波の音を聞きながら釣り糸を垂らしている。
食事の後、僕は満月に魅せられて旅館を抜け出して夜の海へと繰り出した。
満月のせいで明かりがなくてもよく見える。
ぼんやりと釣り糸を垂らしながら福音との戦いを振り返る。
一応勝てた事はいいのだが及第点とは言いがたい。
神速を多用して自滅し掛けた事を思い出すとそれに合わせて我慢していた吸血衝動が鎌首を上げる。
はぁ~これは輸血パックでは抑えきれない。
どうしようかと考えていると見知った気配が近づいてきた。
「刀也。ここに居たんだ。隣、いい?」
簪ちゃんが微笑みながら尋ねてきた。
僕は無言で首を縦に振る。
そして首に掛けていたタオルを出して地面に敷いた。
「ありがとう……」
簪ちゃんはお礼を言ってタオルの上に座った。
「ねえ、刀也? 何か我慢していない?」
暫く無言で過ごしていると簪ちゃんが顔を覗く込む様に尋ねてきた。
まいったな。幼馴染には隠し事は出来ないか。
いい機会だし夜の一族の事を話そうかな。
軽く考えているつもりでもやはり秘密を明かすのは緊張する。
もしも、拒絶されたら、嫌われたら……僕は相変わらずナイーブなところがある。
「ねえ、簪ちゃん……今から僕の秘密を打ち明けるよ。それで決めて欲しい。僕と共に歩むか。それとも僕の事を忘れるのか」
僕の真剣な眼差しに簪ちゃんは無言で頷いた。
「僕……いや、月村家の人間は夜の一族と呼ばれている。所謂吸血鬼ってやつなんだよ。遺伝子障害の定着種で異常な跳躍力や鋭い聴覚視覚、並はずれた再生回復能力などの高性能な肉体を持っているけど、体内で生成される栄養価……得に鉄分のバランスが悪いため、完全栄養食である血を欲するんだ」
簪ちゃんは僕の話を聞いて眼をぱちくりさせている。
「…………」
この間が怖い。
無言の圧力が僕を攻め立てている気がして身震いする。
「吸血鬼……格好良い……」
はい? 今、なんて言ったのかな?
僕は簪ちゃんの表情を見逃さない様に見詰めている。
「格好良い! まるでダークヒーローみたい!」
簪ちゃんは眼をきらきらさせて僕を見詰めている。
「いや……あの……簪ちゃん?」
僕は予想外の反応にどうしたらいいか戸惑っている。
「凄いよ。刀也! まるでアニメの主人公みたいだよ!」
簪ちゃんは感動して僕の手を取って振り回している。
いやまあ、怖がられたり拒絶されるよりはいいんだけどこのテンションにはちょっとついていけないかな。
「あっ、ありがとう……」
僕は冷や汗を流しながらお礼を述べる。
「あっ!!? って、言う事は私血を吸われちゃうんだ!」
いや、何でそこで頬を染めつつ嬉しそうに微笑むの?
