BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
地下水路
工業都市ルールの地下を流れる広大かつ迷路のような水路
下水道ではなく、雨水を貯水するためのもの
黒い雨の影響で生活用水にするためのろ過作業が追いついておらず、
水路内の水位が上昇している。
「トト!!」
アレスは立ち上がりトトを探すが、道路に出来た巨大な穴とその穴の中で流れる水の音が響くばかりで、彼の返答はなかった。
さっきの頭蓋骨の光弾が地下に作られた水路まで道路を深く抉ったのだ。
それで出来た穴に転落したのだろう。
アレスは穴の手前に落ちていた彼の拳銃を拾いあげる。弾は一発も残っていなかった。
「へえ…、スカルヘッドを一体やったのね」
「!」
プルートの声にアレスは振り返る。
彼の前に姿を見せた彼女は鎌を携えて、スカルヘッドと呼んだ頭蓋骨の頬を撫でていた。
「ステラもその穴に落ちていった様だし……私のやることは無くなってしまったわねぇ」
プルートが退屈そうに呟いて、鎌を二度振るうと
「貴方、どこかで会ったような気がするわ?名前を聞いてもよろしくて?」
その問いかけに、アレスは答える。
「アレスだ」
「アレス…?ッ!」
名前を聞いたプルートは突如頭を抑え、その表情を歪めた。
「…?」
思わぬ様子の変化にアレスは驚きを隠せなかった。
それはスカルヘッドというあの頭蓋骨も同じだったようで、狼狽えるかのような素振りを見せる。
「嘘だ!!あの男は…あの人は…!!」
プルートは声を震わせる。
それは今にも泣き出しそうなほどに。
「あの人は…、死んだはずだもの…。」
そう言って彼女は翼を羽ばたかせ、雨の降る空に向かって飛び上がり、スカルヘッドと共に何処かへと去っていった。
「なんだったんだ…?」
アレスはつぶやく。
しかし彼にはもう考える時間は無いようだった。
「そこを動くな!!」
民兵達がこちらに向かってきたのだ。
アレスは振り返るが既に回り込まれていたらしく、突撃銃を向けてきている。
あれほどの騒ぎだ。むしろ対応が遅すぎるぐらいだとアレスは思った。
しかし完全に銃や剣を抜くタイミングを逸してしまい、抵抗する手段を失った。
(どうする!?)
アレスは此処をどう切り抜けるか思考を張り巡らせるが、
「うわあああぁああ!?」
突然背後から聞こえた叫び声によってそれどころでは無くなってしまった。
立て続けに銃声と、目の前にいた兵達も怯えたようにアレスの後ろにいるナニカに向けて銃を撃ち始める。
アレスは咄嗟に伏せ、何事かと後ろを見た。
陥没した道路の穴の中から、巨大な蜥蜴、正確には鰐のような何かが後ろにいた民兵の方へ頭を向け、左右に大きく振りながら彼らを薙ぎ払っている。
放たれた銃弾の雨は鱗によって弾かれ、全く意に介さずにその巨大な口で人間を屠りはじめたのだ。
「なんなんだコイツ!!」
「負傷者を連れて引け!早く!!」
民兵の叫びと断末魔が混ざり、その場が地獄と化した。
アレスは這って建物の壁に背中を張り付けて、建物と建物の間の狭い路地に体を滑り込ませた。
そうして銃を抜き、ボルトハンドルを引いて弾丸を装填する。
ライフルの銃身を短く切り詰め、拳銃の様に加工がなされている変わった銃だ。
アレスはそのまま路地の向こう側へ向かって壁伝いに走り出す。
「ま、待て!!」
「奴は後だ!今はここから離れるぞ!」
民兵の一人がアレスに気づくも、怪物を前に追跡を諦めざるを得なかった。
穴の中から這い出てきた怪物は自らが踏み殺した人間を頭から丸呑みにすると、満足したのか再び穴の中の水流の中へ消えていった。
アレスは路地の出口から街道を見るために僅かに顔を出す。
「いいか!黒服だ!黒服の男を探せ!」
ちょうど民兵達が走っていくところだったらしく慌てて身を隠す。
足音が遠のいたことを確認して再び顔を出してみると、見覚えのある車が一台見えた。
その車内でアンドレがアレスの顔を見るなり手招きをし始める。
どうやら中に入れということらしい。
アレスは兵士が居ないことを確認し走って車に乗り込もうとした。
が、視界の端に何かが飛び込んできて、アレスは咄嗟に横に飛んでそれを視界に捉えた。
「グルルルルル…」
ケルベロスだ。
真ん中の頭の右耳の先端が掛けており、そこから血が出ているのか、耳の毛が赤く滲んでいる。
「クソッ!こんなときに…!」
民兵達が振り向きこちらに走ってくるのが、車の中にいたアンドレやユナからも見えた。
アレスはケルベロスに銃を向けた。三頭の目が戦闘態勢に入ったことを本能で理解させる。
「アジーン!ストップ!」
しかし突如響いた少女の声に、アレスも、そしてケルベロスも驚いた。
そしてアレスとケルベロスの間に割って入るかのように、一人の少女が地面に降り立った。
恐らくはステラの様に屋根伝いに飛んでここまでやってきたのだ。
体の倍はある巨大な狙撃銃を肩に乗せて。
肩までしかない短い髪に右目には眼帯を着け、大きな耳あてで両耳を覆っている。
その少女は表情一つ変えることなくその紫の瞳でアレスを一瞥すると、ケルベロスの方を向いた。
それはまるでアレスに「死にたくなければ黙ってみていろ」とでも言うかのようだった。
