BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR-   作:アカ狐

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グレートウォールB区画を抜けて、道路沿いに走った先にあるガソリンスタンドに、一台のトラックが停まっていた。

そしてそのトラックの中で、息も絶え絶えな一人の男が事切れようとしていた。
男は深緑色の軍服に身を包んでいたが、ところどころが焼け焦げて穴になっていて、そこから酷い火傷痕が見えており、骨も折れているのか、腕や脚があらぬ角度に曲がっていて、いつ死んでもおかしくないほどに、苦しそうな呼吸を繰り返していた。

そして一人の医者が、その彼の腕に銀色の液体で満たされた注射器を刺そうとしている。

「本当に、なさるのですか?」

医者は一度だけトラックの外にいた兵士に声をかける。

「ワイバーン様の御命令だ。やれ」

「……分かりました…」

兵士からの返答に医者は答える。

「…神よ、どうかお許しください……。」

医者は震える声で許しを請いながら、男の腕に注射器を刺した。


一章 ~STARTING DESTINY~ 4

 

 

 

ゴトッ。という音でトトは目を覚ました。

 

そしてすぐにその音の正体が、暖炉の薪が燃え尽きて落ちた音だということに気がつく。

 

「目が覚めたか?」

 

「あ、はい。」

 

直ぐにアレスの声が聞こえ、トトは目を擦りながら体を起こす。

 

まだ夜明け前のようだった。

 

「顔を洗ってくるといい。直ぐに此処を出るぞ。じきに民兵達が君を探しにここまでやってくるはずだ。」

 

「…?、なぜ分かるんですか?」

 

トトの問いかけにアレスは「分かるさ」と言って更に続けた。

 

「君らの服は目立つからな。彼らも探しやすいだろう。あのバイク一台で来たんだ。簡単に割り出せる。」

 

そう言われたトトは、これからの不安を感じながら洗面所へ向かった。

 

自分はいったいどうなるのだろう。

無事にグランドセントラルへたどり着けるのだろうか。

ステラは…ホントに信じていいのだろうか。

民兵たちはどうして自分を追っているのだろうか。

 

顔に何度も冷たい水をかけるその姿は、まるで不安も一緒に洗い流そうとするかのようだった。

 

洗面所から戻ると、ステラはテーブルの上に置いてあったトトの鞄からちらりと見えているチョコレートの包みをじっと見ていた。

 

「…」

 

トトはカバンを肩にかけ、チョコレートをステラに差し出す。

 

「食べる?」

 

「…それは、トトの分……」

 

「また買えばいいから。」

 

「……」

 

トトが笑いかけると、ステラは少し考えてからチョコレートを一欠片だけ割って、それを口に運んだ。

 

「……美味しい?」

 

「うん。」

 

トトの問いかけに、ステラは頷く。

 

「さぁ、準備を済ませろ二人共。日が上ってしまう前にな。」

 

アレスはそう言って肩に銃をかけ、剣を腰に携えると、パンを千切って口に放り込み、残りは布にくるんでトトに投げ渡した。

 

トトはそれを受け取り鞄にしまって、身支度を済ませて念の為に猟銃と拳銃に弾を込めた。

 

撃つこと無く街まで辿り着くことを願いながら。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

トトはゴーグルをかけると民兵が近くに居ないことを祈りながらバイクをキックスタートさせてエンジンを軽く吹かす。

 

アレスは小屋の隣にあった納屋から古ぼけたバイクを出してきて、トトの横でエンジンを始動させた。

 

エンジンがかかったことを確認したステラは当たり前のようにトトの後ろに跨る。

 

腰に手を添えられる感覚に、トトは顔を赤らめた。

 

「遅れるなよ。」

 

「はい。」

 

アレスの言葉にトトは頷く。

 

民兵隊は日の出が起床時間でその30分後には兵務を始めるので、日が登りきる前にあの煙突が並ぶ街へ向かう必要があった。

 

「奴らに見つかりたくはない。ライトを消して、薄明かりを頼りに進む。」

 

そう言ってアレスはバイクを発進させ、トトはそれに続く。

 

ライトを点けずにバイクを走らせることは運転に慣れていないトトにとっては不安でしかなかった。

 

東の空を見ながら、遠くに見える長い煙突を目指して走る。

 

二台のバイクのエンジン音が響くだけの道路、しかしステラは口を開いて言った。

 

「…トト、何か来る。」

 

「えっ?」

 

トトはミラーで後ろを確認する。

 

はるか後方に何やらユラユラとゆらめく黒い影が見えた。

 

そしてだんだんそれは大きくなってきている。

 

「……!」

 

近づいてくるにつれ、それの形が鮮明になった。 民兵隊のトラックだ。

それはライトも点けずに猛スピードで追い上げてきていた。

ゆらめいていたのは荷台の幌が破れてバタバタとたなびいていたのだ。

 

「うそ…!?」

 

「いくらなんでも早すぎる…?!飛ばすぞ!」

 

アレスは先に気づいていたようでトトに叫ぶとバイクの速度を上げた。

 

トトもそれに続くように速度を上げる。

 

だがトラックは遠のくどころかどんどん近づいてくる。

 

トトは走りながらも、ある疑問が頭から離れなかった。

 

民兵隊のトラックに見つかったこともそうだが、ライトも点けず幌が破れたまま走ってこれたのかが、トトには分からなかった。

 

幌が破れていたら後ろに乗る民兵達が雨風に晒されていることになる。そのまま走ることはありえない。

 

