空港に辿り着き、ドイツとフランスからの航空便を待っている。
「ラウラが転校してくるのか。大変だな、刀也」
一夏がにやにやしながら僕をからかってきた。
確かにラウラちゃんが僕を嫁呼ばわりするのを聞いたら鈴ちゃんと簪ちゃんが切れそうだよね。って、いうか紫乃姉が一番黙ってないか。僕は密かにため息を吐いた。
「優秀な奴だが如何せん常識に疎い奴だからな。面倒は任せたぞ、生徒会庶務……」
千冬さんまでラウラちゃんの世話を押し付けてくる。
「そこは担任教師として織斑先生にお願いしますよ」
僕は真面目な表情を作って千冬さんに懇願した。
僕と千冬さんはお互いに笑みを浮かべながら見詰め合っている。
だがお互いに眼は全く笑っていない。
「まあ、本人にどっちが良いか選ばせればいいんじゃないか?」
一夏が冷や汗を流しながら僕達に提案してくる。
「「それが無難か」」
僕と千冬さんはお互いに頷き合った。
ラウラちゃんが僕と千冬さんを選ぶ確立は半々って言ったところかな。
そんな話をしていると、先ずラウラちゃんが到着した。
「これは教官、刀也、一夏。お出迎えありがとうございます。ドイツ軍所属IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐、本日よりIS学園でお世話になります」
ラウラちゃんは敬礼をして挨拶してきた。
「よく来たな、ラウラ。だがこれからは教官ではなく先生と呼べ」
「分かりました。織斑先生」
千冬さんは苦笑しながらラウラの言葉を訂正させた。
「久し振りだな、嫁よ。私に逢えなくて寂しかったか? さあ、再会のキスをしようではないか」
「はいはい……久し振り、ラウラちゃん。確かに少し寂しかったけどキスはしないよ」
僕はラウラちゃんの額を押さえながら苦笑した。
「ふむ、照れているのか。可愛い奴め」
ラウラちゃんは腕を組みながらうんうんと頷いている。
「久し振りだな、ラウラ」
「うむ。久しいな、一夏」
ラウラちゃんと一夏が固く握手を交わしている。
「ちょっと、良いかな。ラウラちゃん……」
僕は千冬さんと一夏から少し離れたところにラウラちゃんを呼び出し、シャルル・デュノアの事を話して協力を仰ぐ。
「ふむ、了解した。教か……おほん、織斑先生は知ってらっしゃるのか?」
「うん。千冬さんには話してるけど、一夏にはまだ話してないんだ」
「そうか……協力することは吝かではないが、報酬があるとより一層任務に従事出来るのだがな」
ラウラちゃんは頬を朱色に染めながら、僕の顔をちらちらと眺めている。
「じゃあ、手付金代わりに……」
僕はラウラちゃんの手を取り、跪いて手の甲にキスをした。
「おおっ!!? てっ、手付金ということはまだ此の後に報酬があると言う事か!!」
ラウラちゃんは耳まで真っ赤に染め上げて、眼をぐるぐるさせながら訊ねてきた。
「勿論期待していて♪」
僕はラウラちゃんの耳元で囁いた。
「よし!! 頑張るぞ!!」
ラウラちゃんは片手を挙げて自分を鼓舞していた。
まだフランスからの便が到着するまでまだ時間がある。
一夏はウエルカムボードを持ちながら千冬さんと談笑している。
ラウラちゃんは僕の手を握りながら鼻息を荒くして到着ゲートを注視している。
ここでもう一度、シャルル・デュノアの情報を整理しよう。
更科家の調べではデュノア社の社長の実子だが、愛人との間に生まれた子供だそうだ。
二年前に母親と死別しデュノア家に引き取られたものの事実上居場所がなかった。
その後、たまたまIS適性が高いことが判明したことから、自分の意志と関係なくIS開発のための道具として扱われてきた。
IS学園へ転入する経緯はデュノア社がIS開発の遅れによる経営危機に陥ったため、数少ない男性の操縦者として世間の注目を集めることで会社をアピールするとともに、僕と一夏に接近して専用機の朱月・朧と白式のデータを盗むのが目的と推察される。
デュノア社はイグニッション・プランから取り残されて後がないとの事だ。
それに僕と一夏の事が発表されてから、暫くたっても何の音沙汰が無かったのも気になる。
