夏休みも残すところ後僅かとなったある日。
シャルロットさんから緊急の連絡があった。
ラウラちゃんの様子がおかしいとの事だった。
何やら熱に魘された様に僕の名前を呼んでいるらしい。
ラウラちゃんはそんなに濃く夜の一族の血を引いているわけではなく、あくまで夜の一族の遺伝子を一部組み込んだ
だがやはり発情期に順ずる体調の変化はあったという事かな。
僕は急いでラウラちゃんの元へと向かった。
《コンコンコン》
「御免下さい、刀也です」
僕が扉越しに声を掛けると直ぐに扉が開いた。
「いらっしゃい、刀也。わざわざごめんね」
シャルロットさんが困惑した表情で出迎えてくれた。
「お邪魔します」
僕は脇目も振らずラウラちゃんのベッドへと向かう。
そこには黒猫の着ぐるみパジャマを着たラウラちゃんが荒い息で横たわっていた。
「大丈夫、ラウラちゃん?」
呼びかけるとラウラちゃんは眼を開けて僕の顔をじっと見詰めてくる。
「あ~! 刀也だぁ~♪」
ラウラちゃんは起き上がり僕に抱きつき頬ずりをしてくる。
僕は黙ってラウラちゃんの頭を撫でている。
やっぱり体温上昇と脈拍増大が見られる。
ラウラちゃんはしきりに鼻を僕の胸板に押し付けて匂いを嗅いでいる。
まるで甘えてくる子猫の様だ。
「あわわっ!? ぼっ、僕ってお邪魔かな?」
何時も以上に甘えてくるラウラちゃんを見てシャルロットさんが頬を染めながら訊ねてくる。
「いや、居てくれた方が助かるよ」
僕は苦笑しながら答えた。
多分大丈夫だと思うけど求められたら僕だって男だから振り払えるか分からない。
何分恋心は確かに持っているので、この状態のラウラちゃんは可愛くて仕方無い。
しかも可愛いらしい黒い子猫なパジャマが僕の
我ながら恐ろしいパジャマをプレゼントしたものだ。
「そっ、そう? じゃあ、僕に出来る事があったらなんでも言ってね」
シャルロットさんは自分のベッドに腰掛けながらこちらをちらちらと見詰めている。
僕はラウラちゃんを膝枕してゆっくりとベッドに寝かしつけた。
ラウラちゃんは僕の体温と匂いに安心して眠りについた。
僕は髪を梳く様にラウラちゃんの頭を撫で続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ココア入れたけど飲む?」
ラウラちゃんが寝入ってから暫くゆったりと過ごしているとシャルロットさんが勧めてくれた。
「うん。いただくよ」
僕はラウラちゃんを膝枕したままカップを受け取る。
ゆっくりと口をつけて程好い甘さのココアを飲んでいく。
「ラウラ、本当に安心して寝ているね」
シャルロットさんは母性を感じられる笑みを浮かべながらラウラちゃんの寝顔を覗き見ている。
「本当にラウラって刀也の事が心底から好きなんだね。羨ましいな、好きな人に看病してもらえるなんて」
「あはは……でも僕は答えをはぐらかしているんだけどね」
僕は苦笑しながら目線をシャルロットさんから外した。
「でもラウラや鈴や簪の気持ちはちゃんと分かているんでしょ。それで選べないんでしょ?」
シャルロットさんは真剣な表情で訊ねてくる。
僕は視線をシャルロットさんに戻した。
「うん。そうなんだよね。三人共大切だからね。我ながら優柔不断だよ」
僕はゆっくりと頭を振りながら肩を竦めた。
「想いに気づかない唐変木な朴念仁よりはましだよ」
シャルロットさんは肩を落として大きなため息を吐いた。
「一夏は昔から自分の恋愛事になると途端に察しが悪くなるからね」
「やっぱり一夏って昔からそうなんだ」
「うん。圧し折ったフラグの数は両手でも数え切れないぐらいだよ」
僕の台詞にシャルロットさんは頭を抱えている。
「まあ、一夏も男だから曲解できないくらいどストレートな告白なら真剣に考えるんじゃないかな」
「それができれば苦労しないよ! そんなの恥ずかしくって出来ないよ!」
