八月のお盆週。
その週末に篠ノ之神社にて夏祭りがある。
そして今年の神楽舞は箒さんが舞うのである。
何度か足を運んでいるが箒さんの神楽舞を観るのは始めてである。
簪ちゃんは一応護衛の名目で箒さんと行動を共にしている。
おっとりしているようでいて、そこはやはり更識家の人間であり頼りになる。
僕は一夏の護衛兼付き添いで夏祭りに足を運んだ。
「凄い人だな」
「まあ、今日は花火もあるからね」
僕と一夏は人込みを避ける様に神楽舞台の見える広場の端の方に陣取っている。
篠ノ之神社の神楽舞は篠ノ之流剣術の“一刀一閃”に由来し、刀を右手に扇を左手に持つ一刀一扇の構えである。
実戦で扇を使うのではなく“受け”“流し”“捌き”を左手の獲物に任せて、右手で“斬り”“断ち”“貫き”を行うという、いわば守りの型の二刀流に近い。
僕の使う流派の御神真刀流小太刀二刀術に通じるものがある。
暫く待っていると巫女姿の箒さんが現れた。
一礼をして舞を始める箒さん。
左手に扇を持ち、閉じた扇を開きそれを揺らす。
左右に両端一対につけられた鈴が厳かに音色を奏でる。
扇を右へ左へ揺らしながら、腰を落としての一回転で宝刀を抜き放つ。
そして刃を扇に乗せて、ゆっくりと空を切っていく。
その姿はまさしく“剣の巫女”の名にふさわしい厳格さと静寂さを兼ね備えており、化粧で彩られた箒さんは美しくそれらを自然に纏っていた。
「綺麗だ……」
一夏が魅入る様に箒さんの神楽舞を見ながら呟いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よっ」
「…………」
「お疲れ」
浴衣に着替えた箒さんを連れて同じく浴衣姿の簪ちゃんがやってきた。
「ご苦労様。その浴衣似合ってるね」
「うん。ありがとう……」
僕と簪ちゃんは自然と手を繋いだ。
「それにしても凄いな。様になっていて驚いた」
一夏が話し掛けているも箒さんは驚きの表情で固まっている。
「それに、なんていうか……綺麗だった」
「っ――!?」
一瞬で顔が真っ赤に染まった箒さん。
「夢だ!」
「なっ、なに?」
突然の叫び声に驚いた一夏は若干間の抜けた声で聞き返した。
「これは夢だ。夢に違いない。はやく覚めろ!」
駄目だ。
多分一夏が来ないと思い込んでいて上に褒められたから現実と認識していない。
仕方がない。伝家の宝刀を切るか。
「えい」
《べしっ》
僕はハリセンを取り出して箒さんの頭に振り下ろした。
「あいたっ!?」
「箒さん、現実に戻ってきてね」
「はっ、はぁ」
痛みで少し涙目の箒さんが正気に戻った。
「浴衣もいいな、それ。似合っている」
「そっ、そうか!? わ、わっ、私もそう思っていたところだ!」
更なる褒め言葉にテンパっている箒さん。
その手を握り、一夏が人の流れに沿って歩みを誘導していく。
「さて、色々見て回ろうぜ。いやー、しかし夏祭りも二年ぶりか。去年は千冬姉にドイツで扱かれてたからな。あれは大変だった」
「うん。よく生き残れたね、僕達」
僕と一夏は揃って暗い顔を一瞬浮かべた。
だが直ぐに気持ちを持ち直して祭りを楽しむ事にする。
「わたがしに焼きそばに焼きもろこしに、一通りあるな。さすがは篠ノ之神社」
「いや、大概の夏祭りの定番だから」
僕は思わず一夏に突っ込みをいれた。
簪ちゃんはくすくすと僕と一夏のやり取りを眺めている。
箒さんは顔を真っ赤にしながら一夏に手を引かれている。
「どこから回ろうか?」
「僕としてはたこ焼きとたい焼きは外せないかな。後ベビーカステラなんかも好きだよ」
