BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
山岳地帯
工業都市ルールと首都グランドセントラルを挟むように存在する山脈。
それはもうひとつの街“港湾都市マリーネ”にも及ぶほど長い。
街同士を繋ぐ線路が在る他、山を縫うように造られた峠道が存在する。
また山脈の中の一つの“ツルギ山”にある霧の森には精霊がいるという伝説があるが、その真偽は今でもはっきりとしていない。
工業都市を抜けた先、山の麓に広がる樹海を縫うように開拓された獣道を、一頭の獣が走り抜けている。
否、一頭という言葉は語弊があるかもしれない。
その獣の頭は三つあり、それぞれが別々に呼吸をし、目と耳を動かしていたからだ。
その背中に跨る黒髪の少女は何かに気付き、空を見る。
獣も呼応するかのように、足を止め同じ方向を見た。
彼らの頭上に、黒い影が見えた。段々と近づいてきている。
それもかなりの速度で。
「ウラギリモノ!ハカイスル!!」
それは緑色の光を纏った黒い頭蓋骨であった。
少女は身の丈以上もある狙撃銃を抜き、片手で頭蓋骨に紫の光弾を放つ。
弾道は頭蓋骨の上半分を貫くも、その口から緑色の巨大な光を放ったまま、彼女達目掛けて落下した。
落下の瞬間、爆発にも似た衝撃が起こり、森の中の小動物たちのざわめきが響いた。
光はすぐに消え、ざわめきもやがて消え失せ、
辺りはまた静かな樹海に戻っていった。
~~~~~
工業都市ルールを脱出したアンドレは、そのまま燃料が尽きるまで峠道をデタラメに走らせて、最終的に湖のそばある木の下に車を停めて枝を屋根に乗せて出来る限り車を隠した。
元々屋根が潰れてぼろぼろになった車だ。
見つかっても乗り捨てたと思うだろうと、アンドレは思った。
散々枝集めに付き合わされたユナはものすごく不機嫌な顔をしつつも、車から使えそうな備品をかき集めて、無事に残っていたトランクに詰め込んでいた。
アンドレもそれに手を貸しなんとか荷物をまとめ上げ、徒歩で移動が可能になる頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
ランタンの明かりだけが二人を照らす中、アンドレが缶詰に入った煮豆を食べながら切り出した。
「明日には歩いて此処から離れよう。このピークオード号ともお別れだ」
アンドレはそう言いながらそうして物惜しそうな顔で車の床を撫でた。
「そんな縁起でもない名前を付けっから車をダメにするんじゃあないのか?」
ユナはそんな彼を見て悪態をついて、毛布にくるまり横になった。
シャワーを浴びれないことに気分を少し悪くさせながら。
しかしアンドレが寝息を立て始めたころ、汗ばんだ体が服にまとわりつく感覚に耐えられなくなったユナは体を起こして車の中から手拭いを取ると、月明かりに照らされた湖の岸辺に行き、水浴びの用意を始めた。
どうせぐっすりと眠っているアンドレ一人、他に誰が来るわけでもないと思いながら。
ユナは首都からアンドレとこのツルギ山の峠道を通った時のことを思い返す。
あのときも、そしてこの前もこの森へは足を踏み入れたが、いつもこの森にはクリーチャーは来なかった。
やはり噂に聞く森に棲む精霊が何か関係しているのだろうかと、ユナは考えながら水を掬っては汗でべたつく体を流した。
そうしてひとしきり汗を洗い流し終え、何も身につけないまま腰まで水が浸かる場所まで行き、体を水に浮かせて月を眺めているとき、ユナは気が付いた。
森の中、どこからか枝を踏む音が聞こえてくる。
ユナは一瞬慌てたが、焦らず、水音を立てないよう鼻のすぐ下のところまで体を沈めた。
そうしてゆっくり岸へ、自分の服がある場所まで戻ろうとした。
ゆっくり、あともう少し。と、そのとき、森の木々の間を抜け、足音の主が姿を見せた。
女の子だった。胸に子犬を抱きかかえ、今にも転びそうなほど足取りはおぼつかない。
そして、力尽きたのか足を取られたのか、湖を前にそのまま倒れこんでしまった。
ユナは慌てて水から上がり、走って彼女に駆け寄る。
髪は黒く、眼帯と大きな耳当てをつけた少女だ。
「ねえ、大丈夫??」
少女は答えない。抱きかかえたままの子犬が苦しそうにじたばたともがいている。
ユナは少女の腕から子犬を取り上げて驚いた。
その子犬の頭は三つあったのだ。
「お、おい暴れるなっ」
子犬はユナの手から逃れると少女に寄り添い、小さく鳴いた。
