんにみらいが質問を投げかけた。

 

「んー……わかんない」

 

どうやらはーちゃん自身もその理由はわからないらしくみらいの質問に困った表情を浮かべている。

 

「まあ呼び方なんて人それぞれだろ」

 

困っているはーちゃんへ助け船を出すように八幡が口を挟む。

 

正直、呼び方が何であれ八幡は特に気にしない。小中学校の頃なんて名字で呼ばれれば良い方で、あれとか、それとか、ヒキガエルとか、とにかく録な呼び方をされてこなかった。

 

それらに比べれば今の呼ばれ方は幾分かマシだ。

 

むしろはーちゃんとお揃いのような呼び方なので喜ばしいとさえ感じる。

 

「……はーちゃんちょっと八幡って言ってみてくれる?」

「は、はちゃま……?」

 

リコに言われてはーちゃんが八幡と口にしようとするも、発音が難しいのか何度言い直そうとしても噛んでしまう。

 

「あー……八くんの名前ってちょっと言い難いもんね」

 

そんなはーちゃんの様子を見てみらいが納得したように頷きながら呟いた。

 

「そんなに言い難いか?」

「モフ?」

「……少しだけ言い難いかも」

 

確認の意味を込めて二人の方を見るとそれぞれモフルンは首を傾げ、リコはみらい同様に頷く。

 

「は、はちゃ……はーちゃ!」

 

何度言い直しても上手く言えない事に焦れたのか、はーちゃんは開き直ったように声を上げた。

 

「ふふっ……うん。はーちゃんの呼びやすい呼び方でいいと思う」

「そうね……八幡も喜んでるみたいだし」

 

微笑むみらいの言葉に同意したリコがどこか形容しづらい笑みを浮かべた八幡にジト目を向ける。

 

「んんっ……ま、まああれだ。どんな呼ばれ方でもはーちゃんなら可愛いから許せるって事だな」

 

それに気付いた八幡が咳払いの後で誤魔化すように言葉を並べるも、リコの視線からは逃れられない。

 

「あ、そろそろ家に着くよ」

 

じわじわと八幡が追い詰められる中で不意にみらいの声が間に入り、リコの気がそちらの方に逸れる。

 

「……助かった」

 

その隙に八幡は少し歩くペースを緩めながら下がり、上手い具合にリコの視線から逃れて安堵のため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

程なくしてお洒落な外観の白い建物に到着すると先頭を歩いていたみらいが立ち止まり、八幡の方へくるりと振り返った。

 

「ここが私の家だよ八くん!」

 

緑色のポストと並んだ木造りの塀を背にみらいは両手を広げて誇らしげに胸を張る。

 

「……家で店を開いてるってそういうことか」

 

想像とは違うみらいの家を見回して呟く八幡。正直、外観は普通の民家だろうと思っていた。

 

「うん!向こうはお店用の入り口で家にはこっちから入るの」

 

そう言いながら木造りの戸を開け、塀を通り過ぎて建物の横に備え付けられた階段を駆け登ったみらいが勢いよく玄関を開ける。

 

「ただいま~!」

「お帰りなさい、みらい」

 

家中に響く大きな声を聞いて母である今日子がリビングから笑顔でみらいを出迎えた。

 

「お母さんただいま。今日はリコと一緒に友達も連れてきたよ」

「お友達?」

 

今日子が首を傾げているとみらいの後ろからリコが入ってくる。

 

「リコちゃんもお帰りなさい」

「た、ただいまです……」

 

みらいの家に来て日が浅いせいか、緊張して慣れない様子のリコに今日子は優しく微笑んだ。

 

「あれ?八くんは?」

「え?私の後ろから着いてきたと思うけど……」

 

リコの後ろを歩いていた筈の八幡が中々入ってこない事を不思議に思ったみらいが玄関を出て、外を覗き見る。

 

「あ、八くんまだ下にいたんだ?早く登っておいでよ!」

「……今行く」

 