お祭りと聞くとわくわくするのは日本人の性なんだろうか。
「おっ、金魚すくいがあるな」
「却下!」
目敏く金魚すくいの屋台を見つけた一夏を一刀両断にした。
「なっ、何でだよ!」
少し涙目で抗議する一夏。
「生き物を飼うには責任をもって育てないと……それに水槽やら何やら意外とお金掛るよ」
「うぐぅ! たっ、確かに」
少し後ろ髪引かれている一夏であったが僕の正論で封殺された。
「私はちょっとお面見たいかな」
簪ちゃんがおずおずと切り出した。
「うん。行こうか」
お面の屋台で特撮のヒーローもののお面を買う簪ちゃん。
本当にヒーローが好きだね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おっ! 輪投げ屋があるな」
「どれどれ……面白そうだね」
さすがに高価な物はなさそうだが、クッションに使えそうな大きなぬいぐるみやだるまがあった。
「あれはっ!!? 限定版のプレミアムフィギュア!!」
簪ちゃんが店の一番奥の高い棚の上の景品を見て眼を大きく見開きながら驚いている。
「へい、らっしゃい。お嬢ちゃん、眼の付け所がいいね。これは今回の目玉商品だよ」
その景品は最高得点を取らないと交換出来ないようだ。
最高得点を取るには一発も外さず、大きく緩急をつけて左右に揺れ動く棒を狙って入れる必要がある。
「おじさん、四人分ください」
「へい。まいどあり」
先ずは簪ちゃんが挑戦する。
集中力を研ぎ澄まして眼を瞑る簪ちゃん。
次の瞬間眼を見開いて大きく第一投目を投げる。
「えい!!」
惜しくもわっかは揺れ動く棒に弾かれてしまった。
「ああ~惜しかった」
がっくりと項垂れる簪ちゃん。
その後は狙いを変えて簪ちゃんは無難に得点を重ねて大きな雛のぬいぐるみをゲットした。
「まあ、これも可愛いからいいかな」
その表情はやはり少し残念そうだった。
続いて箒さんが挑戦する。
神経を集中させて気合一閃わっかを滑らせる様に投げていく。
揺れ動く棒は端から相手をせずに、真っ直ぐ棒へと投げていく。
一発も外す事無く得点を重ねて箒さんは大きなだるまをゲットした。
「ふむ。なかなか上手くいったな」
箒さんは嬉しそうに微笑みながらだるまをあやす様に持っていた。
次は一夏の番だ。
狙いを定めて第第一投目を投げる。
「それ!!」
わっかは大きく山を描く様に飛んで揺れ動く棒にぎりぎり引っかかった。
「おじさん。あれ、OKかな?」
「残念! しっかりと通らないと得点にはならないよ」
おじさんはなかなか厳しいようだ。
その後も一夏は果敢に揺れ動く棒を狙い続けて一投だけわっかを通す事が出来た。
一夏はガン○ムのプラモデルをゲットした。
「まあ、こんなものか」
一夏は苦笑しながらも嬉しそうだった。
最後は僕の番だ。
意識を集中させ手首のスナップを効かせて揺れ動く棒を狙う。
「はぁ!!」
滑る様に投げられたわっかは外れる事なくしっかりと通った。
二投目は少し危なかったがなんとか揺れ動く棒に通った。
最後の一投を外すわけにはいかない。
意識を集中させて神速を発動して揺れ動く棒を狙う。
「やぁ!!」
わっかはモノクロームの景色の中をゆっくりと飛んでいき寸分違わず棒に通った。
「凄いよ、刀也!」
簪ちゃんが感激の余り僕に抱きついてくる。
「やるな、兄ちゃん。ほれ、景品を持っていきな」
「はい、簪ちゃん。あげるよ」
僕は受け取った景品を腕にしがみついている簪ちゃんに手渡した。
