BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
トリュー・ゲオルク
グランドセントラルにある大学の言語学を研究している助教授
言語学、というだけあって非常にユーモラスな伊達男。
しかし隔週で旅行に出かけては、大学の職員からお叱りを受けている。
「真なる知識は己で見聞、経験して初めて得られるもの」を信念に、
様々なことに果敢に挑戦するバイタリティの持ち主。
トトが探している人なのだが…?
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首都グランド・セントラル 北区
この区画のほぼ中央に位置する場所に建てられている歴史あるホーリー・ウッド大学校。
広い講義室の教壇で、一人の教員が教鞭を振るっていた。
男の名は、トリュー・ゲオルク。
この学校の非常勤講師であり、言語学を担当している。
そして黒板には二種類の文字が合わせて76個書かれている。
トリューは手に持った指示棒で一方の文字を指した。
「我々の国では、アルファベットという26の文字を使い、それらを組み合わせて言語や文章を作るのは皆知っての通りだろう。」トリューは指示棒でもう一方の文字を指す。
「…その一方で、東洋の倭ノ國ではひらがなというものを用いており、その数は50文字、アルファベットの二倍だ。その語学の内容の複雑さは恐らく世界でも類を見ないだろう。」
そう言ってトリューはチョークで更に文字を走らせた。
そうして二種類の単語を作る。
アクセントの記号を添えて、話を続ける。
「この二つの言葉。まったく同じ文字だが、イントネーションで意味が変わってしまう。これは同音異義語と呼ばれるモノだ。ここに倭ノ國では漢字とカタカナが織り交ざり、更に交易が盛んな諸外国の言葉を率先して取り入れる傾向がある。これらは外来語と呼ばれー」
トリューの講義内容に一人の生徒が手を挙げた。
「先生~、何故倭ノ國にはアルファベットは普及しなかったのですか?」
「いい質問だ。……では倭ノ國の “ かな文字 ” の歴史についての説明もしておこう。元々倭ノ國と交易があった華ノ國から伝わった漢字がその語源と言われており、それを」
そこまで言ったところで、発言を遮るように講義の終了を知らせる鐘が鳴った。
トリューは「おっと」と一言言って、左目に掛けたモノクルに指を添える。
「すまない。この話の続きは次の講義にするとしよう。来週は休講になるから、皆忘れないように!」
そう言って教卓に広げた教本をまとめて、トリューは脇に抱えた。
「ゲオルク先生また休講だって」
「そろそろクビになるんじゃない?」
ヒソヒソと聞こえる噂話に耳も貸さずにトリューは講義室を後にしようとする。
そんな中一人の青年が机から体を起こしてあくびを漏らす様子が彼の横目に映った。
「ホーエンハイム君!」
トリューは足を止めて青年の名前を呼んだ。
名前を呼ばれた彼は驚いて目を丸くした。
「あとで私の部屋に来るように」
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トリュー・ゲオルクは大学の非常勤講師でもあり、言語学を研究している助教授でもある。
彼の研究室は大学の4階北側の角部屋に位置し、その部屋の中には様々な言語の蔵書や資料、世界中の調度品やアンティークなどが所狭しと置かれている。
その部屋の真ん中に構えられた大きな机の前で、トリューは椅子に深く腰掛けて一枚の羊皮紙を眺めていた。
机の上にどんと広げられた大きな蔵書のページの一枚で、そこにはアルファベットとも違う奇妙な文字で文章が綴られている。
“ コンコン ”
軽快なノックの音が部屋に響く。
「開いているよ」トリューは答えた。
「失礼します」という男の声と共にドアが開く。
声の主は先ほどトリューに来るように言われていたホーエンハイムと呼ばれた青年だった。
トリューは羊皮紙を机の上に置いて彼に言った。
