「というわけでね、いきなり三人辞めちゃったのよ。辞めたっていくか、二人が駆け落ちして、駆け落ちした男の子の幼馴染の女の子が追いかけていっちゃったんだけどね。はは……」
「はぁ」
「ふむ」
「へ~」
「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし、だからお願い!あなた達三人に今日だけでもアルバイトしてほしいの!」
このお姉さんどこかで見た事あると思っていたよ。
アルバイトはいいんだけれどよりにもよって@クルーズか。
先日も鈴ちゃんと特製パフェを食べにきた店である。
ここは所謂メイド&執事喫茶なのだ。
僕は眼鏡を掛けたまま髪をオールバックにして執事服に袖を通していた。
ラウラちゃんとシャルロットさんはメイド服を可憐に着こなしていた。
「うんうん。三人共よく似合っているわ」
うん。ラウラちゃんもシャルロットさんも可愛いよね。
問題は知り合いが来店しないかだけだね。
こんな格好見られたらネタにされそうだ。
僕の嫌な予感は結構な確立で当たるけど今回は大丈夫だよね?
「どうしたんだ、嫁よ。顔色があまりよくないようだが……」
「本当だ。凄い冷や汗だよ」
美少女メイドさんが二人も僕の心配をしてくれている。
「いっ、いや、何でもないよ」
どうせくるなら知り合いよりも強盗でも来た方が楽なんだけどね。
「店長~、早くお店手伝って~」
ヘルプの声が掛り店長さんは身だしなみを確認している。
「じゃあ、三人共よろしくね」
「「「はい」」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「月村くん、四番テーブルに紅茶と珈琲お願い」
「分かりました」
カウンターから飲み物を受け取って、@マークの刻まれたトレーへと乗せる。
一応接客業は極少数だが幼い頃に翠屋で経験がある。
だが@クルーズには他の店ではないサービスが存在する。
「お待たせいたしました、お嬢様方。紅茶のお嬢様は?」
「はっ、はい」
さあ、それでは誠心誠意お勤めするとしようか。
羞恥心? そんな物はゴミ箱に捨ててしまえ。
今、僕は@クルーズの一員の執事なのだ。
「お嬢様方。お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければこちらで入れさせていただきます」
「おっ、お願いします。えっ、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」
「わっ、私もそれでっ」
何故か緊張した様子のお姉さん達。
緊張したいのはこっちなんだけどな。
「畏まりました。それでは失礼いたします」
僕はスプーンを掴み、砂糖とミルクを加えたカップの中を静かにかき混ぜた。
「どうぞ。お熱くなっておりますのでお気を付けくださいませ」
「あっ、ありがとう」
紅茶を僕の手元から受け取ったお姉さんは何故か緊張してどぎまぎした面持ちで口をつけた。
次に珈琲も同じ様に混ぜて手渡した。
こちらのお姉さんも緊張しておりどこかぎくしゃくとした動きで僅かに一口だけ飲んだ。
「それでは、また何か御用がおありでしたら何なりとお呼び出しください、お嬢様方」
僕は頭を下げて執事宛らに会釈して戻っていく。
背後から感嘆のため息が聞こえてきた気がした。
取り合えず、サービスはとちらずに行えた。
普段お客として来る時は僕はノンシュガーとノーミルクなので利用した事がなかったがあれで問題なかっただろうか?
ふとシャルロットさんに意識を向けると堂々ととちる事無く接客をしている。
聞いた話だと接客業は始めてだという事だがなかなか様になっている。
今度はラウラちゃんに意識を向けると驚いた。
冷たい目線に冷たい言葉と態度にも関わらず嫌悪されるどころか熱の篭った視線を送られている。
幾ら女尊男卑が当たり前な社会とはいえ、同じ男としてあんな扱いはされたくない。
世間は広いなと感じてしまった。
「あっ、あのっ、追加の注文いいですか!? 出来ればさっきの紫髪の執事さんで!」
「珈琲下さい! 銀髪のメイドさんで!」
「こっちは金髪のメイドさんを一つ!」
「こっちに美少年執事さんを一つ!」
「罵って銀髪眼帯美少女メイドさん!」
「ご奉仕して金髪美少女メイドさん!」
そんな騒動は一気に店内全体に感染して、爆発的に喧噪が拡大していく。
いきなりの多重注文で四苦八苦する僕達だったが、間に店長さんが入って上手く僕達を滞りなくテーブルに向かう様に声を掛けてくれて調整してくれた。
そこはやはり本業と言うべきか、店長さんの指示は的確だった。
でも何故だか何時もより客足が多い気がする。
僕が何時もお客として来ている時はこんなに熱狂したお客さんはいない筈だった。
今日に限って熱狂的なお客さんが多いのだろうか?