二人が玄関を潜ったのを確認してからこっそり帰ろうとしていた八幡はみらいに見つかってしまい、観念したように階段を登り始めた。

 

(帰りたい……帰ろうかな……よし帰ろう)

 

心の中で今の気持ちを三段活用にして唱えながら衝動のままに(きびす)を返そうとした八幡だったが、中々登ってこない事に焦れたみらいに腕を引かれ、逃げる間もなく玄関の前まで連れてこられてしまう。

 

「さ、八くん、入って入って」

「お邪魔します……」

 

ここまで来てしまった以上、帰る事は出来ない。八幡は観念して大人しく玄関を潜った。

 

「はーい。いらっしゃ……え……」

 

みらいの友達を笑顔で出迎えようとした今日子は入ってきた八幡の姿を目にした瞬間、目を見開いて呆然と立ち尽くす。

 

「あなたがどうして……」

「えぇと…?」

 

思わぬ反応に戸惑う八幡。初対面の筈だが、今日子の様子からしてどうやら八幡の事を知っているらしい。

 

「お母さん、八くんのこと知ってるの?」

 

八幡が感じた疑問をみらいも同様に気になったようで今日子の方を見て尋ねる。

 

「知ってる…というか……」

 

尋ねられた今日子は()()()をみらいに言うべきか迷った末に言葉に詰まってしまい、そのまま口をつぐんでしまった。

 

「八幡、みらいのお母さんと知り合いだったの?」

 

黙ってしまった今日子を見て訝しんだリコが戸惑った表情の八幡へと尋ねる。

 

「いや、そんなことは……」

 

リコに尋ねられ記憶を思い返してみるとどこかに引っ掛かるような感覚はするものの、はっきりと思い出せない。

 

「お母さん?」

 

八幡が思い返している横でみらいは俯く今日子の顔を覗き込む。

 

「……その、やっぱりみらいは覚えてないの?」

「へ?覚えてないって…」

 

覗き込んできたみらいを心配そうに見つめ返す今日子。そして向けられた心配と投げ掛けられた言葉の意味がわからないみらいは困惑して首を傾げる。

 

「どこで……あ……病……院……?」

 

記憶を遡って引っ掛かる何かを探していた八幡が不意に()()へとたどり着き、無意識に言葉を漏らした。

 

「病院?」

「八幡どこか悪かったの?」

 

八幡の口から漏れた病院という単語に反応してみらいとリコが心配したように聞き返す。

 

「……なんでもない」

 

二人に聞き返されてから八幡は自分がそれを口に出してしまった事に気付き、どうにか誤魔化そうとする。

 

別段、交通事故の件は隠すようなことでもないが、わざわざ話すようなものでもない。それにもう終わった事だ。

 

それを今さら掘り返して無駄に心配をかける必要もないだろう。

 

「……私達には言えないことなの?」

 

どうやら心配をかけまいと誤魔化そうとしたのは逆効果だったらしい。なんでもないと言った嘘は一瞬で見破られてしまい、みらいとリコが悲しそうに八幡を見つめる。

 

「それは……」

 

どう返せばいいのかわからず、二人からの視線に思わず目を逸らす八幡。もういっそ事故の話してしまえば楽になるのだろうが、誤魔化してしまった手前、中々言い出しづらい。

 

「……比企谷君は去年の春、事故に遭って入院してたの」

 

口ごもる八幡の代わりに答えたのは俯いたまま、らしからぬ表情を浮かべている今日子だった。

 

「事故…?」

「なんでお母さんがそんなことを知ってるの?それにどうして八くんの名前を……」

「………」

 

リコが眉根を寄せ、みらいは溢れる疑問に混乱し、八幡は黙ったまま今日子の方をじっと見つめる。

 

「……それは私達がその事故と無関係じゃないからよ。みらい」

 

今日子は躊躇いながらも意を決したように()()()を打ち明けた。

 

「私……も……?」

 

ただでさえ混乱しているのに、そこへ八幡の事故に自分が無関係じゃないと告げられたみらいは頭の整理が追い付かず、呆然と声を漏らす。

 