トトはスロットルを全開にしているが、だんだんとトラックは迫ってくる。

 

「トト、絶対に振り返ってはダメ。」

 

後ろからステラの声が聞こえ、そのすぐ後に砲撃音と、トラックに直撃し爆発する音がほぼ同時に聞こえた。

グレートウォールを出るときも、不思議と反動でバイクが揺れないことにトトは疑問に感じながら、反射的に後ろをチラっと見てしまった。

そしてすぐに見なければ良かったと後悔した。

燃え盛るトラックの運転席、割れた窓ガラスの中から赤く光る巨大な目をトトは見てしまった。

 

そして目が合った瞬間、それが笑ったように感じて、トトは恐怖を感じ前を向き直す。

 

「なんなんだアレ……!」

 

トトは思わず口走る。答えるものは居ない。

トラックは徐々に速度を落としていき、バイクとの距離が開いていく。

 

だが直ぐにけたたましい音がトトの背後から聞こえ、トトは何かと思いまた振り返ってしまい、トラックの車体を突き破って這い出てきた人の上半身と蜘蛛の胴体が組み合わさったような姿の8本脚の怪物が物凄い速さで追い上げてくるのを見てしまった。

 

ステラは怪物に狙いを定めて砲撃を行うが、怪物は止まるどころか物ともせずに突撃し、

長く伸びた腕で二人をバイクごと叩き飛ばした。

 

トトの右わき腹に強い痛みが走ると同時に、二人の体は殴られた衝撃でいとも簡単にバイクから引き剥がされて宙を舞った。

 

トトは視界が一回転したかと思ったら地面に叩きつけられ更に二回転半転がった。

身体中が痛んだが、今自分の身に迫っている危険を考えたら、それどころではない

 

「少年!!」

 

アレスがバイクをターンさせ、怪物に銃を向けるのが見えてトトは慌てて起き上がるが、怪物は既に眼前に迫っていた。

 

耳まで裂けた口と、そこから幾つも不揃いに生えた歯、そして真っ赤に血走った目がトトの顔を覗き込む。

 

喰い殺される

 

トトの頭にそんな思考がよぎったその時、トトはその怪物の体、特にその顔に見覚えがあることに気がついた。

 

「あ、……こ、この人は………。」

 

だが気づいたときには怪物が口を開いてトトの喉に食らいつくところだった。

 

次の瞬間、トトの目の前を青白い閃光が駆け抜け、それは怪物を吹き飛ばした。

トトはそのあまりにも強烈な光に目が眩んでしまい、何が何だか分からなくなっていた。

 

ステラはバイクから転げ落ちて直ぐに立ち上がり、トトの目の前にいた怪物めがけて砲撃したのだ。

しかし怪物は起き上がり、再びトトの方へ向かおうとする。ステラは大砲とは別に右手に黒く細身の剣を出現させた、

彼女はその刃を振りかざし、怪物に向かって一直線に走り出す。

 

怪物は腕を振り横薙ぎに払おうとするが、ステラはそれを刀で受け、ぶつかり合う瞬間に火花が散る。

そしてその腕を蹴って怪物の頭上に高く飛び上がった。

 

「少年!無事か?」

 

アレスの声にトトはハッとした。

「い、今のは………?」

 

「君の連れのお嬢さんがやったのさ。」

 

「ステラが?」

「ああ………まだ存在してたなんてな。」

 

「ど、どういうことですか?」

 

トトの疑問に、アレスは一呼吸置いて口を開く。

それと同時に、怪物の断末魔がその場に響き渡った。

ステラが黒い剣を怪物の目に深く突き立てたのだ。そこから吹き出る血飛沫が、ステラの白い肌を赤く染める。

怪物はもがくように身をよじっていたが、遂に崩れ落ちて絶命した。

 

ステラの持っていた剣は怪物から引き抜かれると直ぐに黒い影となって消えていった。

トトは痛む体をなんとか立ち上がらせて怪物に歩み寄る。

 

「………やっぱり…。」

 

「知ってるのか?」

 

トトの言葉にアレスが疑問を投げかけた。

 

「………僕を捕まえようとした、民兵隊の指揮官です………」

 

その怪物は、あの時トトに銃を向けステラに撃ち抜かれたあの男だったのだ。

そしてトトはガソリンスタンドで起きた出来事を思い出す。

 

「馬鹿な………民兵隊の指揮官がなぜこんな………」

 

アレスの疑問に答える者はいなかった。

トトもステラも、その疑問の答えを持っていなかったからだ。

 

「…行こう、もう日が明けている。」

 

ステラの言葉に、アレスとトトは目を合わせて頷いた。

トトは倒れているバイクを起こして再び跨り、エンジンをキックスタートさせる。

彼の後ろにステラが乗り、腰に手を回す。

それを確認したトトはバイクを発進させ、進路の先にある煙突を目指した。

先ほどとは違い、トトの中にはステラにそうされることに安心を感じている自分がいた。

 

 

 

 

 




トトたちが去った後、一人の少女が空からやってきて、ふわりと地面に舞い降りた。
少女の頭には一対の角、背中には一対の蝙蝠のような翼、そして緑色の炎を両目に燃やす巨大な髑髏を二体引き連れている。
少女は既に息絶えた怪物の亡骸を見て一言

「…あそこにいるのね、ステラ。」

とだけ言った。
その緑色の瞳は、トトたちの向かった煙突のある場所
工業都市“ルール”に向けられていた。




一章 ~STARTING DESTINY~ 了

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