BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
ステラとプルートの戦闘は、近くにいた住人を戦々恐々させるには十分なもので、巻きあがる噴煙とプルートの姿に慌てて逃げ出す者達で辺りは一気に騒がしくなった。
「逃がさないわよ」
逃げ惑う人々に目もくれることなくその場からふわりと浮き上がり、翼を羽ばたかせて飛んで行った。
アンドレ達は自身の真上を飛んでいくその姿を走る車から見ていた。
「おいおいおいおい、なんかヤバいんじゃないかぁ?」
「何が何だか分かんないけど、さっきのアレ、何か探してる感じしなかったか?」
ボヤくアンドレにユナが問いかける。
アンドレは咥えていた煙草に火を点け、一息吐くと
「どれ、ちょっとばかし飛ばすから捕まっとけよ!」
そうユナに言い放つと同時に思い切りアクセルを踏み込んだ。
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トトが最初にバイクの前輪を吹き飛ばされた場所の、進行方向から見て2時の方角、
距離にして1000メートルも先の場所で、教会の鐘楼を陣取り、自身の身の丈の倍はある巨大な狙撃銃を構える左右で色の違う瞳を持つ少女の姿があった。
その鐘楼の屋根には鐘よりも一回り大きな、三つの頭を持つ巨大な犬のような怪物が唸り声をあげながら6つの目と耳で何かを探している。
少女の記憶ではこの生き物は「ケルベロス」と呼称される怪物の姿にとてもよく似ていた。
「……、…いた。ここからでは狙えない」
「グルル…」
「アジーン、頼める?」
「グアウッ!」
アジーンと呼ばれたケルベロスは少女の言葉に二つ返事の様に吠えると大きく、そして素早い跳躍で屋根伝いに少女の視線の先へ向かっていった。
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街道を走り抜けるバイクの上で、トトは後ろを確認する。
ステラが追いついてくることを願いながら。
「……ッ!?何か来た!」
「何!?もう追いつかれたのか!?」
「いや、アレは……!」
祖父に渡された拳銃を手に、何が起きてもいいようにしていたトトだったが、現実はその予想の遥か上を行っていた。
自分たちよりも巨大な“何か”が、建物の屋根伝いに追いかけてきたのだ。
トトはその怪物の姿に覚えがあった。
まだ小さい頃、祖父母の家の本の一冊に載っていた地獄に棲まう番犬
「……ケルベロス!?」
「何!?」
トトの言葉にアレスも驚いた。
ケルベロスは想像上の生物のはずで、現実に存在するわけが無いのだ。
それが例えクリーチャーが国中で問題となっている昨今の情勢だとしても、ケルベロスが存在する話は2人とも人伝にさえ聞いたこともなかった。
ケルベロスはその3つの頭でバイクに狙いを定めると、そこへ目掛けて飛びかかる。
アレスがバイクの進路を曲げ、歩道に乗り上げたことでその牙からは逃れた。
トトは片手で拳銃を一発撃つが、反動で弾道が逸れてしまい、弾丸はケルベロスの真ん中の頭の右耳を掠めた。
しかしケルベロスとは距離をとることが出来た。
雨で手を滑らせて落とさぬように銃を握り直す。
「このまま振り切るぞ!掴まれ!」
アレスはバイクの速度を上げる。
トトはアレスの肩に掴み、後ろを見る。やはり三頭の怪物は追いかけてくる。
取り壊された建物の前を通り過ぎ、トトの目に教会の鐘楼が遠くに見えた瞬間だった。
トトのすぐ横、何かが空を切る音がしたと同時かと思い違うほどの時間差で、取り壊された建物の、反対側の建物が轟音を立てて倒壊し始めた。
「狙撃か……!」
アレスはそう呟きながらもバイクの速度は緩めずに走らせる。
トトはさっき自分のバイクの前輪が吹き飛んだのは、今建物を破壊してみせた人がやったことを確信した。
アレスは恐らく狙ったのは自分であること、相手はトト以外の命に関してはどうでもいいのだと確信した。
自分が誰かのかさえ無関係な程にトトという少年の身柄が最優先なのだと。
「居タ!居タ!」
「捕マエル!捕マエル!」
無機質な声にトトは空を見上げる。
「さっきの…!」
プルートに随伴していた二つの頭蓋骨は、トトを見つけるなり声をあげて追跡を再開する。
片一方がどういうわけか頭の半分を割られていて、緑色の光る粒子を放出させている。
ステラと戦っている最中にやられたのだろうか?とまで考えたがその先を考える猶予はトトには残っていなかった。
二体の異形な存在はその大きな口を開け、光らせた両目とあふれ出る粒子と同じ色の光弾を撃ちだしてきたからだ。
「アレスさん!」
「分かってる!!捕まってろ!!」
アレスは飛んでくる光弾を右に左にかわしていく。
光弾は地面や建物を抉り、その破片と爆風の熱が二人を襲う。
トトはあることに気が付いてもう一度振り返り、あの頭蓋骨の割れている方の姿を確認した。
(やっぱりだ…!)
その頭蓋骨は頭を半分砕かれながらも口から光弾を吐き出しているが、
ほぼ全体に走った亀裂から光が漏れ出しているのだ。
特に右目の下が特に光が強くなっていて、トトにはまるで目が三つあるように思わせた。
トトは拳銃を構え、その場所へ狙いを定めて発砲する。
しかし命中したものの、怯むことは無かった。
だが僅かながらその亀裂を広げることができた。
立て続けにもう二発、三発、四発。
遂に亀裂は限界を迎え、床に落としたガラスの様に大きな音を立てて頭の上半分が砕け散った。
「やった…!」
まるで魂が抜け落ちるように緑色に光る塊のような物体が頭蓋骨から離れ宿主を失い、だらりと口をあけた頭の下半分は地面に墜落し激しい音を立てて転がった。
そしてその光の塊は二人の頭上を跨ぐように飛んでいき、進行方向の道路に着弾し強い閃光となってアレスの目を襲った。
「うっ!!」
アレスはバランスを崩して転倒し、拳銃を持っていた分片手で掴まらざるを得なかったトトは引き剥がされるように空中へ放り出され、次にトトを襲ったのは地面に体を打ち付ける衝撃ではなく、
ドプンという音と地面より柔らかく、全身を包み込む冷たい感覚、
そして、息の出来ぬ水の世界だった。
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その強い閃光はステラにも見え、彼女の目にはバイクから放り出されていくトトがハッキリと見えた。
「トト!!」
ステラは屋根を蹴って飛ぶが、何者かに勢いよく足を掴まれる。
見るとプルートが足首を掴み、捕まえたと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「行かせないわよ、ステラ。」
「…ッ!!」
ステラは刀を振るおうとするも、プルートはステラが飛んだ方向とは逆の方向に投げ飛ばし、唇をぺろりと舐めると翼を羽ばたかせて突進し、その首を刈り取ろうと大きく振るった。
しかし、ステラは左手に大砲を呼び寄せてその一撃を防ぎ、押しのけると剣も大砲も捨ててプルートに掴みかかり、空中にもかかわらず自身の体ごとグルグルと回転させ、そのまま彼女を軸に、トトが落ちた穴目掛けて自分の体を飛ばして見せた。
「トト!!!」
穴の外からでも分かるほどの激流に向かってステラは飛び込み、水しぶきは一瞬にして掻き消された。
そして閃光で目をくらまされたトトは水面を見つけることができないまま水流に揉まれ、
息も出来ず、ついに意識を失った。
二章 Industrial Metropolis ~了~