「……まさか」

 

自身の記憶と今日子の様子、そして無関係じゃないと言う言葉からある結論にたどり着いた八幡は目を見開き、呟いた。

 

「……ええ、比企谷君の想像通りよ。あのトラックとの衝突事故であなたが助けた女の子……それがみらいなの」

「え……」

 

半ば予想していた八幡と違って何も知らなかったみらいはあまりの衝撃に言葉を失う。

 

「あの日……病院から連絡を受けた私はそこでみらいが事故に巻き込まれる寸前で比企谷君に助けられた事を聞いたわ……そのせいであなたが重傷を負ってしまった事も」

 

事故のあったその日、トラックに轢かれて吹き飛ばされた八幡は意識のないまま病院に搬送された。

 

後から聞いた話によると事故を目撃していた通行人が救急車を呼んでくれたそうだ。

 

そこから八幡が意識を取り戻すまでに一週間、さらに面会出来るようになるまで二週間、そして話せるようになった途端に色々な人が入れ替わり立ち替わり面会に来た。

 

警察による聴取、加害者からの謝罪、その他にも事故の関連で面会が多く、どうにもただの居眠り運転ではなかったらしい。

 

加害者であるトラックの運転手は事故当日、三日連続でろくに睡眠もせずに配達の仕事をさせられていたようで、心も体も限界の状態だったそうだ。

 

無論、だからといって事故の責任が全く無いわけではないが、そんな状態で仕事強要した会社にも問題がある。

 

それに重傷を負ったとはいえ八幡の意識が戻り、無事回復に向かっている事と労働環境の醜悪さが考慮すれば充分に情状酌量の余地はあっただろう。

 

(あの時なら覚えがなくてもおかしくない……)

 

治療や痛み止めの投薬で上手く頭が回らない中、他人と話すことになれていない八幡が、会った人達の顔を覚えられる訳もない。

 

まして事故の前後の記憶なんてトラックと衝突した時の衝撃で殊更に覚えていなかった。

 

「えっと……つまり八幡がみらいを助けたってこと?」

 

この中で唯一、事故とは無関係のリコが話に追いつけず疑問符を浮かべる。

 

「……みたいだな。正直、あんまり覚えてないからわからんけど」

「覚えてないって……」

 

どこか他人事のように話す八幡をリコは複雑な表情で見つめた。

 

「事、故……?そんなの私……」

 

語られた衝撃の事実にみらいは漠然と言葉を反芻する。

 

「……みらい?」

 

どこかみらいの様子がおかしい事に気付いたリコが怪訝な顔をして声を掛けるも反応がない。まるでリコの言葉が聞こえていないようだった。

 

「う、そ……私……あれ……八……くん……」

 

今日子の言葉をきっかけに閉じられていた記憶の蓋が開き、忘れ去っていた光景がみらいの頭を駆け巡る。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

短く浅い呼吸を繰り返して苦しげに頭を抱えるみらい。情報の奔流に呑まれたのか、それとも事故の光景を思いだしてフラッシュバックしたのか、はたまたその両方か、どれにせよみらいの精神に多大な負荷がかかったのは確かだ。

 

「っ……」

「みらい!?」

 

精神の負荷がそのまま体の不調に直結したらしい。みらいはまるで糸の切れた人形のようにふらりとその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、本当にごめんなさい。比企谷君」

「……いえ、気にしないでください」

 

頭を下げる今日子に対して八幡が居心地悪そうに答える。

 

事故に関して今日子が謝るような事は何もない。

 

悪いのは居眠りしていた運転手、あるいはそんな状態になるまで酷使した会社だし、それにしたってもうそれぞれ罰を受けているだろう。

 

だから事故の件は八幡にとってもう終わった事、謝罪だろうと感謝だろうと今更、素直に受けとれない。

 

「……そういうわけにはいかないわ……事故の事も……みらいの事も……」

 

