教室での放課後に行われている特別ホームルーム。
今はクラスごとの出し物を決めるため、わいわいと盛り上がっている。
壇上の一夏は出された意見を書き連ねていく内に段々と表情が曇っていっていた。
その内容は『織斑一夏&月村刀也のホストクラブ』『織斑一夏&月村刀也とツイスター』『織斑一夏&月村刀也とポッキーゲーム』『織斑一夏&月村刀也と王様ゲーム』等で、僕もげんなりしながら意見を発言すべく手を上げようとするのだが何故か腕が上がらない。
唯一動かせる視線をさ迷わせているとラウラちゃんが制御ピアスと眼帯を外して僕を注視しているのが眼に飛び込んできた。
ちょっ!!? あれだけ使うのを躊躇っていたHGSの能力を惜しげもなく使用するなんて、どんな心境の変化なの!!?
僕は驚きのあまり眼を見開いて、動きが鈍い首を動かしてラウラちゃんの顔を凝視した。
するとラウラちゃんはあどけなさと妖艶さが入り混じった表情で頬を染めながら僕を見詰めてきた。
淡く光を湛えている昆虫の様なリアーフィンがラウラちゃんを丸で妖精の様に錯覚させている。
クラスメイト達は最初は驚いていた様だが、今は落ち着いている。
まあ、写メを撮っている猛者がいるのはご愛嬌か。
「はい!!」
「えっと……田島さん、意見どうぞ」
一夏がため息混じりに新たな意見を聞こうとするのが眼に見えなくても容易に想像出来た。
うん。僕も現実逃避したくなってるよ。
ラウラちゃんの滅多に見られない表情はそれだけでご飯三杯はいけそうだけどね。
忌み嫌っていた能力を惜しげもなく使用して制御出来ている事を喜べばいいのか、はたまた裏切られた感が強すぎて泣けばいいのか迷ってしまう。
「一夏きゅん×刀也きゅんのBL同人誌即売会がいいと思います♪」
「「却下!!」」
僕と一夏の叫び声に近い否定の言葉が教室に響き渡った。
あれ? 身体が自由に動く?
どうやら精神力がラウラちゃんの拘束を超えて高ぶったお蔭で自由を取り戻した様だ。
ラウラちゃんは一旦驚愕の表情を浮かべたものの、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
ラウラちゃんは制御ピアスと眼帯を再び身に着け、静かに眼を瞑って何やら思案するように黙り込んでしまった。
「あっ、アホか! 今までの意見でもお腹一杯なのに!!」
「そうだよ!! って、言うか誰が喜ぶの!!? そんなマイナーなカップリングの同人誌!!」
一夏に同調する様に僕も精一杯却下する。
冗談じゃない!!
徒でさえそんな同人誌が実在するのをインターネットで知っているのに実物を目の当たりにしてしまったら精神衛生を保てる自信が無い。
「私は嬉しいね。それに絶対売れるよ! 断言する! 肖像権で売り上げの5%ずつは融通するよ。だから売り子お願いね♪」
「「いらないし、やらない!!」」
再び響き渡る僕と一夏の否定の言葉が一瞬教室の喧騒を掻き消した。
「まあ、確かにBL同人誌即売会は行き過ぎかもね。だったら先の意見は賛成してもらうわよ!」
「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」
「織斑一夏と月村刀也は共有財産である!」
「他のクラスから色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」
「助けると思って!」
「
一夏は助けを求めるように視線を横に向けた。
だがそこには既に千冬さんの姿はない。
時間が掛りそうだからと職員室に戻っていってしまっていた。
居れば鬼……じゃなかった鶴の一声を期待できたのにね。
仕方なしに一夏は再び視線を巡らして山田先生を見詰めた。
「山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は」
「えっ!? わっ、私に振るんですか!?」
おい!! こら副担任!!
せめてこんな時ぐらいしっかりと戒めてくれますよね?