「ホーエンハイムくん。君は私の講義で居眠りをしたのは今回で7度目だよ?」
「すみません」
「たしかに、睡眠は人間の生活において重要な休養時間だ。食事の次に重要な休養と言える。しかしそれは私生活に限った話であり、大学構内の講義中の話ではない」
「…」
「まあ、私の説教はおいておくとして、君は講義の内容を把握しているのかね?」
ホーエンハイムは顎に手を当て、一度目をそらした。
トリューは彼が講義中に居眠りをし、全く頭に入っていないものだと思っていた。
そして彼は口を開く。
「アルファベットの26文字に対し、倭ノ國の平仮名は50文字、更にカタカナを合わせて100文字、そのどちらも漢字由来の文字であり、その起源は華ノ國より伝来した漢字を読もうとした倭ノ國の人達の独自文化だと言われており、最初は振り仮名や送り仮名と呼ばれているものだったものがー」
「結構」
トリューは左手を挙げてホーエンハイムの言葉を制止した。
それを見た彼は言葉の流れを止め、トリューはひじ掛けに手をついて立ち上がる。
「それだけ出来ていれば大したものだ。君は勉強熱心なんだなあホーエンハイム君」
「あ…、そのことで、先生に質問があるのですが…」
「ほう?言ってみたまえ」
ホーエンハイムの質問にトリューは耳を傾けた。
「倭ノ國には言葉に意味をあてる文化があると聞きました。一つの言葉に複数の意味を持たせることがあるのだと。何故そのようなことを?」
「それはとても良い質問だ。では君に面白いものを見せよう」
トリューはそう言って先ほど机に置いた羊皮紙を手に取って見せたときだった。
遠くの廊下からバタバタバタと足音が響いてくる。
その足音は二人には聞き馴染みがあるらしく、特にホーエンハイムは慌ててショーケースの影に隠れるほどだ。
その足音は部屋の前で止まり、ノックもせずにドアが開かれる。
一人の少女がセミロングの髪と肩を揺らしてツカツカと部屋に入り、トリューに一瞥した。
「先生!ここにナミマは来てませんか!?」
「居ないよ」
ナミマとはホーエンハイムの名前だ。
ちなみに居ないよと言ったのはトリューではなくホーエンハイムだ。
声のした方向を見た彼女は彼の前に立ち、その耳を引っ張った。
「ナミマ!アンタまた居眠りしたんでしょ!」
「講義は聞いてたよ…」
「言い訳しない!そうやってまた先生のこと困らせて!」
ホーエンハイムの弁解を遮り、彼女は彼をがみがみと叱った。
彼女の名前はマイ。
ホーエンハイムと同じ学部の生徒であり、彼の元交際相手だ。
彼女は最初こそ彼のことを放っておけないと言って交際を始めたものの、
彼にデートをすっぽかされた50と8回目にして彼女が愛想を尽かして別れたのだが、
未だに彼を放っておけずにこうしてやってきて彼の手綱を引く様子は、もはやトリューにとっては日常茶飯事であった。
そんな彼女のお説教に対して彼は聞いているんだか聞いていないんだか分からない顔をしていた。
しかしトリューは思う。
(あ、もう話聞いてないな。)と。
「聞いてる!?」
「うん」
マイの言葉にホーエンハイムもといナミマは二つ返事で答える。
その真意は彼のみぞ知るところだが、どんなものか。
トリューはそう思いながら、二人の痴話喧嘩を仲裁することなく椅子に深く腰掛けた。
「今日一緒にレポート書く約束覚えてる?」
「あ、忘れてた」
「ほら見なさい!先生!ナミマを連れてっても?」
「構わんよ」
トリューはマイの言葉への返答に、更にこう付け加えた。
「ホーエンハイム君、シャツの襟が曲がっているから後で直しておきたまえ」
それを見たマイは「あぁもう!」と言ってナミマの襟を直すと、彼の手をとって部屋のドアをバタンと閉めた。
バタバタバタと二人分の足音。やがて静寂が部屋に満ち、ようやく彼は落ち着いた。
「ドアは静かに閉めて欲しいものだが、やれやれ…彼らのような夫婦は実に賑やかで楽しそうだ……」
独り言をポツリと呟き、窓の外を眺める。
秋晴れの空に白い雲が一つ浮かんでいた。
“ カチャッ ”