肩を抱くように抑え、目を伏せながら今日子は言葉を紡ぐ。

 

あの後、突然倒れたみらいは幸いにも意識を取り戻し、リコに付き添われて部屋で休む事になった。

 

みらいが倒れた理由はおそらく精神的ショックからくる過呼吸だ。酷ければ救急車を呼ぶ事もあるが、みらいは程無くして症状が落ち着いついたため、それには及ばなかった。

 

とはいえ、そんな状態で八幡が訪問するわけにもいかない。ショックの原因が事故のフラッシュバックなら八幡はその記憶を刺激する引き金(トリガー)になりかねないのだから。

 

「……その、さっきの覚えていないっていうのは」

 

少しの沈黙の後、八幡が言葉を選ぶようにおそるおそる今日子へ尋ねる。

 

本当ならすぐにでもこの場から逃げてしまいたい気分だが、明日以降の事を考えるとそうもいかない。

 

校舎が違うとはいえ、同じ学校に通っているのだから否が応でも顔を合わせるだろうし、何より闇の魔法使いがいつ襲ってくるとも限らないのだ。

 

そんな状況でこのまま何も知らずに帰るわけにはいかないだろう。

 

「……あの日の出来事をみらいは全く覚えてないわ。比企谷君が助けてくれた事も、自分がトラックに轢かれかけた事も」

「それは……」

 

眉根を寄せて唇を噛む今日子に八幡もまたどう声を掛ければいいのかわからず俯いてしまう。

 

精神的ショックからくる記憶の混濁(こんだく)喪失(そうしつ)、それは交通事故のように衝撃的な出来事を目の当たりにすれば実際に起こりうることだ。

 

忘却した記憶はみらいにとって心的外傷(トラウマ)となり、今日子の話と八幡が引き金でそれが呼び覚まされた事が今回の事態を生んだ。

 

つまりみらいにとって八幡はそこにいるだけで心的外傷を刺激する存在という事になる。

 

「あなたはみらいを助けてくれたのにあの子は何も……」

「本当に気にしないでください。事故の事はもう終わった事です……それにあの時は咄嗟で別に助けたつもりは……」

 

ないと続けようとした言葉が思わず止まる。たとえ八幡に助けたつもりがなくても今日子にとっては娘を助けてくれた恩人なのだ。

 

本当なら娘と共にお礼を言わなければならないのに、事故の事を思い出させるとみらいを苦しませてしまうためそれが出来ない。

 

だから今日子は謝るしかない。八幡が気にしていなくともそうする事しかできないから。

 

「……お騒がせしてすいませんでした。今日はこれで失礼します」

「え、あ、待っ……」

 

頭を下げて一方的にそう言うと、八幡は引き留めようとした今日子の言葉を遮るように踵を返して早足で歩き出す。

 

あの場から逃げ出した理由は誰でもなく自分のためだ。

 

これ以上、今日子に謝ってほしくなかった。

 

謝られる度に感じる疑念、あるいは懸念から目を逸らせなくなってしまう気がしたから。

 

(いや、結局のところは一緒か……)

 

今日の出来事でみらいは事故の事を思い出してしまった。

 

それは八幡と一緒にいるだけでフラッシュバックを引き起こし、先程のように過呼吸を引き起こすかもしれないという事。

 

事故の記憶と八幡はどう足掻いても切り離せない。

 

もし仮にみらいがフラッシュバックを起こさなくなったとしても今までの関係には戻れないだろう。

 

ここで八幡がその事から目を逸らしたところでそれは変わらない。

 

「……は」

 

思わず八幡の口から乾いた笑いが漏れる。

 

あれだけ理屈を捏ね回して捻くれながらも遠回しに手を伸ばして掴んだ筈の何かが、いとも容易く崩れ去ろうとしている。

 

もしかしたら見ない振りをして取り繕い、今まで通りの日々を過ごす事は出来るのかもしれない。

 

けれどそれは本物に似せただけのどうしようもない偽物だ。

 