普通、数少ない男性IS適合者なら見つかり次第挙って世界に知らしめて利益を独占するのが筋だろう。
その上に僕がデュノア社のメインコンピューターにハッキングしたところ、シャルル・デュノアのデーターは存在せずに変わりにシャルロット・デュノアという少女のデーターが存在した。
先ず間違いなく今日来るのはシャルロット・デュノアだろう。
問題は本人にスパイをする意思があるかどうかという事だ。
嫌々従わされているなら問題ない。
まあ、これ以上は今考えても仕方ないな。
僕は頭を振って考えを一旦中止した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ラウラちゃんが到着してから約一時間後、デュノアさんがやって来た。
「始めまして、ボクがシャルル・デュノアです」
「えっ!!? 男!!? はっ、始めまして、織斑 一夏です」
一夏はデュノアさんが男装しているのを見て驚いた様子だった。
全然疑ってないな。
そこは駄目だろうと突っ込むべきか、一夏らしいと安心すべきか迷うところだね。
「織斑 千冬だ。よろしくな」
千冬さんは完全に疑いの眼を向けている。
「あっ、あのっ!! 有名なブリュンヒルデにお会いできて光栄です!」
デュノアさんはミーハーなファン気分丸出しで千冬さんと握手している。
「出来ればブリュンヒルデはよしてくれ……その呼び名は嫌いなんだ」
「すっ、すいません!!」
デュノアさんは深々と頭を下げて謝っている。
「よろしく、デュノアさん。僕は月村 刀也です」
「よろしく。君が有名な織斑 一夏の護衛で二人目の男性適合者なんだね」
僕はポーカーフェイスをしながらデュノアさんと握手を交わした。
骨格と歩き方、それに匂いを判別すると間違いなく女の子なんだよね。
美味しそうな純潔の乙女の血の匂いがしてるから間違いないね。
「ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「よろしく。ボクはフランスの代表候補生だよ」
あの、ラウラちゃん?
表情が少し引き攣ってるよ。
ちょっと発破を掛けすぎたかな。
僕、何要求されるんだろう。
空港の一室を借りてティータイムの用意をする。
「……朱月・朧ってそんな物まで
一夏が呆れた様な感心した様な複雑な表情で呟いた。
「あはは……便利だからしてるけど本当はいけないんだろうね。まあ、アラスカ条約で禁止されてないから問題ないんじゃないかな」
僕はケトルでお湯を沸かしつつ、秘蔵のダージリンのファーストフラッシュ茶葉を用意する。
この若々しい爽やかな香りが好きなんだよね。
「寧ろ嫁の発想が奇抜過ぎておかしいかどうか判別に困るな。どうでしょうか、教官」
「だから先生と呼べ、ラウラ……それに私に聞くな。私は何も見ていない」
ラウラちゃんに訊ねられた千冬さんは眼を逸らして言及を避けた。
「刀也ってお茶目なんだね」
デュノアさんは乾いた笑みを浮かべながら頬を掻いていた。
話をしている内にお湯が沸騰した。
先ずティーポットとティーカップに熱湯を入れて温める。
ティーポットが温まったらお湯を捨てて茶葉を入れる。
少しだけ冷めて約95℃になったお湯を空かさずティーポットに入れて、砂時計で時間を計る。
四分経つとティーポットのお湯を捨てて紅茶を注いだ。
「はい、どうぞ。お勧めはストレートティーだけど、一応ミルクとレモンも用意しているよ。お茶請けは僕特製の翠屋風シュークリームです」
紅茶と共にシュークリームを配った。
シュークリームは皆に好評だった。
でも本家本元の翠屋のシュークリームには敵わない。
なかなかあの味を再現できず、悔しい思いもするがお菓子作りは楽しい。
暫し、お茶をしながら談笑をした。
お茶の時間も終わりいよいよ本題に入る事にする。
僕はラウラちゃんに目配せをした。
ラウラちゃんは頷き、デュノアさんの腕を捻り上げて頭を押さえて机に叩き付けた。
僕は空かさず小太刀をデュノアさんの首元に突きつけた。
「はぐっ!!? なっ、何するの!?」
デュノアさんは突然の出来事に眼を丸くしながら抗議してきた。
