八月。IS学園は遅めな夏休みに入っていた。
戦々恐々とする
世界中からやってきた学園生は現在はほぼ半分が帰省中だ。
僕もちょっとは実家に顔を出そうとは思うのだが、何分からかわれる事が分かっているので戻りにくい。
そんな事を考えながら寮の廊下を歩いていると鈴ちゃんとばったり逢った。
「あれ? 鈴ちゃん。どうかしたの?」
「とっ、とっ、刀也!? なっ、なんでアンタここにいるのよ!」
「いや、何でってここの寮に住んでるんだから……ん? 何持ってるの?」
「あっ、あの……そのね……えっと……」
鈴ちゃんは頬を染めながら俯いて一生懸命に何かを切り出そうとしている。
「きょっ、今日は暑いわね」
「まあ、夏だしね。でも“心頭を滅却すれば火もまた涼し”って言うけどね」
「あっ、アンタってそういうところ精神論を貫くわね。でも、暑いのよ!この国は昔から!」
「そう言えば鈴ちゃんって昔から暑いの苦手だったね。それじゃあ、僕の部屋に来る? 冷たい飲み物をご馳走するよ」
「あっ、うん……お邪魔しようかな」
そう言って鈴ちゃんと並んで歩く。
廊下は人影がなくとても静かだった。
二人の足音が響いている。
「鈴ちゃん? どうしたの?」
「!? なっ、何よ!?」
急に半歩離れた鈴ちゃんの様子が気になって声を掛けた。
覗く込む様に表情を窺うと頬を真っ赤にした鈴ちゃんに額を押さえられた。
「……何か考え事かな?」
「えっ!!? うっ、うんそうね。ちょっと考え事……」
鈴ちゃんは顔を逸らしながら答えた。
「まあ、“案ずるより産むが易い”って言うから当たって砕ける事もしないとね」
「砕けちゃ駄目じゃないの」
鈴ちゃんは口を尖らせながら軽く睨んでくる。
「あはは……それくらいの勢いが必要って事だよ」
僕は鈴ちゃんの頭をぽんぽんと撫でながら言った。
「はい、到着。遠慮なく入ってよ」
「おっ、お邪魔します……」
鈴ちゃんは借りてきた猫の様に大人しく僕のベッドに腰掛けた。
「そっ、そう言えば一夏は? いないの?」
「あっ、うん。提出し忘れてたレポートを朝まで掛りっきだったからね。多分提出しに行ってるんだと思うよ」
僕は冷蔵庫から烏龍茶を出しながら答えた。
「はい。烏龍茶でよかったかな?」
「へっ!!? うっ、うん。冷たければなんでもいいわよ」
僕は鈴ちゃんにコップを手渡して隣に腰を下ろした。
鈴ちゃんはコップを奪う様に受け取って煽る様に一気に飲み干した。
「「…………」」
暫く無言になってしまう。
鈴ちゃんは何かを言い出そうとして尻込みしている様だ。
「鈴ちゃん? 何か僕に用事があったんじゃないの?」
僕は鈴ちゃんの背中を押す様に声を掛けた。
「とっ、刀也!」
「何、鈴ちゃん?」
「アンタさぁ、夏休みにどこもいかないわけ?」
「う~ん……まあ、鈴ちゃんと一緒ならどこかに行きくなるなぁ」
僕はにっこりと微笑みながら鈴ちゃんの髪を弄くる。
「あうっ……」
鈴ちゃんは耳まで真っ赤にして固まってしまった。
いけない、いけない。
鈴ちゃんが可愛くてついつい意地悪したくなってしまう。
「えっ、えっと……はい、これ」
鈴ちゃんは顔を逸らしながらチケットを取り出した。
「これは?」
「今月出来たばっかのウォーターワールドよ。言っとくけど前売り券は今月分が完売。当日券だってだって開場二時間前に並ばないと買えないのよ?」
「なるほど……鈴ちゃんは僕とここにデートに行きたいってわけだね。それで幾らかな?」
さすがにデートに誘われているのに奢られちゃかっこ悪いよね。
「二千五百円」
「はい。じゃあ、これで……お釣りはいらないよ」
僕は財布から五千円札を取り出して鈴ちゃんに手渡した。
「えっ!!? そっ、そのあたしの分まで?」
鈴ちゃんは少し驚いて僕の顔とお札を交互に見ている。
「鈴ちゃんとデート出来るんだもん。それくらい男の甲斐性だよ。それで日時は?」
「あっ、ありがとう……その、明日の土曜日」
「了解しました、お姫様。それで待ち合わせはどうするの?」