どれだけ精巧に似ていようとも八幡はそれを許容出来ないし、したくない。

 

疑って、疑って、疑った末にようやく手が届いた筈のそれが、今の八幡には淡く脆い幻想に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、みらいは窓から差し込む朝日を受けて目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

 

「…………わたし……は……」

 

起き抜けでぼーっとしていた意識が徐々に覚醒し始め、昨晩の出来事が頭の中に甦る。

 

入学式の日に八幡が自分を助けてくれたこと。

 

そのせいで八幡が重傷を負い、入院してしまったこと。

 

その事実を事故の記憶と一緒に忘れていたこと。

 

……そして全てを思い出した自分がその場で倒れてしまったこと。

 

「っ…………」

 

後悔とやるせない気持ちが胸の内に溢れて止まらず、みらいは浅く唇を噛む。

 

きっと事故のせいで八幡の学校生活は台無しになってしまっただろう。助けてもらったお礼も言わず、何も知らないまま〝友達〟だなんて……。

 

八幡と出会い過ごしてきた楽しい日々が逆にみらいを苛んだ。

 

「どうしたらいいのかな……」

 

静まり返った室内で、まだ眠っているモフルンの寝息だけが聞こえる。

 

 

━━━━━━コン、コン

 

 

頭の中でぐるぐると暗い思考が渦巻き、みらいの心が押し潰されそうになっていたその時、不意にドアをノックする音が部屋に響いた。

 

「━━みらい、起きたの?」

 

ドア越しに聞こえてきたのはリコの声。その声音はどこか心配の色を含んでいた。

 

「リコ……」

 

顔を上げたみらいは(すが)るようにドアの方を見つめる。

 

「入るわよ…………みらい?」

 

返事を待たずにドアを開けて部屋へと足を踏み入れたリコはそこで今にも泣きそうな顔をしているみらいと目が合った。

 

「リコ……うっ……ううぅ……リゴぉぉ……」

「え、わっ、ちょっみらい……!?」

 

突然抱きつかれて戸惑うリコだったが、泣きじゃくるみらいを見兼ね、落ち着くまでゆっくり頭を撫でる。

 

「うぐっ……ひぐっ……わたじぃっ……どうっ……じだら……」

「大丈夫……ゆっくりで大丈夫だから……」

 

堰を切ったように溢れ出した涙と言葉をリコは受け止める。嗚咽混じりで取り留めのない言葉を一つ一つ紐解き、みらいの抱えているものが少しでも軽くなるようにと思いながら話し終えるのを待った。

 

 

 

「……少しは落ち着いた?」

 

一人で抱えていたものを吐き出したおかげか、少しずつ涙の止んできたみらいにリコが優しく声を掛けた。

 

「うっ……ん……」

「もう、顔がぐしゃぐしゃじゃない。ほら……」

 

リコは撫でていた手を止め、ポケットからハンカチを取り出すと、みらいの涙と鼻水をごしごしと拭き取る。

 

「んむぅ……ばびがと……」

「どういたしまして。全く……本当に世話が焼けるんだから」

 

拭き終わって汚れたハンカチを畳み、今度は近くにあったティッシュを数枚手に取ってみらいの鼻をかむリコ。こうしていると何だか大きな妹が出来た気分になり、思わず苦笑いが溢れる。

 

「…………ねえ、みらい。正直に言うと私にも何が正解かなんてわからないわ……こうすればいいだとか、ああしたらいいだとか、そんな答えを教える事は出来ない……」

「リコ……」

 

事故の件に関してリコはどこまでいっても無関係だ。みらいと八幡、どちらに対しても具体的な解決策を示すには、この件について知らなすぎる。

 

「そんな私でも……ううん、そんな私だからこそ、一つだけわかる事もある」

「わかる……こと?」

 

リコはそこまで言うとみらいの目を真っ直ぐと見つめ直し、意を決して言葉を続けた。

 

「……この答えはみらい、あなたが出さないといけないの。辛くても、苦しくても、私や他の誰かが代わる事は出来ない」

 