よほど親密なのだろうとユナは思った。
ユナはとりあえずと少女を仰向けにした。
「ぅ…」
「大丈夫?僕の声が聞こえる??」
少女はうっすらと眼をあける。
視界はぼやけているが、彼女の眼には月明かりに照らされるユナの顔は、まるで天使の様に見えた。
それに安心を覚えたのか、そのまま彼女は目を閉じた。
「あ、ねえ!」
ユナが体を揺らすが、すぐに眠っているだけだと気づき、安堵した。
子犬がまた小さく鳴き声をあげた。
「大丈夫、眠ってるだけだよ」
ユナは子犬の頭をなでるとクシュンとくしゃみをした。
何も身に着けていないことをすっかり忘れていたユナは立ち上がり、服を着るために一旦その場を離れるのであった。
~~~~~
少女はうっすらと目を開く。
誰かの上着をかけられていて、傍らには眠る自分の“家族”の寝息が聞こえる。
空が白み始めていることから、自分が最後に意識を失ってから時間が経っているのだと思った。
体を起こしてそこで初めて自分が片時も離れることなく連れていた子犬以外の、もう一人の存在に気が付いた。
白いシャツと黒いズボンという出で立ちと、整った容姿、短く切りそろえられた青い髪。
長いまつげを揺らして眠る姿では性別を判別することは難しかった。
「……!」
少女は僅かに聞こえた空を切る音を察知し、周囲を見渡す。
「隠れてないで出てきなさい……フリアエ」
少女が何もない場所に向かってそう言うと辺りの木々の枝葉が風に揺れ、その風の中から一人の女性が姿を現した。
黒い服を身にまとい、頭には一対の角が生え、眼鏡をかけたその目からは絶えず涙が流れている。
「…気付いていないと思ったわ。ケルベロス」
「忘れたの…?私の右目は1キロ先の銅貨を狙い撃てるし、この耳は半径500メートルのほぼ全ての音を聞き分けられるのよ?風に紛れて近づいてくる貴女の足音くらい分かるわ」
「…そう」
フリアエと呼ばれた女性は左手に刀を出現させた。
ケルベロスと呼ばれた少女が身構える。
「なんのつもり…?」
「別に…、今あなたを消したところで、状況は好転しない。今回来たのは、伝言のため」
「…伝言……?」
ケルベロスは左腕に子犬を抱え、体は自分の後ろで眠る彼を守ろうと立ち上がる。
フリアエは眼鏡をはずして目元を拭って掛け直してから口を開いた。
「私の演算では今あなたの後ろに居る者は“彼”と出会う。利用価値がある」
「……信じられないわ」
「…信じる必要はない。演算で予知した未来は、必然……」
フリアエはそう言って風に乗り、そのまま姿を消した。
「…利用価値……」
「ぅ…ん……?」
声がして少女は振り向く。
彼が目を覚ましたようだった。
「ん…?あぁ、君、もう平気なの??」
子犬を抱きかかえる少女を見て、彼は問う。
少女は頷き、まだ腕のなかで眠る子犬の頭を撫でながら頭を下げた。
「私は平気。このぐらいの怪我なら数時間休めば治る」
「そうなの?あ、でもその子の耳は手当しておいたから」
少女が子犬を見ると、頭の一つの耳のところに包帯が巻かれていることに気が付いた。
彼がやってくれたのだと思った少女は彼に上着を手渡して、もう一度頭を下げた。
「…ありがとう」
「お礼はいいよ。僕が好きでやってることだから」
彼は上着を受け取って立ち上がり、服についた砂を払う。
少女は名前をまだ聞いていないことを思い出して、問いかけた。
「あの、貴方の名前は…?」
「ユナ。ユナ・マシューセッツ。君は?」
「…マルチ」
「よろしく、マルチちゃん」
朝日が昇って光が差し込んだためだろうか、マルチの目には、ユナの姿が物凄く特別な存在に見えた。
他者に対して、忘れかけていた感情が動き始めていることを心のどこかで感じていた。
“キャンキャン!”
少女の腕の中で子犬が吠える。
「あ、この子はアジーンっていうの、右がドヴァーで、左がトゥリー」
「アジーンね、よろしく」
ユナは子犬の頭を撫でる。
そんな二人の様子を遠巻きにアンドレは見つめ、三人分の食事が必要だと考えながら簡易コンロに火を点けた。
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「なぁユナ、煙草くれよ。俺の分が切れちまったんだ」
「僕も無いよ」
「おい、一本残ってるだろ、知ってるぞ」
「アンタに吸わせる分がないって意味だよ」
「…ふふ」
「ワゥ!」
(Side Story 1 了)