「そうね!折角だしゲート前で待ち合わせがいいわね!」
鈴ちゃんは嬉しそうに微笑んでいる。
「それじゃあ、待ち合わせは何時にする? どうせなら午前中から遊びたいよね」
「そうね、じゃあ十時に」
「うん」
「約束したからね。すっぽかしたら承知しないわよ!」
鈴ちゃんは頬を染めながら早足で部屋を出て行った。
鈴ちゃんとのデートか。
楽しみだね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウォーターワールドのゲートの前で約束の三十分前から鈴ちゃんを待っている。
一応有名人な訳で軽く帽子と眼鏡で変装している。
先ほどからちらちらと女の子達に目線を投げ掛けられているが、声を掛けてくる猛者はどうやら居ないようだ。
まあ、僕なんて平凡な顔だから声なんて掛けられないだろうね。
これが一夏なら他の女の子に声を掛けられて断れずに一悶着ありそうだ。
その一夏は急遽白式・雪羅のデータ取りで学園に缶詰めの様だ。
「やぁ~ほぉ~お待たせ♪」
約束の時間の十分前に鈴ちゃんがやって来た。
「それにしても一瞬分からなかったわよ。うん、でも眼鏡な刀也も格好良いね」
「そう? なら変装は成功だね。鈴ちゃんの私服も可愛いよ」
僕達は早速手を繋いで入場ゲートの列に並んだ。
「それにしても良い天気ね」
「うん。絶好の
二人揃って青空を仰ぎ見る。
遠くの入道雲がいいコントラストを生んでいた。
先に着替え終えて更衣室の前で待っている。
何分急なデートのお誘いだったので水着は新しいのが用意出来ず、臨海学校の時と同じ奴だ。
まあ、聞いたところによると鈴ちゃんもさすがに水着までは新調出来なかった様だから問題ないか。
暫く待っていると鈴ちゃんが現れた。
「お待たせ、刀也」
鈴ちゃんの水着姿が眩しい。
臨海学校でも見たが、やはりデートとなるとその意味合いも変わってくる。
「あれ? 鈴ちゃん、臨海学校の時より引き締まった? 綺麗になってるね」
「えへへ♪ そう? 嬉しいな。刀也もしっかりと引き締まっていて格好良いわよ」
鈴ちゃんは両手で頬を押さえて照れている。
「それじゃあ、しっかりと準備体操しないとね」
「もう! 分かってるわよ」
鈴ちゃんは舌を出しながらもしっかりと体を解していく。
僕もそれに倣ってしっかりと体を解していった。
午前中は色々なプールで泳いだり、水の掛け合いをしたり楽しんだ。
一通り遊んだ後昼食は園内の喫茶店で済ました。
午後からの“水上ペア障害物レース”に参加しようと思ったが、どうやら女性限定のイベントらしく無言の笑みに退けられた。
「何よ、もう! 折角優勝賞品の沖縄旅行五泊六日のペア旅行ゲットしようと思ったのに」
鈴ちゃんはぷんぷんと怒っている。
「まあ、仕方ないんじゃない。それにさすがに旅行はまだ早いと思うんだ」
僕は鈴ちゃんを宥める様に声を掛けた。
「ちょっと、待ってよ……うん、中性的な顔立ちだし意外といけそうよね」
鈴ちゃんは何か考える素振りを見せて、僕のつま先から天辺までゆっくりと眺めている。
いや、あの鈴ちゃん? その笑顔が怖いんですけど……いっ、嫌な予感がする。
「ねえ、刀也ぁ~♪ ちょっと、こっちに来なさい」
鈴ちゃんが猫撫で声で擦り寄ってきた。
思わず神速を発動して逃げ様としたがその前にしっかりと腕を抱えられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
僕は今鈴ちゃんと一緒にイベントの受付に並んでいる。
「ねえ、鈴ちゃん? さすがに無理がない?」
僕は逃げ出したい気持ちが一杯だが鈴ちゃんに腕組みされていて逃げられない。
「大丈夫、自身持ちなさい。その辺の有象無象より可愛いわよ♪」
鈴ちゃんは上機嫌で受付を済ませてしまった。
僕は無言の笑みに退けられる事無く受付を通過してしまった。
「ほら平気だったじゃない」
悪夢だ。なんでばれないんだ。普通気が付くでしょ!!