「ありがとう、刀也!」
簪ちゃんは景品を受け取り嬉しそうに抱きしめていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
色々と屋台を見て周り夕飯代わりに色々買い揃えた。
少し人込みが多いので一夏に早めに秘密の花火の穴場スポットとやらに案内してもらった。
背の高い針葉樹が集まった林の一角に天窓を開けた様に開いていた。
りぃん、りぃん、と虫の音だけが響く、人気の無い林。
わずかに吹く風が、夏の暑い空気を退かしていく。
一応レジャーシートを用意しており、ゆっくりと座って食べる。
蚊除けに蚊取り線香も忘れず用意している。
「ほら、焼きそば美味いぞ。箒も食えよ」
無自覚にもあーんをする一夏。
しかも間接キスだしね。
箒さんは僅かに恥ずかしそうに眼を伏せながら食べる。
「ん、ぐ。おっ、思ったより、美味いな……」
「だろ? それに、箒も腹減ってるだろ。神楽やってたし」
「うっ、うむ。そっ、そう、だな……そうかも、しれないな……」
箒さん意識しまくってるしね。
対する一夏は全然気付いてないけどね。
何これ?
いくら何でも無自覚に朴念仁すぎるだろう。
まあ、僕もため息混じりに簪ちゃんにたこ焼き食べさせてもらってますけどね。
でも食べているのはただのたこ焼きではなく“ロシアンルーレットたこ焼き”なのだ。
一つだけ激辛のハバネロ入りの当たりたこ焼きが入っている。
何か遊び心を擽られたので思わず買ってしまった。
それで交互にお互いに食べさせ合っている。
残りは後二個。
今のところ当たりは無し。
今度は僕が食べさせてもらう番だ。
確立二分の一だがどうなるか。
天国と地獄の分かれ目だ。
「はい、刀也。あ~ん」
「あ~ん……もぐもぐ、ぐはあぁあぁっ!!?」
かっ、辛い!!
口に入れても分からなかったが噛んで暫くすると痛いぐらいの辛さが襲う。
簪ちゃんが慌ててジュースを手渡してくれた。
僕は受け取り口の中を濯ぐ様にゆっくりと飲んだ。
「大丈夫?」
「なっ、なんとか……」
口の中の火事は収まったが胃の中がまだ熱い。
口直しにたい焼きを頬張る。
「ああ~餡子の甘さが染み渡る」
「そんなに頬張ると喉詰めるよ」
簪ちゃんが苦笑しながら僕の口元についた餡子を指で取って食べた。
その様子を羨ましそうに見ている箒さん。
「お前達、本当にまだ付き合っていないのか?」
「残念ながら……まだ友達以上恋人未満だよ。でも自分の気持ちは偽らないでアピールする事にしているの」
簪ちゃんは微笑みながら僕に寄り添う。
僕は照れながらも答えの出せない自分を不甲斐なく思ってしまう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
食べ終わりゆっくりしていると簪ちゃんが腕を組み肩に頭を預けてくる。
僕は空を見上げたまま簪ちゃんの頭を撫でる。
暫く頭を撫で続けていると花火が始まった。
僕と簪ちゃんは寄り添いながら静かに花火を楽しんでいる。
「お~、すげー」
花火が上がる度に一夏は興奮したかの様に無邪気な笑みを浮かべている。
「綺麗なものだな……」
「ああ、本当にな」
花火を観ながら箒さんがそっと一夏の腕に自分の腕を絡めた。
「ん? なんだよ?」
「このくらいは許せ」
「まあ、いいけど」
一夏は一度怪訝な顔を箒さんに向けたが、直ぐに夜空の花火へと視線を戻した。
花火の光に照らされた箒さんの横顔は、赤く染まっていながらも恥ずかしそうではなく、どこか誇らしげなそれだった。