臨海学校当初日、天候にも恵まれて空は真っ青な快晴である。
陽光を反射する海面は穏やかで、心地良さそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。
「おー、やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」
「そうだね。潮の香りが心地いいよね」
僕は一夏と並んで座っている。
一夏と僕の隣の席を狙って争奪戦が起きそうだったので千冬さんの鶴の一声で決まった。
僕達の前の席にはラウラちゃんとシャルロットさんが座っており、しきりにプレゼントしたネックレスやブレスレットに視線をやっている。
「それ、そんなに気に入ったのか?」
「えっ、あ、うん。まあ、ね。えへへ」
一夏が問いかけるとシャルロットさんが思い出した様に笑みを漏らしている。
「ちゃんと防塩防水加工した、ラウラちゃん?」
「うむ。刀也からの大切なプレゼントだ。対策はばっちりだぞ」
ラウラちゃんは三日月のネックレスを弄びながら笑みを浮かべている。
「お二人ともプレゼントなんて羨ましいですわ。不公平ですわ」
セシリアさんがこちらを向きながら不平不満を述べている。
「あー……まあ、その、なんだ。セシリアにはまた今度の機会にな?」
「やっ、約束ですわよ?」
「おう。あんまり高いのは無理だけどな」
一夏苦笑しながら頷いていた。
「向こうに着いたら泳ごうぜ。箒も泳ぐの得意だったよな」
「そっ、そう、だな。ああ、昔はよく遠泳をしたものだな」
一夏に声を掛けられた箒さんは何故だか様子がおかしい。
落ち着かなさそうにというか、そわそわしている。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
千冬さんの号令で皆さっとそれに従う。
普段の教育の賜物だね。
言葉通りほどなくしてバスは目的地である旅館に到着した。
海に程近く磯の香りがここまで漂っている。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の方々の仕事を増やさない様に気をつけろ」
「「「よろしくお願いしまーす」」」
千冬さんの言葉に全員挨拶をする。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
着物姿の三十路ほどの女将さんが笑顔で丁寧にお辞儀している。
仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿は女将という立場とは逆にすごく若々しく見える。
家の母さんどころか桃子さんや美沙斗さん並の貫禄で若々しい。
家の親戚といい妙齢の女性の年齢が分からない事が多いな。
「あら、こちらが噂の……?」
僕と一夏を見た女将さんが千冬さんに訊ねた。
「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それにいい男の子達じゃありませんか。しっかりとしてそうな感じを受けますよ」
「月村 刀也です。よろしくお願いします」
僕は女将さんに頭を下げて挨拶した。
「感じがするだけですよ。お前も挨拶せんか、この馬鹿者」
千冬さんが一夏の頭を押さえて下げさせた。
「おっ、織斑 一夏です。よろしくお願いします」
「うふふ。ご丁寧にどうも。清洲 景子です」
女将さんは名乗りながらまた丁寧なお辞儀をしている。
「不出来の弟でご迷惑をおかけします」
「あらあら、織斑先生ったら、弟さんにはずいぶん厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
どっちもどっちだと思いますよ、千冬さん。
家事全般は一夏か僕任せだったじゃないですか。
まあ、ある意味事実だから否定は出来ないかな。
「それじゃ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられる様になっていますから、そちらをご利用なさって下さいな。場所が分からなければ何時でも従業員に訊いて下さいまし」
女将さんの言葉に生徒全員がはーいと答えて宿の方に向かっていった。
どうやら先に荷物を置いてから海に行くようだ。
因みに初日の今日は終日自由時間だ。
食事は各自で旅館の食堂で摂る様にと言われている。
「ね、ね、ねー。つっきー、おりむー。二人の部屋ってどこ~? 一覧に書いてなっかった~。遊びに行くから教えて~」
本音ちゃんの質問に周りに居た女生徒全員が聞き耳を立てた。
そう言えば、僕と一夏はどこに泊まるのだろうか?
「いや、俺も知らないな。刀也知ってるか?」
「ううん、僕も知らない」
別に部屋が用意されるらしいと山田先生から聞いていたが詳しい場所までは聞いていない。
「織斑、月村、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」
千冬さんが僕達を手招きしている。
「また後でね、本音ちゃん」
本音ちゃんに手を振って千冬さんの元へといく。
「えーっと、織斑先生。俺達の部屋って、どこになるんでしょうか?」
「黙ってついてこい」
いきなりのお言葉に僕と一夏は押し黙って着いていった。
「ここだ」
「え? ここって……」
「“教員室”って書かれてますけど……」
僕と一夏はお互いの顔を見合わせた。
「最初は二人部屋という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうという事になってだな」
千冬さんがため息を吐きながら続ける。
「結果、二人とも私と同室になったわけだ。これなら、女子もおいそれと近づかないだろう」
「そりゃまあ、そうだろうけど……」
「僕も一緒で大丈夫なんですか?」
「心配するな。あくまで私は教員だという事だ……それに知らない仲じゃないだろう。月村は私を襲うのか?」
「いいえ、織斑先生」
「そうか……しかし、即答されると女として複雑な気持ちになるな」
千冬さん、どうしろというんですか? ってか、笑いが堪えきれてませんよ。
そう言う冗談は大好きな一夏としてください。
ブラコンとシスコン、姉弟で似た者同士で仲良くお願いします。
「さて、廊下に何時までも立っていてもしょうがない。部屋に入るぞ」
千冬さんに促されて僕と一夏は部屋へと足を踏み入れた。
「おおーすげー」
一夏が部屋を見て感嘆の声を上げる。
「確かに良い景色だね。それに部屋もなかなか広いし、文句なしだね」
僕も一夏ほどではないがこの部屋と景色に感動した。
「一応、大浴場も使えるが男のお前達は時間交代制だ。本来なら男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前達二人のために残り全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。したがって、一部の時間のみ使用可能だ。深夜、早朝に入りたければ部屋のを風呂を使え」
「「分かりました」」
しかし、僕もいるとはいえ殆ど姉弟水入らずなんだから職務に忠実ならなくてもいいと思うんだけどな。
「さて、今日は一日自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ」
「えっと、織斑先生は?」
「折角水着を新調したんでしょ。泳がないんですか?」
折角一夏が水着選んだんだから着ますよね?