骨格まで確かめれなくても声や肩幅と歩き方で分かりそうなものなのに!!
僕は頭を抱えて叫び声を上げたくなった。
僕の格好は園内で買ったパオレ付きの水着に胸に詰め物をしてTシャツを着て首にスカーフを巻いている。
しかもご丁寧にナチュラルメイクとはいえ化粧までされてしまった。
こんな格好誰にも見られたくないよ。
僕は思わず座り込んでしまった。
「ひっ、酷いよ鈴ちゃん……」
「うっ!」
僕が涙目で見上げると鈴ちゃんは鼻を押さえながら上を向いて首筋を叩いている。
「まあ、折角受付通ったんだから……目指せ、優勝よ!」
誤魔化すかの様に鈴ちゃんが大きく腕を振り上がる。
こうなったら自棄だ!!
「さあ!第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レース、開催です!」
司会のお姉さんがそう叫ぶと同時にジャンプした。
開場からは大きな歓声と拍手が巻き起こった。
レース参加者は一名を除き皆女性なので観客のテンションもおおいに上がっている様だ。
「さあ、皆さん! 参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!」
再度巻き起こる拍手の嵐に、レース参加者は手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応えている。
僕と鈴ちゃんは念入りに準備体操しながら、それぞれ体を解している。
「ん、しょっと。それにしても凄い熱気ね」
「皆優勝目指して気合入っている証拠だね」
柔軟には十二分に気合を入れて、僕達もこのレースの優勝を目指している。
「優勝商品は南国の楽園・沖縄五泊六日の旅! 皆さん、頑張って下さい!」
鈴ちゃんは何やら妄想しているらしく笑顔が崩れていた。
はぁ~もう鈴ちゃんってば、ナニを考えているか丸分かりだよ。
「では!再度ルールの説明です! この五十×五十メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です!なお、コースはご覧の通り円を描く様にして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は、基本的にペアでなければ抜けられない様になっています! ペアの協力が必須な以上、二人の相性と友情が試されるという事ですね!」
アナウンスを聞きながらコースを再度下見する。
中央の島は空中に浮いており泳いで渡る事は不可能だ。
「さあ!いよいよレース開始です! 位置についてよ~い……」
《パァンッ!》
「鈴ちゃん!」
「分かってるわよ!」
開始直後、足払いを仕掛けてきた横のペアをジャンプで躱して一番目の島に着地する。
全く“妨害OK”なんて面白いじゃないか。
御神流の極意見せ付けてあげるよ。
僕は何だかレース自体を楽しんでいた。
「さあ、いくわよ!」
「うん!」
向かってきたペアを鈴ちゃんは軽く躱して足を引っ掛け、僕は御神流体術の猿落としで水面へと落とした。
しかし、問題が派生した。
最年少に近い僕達が大立ち回りをしたせいで会場全ての注目を一手に集めてしまったせいで、以後の妨害は僕達に集中した。
「ああもう、うっとうしい!」
「邪魔だよ!」
向かってくる度に水面に落としてはいるものの、きりがない。
どうやら先行した真面目組とグルの過激組みがいる様だった。