正解でも間違いでもみらい自身が考えて辿り着いた答えでなければ意味がない。リコの言葉にみらいの表情が不安に揺れる。

 

「……だから〝どうしたら〟じゃなくてみらいが〝どうしたいのか〟を教えて?」

「どう、したいのか……」

 

リコに問われ、目を閉じて自分の心と向き合うみらい。

 

これまでのこと、これからのこと、事故の記憶や楽しかった思い出、それらが胸中を駆け巡り、少しずつみらいの気持ちを浮き彫りにしていゆく。

 

「……みらいはどうしたいの?」

 

リコがみらいに再び問いかける。たとえみらいがどんな答えを出したとしても受け入れる覚悟を決めて。

 

「…………私、八くんに謝りたい。それで全部許してもらえるなんて思わない……でも、このままなんて絶対に嫌だ……!」

 

心の底から叫ぶように吐き出したみらいの答えにリコはふっと微笑む。

 

「そう……なら、いつまでもそうしてないで早く準備をしなさい」

「え?」

 

寝巻き姿のまま、ポカンと呆気にとられているみらいに向けてリコが笑顔で言い放つ。

 

「八幡に謝るんでしょ?早くしないと遅刻しちゃうわよ」

「……うん!」

 

力強く頷いたみらいは勢いよくベッドから飛び出し、急いで学校へ行く準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手早く準備を終え、すぐに家を飛び出したみらい達は昨日の朝、八幡と会った地点まで向かっていた。

 

「うーん……八くんいないなー……」

「昨日はこの辺で会ったんだけど……」

 

キョロキョロ辺りを見回して八幡の姿を探す二人。昨日とは少し時間がずれているが、この程度なら誤差の範囲内、まだ八幡はこの辺りを歩いている筈だ。

 

「モフ~……」

「はーちゃいないね……」

 

モフルンとはーちゃんも一緒になって辺りを見回すも、やはり八幡の姿は見当たらなかった。

 

「もしかしてもう学校に行っちゃったのかな……」

「かもね。もしくはまだ来てないとか……」

 

昨日の事を考えれば両方とも可能性はある。しかし、始業時間が迫っている以上、ずっとここで待つわけにもいかない。

 

「……このままここで待っていても仕方ないわ。とにかく学校に行ってみましょう」

 

もう一度辺りを見回して八幡がいない事を確認したリコがそう提案する。

 

「でも……」

「もしみらいの言う通り八幡が先に行ってたら困るでしょ?それにここで待つよりも学校で直接会いに行った方が確実よ」

 

リコは食い下がろうとするみらいを諭して学校へ向かうように促した。

 

「それはそうだけど……」

 

理屈でわかっていても焦る気持ちが先走ってしまい、みらいは素直に頷く事が出来ない。

 

「ほら早く行かないと始業時間に間に合わなくなるわ」

「ちょ、ちょっと待ってリコ!」

 

まだ納得していない様子のみらいだったが、半ば強引に先へ行ってしまったリコを慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か空の上、地上からは気付かない位置で学校へと急ぐみらい達を見つめる人影があった。

 

「へぇ……なにやら面白そうな事になっているじゃないですか」

 

人影の正体は魔法学校の教師の振りをしてみらい達を騙し、八幡を拉致して苦しめた敵、マキナだった。

 

「フフッ……これは使えるかもしれませんね」

 

マキナは期せずして訪れたこの状況を利用すべく策を巡らすと、薄く笑みを浮かべながら指を弾き、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達が通学路を走っている頃、当の本人である八幡は教室で自らの席に座り、本を開いていた。

 

(……どこまで読んだっけか)

 

パラパラとページを(めく)るも、本の内容は全く頭に入ってこない。

 

むしろ本に集中しようとすればするほど、昨日の出来事が頭を(よぎ)り、かえって集中出来なくなっていた。

 

「…………」

 