シャルロットさんは更に頭を抱えてベッドに蹲った。
「……んにゅ。ふぁ~何だ、何事だ?」
「あっ、ごめん。起こしちゃったかな、ラウラ」
シャルロットさんは顔を起こして気まずそうにしている。
「刀也ぁ~♪ おはようのチュー♪」
「はいはい、お姫様」
僕はラウラちゃんの頬に軽く口付けする。
「違うの~! お口にチューなの!」
ぽかぽかと僕の胸を叩いてくるラウラちゃん。
「なんか何時も以上に幼いっていうか甘えてるね、ラウラ」
不思議そうにラウラちゃんを見詰めているシャルロットさん。
ルームメイトだし、夜の一族の事を話しておいた方が無難かな。
僕は甘えてくるラウラちゃんの頭を撫でながら思案する。
「ねえ、ラウラちゃん。シャルロットさんに一族の事話てもいい?」
「う~ん……いいよ」
ラウラちゃんは熱に火照った顔でにっこりと微笑んだ。
「えっと……シャルロットさん。ラウラちゃんの生まれについては知っているかな?」
僕はラウラちゃんを後ろから抱きしめながら訊ねた。
ラウラちゃんは僕に頬ずりをして甘えてきている。
「うん。確か遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベビーなんだよね」
「そうだよ。そして遺伝子強化として遺伝子障害の定着種の通称“夜の一族”の遺伝子の一部が組み込まれているんだ。その一族は所謂吸血鬼なんだよ」
「きゅっ、吸血鬼!!? えっ!? ラウラって吸血鬼なんだ」
シャルロットさんは口元を押さえて驚いている。
「異常な跳躍力や、鋭い聴覚視覚、並はずれた再生回復能力などの高性能な肉体を持っているけど、体内で生成される栄養価、とくに鉄分のバランスが悪いため、完全栄養食である血を欲するんだ。それに夜の一族は繁殖力が低くて、女性には所謂“発情期”が大体2ヶ月に1回くらいのペースで発生して、一週間ちょっとの間続くんだ」
「はっ、発情期!!?」
シャルロットさんは耳まで赤くしながら狼狽している。
「まあ、ラウラちゃんは血が薄い上に、まだ乙女だからそんなに酷くはならないと思うけどね」
「そっ、そうなんだ。それでその甘えようなんだ」
シャルロットさんは納得したように頷いている。
「はい。ラウラちゃん、これ飲んで」
僕は輸血パックを取り出してラウラちゃんに差し出した。
「うん♪」
ラウラちゃんはストローに吸い付き器用に飲んでいる。
「うわぁ~本当に吸血鬼なんだ」
シャルロットさんは感心した様にラウラちゃんを見詰めている。
「それと前にラウラちゃんが僕の事を遠い親戚って言ってたのを覚えてるかな、シャルロットさん?」
「確か臨海学校の帰りでそんな事言ってたよね……って、まさか!」
シャルロットさんは驚愕の眼で僕を眺めている。
「うん。僕も夜の一族の血を引いている吸血鬼なんだよ」
「へぇ~! そうなんだ」
眼を見開きながら驚いているシャルロットさん。
「怖くないの?」
「全然! ラウラも刀也もそれなりに人となりを知ってるしね。ラウラはちょっと世間知らずだけど良い子だし、刀也は良くも悪くも優しすぎる嫌いがあるけどいい子だしね」
シャルロットさんは優しい笑顔を浮かべながら微笑んでいる。
「改めてよろしく刀也」
シャルロットさんは手を差し出して微笑んでいる。
「うん。よろしくお願いします」
僕はシャルロットさんの手を両手で包み込む様に握り返した。
ああ、何で皆こんなに温かいんだろう。
本当に僕は友達に恵まれているね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お昼作るけど食べていくでしょ?」
エプロン姿のシャルロットさんが微笑みながら尋ねてくる。
「ご馳走になります」
僕はラウラちゃんに抱き着かれていて身動きが取れない。
