BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR-   作:アカ狐

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二章 ~INDUSTRIAL METROPOLIS~ 2

「ここで止めてくれ!」

 

「アレスさん!」

 

「聞こえている!」

 

アンドレの声を聞き、二人はブレーキをかけた。

彼の車を停車させ、トトとステラはバイクから体を降ろした。

 

彼らがやってきたルールの市街地、その中心部にあるゼーフェナール駅にたどり着く頃には雨は本降りになっていた。

トトはゴーグルをかけ、外套のフードを被っていなくては運転もままならなくなっていた程だ。

 

駅の大きな時計を見上げながらトトはバイクから降りると、手袋でゴーグルについた水滴と顔を拭い、ペッと唾を吐く。

雨粒は工場排煙の煤がまざっているのか黒く濁っており、口に入るとえぐみがあった。

 

「トト、大丈夫?」

 

「う、うん、平気…ってうわっ!?」

 

「?」

 

ステラは自分の顔を見るなり驚いたトトに首を傾げた。

彼女もまた黒い雨に濡れ、顔が黒く汚れてしまっていたのだ。

 

トトは慌ててポケットからハンカチを出してステラの顔を拭う。

こそばゆさからか、ステラは目を細めた。

 

「気にならないの?」

 

「うん」

 

「…そっか……」

 

「私には、雨の冷たさは分からない。ただ、この雨水は飲用には適さない。」

 

「...そっか、あんまり飲み込まないようにしてね。」

 

トトはステラの顔を拭い終えて、黒く汚れたハンカチをポケットに押し込むと、アレスにこれからのことを尋ねることにした。

 

「あ、アレスさん!とりあえずどうしたらいいんでしょう...?」

 

「...私は宿を探してくる。君たちは、それまで民兵に悟られないようにしていてくれ。」

 

「えぇ!?それなら僕らも行ったほうがいいんじゃ…」

 

「トト、彼らにはその人たちの連れという名目で私たちはこの街に来たことになっているんだ。すぐに離れては、怪しまれるだろう?」

 

アレスの言葉にトトは確かにと思った。

 

「それに、君の連れはかなり世間に疎い。目を離すと何処かへ行ってしまうぞ?」

 

ステラはその言葉を聞いてトトの腕を掴んだ。

トトは急に掴まれてステラの顔を見た。

 

「それは問題ない。私はトトからは離れない。」

 

「ははは、無用な心配だったな。十二時にここで落ち合うとしよう。ではな」

 

アレスはそういうとバイクに跨り、走り去っていった。

駅の前の広場は雨のせいか、人がほとんど出歩いてはいなかった。

トトはアンドレがいた場所に目をやるが、姿が見えない。

アンドレの車のそばでユナが一人、タープを立てて何かを用意しているだけであった。

 

「あ、あれ?アンドレさんは??」

 

「アンドレなら部品探しに行ったよ。キャブがイカれたって言ってなかった?」

 

ユナは目もくれず、てきぱきと椅子や小さなテーブルを用意しながら答えた。

中性的な声で、トトとさほど年の差が感じられない。

シャツにベスト、ネクタイをつけた姿は、まるで貴族に仕える執事のようだとトトは思った。

 

「雨に濡れて寒くない?入りなよ」

 

「あ...すみません、失礼します」

 

「礼には及ばないよ。その代わり靴磨きをさせてほしいな。一足銀貨五枚で」

 

タープの中に入ったトトとステラにユナは笑顔でそう言った。

 

「ご、五枚!?」

 

トトはあまりの高値に驚きの声を上げた。

板チョコレート一枚と瓶ジュース二本の倍の値もする靴磨きは聞いたことがなかったからだ。

 

「初回でサービスしてる方なんだ。今磨いとけば五年は持つよ?」

 

「うぅ...」

 

「磨かないなら、客だと思われたくないからタープから出てほしいなぁ」

 

「お、おお、お願いします!払いますから!」

 

「毎度ー」

 

トトはしてやられた。と思ったがもう遅い。

泣く泣くユナの靴磨きの客人として銀貨を五枚渡すこととなった。

国境都市の冷たい風には堪えられるトトでも、黒い雨に降られるのは堪えられないのだった。

 

「ではお客様、こちらにおかけになって、台に足をのせてください」

 

「…」

 

ユナに言われたとおりにトトは椅子に腰掛け、足を磨き台の上に乗せる。

 

「トト、何をするの?」

 

「あ、ええっと...靴磨きだよ」

 

「?」

 

トトの言葉にステラは首を傾げた。

 

「えっと、靴を磨くんだ。革靴って手入れしないとすぐダメになっちゃうから」

 

「かわぐつ...?ていれ......?」

 

「あはは、まぁ見ていれば分かるよ」

 

ステラの様子に頭を抱え始めたトトを見てユナが助け舟を出した。

ステラは小さくうなずくと二人の間にしゃがみ、トトの革製の半長靴に目をやった。

 