幼馴染が思いの外ヒーローマニアで少しついていけません。
何やらヒロイン願望もありそうだしね。
「いいよ。刀也。私の血を吸って……」
簪ちゃんは眼を瞑って浴衣を肌蹴て項を露にする。
うん。まあ、少し釈然としないけど美味しそうな簪ちゃんの項を見ていると我慢できそうにない。
「じゃあ、少しだけ啜らせてもらうね」
僕はゆっくりと簪ちゃんの首筋に牙を立てて血を啜った。
僕は幸せ者だよね。
こんな可愛い娘が好意を寄せてくれて、僕の事を受け入れてくれているんだからね。
「ありがとう、簪ちゃん。お蔭で落ち着けたよ」
「ううん。その私の血美味しかった?」
頬を染めながら上目遣いで訊ねてくる簪ちゃん。
うん。可愛い。
「美味しかったよ」
僕も少し照れながら顔を逸らした。
「そっ、そうよかった」
なにやら気まずい空気が流れている。
そんな空気を払拭する様に何かが光った。
よく眼を凝らしてみると何やら向こうの方で一夏が箒さんを抱きかかえてセシリアさんとシャルロットさんから逃げ惑っているのが朧げに見えた。
一夏もある意味青春ドラマしてるよね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
臨海学校最終日。
朝食を終えると直ぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たった。
昨晩、新鮮な乙女の生き血を啜れたので元気溌剌で作業に当たれた。
まあ、旅館を抜け出した事がばれて千冬さんに大目玉を食らって睡眠時間は短かったが、隣の席でぼろぼろの一夏と比べると心身ともに健康体だ。
「すまん……誰か、飲み物持ってないか……?」
グロッキーな一夏がまるでゾンビの様に訊ねてきた。
「知りませんわ」
「あるけどあげない」
鮸膠もなく答えるセシリアさんとシャルロットさん。
うん、昨晩の騒ぎで機嫌が悪いようだ。
つまり一夏の自業自得なのだが、まあこのままだと可哀想か。
「ほら、これ飲みなよ。一夏」
僕は鞄からトマトジュースを出して手渡した。
「おう。サンキュー」
一夏は煽るように飲んでいく。
「うへっ~トマトの酸味がきついなこれ」
一夏が顰め面をしながらペットボトルのラベルの注意書きを見ている。
「そうかな? 僕、結構お気に入りなんだけどな」
「まあ、喉の渇きはとれたよ。残りは飲みきれそうにないから返すな」
「美味しいのに……」
僕は一夏からぺっとボトルを受け取り残りをゆっくりと口をつけて飲んでいく。
「「「あっ!!?」」」
何やら女生徒達が叫び声というか悲鳴を上げた。
それと同時に車内にどこかで見た顔の女性が入ってきた。
「ねえ、月村 刀也くんって貴方で間違いないかしら?」
僕を見詰めながら訊ねてくる金髪の女性。
「はい。僕が月村 刀也です。貴女は確か……」
僕を好奇心で観察してくる感じの女性は間違いなくあの時の操縦者だ。
「ええ、お察しのとおり……私はナターシャ・ファイルス。“
「もう動けるんですね。お体大丈夫ですか?」
「ええ、お蔭様で……これはお礼。ありがとう朱い侍さん」
ナターシャさんは微笑みながら僕の頬に口付けをした。
またしても上がる女生徒達の悲鳴。
「じゃあ、またね。バーイ」
「さようなら」
ひらひらと手を振ってバスから降りるナターシャさんを僕は手を振りながら見送った。
「ふむ、嫁よ。あまり皆を惑わせるのは感心せんぞ」
「何の事?」
僕は歩いてきたラウラちゃんに首を傾げながら尋ねた。
「そのだな……まあ、頬にキスはいいのだが……同性同士で間接キスは如何せん感心せんぞ」
あっ!!? なっ、なるほど……昔から結構回し飲みとかしていたから気にしてなかった。
自分からネタを提供してどうするのだ。
うん。これから気を付けよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サービスエリアについての昼食。
うん。さすがに花月荘で出されたいたものと比べると見劣りしてしまう。
簪ちゃんが僕の隣の席に座りにこにこと上機嫌で昼食を食べている。
「何か、機嫌いいわね。簪、何かいい事でもあったの?」
反対側の僕の隣に座っている鈴ちゃんが訝しげに尋ねた。
「えへへ~刀也の秘密教えてもらったんだ」
笑顔が崩れるぐらい喜んでいる簪ちゃん。
「ああ、アンタも聞いたの」
「えっ!? 鈴は知ってたの?」
簪ちゃんはちょっと吃驚している様だ。
「なんだ。お前らも誓いを果していたのか。だが、刀也と遠い親戚である私が一歩リードしているな」
向かい側の席からラウラちゃんが勝ち誇った様に胸を張っている。
「「むっ!!」」
あの~出来れば人の居ないところでしてくれません。
周りで聞き耳立てている女生徒達が何やら噂話をしていますしね。
「やっぱり月村くんって……」
「でも、織斑くんとも仲が良過ぎるよね」
「やっぱり本命は……」
ああ、こういう時に無駄に高性能な自身の五感が憎い。
聞きたくなくても具に話し声が聞こえてくる。
ただでさえ世界に二人しかいない男性IS適合者で、女子高擬きのIS学園に通っているから目立つんだよね。
噂は他のお客さん達等にまで飛び火しているしね。
有名税としては高すぎるよね。
インターネットで調べると早くも僕と一夏のカップリング本も出ているみたいだしね。
夏コミのカタログの見開き全部そうだなんて悪夢だよ。
分かる!!? 自分と親友がそういう眼で見られている絶望感が!!?
