BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
グレートウォールを形成する城壁と、山間部に囲まれた街。
その名の通り街全体が巨大な工場であり、国の工業製品と軍需品のほぼ全てを生産し、他の都市に運んでいる国の重要な生命線の一つ。
高く何本も連なった煙突は巨大な鉄の塔のようにも見え、天候に恵まれれば国境都市の城壁からも見ることができる。
ここ数ヶ月間、原因不明の雨が降り続いており、それが排煙と混ざり黒い雨となっていることが問題になっており、工場作業員として働く住民たちはいつも雨合羽を着ている。
長く伸びる煙突に向かって舗装された道を二台のバイクが走っている。
その煙突が遠くからでも見えたのは、その煙突がまるで何本も聳え立つ塔のように高く作られているからだとトトが気付いたのは、遠巻きに関所が見えてきたときのことだった。
「アレが工業都市ルールだ。」
前を走っていたアレスがバイクを停め、トトもそれに合わせて停車させる。
トトは考えた。
革命政府の作った政策によって都市間の移動は通行許可証によって管理されている。
しかしそれにも穴はあった。
民兵隊が行う夜の見張りも日の出には終わることはトトも知っていた。
つまりルールへの入る為には、警備が最も手薄になる夜明け前の見張り交代のときが最適だったのだ。
しかし先ほどの襲撃を受けたことで、その目論見は失敗してしまった。
煙突からもうもうと出る排煙がさきほどまで晴れていた空を雲の様に覆い、日の光を遮って辺りが薄暗くしている。心なしか、雨もぱらつき始めていて、地面は少し湿っていた。
トトは懐中時計を見る。10才の誕生日に祖父に時計屋で買ってもらったものだ。
午前10時前。民兵隊は当に兵務を始めており、彼らがトトたちを簡単に通すはずがないのは明らかであった。
「さて、あそこをどう抜けるか…」
「……」
「その様子では、君も何も浮かばないようだな」
「…すみません……」
トトは少し頭を下げた。事実、なにも浮かびはしなかったからだ。
アレスは顎に手を当て、無精髭を撫でた。
彼の深紅の瞳が静かに関所を見つめている。
「トト」
「何?」
ステラがトトに声をかけた。
トトは振り返り彼女と目を合わせる。
「なぜ、夜中に移動しようとはしなかったの?」
「それは…」
当然の疑問にトトは言葉を詰まらせた。
「夜はクリーチャーの活動が活発になる。奴らは光を避けて暗いところでしか行動しないんだ」
トトの代わりにアレスが答えた。
夜中にバイクを走らせて、今朝襲ってきたモノや、ガソリンスタンドで襲いかかってきたモノに襲われる事をトトは恐れていて、それはアレスも同じだった。
「それは何故?」
「私が知るか」
アレスの言葉にステラは「そう」とだけ答えるとコートのフードを深くかぶった。
アレスは顎から右手を離してバイクのハンドルを握り直してこう言った。
「…仕方がない、付け焼刃の浅知恵でしかないが、正面から突破しよう。」
「ええぇ!?」
~~~~~
都市の関所には先へ通さないための簡易的なゲートと、武装した数人の民兵で簡単には通しそうもないのは明らかであった。
トトは自分たちより先に車を押しながらゲートを通過した二人組を見つつ、民兵たちの前でバイクを停車させた。二人がトト達の前にやってきた。
その内の一人は言った。
「身分証と通行許可証は?」
トトは二人が持っている機関銃を見た。
弾倉が横向きに取り付けられていて銃身が短い。所謂短機関銃と呼ばれるタイプの銃だ。
「道すがらクリーチャーに襲われて、失くした。ここには出稼ぎで来ただけさ。」
アレスはきっぱりと答えた。もちろん嘘である。
トトは帽子を目深に被り直した。民兵たちが少しでも自分の顔を覚えておかないことを祈りながら。
「失くした?そちらも?」
「は、はい……」
「その銃は?」
民兵がトトのライフル銃を指さした。
