BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
バイクを道なりに走らせていると、かなり遠くに煙をあげる何本もの煙突を見つけた。
もう少しで街に着くとトトは思った。
だが時刻は日の入りで、空が少し暗くなり始めており、疲れを感じていたトトは何処かで休息を取りたいと思い始めていた。
そんなとき、道路の脇に分かれ道があり、その先には建物が見えた。
トトは分かれ道の前でバイクを止めて、ステラの方を向く。
「ねえ、ステラ?」
「トト、まだ街には着いてない。」
「いや、うーんとね、もうそろそろ夜になるし、休みたいんだ...えっと...」
「......、トトがそういうのなら、私はそうする。」
「うん、ありがとう...じゃあ、ちょっとあそこに行ってみようよ!」
ステラは頷く。トトはゴーグルをかけ直して進路をその建物に向けた。
そしてその建物の前に着いたとき、そう思ったことを後悔した。
バイクのライトで照らされた白い壁やガラスは長い間放置されているらしく、黒く汚れていて、ツタが絡み付いていて、まるで建物を飲み込もうとしているように見えた。
そこは所謂廃教会というもので、薄暗い空と相まって不気味さを醸し出していた。
「え、えーーーっと...」
トトはどうしようか悩んだ。
だんだんと周囲も暗くなり出しており、今更引き返すわけ気にもなれない。
そんなトトを横にステラは扉に手をかける。
「わぁーーーー!?待って待って待って!」
「?」
ステラは不思議そうな目でトトを見つめた。
「...でも、トトが言い出したこと。」
「うっ...それは、そうだけど......」
「???」
トトの様子にステラは首をかしげる。
しかしトトには迷っている猶予は無い。
それでもトトはこの教会の中に入るのは嫌だった。
「誰だ?」
建物の影から黒い服のフードを深く被り、ランタンを持った男が出てきて二人に言った。
ステラは反射的にトトの前に立つが、トトは待って!と彼女の肩を掴んだ。
「ご、ごめんなさい!人がいると思ってなくて...。」
「......それはそうだろうな。ここに何の用だ?まさか迷い込んだ訳はないよな?」
ランタンの明かりでフードの奥の男の顔が照らされる。無精髭と長い前髪の隙間から赤い眼がギラリと光る。
「すみません...その、一晩泊めていただけたらと...」
「......着いてきなさい。」
男はそう言って裏手側へ歩いていく。
トトはバイクを押しながらそれに続いた。
教会の真裏に出ると、小屋が見えた。
「まさかここに足を運んでくる人がいるとはな...。」
「えっ?」
「いや、こちらの話だ...」
小屋に入るとストーブのおかげで暖かく、テーブルとソファが置かれていて、その奥にはキッチンが見えた。
「茶でも出そう。かけて待っててくれ。」
「あっ、僕はトトって言います...、彼女はステラ...です...。」
「......アレスだ。」
男は二人にそう名乗るとキッチンに立ち、ケトルに水を入れて火にかける。
トトは言われた通りにソファに座る。
ステラは部屋を見渡してから、トトに視線を向けた。
アレスは裾の長いコートをかけると口を開いた。
「...見たところ君は北の国境警備兵のようだな。着の身着のままあの街をバイク一台、それも女と出てくるなんて、何をやったんだ?脱走兵もいいところだぞ。」
アレスからのいきなりの質問にトトは面食らう。
「え、えぇっと...」
「...まぁ、答えられないことならそれでも構わないさ。だが街へ行くならその外套は取らない方がいいぞ。軍服は目立つからな。」
「はぁ......。」
「...まぁ、俺にはあまり関係がないから強制はせん。だがこれから何処へ行くつもりだ?君は若そうだが、この国の情勢をよく知らないわけではあるまい。」
アレスはそう言って、紅茶が入ったカップを二つテーブルに並べた。
彼の問いにトトは一応の事実を伝えることにした。
「その...実はグランドセントラルに行かなきゃいけなくて......」
トトの言葉にアレスの表情が変わった。
「......今は止めた方がいい。革命政府の連中があそこで市民に何をしているか、君も知らないわけではないだろう。」
「...」
彼の言葉にトトは言葉を詰まらせた。
その間をステラが割って入る。
「彼らは何をしている?何故彼らは国境警備兵達からも嫌われている?」
その言葉にトトもアレスも少し驚いた。
彼女は本当に何も知らないのだ。
だがトトは答えない。
口にするのも嫌だったのだ。
「...知らんのか。革命政府に雇われている民兵達は片っ端から罪の無い市民を不当な理由で逮捕しては拷問にかけているんだぞ?」
アレスはステラにそう言いながら三人分のお茶を淹れ、さらにこう続けた。
「民兵達の権力は日増しするばかりだ。それでも、行くのか?」
アレスはトトの目を見る。
トトは拳をぎゅっと握りながら、口を開く。
「...どうしても会って、話をしなきゃいけない人がいるんです......。その、グランドセントラルへ行って.........。」
「...誰だ、そいつは?名は何と言う?」
「......トリュー・ゲオルク」
トトの言葉にアレスは一瞬驚いたような顔をした。そして、
「...なるほど......、...彼の家なら知っているから、そこまでなら案内してやろう。」
と言ったのだ。
「えっ...?」
アレスからの思わぬ提案にトトは驚いた。
ステラは首をかしげる。
「なんにせよ今日はもう遅い。明日の朝、グランドセントラルまで行く抜け道を教えてやろう...私はもう休ませてもらうよ。そっちの戸を開けると風呂場がある。戸棚にはパンやなんかもあるし、まぁ、好きに使ってくれ。」