軽く人間不信になっても不思議じゃないんだよね。
見かけによらず僕って弱いんだからね。
まあ、こればっかりは簡単に開き直れないよね。
火消しに回るには労力の無駄使いになりそうだしね。
僕に好意を寄せてくれている三人の姦しいやり取りを聞き流しつつ、思わずため息が零れた。
「何よ。刀也、悩み事?」
「刀也。大丈夫?」
「嫁よ。一人で抱えるより誰かに話した方が楽になれる時もあるぞ」
「大丈夫だよ。でもここは他の人の耳もあるから少し話題を変えるとかしてくれると嬉しいかな」
僕は苦笑しながら三人にお願いした。
「うっ! ごっ、ごめん」
「ごめんなさい」
「すまなかった」
三人共少し悄気ながら謝ってくれた。
この三人に好意を寄せられている事は本当に嬉しいが、偶にこう暴走する事があるから大変だ。
でもこの三人に癒されているのも事実だから邪険には出来ない。
うん。我ながらこの三人に好意以上の何かを感じているのは確かなんだ。
問題は順位を付けれないところかな。
まったくこれは我ながら贅沢な悩みだよね。
こんな事を考えていると先ほどまでの悩みも払拭される気がする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やっとの事で帰って来たIS学園一年生学生寮。
部屋の中から気配を僅かに感じて思わず扉に耳を当てて部屋の中の様子を窺う。
「どうしたんだ、刀也?」
不思議そうに訊ねてくる一夏に僕は唇に人差し指を当てて静かにする様にジェスチャーで伝えます。
ドアノブをゆっくりと回して扉もゆっくりと開いていく。
扉の隙間から部屋を覗き見ると僕のベッドにうつ伏せで寝ている犯人の足が見える。
扉を全開にして部屋へと気配を消して駆け入り確かめると、紫乃姉が制服姿で僕のベッドで寝こけていた。
僕は無言でハリセンを振り被り紫乃姉の頭に振り下ろした。
「むぎゅ!!? なっ、何事!!?」
衝撃に眼を覚ます紫乃姉。
「何してるのかな?」
僕は蟀谷を引き攣らせながら紫乃姉の尋ねた。
「えっと……刀也が三日間いなかったから枯渇しかけた愛弟成分を補充しね。えへっ♪」
笑って誤魔化そうする紫乃姉。
「まさか寝泊りまではしてないよね?」
「さっ、さすがにそこまでは……」
僕の冷え切った眼に冷や汗を流しながら答える紫乃姉。
「あっ!!? そっ、そうだ!! 聞いたよ。アメリカとイスラエル共同開発の第三世代型軍用ISとやりあったんだってね。幾ら学園上層部から通達だからって無茶しすぎだよ」
一転してお説教モードに入る紫乃姉。
残念ながらまったく威厳がありません。
「はぁ~僕達はその事で独自行動の反省文を書かないといけないから……取り合えず帰ってね」
僕はため息を吐きながら紫乃姉を部屋の外に追い出した。
「あん。刀也のいけずぅ~」
いい加減弟離れしてしてほしいよ。
愛してくれているのは分かるし、嬉しいけど行き過ぎると嫌だよね。
さあ、本当に大変なのはこれからだ。
反省文を提出したら地獄の懲罰用の特別トレーニングが待っている。
うん。千冬さんの事だから下手すると死んだ方がましというくらいのトレーニングだろう。