BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR-   作:アカ狐

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港湾都市 “ マリーネ ”

グランド・セントラルから南側に位置する港町。
諸外国との交易拠点でもある。
特に倭ノ國との交易が盛んで、多くの人で賑わっている。








Side Story 2 Dullahan’s Chariot

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「お客さんよ!起きてくれ!ついたよ!」

 

男に揺すり起こされ、青年が目を開く。

身に着けている衣服の作りや、その顔立ち、長く艶のある黒い髪は、彼が異国の者であると一目で分からせるには十分だった。

彼は東洋は倭ノ國からこの船に乗って海峡や運河を渡り、そしてこの地にやってきたのだ。

 

もう既に一緒に載せられた荷物達は運び出されていたようで、あとの荷物は彼一人と言うわけだ。

彼は男に「かたじけない」と一瞥してから金の大判を一枚握らせて立ち上がる。

脇に置いていた打刀とライフル銃を腰に差し、赤い鞘の太刀を羽織の内側に背負って船を降りた。

男はそれを見るなり慌てて男を呼び止めた。

 

「あ、お、おいおいおい!おいさんよい!?」

 

「ん?船代が足りなかったか?」

 

青年の言葉に男は首を横に振る

 

「ち、ちげえよ!多すぎだってんだ!これじゃあ…」

 

「ああ、なら良かった。それで美味い飯でも食べるといい」

 

「な!?…あ、アンタ変わった奴だな…。なんかの縁だ、名前を聞かせてくれよ!」

 

男の言葉に、青年は答える。

 

「コウガミ アオイ。神を守る葵と書いて、“ 神守 葵 ” という」

 

葵は男に別れを告げてその場を後にし、初めて降り立つ西洋の国の景色を見据えた。

 

家や商店などの建物の作り、行き来する船の造り、この海で採れたであろう魚介達に生活を営む人々の着ている衣服や顔立ち、そのどれもが葵の住んでいた町と違っていて、軽い散策と思っていた葵の歩みを遅くさせる。

 

「…ん?」

 

船が止まっていない波止場近くの道端で、人が一人カモメに啄まれていた。

行き倒れか…と葵は思ったが、うつぶせに倒れているその者の背中が微かに上下していることに気が付いた。

カモメを追い払いながら男にかけより、膝をついて声をかける。

 

「もし、もし。口は聞けるか?立てるか?」

 

「……」

 

「ん?」

 

微かな声を聞いた葵は男の口元に耳を寄せる。

次の瞬間、

 

“ぐごごごごごぎゅうるるるるるるるる”

 

「……」

 

けたたましく鳴り響く腹の虫。葵のものではない。

倒れているその者から発せられた後、声が微かに聞こえた。

 

「……み、水…」

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

「いやあ!まっことかたじけない!危うくそのまま極楽に逝ってしまうかと思っていたところでござる!」

 

「......」

 

 

焼いた魚にガツガツと食らいつき、ぐびぐびと茶を飲みほしている男の姿を、

葵はあきれた様子で見ていた。

どちらも腹を空かせている彼を見かねた葵が市場で手に入れ、火を借りて彼の為に焼いたものだ。

それを男はありがたいありがたいと言いながらむしゃむしゃと手づかみで齧りついて骨ごとバリバリと食べてしまっている。

 

「いやあしかしこの国で獲れた魚は美味い!!魚を食べたのは久しぶりでござる!本当にこの恩は忘れないでござる!」

 

そう言いながら何度も頭を下げる男に葵はやれやれと呆れた。

見ると男は袈裟をまとっていて、傍らには錫杖も置いてあることから彼が倭ノ國の僧侶であることは間違い無かった。

 

「そういえばまだ名乗っていなかったでござるな!拙者は日華(にちか)。見ての通りのしがない僧侶でござる」

 

「……神守 葵。ただの僧侶が何故こんな遠い西の地に?」

 