アレスはそう言って奥の部屋へ引っ込んでしまった。
トトは閉じられたその扉をしばらく見てから、鞄に視線を写して、そこからチョコレートを取り出した。
トトはそれを半分に割って、ステラに差し出す。
「...食べる?」
「...?それは何?」
差し出されたチョコレートを見て、ステラはまた首をかしげた。
「食べ物だよ...、えっと......こう」
トトはそう言いながら、チョコレートの角をかじってみせる。
ステラはそれを見て同じように一口かじる。
ぱきりと音を立ててチョコレートの欠片がステラの口の中へ運ばれる。
そして、ステラはその味に目を丸くした。
「...甘くて...苦くて......。」
「...、おいしい?」
「......?おいしい...?」
ステラは不思議そうに繰り返す。
「え、えっと...口に、合うかなって...」
「...そういう意味なら、これはおいしい。...とても。」
「...そっか、よかった...」
トトは微笑む。
その様子を見て、ステラは戸惑う。
彼の微笑む表情が、自分の記憶の何かと重なったのだ。
「...ステラ?」
「...なんでもない。」
ステラは首を横に振って、チョコレートをもう一口食べた。先程よりも大きな一口だった。
~~~~~~~~~~~~
ステラはチョコレートをいたく気に入ったらしく、トトが二口で留めたのに対して、もらった分を全部食べてしまった。
トトは、ステラの脚や頬に砂ぼこりや、泥がついているのが気になった。
「ステラ...その、随分汚れているけど...?」
「貴方の居た街まで、歩いたから。」
「...疲れないの?」
ステラは頷く。
「...えっと、シャワーとか...入る?」
「必要は無い。が、トトが必要だと思うなら、入る。」
「うん...そうした方がいいと思う...」
ステラはもう一度頷いて、上着を脱ぎ始め、ズボンのベルトに手をかけ始めた。
「うわぁぁぁあっ!?!?待って待って!!」
「?」
トトが慌てて止めに入り、ステラは手を止めてトトの様子に首をかしげた。
「そ、そこの部屋入ってからにして!お願いだからっ!」
「...わかった。」
そう言ってステラはシャワーのある部屋へ入っていった。
「...はぁ。」
トトはソファの上に横になる。
好きに使って良いって言ってたし...別に良いよね。くらいの軽い気持ちでそうしたのだった。
そして、ふと思い立ったトトは携帯ラジオを鞄から取り出してスイッチを入れ、チャンネルを合わせる。
そうして合わせたチャンネルでは音楽番組をやっているらしく、拍手と共に司会の声が流れ始めた。
「“さぁ、それでは一曲歌っていただきましょう!シングラブで、『赤いリボン』!”」
大きな拍手と共に音楽が始まり、女性の歌声が聞こえてきた。
トトはシングラブの名前に聞き覚えがあった。
革命政府による新体制が発足して間もない頃に突然現れ、瞬く間に人気になった女性歌手で、
美しい容姿と歌声で聴衆を魅了し続け、歌姫として君臨している存在だった。
そんなことを思い返しながら、トトはテーブルにラジオを置いて、流れてくる音楽に耳を傾けながら、目を閉じた。
~~~~~~~~~~~~~
トトは夢を見た。
どこかの部屋の中にいて、そこで慌ただしく走り回り、椅子やテーブルを扉に固めていく人達を、トトは見つめていた。
「トト。」
声をかけられ振り向くと、自身よりずっと背の高い青年が立っていた。
トトはそこで自分の体が小さく、幼くなっていることに気がつく。
青年に駆け寄って手を握った。
彼が誰なのかは、トトには分からない。
青年はそのままトトの手を引きながら部屋の奥まで歩き、置いてあった本棚に触れ、グッと押し込む。
それは隠し扉でゆっくりと開き、長いらせん階段が見えた。吹いてきた弱い風に青年とトトは目を少しだけ細める。
「さ、行くよ。」
青年の言葉にトトは頷き、二人は歩き始める。
「若様、どうかお気をつけて。」
部屋にいた一人の女性がそう言って、隠し扉の戸を閉めた。
その音にトトは一度振り返るが、すぐにまた前を向いた。
これから何処へ行くのか。これから自分はどうなってしまうのか。という漠然とした不安が、トトの心を蝕みながら、二人の歩く音だけがそこに響いていた。
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「トト、トト。」
呼び掛けられ、トトは目を開ける。
髪を濡らしたステラがトトの顔を覗き込んでいて、ポタポタと垂れる水滴にトトは顔を右手で覆う。
トトはいつの間にか自分が眠ってしまっていたのだと思った。
ラジオは放送が終わっていたらしく、“サー”というノイズだけが流れている。
トトはラジオを止めて、ステラの方を向く。
そこにはタオルで濡れた髪の水気を取る全裸のステラが立っていた。
「っ!うわぁぁぁあぁぁあああああああ!?!?!?」
トトは驚きと動揺が混ざった声をあげて、後ずさる。
ステラはそんな彼を見て“何をそんなに慌てることがあったのか?”とでも言いたげな顔をする。
「...?トト?」
「ふっ、服!服着て!早く!」
トトは顔を手で覆いながら叫ぶ。
顔はみるみるうちに耳まで赤くなり、煙が出そうなほど体温が上がっていく。
「...?そこまで言うなら...」
ステラは不思議そうな顔をしながらそう言って、また部屋へ引っ込んだ。
バタンと音を立てて戸が閉まったのを確認してから、トトはようやく手を離す。
「.........はぁ。」
トトは深いため息をつき、項垂れる。
そして、ステラの身体が頭に浮かんでしまい、また頭を抱え煩悶とした。
(続く)