~篠ノ之 束side~
薄暗いラボに忙しなく叩かれるキーボードの音が響き渡る。
暫くするとスクリーンに待ち望んだ解析結果が表示された。
「……やっぱり、とうくんは天然の
私は以前譲ってもらったとうくんの毛髪から調べだしたDNAマップを見て興奮していた。
常人では……ううん、他の夜の一族や
お蔭で解析終了するまで今まで掛ったよ。
くーちゃんのDNAマップがなかったらもっと時間が掛ってただろうね。
「いっくんやちーちゃんも私と同じ超越者だけど、とうくんは所謂逸脱者だね。とうくんならコレを十全に使いこなせる筈……うん、楽しくなってきたよ♪」
私の長年の研究成果、賢者の石。
ISコアを原材料にして持てる知識を総動員して生成した奇跡の物質。
閃きと偶然も重なって量産は難しいけど、とうくんが被験者になってくれればそれも不可能ではないかもしれない。
まあ、量産出来ても賢者の石に耐えられるのは私でも難しいだろうけどね。
「さてと……くーちゃん!」
私が誰も居ない筈の空間に話しかけると影が揺らめいて、そこから湧き上がる様に人影が現れた。
その姿は背中に漆黒の羽を湛えた妖精の様だ。
うん。黒鍵は正常に作動しているみたいだね。
さすがは私! 天才だね! 良い仕事してるよ。
「お呼びでしょうか、束様」
「相変わらず固い呼び方だねぇ~。何時も言ってるでしょ、ママって呼んでねって……」
「束様は束様ですので……」
私が頬を膨らませながら言うと一見冷静沈着に見えるくーちゃんの眼が微かに動揺に揺れる様が見て取れた。
もう~! 生真面目さんなんだから!
義理とは言え折角の母子なんだから遠慮なんてしないでいいのにね。
「それで、束様。ご用件は?」
「えっとね、朗報だよ♪ くーちゃんと一緒の
「…………」
私の発言に眼を見開いて固まっているくーちゃん。
そして映し出したプロフィールに眼をやり、徐々に朱色に染まっていく頬。
これは所謂一目惚れって事になるのかな?
可愛いね、くーちゃん。
「あはぁ~♪ 逢う前にそんなんじゃ、本人を目の当たりにしたら倒れちゃうよ」
「……大丈夫です。彼は確か男性IS起動者の一人でしたね」
頬を微かに染めながら胸に手をやり、熱に魘された様にとうくんのプロフィールに魅入っているくーちゃん。
恋する乙女は良いね。
見ていて飽きないよ。
「そうだよ。月村 刀也……彼の月村家の血族だったから興味本位で調べてみたらどんぴしゃりだったんだよ。嬉しい誤算ってやつだね♪」
「それで束様……私はどうすればいいのでしょうか?」
指を付き合わせながらもじもじと上目遣いに訊ねてくるくーちゃん。
何この可愛い生物はぁっ!!?
普段の冷静沈着な姿とのギャップが凄まじく破壊力がありすぎる!!
これぞ、ギャップ萌えってやつだね!!
「可愛い! 可愛いよ、くーちゃん!」
思わず頬ずりしながら抱きしめてしまった。
ここはやはり母親としてくーちゃんの恋を応援するべきだよね。
幸い箒ちゃんはいっくんが好きだからライバルにならないしね。
「たっ、束様……くっ、苦しいです」
「おっと……ごめん、ごめん……てへぇ♪」
苦しげなくーちゃんの声に我に返った。
思わず舌を出しながら首を傾げて自分の頭を小突く。
「くーちゃんにはお使いにいってきて欲しいんだ。これをとうくん……彼に届けてきて欲しいんだよ」
「こっ、これは……!!? 賢者の石!! 束様!!?」
私が差し出した物を見て眼を見開いているくーちゃん。
さすがに私の義娘してるからこれが何なのかはっきりと理解しているみたいだね。
お母さん鼻が高いや。
「とうくんが闇の一族だと言っても、まだ未発現の金の卵だからね。それに彼なら賢者の石に飲み込まれる事なく使いこなせる筈だよ」
そう、とうくんこそ求めたいた存在。
この世界に新たな色を点す者。
今は小さな光だが何時しか大きく輝いて世界を塗り返す希望。
とうくんが完全に覚醒すれば新たな変革の切っ掛けになりうるだろうね。
「……分かりました。IS学園に赴きます」
眼に小さな決意を込めて頷くくーちゃん。
「うん、お願いね。確かIS学園は学園祭の真っ最中だから忍び込むのは容易だね。序でに学園祭を楽しんでくればいいよ」
私はくーちゃんの頭を撫でながら微笑みかけた。
「はぁ~」
ため息を吐きながらどこか物憂いしいくーちゃん。
その眉は少し曲げられている。
心中複雑だろうね。
IS学園には自分の完成形と言える妹も居るからね。
まあ、くーちゃんは妹とは認めないだろうけどね。
でも折角の姉妹なんだから仲良くしないとね。
私と箒ちゃんも仲良くしたいけど、どこかぎくしゃくしていて悲しいからね。
「では、いってきます」
「はい、気をつけていってらっしゃい」
私が手を振ると会釈して影に溶ける様に転移していくくーちゃん。
さあ、とうくんは私のプレゼントを喜んでくれるかな?