「お前達、何をして……!!?」
激昂しかけた一夏を千冬さんが押し留めた。
「単刀直入に聞く、
僕が淡々と尋ねるとデュノアさんは眼を大きく見開いてため息を吐いた。
「はぁ~何時かはばれると思っていたけど、最初から騙せていなかったなんて……」
「僕の眼や鼻は特別製でね。胸をコルセットで矯正しても骨格や歩き方、匂いの違いが分かるんだ……大方、僕や一夏に近づき僕達の専用機のデータを盗んでこいって命令されたんだろう?」
僕は言葉に感情を乗せず、単調な口調で詰問した。
「……参ったな、降参だよ。その通りだよ、僕はスパイするために性別を偽ってたんだよ」
「それは君の意思で?」
「違う。全部会社の……父さんの命令だよ」
「そうか……」
僕は顔を上げて何か言いたそうな一夏を見詰めた。
「なあ、シャルルはどうなるんだ?」
「一夏は彼女をどうしたい?」
「俺か? ……俺は彼女と友達になりたい。折角知り合えたんだ。この出会いを無駄にしたくない」
僕が質問し返すと一夏は真っ直ぐな瞳で答えた。
「本当に一夏は底なしの馬鹿だね。でも一夏はそうでなくちゃ……」
「馬鹿で悪かったな」
一夏は拗ねた口調をしながらも笑顔だった。
僕は苦笑しながら小太刀を仕舞ってラウラちゃんに目配せをした。
ラウラちゃんは頷き、デュノアさんの拘束を解いた。
「シャルル……いや違った、シャルロットだっけ、もうややこしいな。シャルって呼んでいいか?」
一夏はデュノアさんの手を取りながら訊ねた。
「えっと……うん……」
デュノアさんは一夏の勢いに押されて頷いた。
「俺の事も一夏って呼んでくれ、シャル。そうすれば友達だ!」
一夏デュノアさんの手を握りながら笑みを深めた。
「いいの……僕の友達になってくれるの?」
デュノアさんは眼を潤ませながら戸惑っている。
「ああ……だから俺の名前を呼んでくれ、シャル!」
「うん……うん! 一夏!」
デュノアさんは涙を流しながら一夏の名前を呼んだ。
「よかったね、デュノアさん」
「苗字で呼ぶなんて駄目だぞ、刀也! そんな他人行儀じゃ友達になれないぞ!」
「分かったよ……シャルロットさん、僕とも友達になってくれるかい?」
「うん! よろしくね、刀也!」
シャルロットさんは眩しいほどの笑顔を浮かべて僕の名前を呼んでくれた。
「あの……それで僕がIS学園に転入する事は問題ないのかな?」
落ち着いたシャルロットさんが恐る恐る尋ねてきた。
「性別を偽らなければ大丈夫だよ。寧ろ国に送り返すと大変かもしれない」
「……どっ、どうして?」
「多分シャルロットさんのお父さんは、シャルロットさんの今後を憂いて国際社会からの制裁も省みずに企業国家の思惑や正妻の魔の手から逃がすため、身の安全を保証された治外法権のIS学園に入学させたいんだと思う。まあ、僕の憶測だけどね」
「えっ……? お父さんが……」
僕の言葉にシャルロットさんは暫し考え込んだ。
そして父親の思いの深さに気付いたシャルロットさんは静かに涙を流した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、刀也! 嫁として私を労ってくれ! 報酬のキスを要求する」
ラウラちゃんは頬を染めながらも大胆に言い放ってきた。
「はいはい、承りましたお姫様」
僕はゆっくりとラウラちゃんの頬に口付けをしようとした。
だが一瞬の早業でラウラちゃんに顔を押さえつけられて唇を奪われた。
「はむ、ぺろ、くちゅくちゅ、ごっくん」
「んぐっ!!? むぐむぐ、ぷはぁ!」
しかもバードキスではなくディープキスを咬まされた。
「はわぁ~ラウラって大胆だね」
シャルロットさんは手で目隠ししながらも、しっかりと指の隙間から僕達のキスを眺めていた。
「何だよ、千冬姉。何するんだよ」
「教育上、よくない光景だったからな」
千冬さんは一夏を目隠ししながらにやにやと僕達を眺めていた。
「ご馳走様。なかなか甘美な一時だったぞ」
ラウラちゃんは頬を染めながらも嬉しそうに微笑んでいた。
僕は暫く思考がオーバーヒートして動く事が出来なかった。