BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
「ステラ?」
トトはふと直感的に、しかしどこか確信めいたものを感じた。
ステラの身に何かがあったような気がしたのだ。
しかしそんな彼が置かれた状況は良いとは呼べなかった。
目の前から現れる人の成れの果てのような見た目の怪物達を退けた直後だったからだ。
吹き飛んだ貨車から流れ込んでくる走行風は、トトに強風の日に国境の壁に立ったときのことを思い出させる。
吹き飛ばされた人の姿をした人ならざる者達は、体がバラバラになってもなお動いていたが、びゅうびゅうと吹き込んでくる風に這いずることしか出来ない。
先へ進もうとアレスと二人でなんとか歩いていくが、寒さで体力を奪われていくのを感じていた。
しかし進まなければ、今バイク部隊の攻撃が来ればアレスでもどうすることも出来ないかもしれない。
トトは祖父の猟銃を持ち、自分の手元に今はないロザリオを思い浮かべながら祈った。
「ステラの無事と、ここを切り抜けるための勇気を僕に貸してください…!」
「トト!早くここを抜け……ッ!」
アレスはトトの方を振り返り、言葉を詰まらせた。
彼の背後、目と鼻の先に、バイクの轟音と共にスレイプニルが現れたからだ。
目標を見つけたスレイプニルだったが、その目の前の少年がまとう空気に眉をひそめた。
先ほどまでは感じられなかった闘志のようなものがそこにはあった。
そしてそれはアレスも肌で感じていた。
列車を並走していた騎兵達も、わけがわからずにうろたえてしまうほどだった。
「…トト?…君は…」
アレスが言葉を漏らす。
トトは顔を上げて、拳銃を向けた。
「僕は逃げない。貴方と戦う。」
「…くくくっ、くははははははっ!!」
スレイプニルは声を上げて笑う。
彼の口から出た言葉に面食らい、思わずあふれ出た笑いだ。
「ガキが…何を言い出すかと思えば!」
スレイプニルはバイクから飛び降り、槍を構える。
「いいだろう、その勝負乗ってやろう!」
アレスは剣を取り、彼の部下もまた槍を投げる姿勢を取る。
……が、
「妙な気を起こすなよ黒服。うっかり貴様ごと刺し貫くぞ。」
「……。」
「お前らも手を出すな。コイツは俺が相手してやる。」
スレイプニルのその一言に部下は止まった。
「アレスさん、大丈夫です。僕は、負けません。」
そのトトの言葉に、アレスは剣を収めて一歩下がった。
何故そうしたのかは彼自身にも分からない。
ただ、トトが本当にこの勝負に勝てる確信が心のどこかにあった。
「行くぞぉ!」
スレイプニルはそう叫ぶと同時に地面を蹴り上げトトに突貫した。
トトは一歩もその場から動かずに、彼の目に狙いを定める。
スレイプニルはトトが引き金を引く前に彼の銃を弾き飛ばせる確信があった。
彼の槍が銃口にぶつかる刹那、突如上空から降ってきた何かによってその先端が破壊された。
「何っ!?」
眼前に現れたその存在に、スレイプニルは目を見開く。
彼の目に映る、青白い炎を宿した左目。
トトの前に背中を向けて、彼を守るように立つそれはー
「トト、大丈夫?」
「ステラ…!」
「バカな…!?」
二人の言葉に、ステラは答える。
「トトは、私が守る。」
右手に握られた黒い剣を振るい、叩き折れて先端を失った槍を弾く。
スレイプニルは焦っていた。
あの時線路外へ放り投げたステラがどうやって目の前にやってこれたのだと。
「ブラックロックシューター!どうやってここまで来たかは知らねえが…!」
スレイプニルは槍を投げ捨てると、並走していた部下が槍を彼に向かって投げ渡す。
それを掴み取り、再度構えた。
ステラはトトの前に立ち、剣を構える。
スレイプニルは右足で力強く踏み込み、突撃を仕掛けた。
一気に彼女との距離が縮まり、槍の先端が彼女の体を貫かんとするも、
ステラは剣でその先端を止めた。
互いの得物がぶつかり合い、火花が散る。
勝負に負けたのは、スレイプニルだった。
彼の槍はステラの刃に切り裂かれ、先端が床に転がる。
しかしスレイプニルは止まらない。
「シィィッ!!」
まるで空気を切り裂く音にも似た声を上げながら、切り落とされ、
突く能力を失った槍を振り回し、ステラの持つ剣を激しくぶつけ合う。
鍔迫り合いになり、彼女はトトを一瞥した。
「トト!私はいいから貴方は先に前へ行って!」
「えっ!?でも…!」
「信じて!」
言葉に詰まるトトにステラは言った。
その言葉に彼はハッとする。そして返事はせずに頷いて、アレスと共に前の車輛へ進む。
ステラはスレイプニルに押しのけられ、壁に叩きつけられる。
そして先が切り落とされた槍であるにも関わらず再度突撃をした。