「えっ、えーと……うーん、わっ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?」
やや頬を染めながら僕と一夏をちらちらと交互に見詰めながら宣う我らが副担任・山田真耶先生。
一夏が仕方なしに掴んだ藁は役に立たないどころか、同じ穴の狢で地雷だったようだ。
「意見いいか、一夏?」
静かに響き渡るラウラちゃんの鈴を転がしたかの様な声が混沌とした空気を引き裂いたかの様に聞こえた。
「なっ、何だ? ラウラには良い意見があるのか?」
「無論だ。メイド喫茶なんてどうだ? 客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からも入れるのだろう? それなら、休憩場としての需要も少なからずあるはずだ」
ラウラちゃんの意見にクラスメートが耳を傾けながらうんうんと頷いている。
「いいね。それ!」
「賛成! 面白くなりそうね」
クラスメイト達が一斉に立ち上がってラウラちゃんの意見に賛成した。
「僕もそれなら反対しないよ」
僕はこちらに縋るような眼を向けてくる一夏を安心させる様に微笑みながら頷いた。
「よし! 決まりだな!!」
一夏は表情を明るくして肩の荷を下ろすように伸びをした。
「メイド服はどうする!? 私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」
「メイド服についてもツテがあるが……そうだな、どうせなら既製品よりも手作りの方が趣があって良いな。任せていいか?」
「うん! 任せて!
「身体データの閲覧の申請は私に任せて! 賄賂、もとい誠心誠意にお願いすれば入手は難しくないわ!」
一気に盛り上がりを見せるクラスメイト女子一同。
さすがにこれを鎮めるというか、水を差すのは躊躇われるのか、一夏は苦笑交じりに頬を掻いている。
僕と一夏はこの時に気付いておけば良かったのだろう。
意見を述べていたラウラちゃんが再びリアーフィンを展開していた意味を。
クラスメート達が僕と一夏を見詰めながら獰猛な笑みを浮かべていた事を。
箒さんが何やら言いたげに一夏を見詰めていた訳を。
それを必死に宥めている鷹月さんの姿を。
シャルロットさんが苦笑しながらラウラちゃんの頭を撫でている理由を。
結局は気付いたのが後の祭りで、策略に嵌った哀れな子羊になってしまった僕と一夏の運命を呪わなくてもすんだかもしれない。
だが僕はこの時は何も気付かずに調理の裏方に回ればいいと一夏と肩を叩き合って喜んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日も今日とて学園祭の準備で多忙な生徒会のお仕事。
黙々と庶務として書類を捌いていると面白そうな悪戯っぽい視線が僕の事をちくちくと刺激してきた。
「何ですか? 僕の顔に何かついていますか?」
「凛々しい御目目とすらっとした御鼻と齧り付きたくなる御耳と吸い付きたくなる御口がついているわね♪」
「ダメよ、楯無。貴女でも刀也の唇は渡さないわよ」
「既に三人程に奪われてるからもう一人ぐらいいいじゃない」
本気か冗談か判別つかない表情で頬を染めながら僕を見詰めている楯無さんを咎めている紫乃姉。
紫乃姉の表情は眼に見えて引き攣ってしまっている。
「でも刀也のファーストキスは私の物なんだからね!!」
紫乃姉は顔を真っ赤にしながら思い出したくない事実を暴露してしまう。
確かに幼稚園時代に奪われた記憶が脳の奥の方から沸きあがってくる。
あの頃は無邪気で意味も分からず喜んでいたよね。
しかもセカンドキスはずるいと宣った雫姉に奪われているんだよね。
姉妹揃って昔からブラコンの気が強かったんだよね。
嫌いじゃないけど行き過ぎた愛情は時として重く感じてしまう事もある。
「それで会長、本題は?」
僕は頭を振りながら気持ちを切り替えるように訊ねた。
「いや~ん♪ 楯無って名前で呼んでちょうだい。会長なんて他人行儀な態度は悲しくて泣いちゃうぞ♪」
顔を扇子で隠しながら泣き真似をする我らが生徒会長。
扇子には『演技派女優』と書かれていた。
僕は眼を細めて冷ややかな視線で楯無さんを射抜く。
「おうっ!!? その冷たい眼がぞくぞくしちゃう♪」