 

ユナはブラシを取り、慣れた手つきで靴の汚れを落としていく。トトはそういえば昨日は色々ありすぎて靴の手入れを忘れていたことを思い出しながら、その様子を見ていた。

 

「靴磨きは初めて?」

 

「いえ、…月に一度くらいは……やってます」

 

トトは一瞬口が滑りかけたがどうにか踏みとどまることが出来た。

うっかりと国境警備隊の習慣で毎日汚れ落としをやっていることまで言ってしまうところだったと、冷や汗が出そうになる。

 

「なるほど、どうりで綺麗なわけだ。履きジワに汚れがほとんど無い。」

 

「結構長くやられてるんですか?靴磨きは?」

 

「街にも寄るかな?靴磨き以外なら包丁研ぎなんかもやってるよ。靴磨きは去年始めたばっかり」

 

ユナはそう言いながらブラシを置いて指に布を巻き、汚れ落としをつけて、靴を拭いていく。

 

「トトさん、でしたっけ?何故この街に?貴方が来た道は、国境都市がある方角だと思ったんだけど」

 

「え、えぇっと……」

 

「別に言いたくないならそれでも構わないよ」

 

ユナはそういいながら、ブラシに靴墨を付けて靴に塗っていく。

思わぬ質問にトトはどきりとした。

 

「...色々あって、民兵に追われる身になってしまって」

 

トトは言う。ユナは「ふぅん?」と相槌を打ちながらブラシを置き、磨き用の布を取って靴を磨いていく。

 

「なるほど。でもどうして女の子を連れて逃げようと思ったの?」

 

「それは...」

 

「私が彼にそうするべきだと言った、彼を守るために私は此処に居る」

 

トトよりも先にステラが答えた。青い瞳がまっすぐユナを見つめている。

 

「君が?...君は彼の何?なんだか君たちに興味がわいてきた」

 

ユナはステラを見る。

トトは何を聞かれるのかと内心ではヒヤヒヤしていた。

しかしユナはクスリと笑って布を置いた。

靴磨きが終わったらしく、トトの靴は綺麗に艶がかかっていた。

 

「でもまぁ、君たちばかりが話すのは不公平か」

 

ユナはそう言ってブラシについた靴墨を落としながら話し始めた。

 

「僕は元々グランドセントラルの生まれなんだ。父さんが刃物研ぎの仕事をしていてね。それほど裕福ではなかったけど、いい家族に恵まれてたと思う。母さんと妹と、犬と暮らしてたんだ」

 

「……ご家族は?」

 

「...君も一年前、この国で何が起こったかは分かるだろう?」

 

「あ、す、すみません…」

 

トトは軽く頭を下げる。

彼が何故謝ったのかがステラには分からなかった。

 

「一年前…?」

 

「そちらさんは知らないようだね。一年前、この国の軍隊...王国軍と、民衆の間で内戦があったんだ。軍事政権のやり方に国の人達が決起して反乱を起こした“革命戦争”…。戦争の結果、軍は降伏の後解体され、革命政府が発足された…。そしてその戦争で戦った人達が、今の民兵達なんだ。」

 

ユナは語る。その顔はどこか悔しさを滲ませていた。

 

「僕は家族に買い出しを頼まれて商店街に居た時だった。突然どこかから鳴り響いた銃声で、皆パニックになった。僕は慌てて家に戻ろうとしてるときに革命軍の兵士達に捕まってさ。あいつ等に従わない奴らは、皆裏切り者扱いされた…」

 

トトもその話は聞いたことがあった。

 

軍事政権倒伏の為に革命軍に参加せよ。

戦わぬものに未来はない。

 

その言葉を合言葉に革命軍は勢力を拡大し、最終的には軍事政権を倒すことに成功した。

それはトトが国境警備隊に入隊したばかりの頃で、そのとき国境警備隊の間では軍事政権側に加勢すべきという意見が大多数だった。

しかし王国軍側から国境警備隊に街から一歩も動くなと、待機命令を出したのだ。

その結果、民兵隊からは「壁の向こうを見ながら亡命の機会を伺っていた腰抜け共」と揶揄され、国の都市の長の位もグレートウォールが最も低い扱いを受けることとなったのだ。

 

死んでいった首都防衛隊や国教騎士団の者たちからも、「国の有事に駆けつけなかった裏切者」だと思われても仕方がないことだったと嘆くものも多かったという話を、上官達から聞かされたことをトトは思い出していた。

 

「で、革命軍の兵士に捕まったところをアイツ…、アンドレに助けられてさ」

 

「アンドレさん?」

 

「そう、アイツさ。アイツに連れられて僕は街から街へ旅に連れまわされて……で、今に至るってわけ。」

 

「え?え、でもそれじゃご家族は…」

 

トトがそういうとユナは顔を下げた。

 

