BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR-   作:アカ狐

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スレイプニル


神話に登場する幻獣。
8本の脚を持ち、非常に早く走ることの出来る優れた軍馬であり、
空を飛ぶことも出来たと言われている。
騎兵部隊 “ スタング ” のリーダー、アルベルト・ディセンベラもそう呼ばれていたが……








五章 ~Grand Central~ 1

 

 

 

 

 

 

ユイト・サーズデイはグランド・セントラルの王城に戻り、状況の報告を行っていた。

彼はキング・キルに直接報告することを申し出ていたが、それは受け入れられず、代理としてゾディアック十番位のワイバーンが彼の報告を受けていた。

椅子に座る老人は、報告を聞き終えると、深く息を吸って椅子に体を沈めた。

 

「ふむふむ…なるほどそうであったか……、部隊とスレイプニルのことは残念だったな。サーズデイ君」

 

「いえ、かえって覚悟が固まりました。散っていった同志達の為にも、彼らはスタングの手で捕らえるつもりです」

 

「フフフフ…流石は騎兵だ。実直だ」

 

ユイトの言葉にワイバーンは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

アンドレ達は森の中を進むうちに道に迷ってしまった。

というのも一寸先すら見えないほどの濃霧に見舞われてしまったのだ。

 

彼らのいるツルギ山の麓には “ 霧の森 ” と呼ばれる場所がある。

半径数百メートル規模の大きな森で、そこは常に深い霧に覆われている場所だ。

 

何故か日が高く上っていても霧が晴れることのない場所で、何人もの人間が帰ってこれなくなった為に、人々はよほどのことが無い限り寄り付くことの無いようなそんな森であった。

 

そしてアンドレ達もまたそこで道に迷ったのだ。

正確には迷ったというよりは、方向感覚が分からなくなったというのが正しいだろう。

しかし無理もない。

一寸先が見えないのだから。

 

「ユナ!着いてきてるか~?」

 

「オッサン離れすぎるなよ!あっという間にはぐれちまうぞ!」

 

アンドレの言葉にユナは答える。彼らとの間には三歩半の間隔があった。

 

「そこのお嬢ちゃんはちゃんといるか?」

 

アンドレがもう一度声をかける。お嬢ちゃんとはマルチのことだ。

此処に来る前の池のほとりで出会って以降、行動を共にしている。

彼女は頭が三つある子犬を腕にしっかりと抱きかかえながらユナの隣を歩いていた。

 

「マルチは僕の隣にずっといるよ!ちょっと休もうぜ?だいぶ歩いただろ?」

 

「この霧の中休めるか~?俺はこの森を抜けるまで行きたいぞ??」

 

「疲れを知らないのかアンタは!?」

 

濃霧の中、ユナとアンドレの声だけが響く。

そして、

 

「いたっ!?」

 

「大丈夫?ユナ?」

 

ユナは突然目の前の何かにぶつかり、そのまま尻もちをついた。

マルチはしゃがみ込んで、ユナの様子を伺った。

 

「いてて…って」

 

ユナが腰に手を当てながら見上げると、アンドレが立っていた。

 

「おいオッサ…!」

 

文句の一つでも言おうとユナが立ち上がった瞬間アンドレは軽く右手を上げた為、ユナは思わず押し黙る。

アンドレが言わんとしていることに気が付いたのはマルチだった。

彼女は周りを見て、ユナに言った。

 

「ここだけ霧が晴れてる…?」

 

「え…?」

 

アンドレにそう言われたユナが辺りを見回すと、先ほどまであった霧はすっかり晴れていることに気付く。

否、正確には踏み込んだその場所のみが霧の無い空間になっていた。

まるでこの場所を隠す為に周囲を霧で覆い隠しているような、そんな場所であった。

そしてユナに目もくれず、依然として立ち尽くしているアンドレの視線の先、

 

そこには一本の大木と、その枝に留まる無数のフクロウ達。

そしてそれをまとめ上げているであろう、ひと際大きなフクロウが一羽、その大木のちょうど真ん中の枝の分かれ目に深く腰掛けていた。

 

否、フクロウというよりは、フクロウのような出で立ちの人間であった。

フクロウの様に見えたのは羽毛で作られたローブで、その布の隙間からは白く細い腕と脚がすらりと伸びている。

 

「珍しいお客さんが来たものね。こんなところまで人間が足を運ぶとは。本当に珍しい…」

 

フクロウは静かに、それでも厳かに三人にそう言った。

透き通るような女性の声だった。

彼とも彼女ともつかぬ彼の者の表情は、深くかぶったフードに隠れて全く見えない。

 

「ここはフクロウ達の森よ、迷ってしまったと言うのであれば、早々に立ち去りなさい。名も名乗れぬ人間達よ」

 

「え、あ…」

 

言葉を発そうとするユナを制し、アンドレは帽子を脱ぐと口を開いた。

 