落とされては即復活してきて、とにかく妨害行為を仕掛けてくる。
「くっ……このままじゃ置いていかれる!」
鈴ちゃんが焦って歯軋りをしている。
「鈴ちゃん、行くよ!」
僕は鈴ちゃんをお姫様抱っこで抱えて神速を発動させて逃げ切った。
追っ手がある程度離れた所で鈴ちゃんを降ろした。
「出遅れちゃったけど……」
「うん。ここから巻き返すわよ!」
ロープで繋がれた小島を鈴ちゃんは前転側転織り交ぜて軽やかに飛んでいく。
僕は揺れを見定めて八艘飛びの要領で渡っていく。
「こっ、これは凄い! 二人は高校生という事ですが、何か特別な練習でもしているのでしょうか!?」
次々と障害をクリアーして島を渡っていくとトップのペアに追いついた。
「ここで決着をつけるわよ!」
トップのペアが反転して僕と鈴ちゃんに向かってきた。
「あっはっはっはっ。一般人が代表候補生のあたしと御神流後継者に勝てるとでも――」
「おおっと、トップの木崎・岸本ペア! ここで得意の格闘技戦に持ち込む様です!」
「――はい? 得意の……なんですって?」
「ご存知二人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペアです!仲がよいとのいうのは聞いていましたが、競技が違えど息はぴったりですね!」
「え……? なに、金メダル?っていうか、体がこの二人だけ違うんだけど!?」
「下がって、鈴ちゃん!」
僕は果敢に二人に飛びかかっていく。
御神流の技を駆使していくもこの格好で二人掛りでは分が悪いか。
あまり派手に動くと女装がばれてしまう恐れがある。
それはなんとしても避けなければ、世間体的に死亡してしまう。
「鈴ちゃん! 今の内に!」
「分かった!」
鈴ちゃんは僕がメダリスト二人を抑えている内にゴールへと跳躍しようとする。
「行かせん!」
しかし、一人が素早く反応して鈴ちゃんの足を掴んで僕の方へと放り投げてきた。
「きゃあぁ!」
「危ない!」
僕は避ける訳もいかず抱き止めたが、その間に鈴ちゃん諸共プールへと落とされてしまった。
「ぷはぁ!」
「ごほぉ、げほぉ!」
「大丈夫、鈴ちゃん?」
「なっ、何とか……」
僕達が水面から顔を出していると勝利者が宣言された。
「優勝は木崎・岸本ペアです。おめでとうございます!」
「「あっ!!?」」
僕と鈴ちゃんは顔を見合わせて悔しがった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あんな格好までしたのに勝てなかった」
夕焼けに照らされながら僕は落ち込んでいた。
「元気出しなさいよ、刀也。旅行は残念だったけど副賞もらえたじゃないの」
鈴ちゃんは僕の肩を叩きながら元気付けている。
そうなのだ。僕達の健闘振りを称えて副賞がもらえた。
それはいいのだが化粧が落ちてシャツが透けて危うく僕が男だとばれるところだった。
「はぁ~もう金輪際あんな格好はしないからね!」
「ええ~!!? 似合っていたのに……嘘嘘、ごめんごめん」
僕が睨むと鈴ちゃんは両手を振りながら謝ってきた。
「もうさっさと@クルーズにパフェ食べに行こう」
そうなのだ。
副賞は@クルーズの期間限定パフェの無料券だった。
しかも一番高い二千五百円のパフェだ。
まあ、ひとつだけだから仲良く半分っこすればいいしね。
「うん。行きましょう♪」
鈴ちゃんが僕の腕を取って上機嫌で歩き出した。
夕暮れの中、二人の影が一つになり長く伸びていた。