ステラはそれを交わし、槍が壁に突き刺さる。
スレイプニルはそのまま壁を抉りながら横に槍を振るう。
鉄製の壁がメキメキと引き裂き、貨車を破壊しなが、ステラに向ける攻勢を一切緩めない、。
ステラは後ろに飛んで距離を取りつつトトの方へ向かっていくが、
車輛を破壊するように突き進むスレイプニルの攻勢はむしろ激しさを増していく。
そしてスレイプニルは地面に折れた槍の先を押し当てそのまま上に振り上げた。
次の瞬間斬撃が強烈な閃光と共にステラに襲い掛かる。
“ 斬刃 ” と呼ばれる刀剣に魔力を与えることで光弾を刃で放つ魔術だ。
扱えるのは魔術剣士と呼ばれる剣を扱える魔術師でなければ使うことが出来ないはずだが、
スレイプニルはこれを槍で行ったのだ。
ステラが彼の真上目掛けて飛び上がり、大砲を構えた。
スレイプニルは上を見上げた。ステラは引き金を引く。
直撃した砲弾が爆発し、青白い炎を上げた。
ステラは着地してスレイプニルを見た。
まだ倒れていない。二本の足でしっかりと立っている。
着弾の直前にスレイプニルは折れた槍で砲弾を防いでいたのだ。
槍は完全にひしゃげてしまっていて、たしかに強烈な一撃なのは明白であった。
これではこれ以上彼は戦えないとステラは思った。
「まだ…だ……!」
「……!」
ステラは驚いた。
スレイプニルはまだ闘うつもりなのだ。
彼が槍を構えてステラに向かって踏み出そうとしたとき、
「っぐぅ……!がぁ…!」
スレイプニルは膝から崩れ落ち、その場で手を付いた。
体へのダメージまでは防ぎきれなかったようだ。
全身から雨の様に血のしずくが垂れている。
咳き込んだ口からは血を吐き、荒い呼吸を繰り返す。
「もう貴方は戦えない。それ以上動くと…」
「ハァ…ハァ…!!」
ステラは言う。
スレイプニルは答えずに彼女の目を見た。
未だ闘志の消えぬ瞳を、ステラは静かに見ていた。
何故この男はこうなってまでも戦おうとするのだろうと、そう考えていた。
彼と彼女の間に沈黙が訪れかけたときだった。
「隊長!!装甲列車が……グぁ?!」
騎兵の声と、機関銃の銃撃音、その直後に彼の断末魔が響いた。
スレイプニルは痛む体を引きずってなんとか立ち上がろうとしたそのときだった。
“ ベキベキベキベキッッ!! ”
列車の進行方向とは逆方向、即ち後ろの車両から何かを破壊する音が聞こえたのだ。
思わず全員がその方向を見る。
「わぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」
真っ先に声を上げたのはスレイプニルの部下だった。
彼の、否、彼を含めた部下たちの目には、大砲や機関銃で武装した装甲列車が貨物列車の貨車に激突し破壊しながらなおも加速していた。
そして、
「奴隷が乗ってようがお構いなしに轢きつぶしていやがります!!私以外みんなやられて…ギャア!?」
そしてその装甲列車は、味方であるはずのスレイプニルの騎兵部隊をも攻撃していた。
槍しか持たない彼らは機関銃に抗えず、隊長であるスレイプニルを残して全滅してしまったのだ。
「そんな…あの人たちは味方なのに!!」
騎兵の言葉にトトが叫ぶ。
その蛮行という言葉ですら足りないほどの行いにステラでさえも不快感を覚えた。
民兵隊が味方である騎兵や自分たちが乗せた奴隷の命も構うことなく装甲列車を突っ込ませてきたことに憤りを隠せなかったのは、トト達だけではない。
今まさに彼を捕らえようとしていたスレイプニル自身が、怒っていた。
彼は完全に攻撃力を失った槍で体を支えながらなんとか立ち上がり、トトに背中を向けたままこう言った。
「行け、小僧。気が変わった」
「えっ!?」
「早く行け!!」
スレイプニルが叫ぶ。満身創痍の彼から放たれた覇気にトトは気圧された。
まるで見えない腕で突き放されるように後ろに下がるトトの体を、後ろから誰かが支えた。
アレスだった。
「行くぞトト」
「…はい」
促されて、トトは先の車輛に向かって歩く。
ステラはスレイプニルの背中を一瞥して、彼に続いた。
スレイプニルは追い払った邪魔者達の背中をチラリと見る。
その直後、装甲列車のラッセルが壁を破壊して遂に彼の前に姿を見せた。
「ノコギリ女!!俺の手柄だと言ったのによォ……!!」
スレイプニルは嘶く。そして地面を蹴り上げ、折れた槍を装甲列車に向けて突撃をした。
槍が突き立てられた瞬間爆発が起こり、その爆風はトト達が驚いて振り返るほどだった。
それはアレスの判断で先頭車両から後ろを切り離した直後の事だった。
燃え盛る装甲列車はだんだんと小さくなり、やがて見えなくなった。
(続く)