「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかし、まあ……」
千冬さんはごほんと咳払いした。
「軽く泳ぐぐらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな」
「そうですか」
はい、来ました。久々の千冬さんのデレタイムがっ!!
一夏も満更ではないみたいだし、本当に妬けるぐらい仲がいいのに最近は偶にしかお互いに甘えないから暫く一緒に暮らしていた僕は少し寂しかったんだよね。
この後山田先生が尋ねて来て、僕と一夏が居る事を忘れていて驚いていた。
さてと、折角の自由時間だし、海に繰り出しますか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
僕と一夏は更衣室がある別館に向かう途中で箒さんに出会った。
それはまあいいんだけれど、問題は目の前の珍妙な光景である。
地面から白い兎の耳が生えていた。
ご丁寧に“引っ張ってください”って張り紙がしてある。
「一夏、どうする?」
「どうすべきかな。多分これは束さんだろ。なあ、箒……」
一夏は箒さんを見るが、箒さんは既に歩き去っていた。
「相変わらずか……たった二人の姉妹なんだから仲良く出来たらいいのにな」
一夏はため息を吐きながらしゃがみ込んでウサミミを思い切り引っ張った。
下には何も埋まっておらず、一夏は勢い余って尻餅をついた。
「いてて……」
「大丈夫、一夏……って、何か飛んでくる!」
《キィィィン……》
僕は何かの飛来音に気付いて身構えた。
そして空を見上げて気付いた。
「にっ、人参っ!!?」
それは人参の形をした何かだった。
その飛行物体は地面に突き刺さった。
「あっはっはっ! 引っかかったね、いっくん!」
真っ二つに割れた人参から一人の女性が現れた。
その格好は青と白のワンピースを着ていて、一夏からウサミミを受け取って装着した。
彼女が件の
僕が眺めていると気付いたのかこちらを見てくる。
その眼は丸でモルモットを見るような眼だった。
僕はたじろぎ無意識に一歩下がってしまった。
「ふ~ん、君がいっくん以外でISに乗れる男の子か」
軽い身のこなしで僕に近づいて下から見上げるように観察してくる。
「はっ、始めまして、篠ノ之博士。月村 刀也といいます」
僕は気圧されながらもしっかりと頭を下げて挨拶をした。
「うん? 月村? そう言えば君の苗字って月村だったね。月村ってあの月村?」
眼の色が変わり僕に興味が出た様に眼を覗き込んでくる。
「夜の一族の事をご存知で?」
「あはっ♪ やっぱりそうなんだ♪」
一転して上機嫌に僕の事を見詰めてくる篠ノ之博士。
何なんだ。
「うんうん。割と可愛い顔してるし、くーちゃんと一緒か。うん、気に入ったよ。え~っと、刀也……とうくんって呼ばせてもらうね。私のことは束さんって呼んでね」
くーちゃん? 誰だ?
それよりも……
「たっ、束さん。本日はどの様なご用件でいらしゃったんですか?」
「あっ、そうだ!箒ちゃんどこかな? さっきまで一緒だったよね。いっくん、箒ちゃんどこ行ったの? トイレ?」
「えっと……」
一夏は答え辛そうに言い淀んでいる。
「まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機で直ぐ見つかるよ。それじゃあ……って、その前にとうくん。髪の毛一本もらっていい? いいよね♪」
「かっ、髪ですか? どっ、どうぞ」
僕は髪を一本引き抜き束さんに手渡した。
「ありがとう、とうくん。それじゃあ、今度こそばいばい、いっくん、とうくん。また後でね」
軽快なリズムで歩き去っていく、束さん。
その身のこなしは尋常じゃないくらい力を物語っていた。
束さんって頭脳明晰なだけじゃなくて身体能力ももの凄そうだな。
「珍しいな、束さんが俺と千冬姉と箒以外に興味持つなんて……」
「やっぱりそうなんだ……」
僕が夜の一族だから興味を持った?
それにくーちゃんと一緒か。
分からないが何か不安な気がする。
あんな美人のお姉さんに気に入られて良い事な筈なのに何故か嫌な予感がする気がする。
「取り合えず早く着替えて海に行こうぜ」
「うん、そうだね。早く泳いでさっぱりしたい気分だよ」
僕達は別館の一番奥の更衣室に向かっていく。
途中廊下を歩いている際に扉越しに女生徒達の話し声が聞こえてきて、一夏が苦手そうにやや早足で歩いていった。
やれやれ、異性からの好意にはめっきり鈍感なのに、相変わらず初心だね。
そんな一夏の何時もの様子に苦笑しながら、僕は気分が落ち着いてきている事に気が付いた。
やっぱり、一夏は僕の
僕は心と足取りが軽くなって気分も段々と上がってきているのを自分でも驚くほど楽しんでいた。