「ただの猟銃だ。それもどこでだって買えるような。クリーチャーが都市の外で徘徊してるんだぞ?」
アレスは何の問題も無い事だと説明するが、民兵は疑り深く彼らを見た。
それが彼らの仕事だし、こうなるのは当然かとトトは思った。
「怪しいな、バイクから降りろ。身体検査をする。そこの二人も降りろ」
民兵の一人が銃口をトトたちに向けた。
「おーーい!ちょっと待ってくれ!」
ゲートの向こう側から男の声が聞こえた。
その声の主は、トトたちの前方で車を押している二人組の一人、トレンチコートとテンガロンハットを被った男はトトたちの方に体を向けていた。
「そいつらは俺らの連れだ!後で追いつく約束だって話をするのを忘れてた!」
男の言葉に民兵は振り返り問いかける。
「…その話、嘘偽りはないな?」
「ああ、ない!」
「……」
民兵がトトたちに向けていた銃をおろす。
一人がゲートの前に立っていた兵士に手をあげ、開けるように促した。
「ようこそ、工業都市ルールへ」
民兵の一人がそういうと、ゲートが開けられた。
アレスは兵士に一瞥するとバイクを発進させ、トトもそれに続く。
そうして車に追いついた時にアレスがバイクを停めた。
「おかげで助かった。礼を言うぞ」
「良いってことよ、困ってる人は見過ごせないんだ」
アレスの言葉に、男は笑って答えた。
そして右手の親指で車を指してこう続けた。
「代わりと言っちゃなんだが……車引っ張ってくれないか?」
「………」
トトはなんとなく、そんなことだろうなと思っていた。
~~~~~
「用意はいいか?」
「はい…!」
「よし!吹かせ!」
アレスの声に合わせて、二台のバイクで一台の車を牽引する。
慣れない作業にトトは体に変に力が入った。
「すまねえなあ!運悪くキャブレターがイカれちまってな!」
男は窓から顔を出して、トトたちに向かって声を張った。
アレスもこの手の人間の優しさには裏があるというのはわかっていたのだろう。すんなりとこの男の申し出を受け入れた。
無論トトに拒否権はなかった。
渡りに船という言葉はあっても、ただで乗るわけにいかないと思っていたからである。
ここまで付き添ってくれているアレスにさえ、何かしらの謝礼をしなくてはと思うトトであった。
「トト、何故断らなかったの?」
しかしそれでもステラだけは納得がいっていなかったようで、トトに疑問を投げかけた。
「僕らのことを助けてくれたんだ。これくらいはしてあげないと」
「でも、顔も名前も知らない」
「顔や名前を知らなくたって、人は助け合える。元々僕らは顔も名前も知らなかったんだから」
「……」
トトの言葉にステラは納得がいくようないかないような、不思議な感覚を覚えながらもそういうものなのだと頷いた。
トトはふと街の景色に目をやった。
巨大な工場が幅の広い道路の両側に並び、巨大な煙突が雲まで伸びているように見えた。
途中で車とすれ違うことはなかった。
貨物用のトラックはそのほぼ全てが、民兵隊の兵員輸送車にするという目的で接収されてしまい、工業製品の運搬を貨物列車に頼らざるを得ない状況なのだ。
ただトトの住んでいるグレートウォールとは違い、高架橋が存在し、その上を列車が走っていた。
自分の街とは何もかもが違う光景。トトは思わず目を奪われた。
「そういえば名前を言ってなかったな!俺はアンドレ!アンドレ・マクミリアだ!」
三人の後ろからその男、アンドレの声がまた聞こえた。
「こっちのはユナってんだ!顔はいいが性格がはぁ!?」
「え?」
「…いま、ユナと呼ばれた人がアンドレという人を蹴った。」
「えぇ?」
アンドレの苦悶の声と、直後にステラに何が起きたかを伝えられたトトは、思わず困惑した。
「トト!速度を合わせろ!」
「あっ!は、はい!」
アレスの声にトトは前を向きなおす。
市街地の中心部に行くに連れ、雨がいよいよ本降りになり始めていた。
(続く)