私は思わず微笑む頬を押さえながらこれからの未来に思いを馳せた。
とうくんはどんな世界を創っていってくれるのかな。
~side out~
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あっ!!? お帰り、刀也きゅん! 早速、このオーダーを持って七番テーブルにお願い」
トレーを受け取りながら思わず顔が引き攣るのを感じた。
その内容はシュークリームセットにメイドきゅんにご褒美セットの朱が四つずつに珈琲が単品だった。
しかもここからは七番テーブルは死角になって見えないのだが、御神流の心、つまり音と気配や匂いで相手を把握する空間認識能力でよく見知った気配や匂いを感じられる。
思わず戦略的撤退を選ぼうとしそうになるも堪えてゆっくりと歩いていく。
「お待たせいたしました、お嬢様、旦那様」
僕は引き攣る表情を無理やり押さえ込んで営業スマイルを浮かべた。
まあ、怖くて目線は足元に向いたままだったのは勘弁してもらいたい。
「きゃあぁ~!! 可愛いぃ~!! さすがは私の息子だけあるわね!!」
「Oh Cute!! ねえ、忍。刀也を私にくれないかな!?」
「あら、駄目よ、フィアッセ。雫が居るじゃない。刀也には
「うっ!!? はっ、鼻血出そう……さすがはマイスィートブラザー、破壊力が並外れているわね!」
一気に姦しくなる店内。
それが聞き覚えのある声だからプレッシャーが半端ない。
「ほら、皆落ち着け。他のお客さんに迷惑だぞ」
苦笑交じりの台詞で少し落ち着いたテーブル。
この声も凄く聞き覚えのある声だった。
意を決して視線を向けるとそこに居たのは予想通りの面子だった。
月村重工会長である我が母親の月村 忍、クリステラソングスクール校長にして世界的有名歌手のフィアッセ・クリステラさん、翠屋店長兼総パティシエールにして我が師匠で血の繋がらない祖母の高町 桃子さん、月村セキュリティーサービスの若きエースにして我が姉の月村 雫、月村セキュリティーサービスの社長にして我が師で父親の月村 恭也、何れも劣らぬ美男美女揃いである。
しかし、フィアッセさんといい、極めつけは桃子さんまで、何で妙齢のご婦人に見えるんだろうか?
化粧品だけでは誤魔化せないよね?