「アイツと逃げ回ってるときに、見ちゃったんだ。僕の家が燃えてるところ……あの日は店は休みで、皆家にいるときだったから…多分……」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「いいんだ。長々とすまなかったね...、これは君が話をしてくれたお礼だよ」

 

頭を下げるトトに、ユナは銀貨を二枚手渡した。

 

「え?でもこれ、僕が払ったやつ…」

 

「いらないんならいいんだけど」

 

ユナはそう言って銀貨を戻そうとする。

 

「や、やっぱり受け取ります!!」

 

「うん、ありがとう。それで彼女に何かを買ってあげるといい」

 

ユナの言葉にトトは頷いた。

しかし少ししてユナは思い出したようにこう言った。

 

「あ、そういえば、彼女の名前を聞いてなかったね?」

 

「…ステラ。トトはそう呼んでくれた。だから私もそう名乗る。」

 

ステラは静かにそう言った。

眉一つ動かさないその表情は、まるで心理を掴ませなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「よぉユナ、儲かってるかぁ?」

 

少し離れたところからアンドレの声が聞こえてきたのは、トトが空模様を見ながら時計に目を落としてみると、あと15分で12時になるところだった。

 

トトは声のした方向に顔を向ける。

アンドレがガラクタにしか見えない物を両手に抱えながら歩いているのが見えた。

彼が着ていた雨合羽は黒い雨に打たれ、煤けたように黒く汚れてしまっている。

 

「まだ客足は全然だよ、よりにもよって雨と来てるからね。」

 

ユナは退屈そうにトトが座っていた椅子に腰掛けて、ナイフを研いでいた。

ステラはトトの横にしゃがみ込み、砥石の上を滑っている刃物を見ている。

 

「しかし妙な雨だ……」

 

「妙?」

 

ステラは車の中でガラクタを放り込んでいるアンドレの方を見た。

トトも雨のことに違和感を薄々感じてはいたので、彼の言葉が気になった。

 

「雨水が黒く濁っているうえに、止む様子が全くないんだ。道すがら人に話を聞いてみたらどうもここ二、三ヶ月は降りっぱなしの様だ。」

 

「え?そんなに??」

 

トトもその言葉に疑問を隠せなかった。

彼の住む国境都市でも雨は降り続いても丸一日で何週間、まして何ヶ月も降り続けることなどあり得なかったからだ。

 

「でも...そんなに降ってるのに洪水にならないのは何故です??」

 

「さぁてね。まったく……雨の降らないところはないのかねぇ?」

 

アンドレはトトの疑問に答えることなくタープの中で雨合羽を脱ぐとバサバサと大きく振って水気を飛ばした。

そして、水滴がトトやユナの顔に思い切り飛んできて、トトは顔を手で覆った。

 

「おい!ふざけんなオッサン!!」

 

「おっと、すまねぇ。かかっちまったか」

 

ユナが声をあげながら立ち上がったのを見て、アンドレが驚く。

どうやら何も考えずにやってしまったらしい。

 

「顔にかかったぞ!!」

 

「お、おお、落ち着いてください…!」

 

トトは慌ててアンドレにくってかかるユナの腕を掴む。

ユナはトトに手を離させて椅子に座りなおすと、ポケットから煙草とマッチを出して火をつけて吸い始めた。

 

「おう、俺にも一本くれよ」

 

アンドレは手を出して煙草をねだるが、ユナはふんと鼻を鳴らして紫煙を燻らせ続けた。

くれそうにないと思ったアンドレはその手をポケットに突っ込んだ。

 

ぱきりと何かが割れる音がすぐ後ろで聞こえたトトは何の音かと振り返る。

見るとステラがチョコレートを一口かじっていて、彼はその姿にどこか懐かしさを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

12時になり駅の時計が鐘を鳴らす音と時を同じくして、アレスは戻ってきた。

戻ってきて一番に彼が伝えたのは、朗報だった。

 

「トト君、宿だが...条件付きで泊まれる場所を見つけたよ。」

 

「本当ですか?」

 

トトは胸をなでおろした。

 

「ああ、主人の好意でな。店の手伝いをしてくれれば、宿代は負けてくれるそうだ。」

 

できそうか?というアレスの問いにトトは迷ったが、頷いた。

しかしやはり不安もあった。

失敗したら追い出されないだろうか?あるいは顔を見られた時点でばれてしまわないか?

 

トトの安心はすぐに新たな不安に変わった。

 

「大丈夫?」

 

ハッとして振り返ると、ステラが顔を覗き込んできた。

 

「だ、大丈夫だよ…大丈夫」

 

「トトに何があっても、守る。」

 

ステラの言葉にトトは彼女も不安なのだと思った。

そう、思いたかった。

 

なので彼女に向かって微笑んで、

 

「うん、ありがとう。」

 

と言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

(続く)

 


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