ラウラちゃんは自分の匂いを擦り付ける様にマーキングしてくる。
乙女の匂いが堪らない。
ラウラちゃんと二人っきりだと理性が持たないよね。
「えっと、確かほうれん草とレバーがあったよね」
シャルロットさんは冷蔵庫を覗き込んでいる。
健康的な太ももが眩しい。
気を紛らわせるためにシャルロットさんのお尻から太もものラインを視姦するように見詰める。
「? 何か用、刀也?」
「いっ、いやなんでもないよ」
僕の視線に気付いたシャルロットさんが振り向いた。
僕は慌てて視線を逸らした。
暫くすると台所からするいい匂いが鼻を擽った。
「はい、お待たせ。ほうれん草とレバーのクリームパスタだよ」
シャルロットさんが湯気が立ったお皿を手渡してくる。
僕はラウラちゃんを後ろから抱きしめる様に受け取った。
「はい、ラウラちゃん。あ~ん」
「あ~ん♪」
ラウラちゃんは雛鳥の様に口を開けて食べていく。
僕もラウラちゃんと交互にパスタを食べていく。
「美味しいよ、シャルロットさん。良いお嫁さんになれるね」
「えへへ、ありがと」
シャルロットさんははにかむ様に微笑んだ。
「むぅ~! 刀也は私の嫁だぞ!」
ラウラちゃんが剥れながらシャルロットさんを威嚇している。
ナニ! この可愛い子猫!
はっ!!? 危ない、危ない。思わずお持ち帰りしたくなってしまった。
僕は沸きあがった衝動を誤魔化す様に頭を振った。
「うにゅ? どうした、刀也?」
「なっ、何でもないよ。ほら、まだ沢山あるよ。あ~ん」
「あ~ん♪」
そのまま交互にパスタを平らげていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
再び眠りについたラウラちゃんをシャルロットさんに任せて部屋を後にした。
深呼吸すると自分の汗の臭いに混じってラウラちゃんの匂いがする。
はぁ~なんとか自制できた。
熱に魘された子猫なラウラちゃんは可愛さと妖艶さが入り混じっていた。
僕も思春期の男の子だから我慢するのが大変だった。
シャルロットさんが居なかったら理性がアウトだったよね。
ラウラちゃんの匂いに気を取られていて背後からの接近に気がつくのが遅れた。
「やぁほぉ~♪ 愛しのマイスィートブラザー♪……うん? 雌猫の匂いがする」
満面の笑顔で僕に抱きついてきた紫乃姉は鼻をひくひくさせながらまるで浮気した亭主を見る様な眼で睨んできた。
「まさか! 経験したんじゃないでしょうね?」
紫乃姉は僕の正面に回り眼を覗き込む様に顔を近づけながら訊ねてくる。
「いっ、いや……そっ、その……まだAまでです」
僕はしどろもどろに眼を逸らしながら答えた。
「くんくん……この感じって……ああ、そういえばあの娘も一応一族の端くれだったわね」
紫乃姉は僕の胸の匂いを嗅ぎながら確かめている。
「なるほど……これは発情期なのね?」
紫乃姉は僕の身耳元で囁く様に訊ねてくる。
「うっ、うん。そうなんだ……同室のシャルロットさんから熱に魘された様にラウラちゃんが僕の名前を呼んでいるって聞いたから……」
「はぁ~あのね、刀也。ちょっと無防備すぎるんじゃないの。いくら血が薄いからって言っても下手すれば押し倒されるわよ」
紫乃姉はため息を吐きながら僕の頭を小突いてくる。
「大丈夫だよ」
僕は苦笑しながら答えた。
「二人っきりで好意のある少女に迫られて我慢できるの? 出来ないでしょ?」
「…………」
僕は眼を逸らしながら答える事が出来なかった。
「沈黙は肯定と取るわよ……まあ、刀也も男の子だからね。溜まってるならお姉ちゃんが抜いてあげようか?」
「遠慮します!」
にやにやと微笑みかけてくる紫乃姉から後ずさる様に距離を取った。
多分半分ほど本気だろう、このブラコンはっ!
僕はそのまま逃げる様に部屋へと走って戻っていった。
さすがに実の姉に貞操を奪われる訳にはいかないもんね。