まあ、家の母さんは夜の一族だから未だ納得出来るんだけれどね。
それに父さんも負けず劣らず若く見えて、未だに街に出ると逆ナンされている様だけどね。
その度に妻帯者で三人の子持ちって信じてもらえなくて苦労しているって言ってたんだよね。
「それでは、お嬢様、旦那様。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
僕はトレーからテーブルに注文の品を移して訊ねた。
「うん、揃ったわよ。さあ、座りなさい♪」
早速、ポッキーを摘んで僕に差し出してくる母さん。
その笑顔が怪しく光っていて思わず仰け反りそうになった。
「……では、失礼いたします」
僕は席に着いて成るべく視線を合わせない様にしながらポッキーを咀嚼していく。
うん。緊張で味が分からないな。
「はぅっ!!? 可愛い~!!」
僕の姿を血走った眼で見詰めながら鼻息荒く手をわきわきとさせている雫姉。
一応、注意しとかないと貞操の危機かもしれないね。
血の繋がった姉弟でする心配じゃないけどね。
「お嬢様、当店ではメイドに手を触れるのは原則として禁止させていただいております。ご了承下さいませ」
「あうっ!!? ざっ、残念……こうなったらゲームで勝って写真をゲットするしか方法はないかな」
手を握りながら闘志を燃やす雫姉。
暫く会わない内にブラコンが増強されているみたいです。
愛してくれるのは嬉しいけど、過度のスキンシップは勘弁してもらいたい。
「あら……このシュークリーム、
桃子さんは僕お手製のシュークーリムを一口齧って一瞬驚いた表情を浮かべてから、僕に向き直って微笑みかけてくれた。
「ありがとうございます、お嬢様」
僕は桃子さんのお褒めの言葉に自然と笑みを浮かべていた。
やっぱりお師匠様に認められるのは凄く嬉しい。
「Oh! やっぱり私に頂戴! ねえ、刀也! 私のところに……むぎゅっ!!?」
「落ち着け、フィアッセ」
興奮したフィアッセさんが僕を抱きしめようとしたが、父さんにやんわりと押さえつけられていた。
いや、フィアッセさん?
頂戴って、僕は犬か猫ですか?
僕はそっとため息を吐いた。
「ところで旦那様。例の件は大丈夫でしょうか?」
「ああ、勿論大丈夫だ。任せてくれ」
僕が思い出した様に尋ねると、父さんはフィアッセさんを宥めながら頷いてくれた。
「はぅっ!!?」
父さんの凛々しい顔を見て母さんが頬を染めて見入っている。
いや、あの母さん?
相変わらず何時までも新婚みたいで、未だに父さんに恋しているんだね。
でも良かった、これで一安心だよ。
父さんは僕以上に護衛に向いているし、強いから一夏を任せられる。
出来るなら僕が一夏を守りたいが一緒の行動が難しいからね。
「
鼻息荒く立ち上がった雫姉。
眼も少し血走っていて怖いよ。
「申し訳ございません、お嬢様。お時間の都合上、ご褒美セットとゲームは両方選べません。申し訳ございません」
「えっ~!!?」
僕が頭を下げると涙目で見つめてくる雫姉。
先ほどとは違い我が姉ながら乙女の武器を心得ているね。
そこいらの男ならこのギャップで堕ちるだろうね。
実際に持てているのに未だに御めでたい話を聞かないのが不思議なぐらいだよ。
身内贔屓だとしても雫姉は超優良物件なんだけどね。
まあ、雫姉に釣り合える男ってまず居ないかな?
それに雫姉と結婚したいなら父さんは元より、僕も倒せるぐらいじゃないと任せられないからね。
暫く懐かしい話に花を咲かせていると厨房スペースから声が掛った。
「刀也きゅん、新しいオーダーが入ったわ。次は三番テーブルにお願い!」
「申し訳ございません。次のご奉仕が入ってしまいました」
「くっ!!? しっ、仕方ないわね。こんな可愛い
悔しげに唇を噛む雫姉。
「早速ご褒美あげないと……はい、あ~ん♪」
「そうね。はい、あ~ん♪」
苦笑しながらもポッキー差し出してくる母さんと桃子さん。
僕は差し出されたポッキーを慌てず素早く咀嚼していく。
そして、アイス紅茶やアイス珈琲を二本のストローで順番に一緒に飲み干していった。
「ご馳走様でございました。それでは失礼いたします、お嬢様、旦那様」
僕は席から立ち上がってスカートの裾を掴んで会釈した。
「ちょっと待って、刀也! コンサートは観にきてくれるの?」
フィアッセさんが胸の前で両手を握り締めて潤んだ眼で上目遣いに訊ねてきた。
母さんより年上の筈なのにラウラちゃん達と謙遜なく若く見える。
さすがは世界のフィアッセ・クリステラ……自分の武器をよく把握しているね。
この攻撃に抗える男はそう居ないだろうね。
「はい、お時間を取らせていただきます」
僕は自然とにっこりと微笑み頷いた。
「よかった、最高のコンサートにするね」
フィアッセさんははにかみながら手を振っている。
「楽しみにしていますよ」
僕は手を振り替えして次のオーダーを処理しに向かった。
さあ、もう一頑張りしますか!