「それは勿論修行でござる!拙者はまだ仏門を下ってふた月と経っていないものであるがゆえ」

 

「髪も剃らずに外国へ飛ばす寺は聞いたことがない」

 

葵は素朴な疑問を投げかける。

仏門に下るものは頭髪を剃り、一年は寺に籠もりきりで読経と写経をするものだと聞かされていたからだ。

彼のもっともな質問にも日華は動じることなく魚を頬張りながら話す。

 

「拙者から和尚殿に申し出てこうして國の外を歩き、釈迦の教えを説く旅の許しを得たのでござる。魚たちは御馳走になった。このご恩は忘れないでござるよ葵殿」

 

「あ、あぁ…」

 

おかしな男だと葵は思った。

日華は手を合わせ「ごちそうさまでした」と言ってから葵を見て、

「何故葵殿はこの國に?」と問いかけた。

葵が答えようと口を開いたそのときだった。

 

「キャアアアアアア!」

 

「騒ぐな!こっちへ来い!!」

 

絹を裂くような女の悲鳴とそれを黙らせるように響く男の怒声。

二人がその声のする方を向くと、深緑色の服に赤い腕章を付けた男が一人の女性の腕を掴み石畳の地面に引き倒しているところであった。

この国の兵士だろうか?と葵は思った。似たような服装の男達は女性を取り囲み、中には手に提げた小銃を向けている者までいる。

周囲の人間は助けるどころかその男達を畏怖するように見て見ぬふりをするばかりであった。

 

「あれはこの國の民兵でござる。一年前に起きた革命戦争で軍事政権が倒幕して以降、革命政府直轄の民兵団による治安維持が」

 

「ちょ、ちょっと待った」

 

日華の話を葵は手で制して遮る。

 

「革命って…?それに軍事政権とはどういうことだ?この國は王政のはずじゃ…」

 

葵の言葉に日華は「知らぬでござるか?」と葵の方を振り向いた。

しかし葵はそこには無く、日華は周囲を見渡す。

 

「何だ貴様ぁ!!」

 

直後響く民兵の怒声、見ると葵は女性を取り囲む民兵達の前に立っていて何かを言っていた。

日華は慌てて立ち上がり葵に駆け寄る。

 

「このご婦人が貴殿らに何をしたかと聞いているだけだ。真っ当な理由であるなら邪魔立てするつもりは無い」

 

「婦人だと?コイツ娼婦を婦人と言ったぞ?」

 

「それにコイツのこの服、東洋の黄色の猿じゃないか?」

 

「世間知らずの田舎っぺだな?」

 

「ひゃひゃひゃ」

 

口々に葵をあざ笑う声。

葵は額に手を当ててこう言った。

 

「やれやれ、困ったものだ……」

 

「困るなら引っ込んでろーッ!!」

 

民兵の一人がライフルの銃床を葵の背後から後頭部めがけて降り下ろす。

女性が「危ない!」と叫び、日華も思わず「葵殿!」と言ったと同時に、

葵は打刀を抜き、刀の柄を兵士の鳩尾に突き立てた。

 

「ぐ…ぉ…」

 

男が腹を手で押さえながら倒れ伏し悶絶している姿に兵士たちは唖然としていたが、一人が「公務妨害だ!!逮捕しろ!!」と叫び、一斉に兵士たちが取り押さえようと飛び掛かる。

葵は打刀を持ち替え、兵士たちの脇腹や脚に目掛けて峰を打ち付ける。

5人は居た男達があっという間に地面に倒れ、その全員が苦悶の表情を浮かべている。

 

それを見ていた一人が笛を鳴らし、街道に響かせる。

すぐに20人はいる民兵が通りに押し寄せ、葵を取り囲む。

葵は刀を下ろしたまま兵士たちを睨みつける。

その時、

 

“ しゃん ” と鳴り響いた金属の音。

葵の背後に日華が降り立った。

 