ラウラちゃんとシャルロットさんのメイドさんが人気なのは分かるが、何故に女性のお客さんは僕ばかりにオーダーを頼んだ。
それが二時間ほど続いて、さすがの僕達も精神的な疲れが見えてきた頃招かれざるお客がやってきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お帰りなさいませ、お嬢様、旦那様」
新たに入ってきたお客さんに挨拶をして顔を上げると見知った顔が合った。
「とっ、刀也か?」
「とっ、刀也さん?」
「だっ、弾、らっ、蘭ちゃん……」
しまった!!
咄嗟の事で惚け損なった!!
「ここでバイトしているんですか?」
「えっ、えっと……今日だけ臨時で……」
「ぷっ、あっはっはっはっ! ひぃ~腹痛ぇ~」
僕の姿を見て爆笑する弾。
ああ、やっぱり嫌な予感が当たってしまった。
取り合えず入り口に突っ立て入ると邪魔になるので席に案内した。
「なんだ、嫁の知り合いか?」
水を運んできたラウラちゃんが親しく話す僕達を見て訊ねてきた。
「「よっ、嫁!」」
やっぱり嫁発言を聞くと吃驚するよね。
いつの間にか僕は慣れてしまっていた。
慣れって怖いね。
「てっめぇ~刀也! 鈴が居るのにこんな美少女から嫁扱いか」
僕の肩を抱きながら凄む弾。
何やら女性客から黄色い悲鳴が巻き起こった。
「ごほん! 旦那様、他のお嬢様方や旦那様方のご迷惑になりますのでお席にお座りください」
僕はやんわりと弾を席に座らせた。
「それではご注文がお決まり次第、またお声を掛けてくださいませ」
取り合えずメモに走り書きで“忙しいから詳しい事はまた後日”と書いてテーブルに置いて席を離れた。
「すいませ~ん、注文いいですか? 出来れば紫髪の執事さんで!」
蘭ちゃんからご指名が入った。
丁度僕の手が空いていたのですんなりと注文を取りに伺う。
「はいお伺いいたします。お嬢様、旦那様」
「えっと、私は抹茶パフェでお兄は?」
「おれはモンブランの珈琲セットで」
「かしこまりました。お嬢様、旦那様」
注文を聞き取りカウンターへ伝えにいく。
ふぅ~取り合えずここを乗り切れば嫌な予感も収まるだろう。
それにしてもさっきからパトカーのサイレンがうるさいな。
何か事件でもあったんだろうか?
弾と蘭ちゃんが帰る頃には客足も落ち着いて店内をゆったりとした空気が流れていた。
だが僕達の気の休まるにはまだ早かった。
《カランカラン》
新たに来客を告げるカウベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ、旦那様」
扉の近くに居たシャルロットさんが出迎える。
「しゃっ、シャル?」
そこに居たのはご存知我が親友にしてルームメイトの一夏であった。
「えっ!!? きょっ、今日は用事があったんじゃ……」
驚き固まるシャルロットさん。
フォローに回ろうと近づくと新たに来客があった。
今度は僕が驚き固まる番であった。
「あっ~! 刀也だぁ~!」
そこにいたのは我が姉。
「きゃあぁ~♪ 格好良い~」
いきなり抱きついてくる紫乃姉。
「あっ、あのーお客様。当店ではその様なサービスは行っておりません」
やんわりと紫乃姉に声を掛ける店長さん。
紫乃姉はしぶしぶ離してくれた。
席に案内するとハートマーク全開で話しかけてくる紫乃姉。
「銀行行ったら強盗がいて最悪な一日だと思ったけど執事な刀也に接客してもらえて最高の一日だよ♪」
詳しく話を聞くと銀行で強盗を退治してきたらしい。
それで騒ぎになるのが嫌だからさっさと退散してきたそうだ。
紫乃姉は上機嫌で僕のご奉仕を受けていた。
今日で一番疲れたよ。
紫乃姉が帰った後は心労がはんぱなっかた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「もう夕闇だね」
バイトを終えて僕達は残っていた買い物を済ませて駅前デパートを出ると辺りは薄暗くなっていた。
「買い物はもう全部か?」
「一杯買ったね」
「そうだね。っていうかラウラ、自分のものなのに後半は“任せる”とか“好きにしろ”とかばっかりだったでしょ。まあ、途中から刀也の好みに合わせてたけれど、女の子なら自分で選ばないと駄目だよ」
「あまり小言ばかり言うな、シャルロット。老けるぞ」
「ふっ、老けないよっ」
何故か何時も以上にドキッとしているシャルロットさん。
何か思い当たる節でもあったんだろうか。
「あ、そうだ向こうの公園に行ってみようよ」
「公園?」
「えっと公園っていうと城址公園だね」
「そうそう、元はお城なんだってね」
「ほう。それは興味深いな。日本の城は守りやすく攻めに難いと聞く。城跡とはいえ、一見の価値はありそうだ」
近頃少しずつ年頃の女の子らしくなってきたが、ラウラちゃんの観点はどうしてもミリタリーな着眼点だね。