いつもならHR(ホームルーム)が始まるまでイヤホンを耳につけて寝たふりをする八幡が、わざわざ本を開いているのはそれを考えないようにするためだ。

 

しかし、それも無意味に終わった。現状、いくら考えないようにしても、無意識の内に昨日の出来事を思い浮かべてしまうのだから。

 

(どうする……いや……)

 

昨日の出来事や事故の事が八幡の頭の中で堂々巡りを続け、結論が出ないまま時間が過ぎていく。

 

「━━ほら全員席に着いて。HRを始めるぞ」

 

不意に聞こえてきた先生の声にハッとして顔を上げる八幡。どうやら思考の渦をさまよっている内にずいぶんと時間がたったらしい。

 

(……仕方ない、か)

 

ほとんど読めていない本を閉じた八幡は、先生の言葉に耳を傾けながら諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、遅刻ギリギリの時間で学校に着いたみらい達は中等部と高等部を行き来する事を加味して、時間に余裕のある昼休憩に八幡を探しに行こうと決めた。

 

「うぅ……」

 

一刻も早く八幡に謝りたい気持ちが(つの)り、みらいは何度も時計の方を見()る。

 

(早く……早く……)

 

始業式の翌日ということもあり、まだ本格的な授業は始まっていない。だが、それでもみらいにとっては昼休憩までの時間がやたらと長く感じる。

 

「あ……」

 

時計の針がようやく待ち望んでいた時刻を示し、緊張の抜けたみらいの口から思わずそんな声が漏れた。

 

「ん、もうお昼か。じゃあ午後からはクラス委員を決めていくからそのつもりでな」

 

お昼を告げるチャイムを聞いた先生はそう言うと教卓の上を片付けて号令をかけ、教室を出ていく。

 

「終わったー……」

「お腹減った~」

「ねえねえ、クラス委員どうする~?」

「うーん、どうしよう」

 

午前の時間割りを終えた生徒達はお喋りに興じながらそれぞれ昼食の準備を始めていた。

 

「みらい~お昼一緒に食べよ」

「まゆみごめん!今日はちょっと用事があるんだ」

 

そんな中、みらいは友達であるまゆみからの昼食の誘いを断り、そのまま急いで教室を飛び出す。

 

「あっ、待ちなさいみらい。廊下を走ったら駄目でしょ!」

 

そう言いながらリコもまた教室を飛び出し、早歩きでみらいの後を追いかけていく。

 

「えー……二人共お昼ご飯は?」

 

みらい達の出ていった方を見つめながら一人残されたまゆみが呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室を後にしたみらい達は八幡と話すために高等部へと足を運んだ。

 

「……八くんって何組だっけ?」

 

急いでいた筈のみらいがピタリと足を止め、困ったようにリコの方を振り返った。

 

「それもわからないまま急いでたの……?」

 

リコが呆れた表情でみらいを見つめる。あまりに迷いなく進むので、リコはてっきりみらいが八幡のいるクラスを知っているものとばかり思っていた。

 

「うっ……だ、だって早く謝りたかったから……」

「だからってわからないまま進んでどうするの……」

 

ため息混じりにジト目を向けられたみらいは言葉に詰まり、視線を泳がせる。

 

「……仕方ないわね。二年生の教室を一つ、一つ、回って八幡を探しましょう」

「う、うん……」

 

クラスがわからない以上、しらみ潰しに探すしかないと二人は教室を順番に回り始めた。

 

 

 

 

 

 

「えっ、ひきが……誰?」

 

八幡の行方を尋ねたみらい達に対して目の前の女生徒が眉根を寄せて首を傾げる。こういう反応を返されるのはもう三回目だ。

 

「えっと……その、お邪魔しました!」

「え、あ、うん?」

 

首を傾げたままの女生徒に頭を下げて次の教室に向かう二人。しかし、そこから先の教室に八幡の姿はなく、何の情報も得られなかった。

 

「八くんがどこにもいないよ~……」

「それどころか八幡の事を知ってる人もいないわね……」

 