「先ほどの女性は拙者が逃がした。焼き魚の御恩がある故、僭越ながら助太刀致すでござる」

 

「…助かる」

 

笠に手を当てニコリと笑う日華に、葵は応える。

直後、兵士たちが襲い掛かり、葵と日華はそれに応戦する。

葵は峰打ちで、日華は錫杖による殴打で彼らの血を流すことなく倒していく。

兵士たちは一人、また一人と倒れていく同胞を見て悟る。

 

この者達が只者ではないことを。

ある者は彼らが得物を振る素早さに、

ある者は彼らの数を物ともしない身のこなしに恐れおののいた。

そしてその全員が彼らの表情を恐れた。

鋭く輝く眼光と、どこか楽しそうに笑うその表情を。

そして只者ではないということは、葵と日華のその動きが互いのことをそう確信させた。

誰一人この二人を止められないのではないか?そんな空気が漂い始めたその時であった。

 

“ ガォォォォオオアアアアッ!! ”

 

突如響き渡る轟音にも似た咆哮。

それを聞いた兵士たちは皆震えあがり、血の気が引いたように慌てて立ち上がり始める。

立てない者は肩を借りながらその場から立ち上がり、中には引きずられる者までいた。

 

葵と日華はその声の主を見定めた。

通りからカタリカタリと足音を響かせて、石畳を歩く “ それ ” は、巨大な蜘蛛であった。しかし蜘蛛に目は無く、牙を持つ大きな口が閉ざされたまま、カタリカタリと足音を立てて車を引いていた。

その車に乗り揺られていたのは一人の少女。

 

否、少女と呼ぶには、余りにも禍々しかった。

歪な王冠を被り、両腕に鎧を、そしてその脚は巨大な車輪と一体になっていた。

その異様な存在感に、葵も日華も思わず固まった。

次の瞬間、

 

“ ドシュッ!ドシュッ! ”

 

蜘蛛の口が開かれ、鈍い音を立てて、二つの円盤のような何かが発射され、日華が避ける間もなくそれは体に直撃し、衝撃で吹っ飛ばされて地面に倒れた。

痛みこそあれど、それが殺傷性の無いものだということを悟るのに時間はかからなかった。

しかし体を起こそうとしたその時だった。

 

「う゛っ!?」

 

ずしりとのしかかる感覚。

背中の上に先ほどの何かが日華の上に重石のように乗っていた。

しかし彼の眼にはそれが砲弾や銃弾のようには見えなかった。

丸くて色鮮やかで、ほのかな甘い香りがしており、菓子の類に見えたのだ。

しかし日華がそれ以上に驚きを隠せなかったのは、

 

「…」

 

「貴様、何故まだ立っている?」

 

葵があの攻撃をかわしていたことだった。

日華には彼がどのように避けたのかまるで見当がつかなかった。

 

それを見たチャリオットに呼応するように蜘蛛の口から二発の砲弾が放たれる。

葵は腰の懐中時計を掴み、ボタンをカチッと押した。

すると葵は目にもとまらぬ速さで打刀を振るい、砲弾を真っ二つに切り飛ばした。

葵は刀身を空に振りながらひゅうと息を吐く。

 

「…メアリ」

 

チャリオットが呟く、蜘蛛はガゴと口を更に大きく開け、先ほどよりも多くの砲弾をばらまいた。

それらは日華の背中に乗っているものや、先ほどのものよりも小さかったが、ずっと弾速が早く、数も多い。

その制圧攻撃を前に葵は、打刀を鞘に納め、膝をグッと曲げる。

居合抜きの構えだと日華は思う。

 

葵は再び懐中時計を握り、ボタンを押す刹那呟く。

 

「時間制御術式・加速、五秒ー」

 

ボタンを押した瞬間、葵の周りの全ての時間が鈍くなる。

葵は全ての砲弾を搔い潜り蜘蛛の眼前に辿り着き、腰に差してあるレバーアクション式ライフル銃を抜いて、蜘蛛の口目掛けて引き金を引いた。

 

「二、一、…解除ー」

 

ズドォォォォオオオオン!!!

