BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
「何者だ!」
民兵の一人が銃を向けるが、門が開き始めたのとほぼ同時に走ってきたもう一人の兵士が慌てて銃を下げさせた。
「フフ...、あの女帝の教育も言うほど行き届いていないのね。」
女性は一言そういうとすたすたと門を潜り抜けていった。
止めに入ったほうの兵士が小声で窘める
「馬鹿野郎…!あの方は革命戦争の英傑、ゾディアックの7番のプルート様だ!ヒュドラ様と同じ!」
「そ、そうなのか…!?オレ、初めて見た……」
二人は鼻歌を歌いながら去っていく彼女の背中を見つめた。
黒いドレスを身にまとい、まるで散歩でもしているかのようだ。
「…何しにこの街へ来たかは分からないが、ゾディアックは俺たち以上の力を持った存在だ。何かあるんだろ」
「例の国境警備兵か?」
「さぁな…いや、まさか。…そうだとしたら、可哀想になぁ」
民兵達のそんな言葉が届かないほどの距離まで歩きながら、彼女は鼻歌を口ずさんでいる。
ふと鼻歌が止まり、ぱらつき始めた雨を見ながら呟いた。
「ステラ、待っていなさい…。ちゃんと殺してあげるから…」
十二時三十分
タープの中でユナはリンゴを齧り、ステラは瓶ジュースを飲み、その二人の間に挟まるようにトトはパンを小さくちぎって口に運んでいた。
アンドレは自身のバスのような四角い車のボンネットを開けエンジンに手を入れており、アレスがそれに手を貸していた。
二人の様子をタープの中の三人が眺めている形であった。
「あの人は車に詳しいの?」
「アンドレはいつもこうなんだ。車のことになると僕の話なんか聞きゃしない」
「何故そんなにも車のことが大事なの?私にはとてもぼろぼろに見える」
ステラは首を傾げたがユナも分からなかったようで、
「さあね」
とだけ言ってまたリンゴを一口齧った。
しかし種まで齧ってしまったらしく、ぺっと種を吐き出した。
「ユナぁ!ちょっとエンジンかけてみてくれ!」
アンドレがユナに向かって言う。
ユナはそれを見てはぁとため息を吐いて
「呼ばれた…、ちょっと行ってくるよ」
と言って車に乗り込んだ。
重たいクランキング音が一回、二回、三回鳴ったところでエンジンがかかり、吹けあがる音と共にマフラーから出た煙が、車の真後ろにいた二人を襲った。
「うおぼふっ!?」
「…これは強烈だな」
アレスはエンジンをかけるときに少し離れていたが、やはり煙たかったらしく口元を覆った。
だがアンドレはもろに食らってしまったらしく何やら叫んでいる。
「ゴホッゴホ!エフッエホッ!?」
アンドレが咳き込みながら煙から逃れようとトト達の方へ逃げてくる。
「おいおい。エンジンが快調だってのに随分苦しそうじゃないか」
ユナが笑いながら車から降りてアンドレに言った。
雨合羽を目の前でバサバサと振られた仕返しだろうかとトトは思いながら、最後の一切れを口に入れた。
~~~~~~
アレスの案内で着いて行った先に宿屋はあった。
少し路地に入ったところで、道路は車一台がなんとか通れるほどの広さしかない。
トトはバイクから降りて宿の看板を眺めていた。
少し古い石造りの建物で、外壁はこの雨のせいか黒い雨だれでひどく汚れているように見え、窓は水垢が酷かった。
この雨では外側を綺麗にすることは困難なのだろうとトトは思った。
「トト」
「え?あぁ、なんでもないよ…」
ステラの呼びかけにトトは小さく首を振ってゴーグルを外す。
「なぜ彼らは着いてきたのかを聞きたかった。」
「えっ、あっ…」
トトは自分たちの後ろにいるアンドレとユナの姿を見て思わず声を漏らした。
ユナはとても機嫌が良いらしく、まるでたった今ポケットの中から金貨でも出てきたかのようであった。
「いやぁ宿がこんなところにあるなんてね。久しぶりにふかふかのベッドで眠れそうだ。」