「突然の来訪、失礼した。私はアンドレ・マクミリアと言う者だ。旅の道すがらこの森に入り、此処に辿り着いた次第」

 

「へえ…?ケルベロスを引き連れて?」

 

ユナは気づく。マルチはとうに気が付いている。

フクロウたちの視線は三人にではなく、マルチの腕の中に収まるアジーンに向けられている事に。

そしてアジーンは三つの頭を寄せ合ってその沢山の眼に怯えていた。

小刻みに震える小さな体を、マルチはしっかりと抱き寄せる。

しかしアンドレは、物怖じすることなく言葉を返す。

 

「ケルベロス?この子犬をケルベロスと仰いましたか?私には主人の腕の中で怯える子犬に見える」

 

「…アンドレと言いましたね?その子犬とやらがこの森で粗相を犯さぬと、我々に危害の及ぶ厄災を招き入れぬと、約束が出来ますか?果たせぬ場合は如何なる罰をも受け入れる覚悟を、我々は求めています…」

 

「……お約束いたします」

 

アンドレは胸に手を当て頭を下げた。

その背中を見て、ユナとマルチも揃って頭を下げる。

三人の様子を、フクロウは見つめる。

 

どれほどの時間が経ったかというとき、フクロウは言った。

 

「いいでしょう、貴方の覚悟に免じて、此処にそれらと踏み入ったことを不問といたします」

 

「御寛大な御心に感謝いたします。私めは貴方様をなんと御呼び致しましょう?フクロウの長よ」

 

アンドレの問いにフクロウはフードを脱いで素顔を見せた。

整った顔に不釣り合いという印象のぎょろ目を見て、ユナは思わず背筋が凍えた。

あまり目を合わせたくないと、失礼だと思いながらも思ってしまったのだ。

 

「わたしのことはホルンで構いません。アンドレ。」

 

ホルンはそう言って目を閉じた。

アンドレは素朴な疑問を彼女にぶつけた。

 

「ではホルン、一つ聞かせてくれ。ツルギ山に棲むと言われている精霊とは、貴方の事なのですか?」

 

ホルンは目を開き、アンドレを見て二回、三回瞬きをした。

驚いているようだった。

 

「…人間の世界では、わたしは精霊になっているのか……?」

 

「…?、人間の世界とは…どう言った意味で?」

 

アンドレはホルンの言い回しが引っかかった。

ユナも同じくそこに違和感を覚えた。

まるでかつて人間の世界に昔いたような、そのような口ぶりであった。

 

「いえ…貴方には関係ない話ね。取り乱してごめんなさい…」

 

ホルンは首を横に振って謝罪した。

謝るほどの事ではないとアンドレは伝えたものの、彼女はすぐにでもその話題からは離れたがっているようだった。

そんなとき、アジーンが、ワンと一声吠えた。

 

マルチが視線を追うと、アンドレ達のいる場所からは見えない場所、

ホルンが腰掛けている大木の根元の近くに小さな泉があった。

マルチは泉に駆け寄り、水面を見つめる。ユナもなんとなくそれに続いて、そんな彼女を見つめた。

そこまで大きくもなく、深くも無い。大人一人が仰向けに寝そべったときに全身が水に浸かるほどしかない泉だった。

 

「それは記憶の泉…その泉の水の中に潜ると、僅かな時間の間だけ、自分の過去を見ることができます」

 

「過去の…記憶…」

 

マルチはホルンの言葉を反芻する。

潜っている間の僅かな時間のみ見ることの出来る記憶。

 

「それは、誰でも入っていい場所なのか?」

 

アンドレは疑問を投げかける。

確かに霧の森の奥深くに隠すように存在するこのフクロウの森の中で、

こんな小さな泉があっても、使うどころか、辿り着くことすら困難なはずだ。

ユナはそう思いホルンを見た。

 

「信じるか信じないかは、貴方達次第。私は貴方達が泉に入ることを邪魔はしない」

 

ホルンの言葉を聞き、アンドレはコートと帽子を脱ぎ始めた。

ユナは慌てて彼を止める。

 

「お、おいオッサン!本気なのかよ!?」

 

「水の中に潜っている間だけなんだろ?それに見れるものなら見てみてぇ」

 

アンドレはそういうとザブザブと泉に足を浸けて、ちょうど真ん中の辺りで腰を下ろした。

その様子をホルンは静かに見ている。

アンドレは彼女を一瞥してからユナを見て言った。

 

「何かあったら叩き起こせ。んじゃ」

 

そうして彼は仰向けになり、完全に全身を水の中に沈めた。

こんなことをするだけで見れる己の過去の記憶がどんなものかを確かめる為に。

息なんてそんなに続くはずもないし、すぐに終わるだろうと思いアンドレは目を閉じる。

 

しかし次の瞬間、アンドレの身を包んでいた水の感覚が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

(続く)

 


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