「アジーン、この人は狙っている人じゃない。だから、捕まえても意味はない。食べるのもダメ。わかった?」
「グルルルル…」
アジーンと呼ばれたケルベロスは少女の言葉を理解したのか、一度だけ頷いた。
少女は頭を垂れた三頭の怪物に跨ると、アレスを見て口を開いた。
「貴方があの子を庇おうが、守ろうがどうでもいい。でも、私たちの邪魔をするなら…次は殺すわ」
そう言い残すと彼女と怪物はさっと高い屋根まで一気に飛び上がり、去っていった。
「おいお前!そこを動くな!車に乗ってるお前たちも降りろ!」
民兵達が車とアレスを取り囲む。
アレスは銃を地面に置いた。
「すまないが、私はここで捕まるわけにはいかない」
アレスは手を上げて後ろに回し外套の内側から二丁の銃を引き抜く。
その銃を見た兵士たちが一瞬狼狽えた。
その銃は擲弾発射銃と呼ばれる着弾と同時に爆発する特殊な弾薬を発射するものだったのだ。
アレスは躊躇うことなく引き金を引く。
“シュポッ”
砲撃音と同時に通常のライフル弾よりも大きい弾が発射され、それを見た兵士たちが一斉に散り散りになる。
ゆるい放物線を描いて地面に当たる刹那、爆発し、音を街道に響かせた。
逃げ遅れた兵士の何人かが爆発の衝撃波で吹き飛ばされる。
アレスは素早く次弾を装填し、さらに二発、四発撃ち、彼らを追い払ったところで銃を拾い上げて車に乗り込む。
「まさかまた出会えるとはな」
「アンタを助けようと思ったのが間違いだったんじゃないかと疑いだしてるところさ…おいオッサン!いつまでビビってんだ!さっさと車出せよ!!」
ユナが頭を押さえながら身を低くしているアンドレの座る座席を蹴り上げる。
アンドレは飛び起きるなり慌てて車を発進させた。
「いやぁ、派手にやったな。ところであの少年は?」
「トトは…地下水路に落ちた」
「えっ…それ、大丈夫なの??」
「分からない…」
アレスはうなだれる。
先ほど見た怪物を思い出して、トトが生きている可能性を感じられなかったのだろう。
しかし、アレスはあることを思い出した。
プルートがアレスに向かって言った言葉。
「いや…、たしかステラも穴に落ちたと、デッドマスターが言っていたぞ……」
「ステラ?あの子が?」
「はは、それなら大丈夫だな。って、んなわけがあるか!!」
アンドレが叫ぶ。
しかしアレスにはステラのトトを守るという意志だけは本物だと、不思議と信じられるものがあった。
それはユナも同じで、何故だか説明はできないが確かに確信できた。
「…とにかく、地下水路に侵入できる場所を探そう。彼が無事かを確かめたい」
「……まぁ、アンタには助けられた恩義があるし、乗り掛かった舟だ。乗りますよ」
アンドレの言葉にユナも同意見らしく、一度だけ頷いた。
降りしきる雨の中、三人を乗せた車をケルベロスに跨る少女が遠くから見つめていた。
~~~~~
トトは夢を見た。
広くて綺麗な造りの部屋に青年と女性がいて、トトは二人から何かを教わっていた。
二人の顔はよく似ているような気がした。
「トト、今から母さんの言うことを繰り返して言ってごらん?」
すぐそばに居る青年にそう言われ、トトは頷く。
「“火よ、私の手に宿り給へ”」
女性が手を前に出してそう唱えると、手の上にマッチも無しに火が現れた。
トトは驚き声を上げる。
「母さん!だ、大丈夫なの!?」
「トト、言ってごらんなさい。」
女性に言われ、トトは狼狽えながらも同じように手を前に出す。
「ひ、火よ…わたしの手に宿りたまえ…っ!わ、あちちっ!」
一瞬だが手の上に火が灯る。
しかしトトはその熱にすぐに手を引っ込めてしまい、炎は霞と消えた。
慌てて自分の手を見るが、何処にもやけどはしておらず、
触っても熱くもなんともなかった。
「ッ、母さん。やっぱり」
「はい…トト。貴方には私と同じ力が宿っているようです…」
「かあさんと…?っ!?うっ!うええっ!」
トトは突如苦しそうに口元を押さえ、口から水を吐き出す。
口の中にえぐみが広がる。
吐き出した水は黒く濁って見えた。
再び襲った吐き気でトトは一気に現実に戻される。
「うっ!!げほっ!げほっ!!おえっ!!」
溺れたときに飲み込んだであろう水を思い切り吐き出して咳き込む。
嗚咽と咳をどうにかおさめて、息を整えようとして、また嗚咽する。
「トト」
トトが隣を見ると、ステラがトトの背中に手を当てて優しくさする。
「す、ステラ?どうやってここに?」
「トトが落ちたのを見たから、飛び込んだ。それでなんとか通路に引き揚げた」
ステラの言う通り、水路の淵の通路にトトは寝そべっていて、
水路は僅かな照明の薄明りで水の流れが濁流の様に見えるほどに流れが激しい。
「ぼ、僕、助かったんだ…」
「人工呼吸をするのが遅れてたら助からなかった」
トトはステラの言葉にぞっとした。
自分が死ぬ一歩寸前であったことに、恐怖したのだ。
「トト、まだ息が荒い。もう一度やった方がいいかもしれない」
ステラはそう言ってトトに顔を近づける。
「い、いいいや!!いい!も、もう大丈夫!」
「でも…」
「ちょ、ちょっと休めばなんとかなるかな!あはは…」
トトは笑ってごまかすが、ステラの言った人工呼吸のことを改めて考え直して、顔を赤くした。
(続く)