僕は喜びに打ち震える様に震えている楯無さんを無視して書類に眼を落とした。
「ごめんなさい、調子に乗りすぎました。謝るから無視は勘弁して……」
両手を合わせて頭を下げている楯無さん。
唇から可愛らしい舌がちろりと出ているのはご愛嬌か。
「はぁ~……もういいですよ。それで何ですか?」
「刀也くんのクラスは出し物何に決まったのかなって思ってね」
何やらにやにやと微笑みながら訊ねてくる楯無さん。
既に提出した書類に眼を通して知っている筈なのに僕の口から聞きたい様である。
「喫茶店ですよ」
「正確にはメイド喫茶だよ~ん。それに何とつっきーとおりむーがじょ……おっとと、これは未だ秘密だった~」
本音ちゃんが補足してくれたが、何やら不穏な事を口にしようとしてなかっただろうか。
僕が訝しげに視線を向けると、本音ちゃんは口笛を吹きながら眼を逸らしてしまった。
「面白そうね。お姉ちゃんも絶対行くからね♪」
抱きつきながら僕の顔を覗き込んでくる紫乃姉。
毎度の事でこれくらいのスキンシップは気にならないのだが、弾によると異常な事らしい。
キスに比べればこのくらい常識的な範囲だと思うんだけどね。
血涙を流す勢いで力説する弾は、丸で闇を背負いながら僕の事を羨ましがっていた。
「お嬢様。この書類は刀也くんに作成をお願いしてもよろしいですか?」
再び書類と格闘していると虚さんが思い出したかの様に楯無さんに尋ねた。
「そうね。もう隠しておく事もないか。よろしくね、刀也くん」
「はい。こちらの書類の作成をお願いします」
楯無さんの許可を受けて僕に資料を手渡してくる虚さん。
そこには学園祭での生徒会の出し物の企画が箇条書きで記入されていた。
「えっと……これってマジですか?」
僕は思わず呆けそうになるのを我慢して他の生徒会メンバーを見回しながら尋ねた。
どうやら本音ちゃんすら既に聞いていた様で悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「モチのロンよ♪ 折角世界的に有名なクリステラ・ソングスクールにコネがあるんだから有効活用しない手はないわよね。昨年は多忙で断られたけど、今年は刀也くんが居るからって事ですんなりとOKが貰えたわよ」
「あのぉ~出場者は最低限だとしてもIS学園の警備だけでは心許無い気がするんですが……」
僕は一抹の望みを託して訊ねてみる。
うん。分かっている。
あの人も絶対に来日する事は確実だよね。
紫乃姉だけでも大変なのにあの人も揃うなんて、なんて甘美な地獄絵図なんだろうか。
あれ? 僕ってば、意外と余裕あるのかな?
「大丈夫よ。月村セキュリティーサービスの
僕の想像を肯定する様に微笑みながら紡がれる楯無さんの言葉。
僕は嬉しい反面、照れくさいを通り越して背筋が寒くなるのを感じた。
「お姉様にお会いするのも久し振りで楽しみだわ」
嬉しそうな、それでいてちょっと苦笑交じりの表情で僕を眺めてくる紫乃姉。
「凄いよね~。名立たるクリステラ・ソングスクールの生コンサートをロハで観れるなんて幸運だよね~」
楽しそうに手を振りながら微笑んでいる本音ちゃん。
「そうですね。滅多にない幸運をかみ締めないといけませんね」
眼鏡の奥で喜びを隠しきれない表情を浮かべる虚さん。
それぞれの台詞を遠くで聞きながら僕は現実逃避をしていた。
これで母さんまで登場したら僕の胃は穴が空きそうだ。
招待券は僕と一夏で五反田兄妹に手渡す予定だから大丈夫だとしても、紫乃姉の招待券が未だ誰に渡るか未定だったよね。
何を取引材料にすれば紫乃姉を説得出来るだろうか。
僕自身を何処まで切り売り出来るかが鍵だね。
下手すると貞操の危機だから線引きを間違える訳にはいかない。
って、待てよ。母さんは月村重工の会長、つまりはIS関連企業の重鎮。
一般枠じゃなくても企業枠で学園祭に来れるじゃないか!
詰んだ。詰みました。
せめて警備に月村セキュリティーサービスを組み込んで、父さんに母さんや姉さん達の手綱を握ってもらわないと僕に未来は無いかもしれない。
そうと決まれば急いで関係機関に連絡して書類を通さなければいけない。
神様! どうか平穏無事に学園祭を乗り越える事が出来る様にお願いします。