 

葵の言葉の後、蜘蛛の顔面で大きな爆発が起こった。

口の中にため込んである砲弾に葵の放った弾丸が誘爆し、蜘蛛の口腔が爆発を起こしたのだ。

民兵達は口々に声を上げ、爆風に顔を押さえる。

日華には、それが一瞬の出来事に見えた。

まるで葵が瞬時に蜘蛛の眼前に移動し、ライフル銃で蜘蛛に銃弾を浴びせたように見えた。

 

葵は銃を片手で一度回転させてから腰に差し、深く息を吸って、吐く。

しかし煙の中から姿を見せた蜘蛛は傷一つついておらず、それが引く車の席に収まる少女も瞬き一つすることなく、葵を見据えている。

 

「チャリオット様!!」

 

民兵の一人が叫び、全員が葵を取り囲む。

チャリオット。そう呼ばれた少女は言った。

 

「報告せよ」

 

「はっ!この者共は娼婦の取り調べを妨害した為、取り押さえようと…」

 

“ ガシャ ”

 

「ひっ!?」

 

蜘蛛の口が民兵の方を向き、兵達は狼狽える。

チャリオットは眉一つ動かさないまま、静かに言った。

 

「そんなことは聞いていない。私の街で好き放題に暴れまわる権限を与えた覚えはない」

 

「も、ももも、申し訳ございません!チャリオット様!しかし私共は決して暴れていたわけでは」

 

「言い訳は聞いていない。私が来るまでにたった二人を抑えられずこの体たらく。恥を知れ」

 

男は何も言えずに固まる。

彼らのやり取りを聞きながら葵は思考を巡らせる。

彼女が街を?まだ年端も行かぬ子供、それも女ではないか。と。

 

日華は未だに上に乗るこの菓子のような重石から脱しようと身をよじっていた。

「んぎぎ」だの「ぐぐぐ」だのと声を漏らすが、徒労に終わる日華を横目に葵はチャリオットに声をかけた。

 

「そこの御令嬢、チャリオットと申したか?私の名は神守 葵。倭ノ國より海を越えてこの地へ来た。先ほどの騒動は失礼した。貴殿と話がしたい」

 

民兵は口々に葵を罵るが、

葵の言葉が届いたのかチャリオットは民兵達を制して蜘蛛が引く車から降りて地に足をつけた。

そして足と言っていいのか分からないその車輪を転がして葵の元へ近づく。

 

「興味深い」

 

日華の背中から重い感覚が消える。

面妖な重石がふわりと浮き上がり、蜘蛛の口の中へ吸い込まれるように入っていき、蜘蛛はそれをごくんと飲み込んだ。

 

「葵殿ー!」

 

急に名前を呼ばれ、葵は声のした方を見る。

呼んだのは日華しか居ないのだが、先ほどまでそこに居たはずの彼はいつの間にか家の屋根の上に立っていた。

 

「かたじけないでござる!この恩はいずれ必ず返す故!さらばっ!」

 

そう言って日華はシュンと飛んで何処かへと消えた。

慌てて追いかけようとする兵士たちをチャリオットは制した。

 

「あれはほうっておけ。」そうして葵に向き直り、

 

「倭ノ國のサムライ、お前の話を聞いてやろう。着いてこい」

 

そう言って彼女は蜘蛛の引く車に座り、蜘蛛はまたカタリカタリと音を立てて動き始めた。

葵は置いて行かれぬように歩く。

この国で魔術を学び、魔術を知るために。

 

死に分かれた妻と再会するために。

そんな葵の背中を見送る日華は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「アレが悪喰らう鬼と呼ばれた侍か…。いやはや、人間万事塞翁が馬とはよく言ったものでござるなあ……」

 

 

 

 

(Side Story 2 Dullahan’s Chariot 了)

 

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