ドアノブに手を掛ける音が聞こえ、トリューは視線をドアに移す。
しかし立っていたのはナミマでも、マイでもなかった。
白いセーターに、ピンクのスカート、花の髪飾りに、大きな白のキャスケット帽、
整った容姿に赤縁のメガネと赤い瞳が印象的な少女だった。
そしてトリューはその少女の顔に覚えがあった。
先ほどの講義で一番後ろの席に一人で座り、頬杖をつきながら自分の講義を聞く彼女の姿を、彼は見ていた。
「君は…さっき講義にいたね?何か用かね?」
「ええ、トリュー先生。私も質問があるの」
「ほう?盗み聞きはあまり感心しないが…、いいだろう、聞かせたまえ」
少女の問いかけの内容は先ほどのナミマとのやり取りをトリューに想起させた。
しかし彼の興味はそれ以上に彼女に注がれ始めていた。
彼女は「フフ」と不敵な笑みを浮かべてトリューに改めて問いかける。
「言霊の魔法、って御存知?」
「…いや、初耳だ」
トリューの返事に彼女は「あら」と言って口元を押さえた。
そしてまたフフフと笑いながらトリューに言った。
「魔法というのは、大気や大地、水や木、火や雷なんかの自然の力を扱うわよね?」
「あぁ、その通りだ」
「でもそれは杖を用いる必要があるし、人間に生まれ持って備わっている魔力の強さも違う。それに呪文の詠唱があって初めて魔法が使える。でしょう?」
「あぁ、魔術の原則だ。」
「呪文の詠唱は訓練を重ねればこそ省略して無詠唱魔法として使うことも出来るけれど、それでもやはり杖…、あるいはそれに準ずるものが必要。例えば…剣とか?」
「よく知っているな…、感心するよ」
トリューは彼女の造詣の深さに驚いた。
同時に気味の悪さも覚えていた。
彼女は靴音をコツコツと響かせながら話を続ける。
「でも先生、私はこう思うのよ。…杖を用いずに、普段私たちが使う言葉、言霊も魔法にすることができるんじゃないか。って…」
「ほう?」
「言葉そのものを魔術として、それは時に暴力装置として、時に人々の心を掴むため、時に何かを封じ込めたり、解放したりするための鍵として使うことが出来たとしたら……。私にはそんな魔法がどこかに存在するような気がしてならないのよ、先生?」
「実に興味深い話だ」
少女の問いにトリューはそう言ってモノクルを掛けなおす。
そうでしょう?と言う少女を一瞥すると、トリューは椅子から立ち上がって彼女の前に立つ。
「本当に勉強熱心な子だ。名前を聞いても?」
「ジャンヌよ。よろしくね?トリュー・ゲオルク助教授?」
「ありがとう。詳しい話はまた今度聞かせてもらってもいいかね?入り用を思い出した」
「もちろん。またね、先生?」
ジャンヌはそう言って微笑むと、さっさと部屋を後にしてしまった。
言霊の魔法、その言葉がトリューの頭に残った。
言語学を研究している自分にそれを向けてくることにも。
恐らくは既に何かを知っていて、敢えて自分に声を掛けてきた。
トリューは少女の心意を自分への挑戦だと、そう結論付けた。
「ふふ、良いだろう。受けて立つ。一言語学者としてな」
トリューはそう言って、大学を後にして帰路に着いた。
グランド・セントラル東区ヴルカーノ通り22番地307号室が彼の住居だ。
部屋の中には彼の大学の研究室の比じゃない量のコレクションの数々が所狭しと並べられており、ただでさえそこまで広くない廊下やリビングを圧迫してしまっている。
そして彼のリビングの隅、一人掛けの椅子に膝を抱えて座っている小さな女の子が顔を上げてトリューの目を見た。
金色の瞳。枯草色の長い髪、そして口を開いて彼に言う。
「τ…цЯ…、ζЯЯ…」
「あぁ、ただいまウォクス」
彼女の名はウォクス。
トリューは生まれて間もなかったこの女の子をたった一人で育ててきた。
しかしこの少女はトリューの言葉を全く覚えず、彼も全く知らない言語を用いて会話をするのだ。
それが自分の生まれ育った国の言葉であるかのように。
トリューが言語学の研究をしているのは、ウォクスの使う言葉を完全に理解するためである。