二年生の教室を全て回ってしまった以上、他に探す宛がない。おそらく八幡はみらい達が来るよりも先にどこかへ行ってしまったのだろう。

 

「……八くんって本当に二年生だよね?」

 

あまりに手掛かりが見つからないせいか、みらいが神妙な顔をして頓珍漢(とんちんかん)な事を言い出した。

 

「本人が言ってたんだから間違いないと思うけど……」

 

確かにここまで同じ学年の生徒に名前を知られていないのは少し変かもしれない。けれど、だからと言ってわざわざ八幡が学年を偽る必要ない筈だ。

 

「でも八くんのこと誰も知らないし……」

「……それはたぶん八幡が他の人と積極的に関わろうとしないからじゃないかしら」

 

短い時間とはいえ、曲がりなりにも学校生活を八幡と過ごしたのだ。全部とは言わないが、その捻くれた性分は知っている。

 

きっと八幡は誰に対してもそうなのだろう。踏み込めないのではなく()()()()()()

 

捻くれた物言いも、やたらと一人でいようとするのも、踏み込んできた相手を避けるために身に付いた八幡なりの処世術なんだと思う。

 

でもそれは少なからず八幡に共感する部分があったリコだからわかることだ。

 

少し捻くれていて、素直になれず、友達の少なかったリコと違い、みらいは素直で明るく、誰とでも仲良くなれる。

 

けれどその真逆の性格ゆえ、みらいには八幡のそれが見えない。

 

今朝の通学路や昼休憩の今、八幡の姿が見当たらないのはたぶん、二人を……みらいを避けている。

 

その理由は聞くまでもなく昨晩の事だ。捻くれ穿(うが)った考えを巡らせて気を回し、曲解した答えを出した結果の行動なのだろう。

 

このままだと八幡は二人と距離を置き、離れていってしまう。

 

踏み込まず、踏み込ませず、そのくせ変なところで優しくて自分の事を(かえり)みない。

 

そんな八幡が友達と呼んだこの関係をこんな形で終わらせるわけにはいかない。たとえこれがみらいと八幡の問題だとしても、手助けするくらいの権利はリコにだってある。

 

「……こうなったら高等部の校舎内を全部探すしかないわ。行くわよみらい!」

「え、う、うん」

 

心の内に決意を秘めたリコは戸惑うみらいの手を引いて八幡を探すべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフッ……あれが青春?とかいうやつなんですかねぇ……」

 

八幡を探して高等部の校舎を歩き回るみらい達の様子を黒いスーツに赤い眼鏡をかけた女性がじっと見つめていた。

 

「……ん?そこの君、校内は部外者立ち入り禁止だぞ。入校許可はとっているのかね」

 

職員室に戻る途中で見慣れない女性を見つけ、不審に思った一人の男性教諭が訝しげに声をかける。

 

「あら、忘れてしまわれたんですか?()()()()()()()()()。先生」

「え、新任……?」

 

聞き覚えのない話に眉をしかめる男性教諭。それに対して黒スーツの女性……もとい、マキナが右手を隠すように後ろへ回して指を弾いた。

 

「…………あ、ああ、そういえばそうだったね。新任のマキナ先生だ。いやぁ……こりゃ申し訳ない」

「ふふっ……気にしてませんから大丈夫ですよ」

 

謝る男性教諭にマキナは微笑む。もちろんマキナが新任の教師という事実はない。おそらく魔法学校の時と同様の手を使って誤認させたのだろう。

 

「では私は行くところがあるので失礼しますね」

「ああ、引き留めて悪かったね。マキナ先生」

 

マキナは男性教諭に会釈をしてその場を後にし、悠然と歩き進む。内心ではこれで校内を自由に動けるとほくそ笑んだ。

 

「ふ……フフッ……フフフフフフ……」

 

先程、男性教諭へ微笑みかけた表情とは違う、不気味な笑みを浮かべたマキナの笑い声がお昼休みの喧騒に紛れてかき消えた。

 

 

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