まあ、嫌いじゃないけどね。
「それにしても、結構買っちゃったね。店長が給料に色つけてくれたから、予定よりも色々買えたね」
そうなのだ。
僕達のバイトで普段より繁盛していたらしく時給だけでなくボーナスまでくれたのだ。
「む、金か? それならば口座に二千万ユーロほどあるはずだが――」
「え、そんなに持ってるの!?」
「ああ。まあ、私は生まれた時から軍所属だしな。それにISの国家代表候補生になってからは、その分も上乗せされている」
僕も月村重工からや護衛の仕事等で稼いでいるがそこまではもっていない。
「しかし、引き出し方を知らん。一度も使った事がないからな。これでは亭主として嫁を養えんな。今度、クラリッサに聞かねばな」
「まあ、貯金しておきなよ、ラウラちゃん。僕もヒモになるつもりはないからさ。それよりもお金の使い方覚えていこう」
僕は苦笑しながらラウラちゃんの頭を撫でた。
「それよりも公園に着いたからクレープ屋さん探そうよ」
「うん? クレープ屋? なぜだ」
「えっと、休憩時間にお店の人に聞いたんだけど、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになれるっておまじないがあるんだって」
うん。シャルロットさんもやっぱり女の子だね。
おまじないが好きなんだ。
「“オマジナイ”……というのは、日本のオカルトか?」
「えーっと、ジンクスだよ」
「ああ、験担ぎか」
頷くラウラちゃんと困った顔のシャルロットさん。
まあ、ラウラちゃんの女子力じゃ、仕方ないよね。
「それってあれかな?」
探すまでもなく僕の眼に女子高生が局所的に集中している一角にその店が見えた。
「うん。そうみたいだね。じゃ、早速頼んでみようよ」
駆け出していくシャルロットさんとラウラちゃん。
僕は荷物を持っていてゆっくりとその後を追いかけた。
「すいませーん、クレープ三つください。ミックスベリーで」
シャルロットさんが注文すると店主が人懐っこい顔で頭を下げた。
「あぁー、ごめんなさい。今日、ミックスベリーは終わっちゃったんですよ」
「あ、そうなんですか。残念……ラウラ、別のにする?」
ラウラちゃんは追いついた僕と眼を合わせて頷いた。
なるほど、メニューにミックスベリーは載ってないね。
「ん?イチゴとブルーベリーとラズベリーをくれ」
ラウラちゃんは指を三本立てて、序でに料金まで全額支払った。
「ラウラ、いいよ。ここは僕が出すってば。付き合ってもらっているんだから」
「そんな事か。気にするな。それより、早速給金の使い方を試してみたぞ。何点だ?」
「百点だよ」
「うん。満点だね」
「ふふん、そうだろう」
ラウラちゃんは機嫌よさそうにそう言って、出来立てのクレープを受け取った。
「どれがいい?」
「うーん。じゃあイチゴ」
「僕はあまりでいいよ」
僕達は並んで店から少し離れたベンチに座ってクレープを齧った。
「んむ、んっ。これ、美味しいね!」
「そうだな。クレープの実物を食べるのは初めてだが、美味いと思うぞ」
「うん。なかなか当たりだったね」
最初はミックスベリーがなかったからか沈んでいたシャルロットさんだったが次第に上機嫌になってきた。
「おいしー。折角だからまた来ようよ。次は皆も誘ってさ」
「そうだな。幸せは皆で分かち合わないとな。というわけで一口ずつもらうぞ」
言うが早いか僕とシャルロットさんのクレープに齧りつく、ラウラちゃん。
「ほら、私のもやろう」
「よかったら僕のも」
僕とラウラちゃん、二人揃ってシャルロットさんにクレープを差し出した。
「いっ、いただきます」
あーんと大きな口を開けて齧りつくシャルロットさん。
「じゃあ、お返しに刀也もどうぞ」
「うむ。食え」
僕もラウラちゃんとシャルロットさんから一口ずつもらった。
「うむ。これで皆幸せだな」
うんうんと頷いているラウラちゃん。
「あっ!!? なるほど!」
最初は疑問顔だったが気が付いたシャルロットさんが大きく頷いた。
「そっかぁ……“いつも売切れのミックスベリー”って、そういうおまじないだったんだ」
「おっと、刀也」
「何、ラウ――」
いきなり唇をぺろりと舐められた。
「ソースがついていたぞ」
「あっ、ありがとう」
まあ、公衆の面前でディープキス咬まされているからこれくらいは当たり前なんだよね、ラウラちゃんにとっては。
横目でシャルロットさんを見ると恥ずかしげに顔を染めながら俯いている。
「何を俯いているんだ、シャルロット?」
「なっ、何って……もう! 少しは恥じらいを持ちなよ、ラウラ!」
「恥らっていては嫁とスキンシップ出来んではないか」
暖簾に腕押しの問答だね。
僕は二人の喧騒を聞きながら点り始めた夏の星空を眺めていた。