ユナはしめしめといった面持ちで我先にと入っていった。
アンドレは手に革製の旅行鞄を提げながら、やれやれといった様子でその後に続いた。
「トト、店の主人は風変わりな人だ。あまり動揺するなよ?」
「?は、はい…。」
アレスが宿屋の扉を開けて中に入り、トトがそれに続いた。
ドアに取り付けられたベルが宿屋に来客を告げた。
「わぁ…」
中は広く、外と比べて清潔感のあるエントランスとフロントが出迎えた。
天井の照明にも埃が乗っておらず、その綺麗さにトトは思わず声を漏らす。
「あら…」
フロントに立っていた男がこちらに気づき歩いてきた。
次の瞬間、トトは一瞬で凍りつくことになる。
「アレスさァん、おかえりなさァい。あァ^~らそのコがトトちゃん?ンまァ^~可愛い顔してるわァ~ん♪」
とても恰幅の良い男性がまるで女性のような高い声と言葉遣いでアレスに擦り寄った後、トトの方を見ると顔を近づけ、舐めまわすように覗き込んできたのだ。
トトは一瞬血の気が引くほどの悪寒で体を硬直させる。
ふと目線をやればアンドレとユナが椅子に座ってくたびれている。
どうやら自分たちが入ってくる前のわずかな時間のうちにこの男に生気を吸い取られたようだと、トトは察した。
「トト、彼…ではなくて彼女がここのオーナーの」
「ハァイ、アタシがエルンスト・クーヴェルダーよォ。エルって呼んでくれて良いからネ♪」
エルンストはその筋肉質で引き締まった体を女性のように捻り、ウインクをして見せた。
トトはその瞬間、自分がとんでもない所へ来てしまったと認識したのは言うまでもない。
「じゃあ、早速働いてもらうわヨ。貴方が頑張った分のお給料を宿代として徴収するからそのつ・も・り・で・ネ♪」
「は、はひ……」
グイグイ来る彼…否、彼女の濃い顔にトトは思わず顔をひきつらせた。
その横でステラはトトが何に恐怖しているのかが分からない様子であった。
~~~~~
「はい、此処が貴方達の部屋」
エルンストがトトたちを連れて、使用人室と書かれた部屋に通した。
何故かアレスはアンドレと同室の鍵を渡され、トトとステラ、ユナの三人だけがフロントからさらに奥に続く廊下の奥の使用人室に案内されたのだ。
「あの泥棒め、僕の宿代を…」とユナが後ろでぶつぶつ言いながら着いてくるのは、トトの後ろを歩くステラにはあまり気分が良いものではなかったようで、彼女はトトの袖をつまみながら歩いた。
そうしてやってきた使用人室。
しかしそこは使用人室というよりは、半ば物置と化した空間であった。
部屋は少し埃っぽく、二段ベッドが一つあるものの敷布団だけで、毛布や何かは別で持ってくる必要がありそうだとトトは思った。
「バケツとモップと雑巾はここに置いてあるから、部屋は自分で掃除して使ってネ。1時間あげるからそれまでに仕事着に着替えてアタシのところに来ること。アタシはフロントにいるから。」
エルンストが掃除道具の置かれた場所を指さし、さらに時計を指さした。
時刻は一時を指す手前だった。
「もし時間を守らなかったら、……そのときはファーストキスを頂くワ」
「ひぃ」
トトの隣にいたユナが小さく悲鳴を上げた。
しかしこんなガタイの良い男と唇を重ねるのはトトだって嫌だった。
エルンストは震える二人を見てクスリと笑いじゃあねと言って扉に手をかけたのを見て、トトが慌てて声をかける。
「あ、水はどこで組めばいいんでしょうか…?」
「部屋のお風呂があるじゃない」
エルンストはそう言って部屋をさっさと出て行った。
トトは外套と上着を脱いで、シャツの袖を捲ると、疲れた様子のユナを尻目にさっさとバケツを手に取り、風呂場の戸を開けた。
湿っぽい臭いが鼻について一瞬ひるんだが、それでも風呂場の蛇口を掴んでひねり、出てきた水をバケツに汲み始めた。
「トト」
声をかけられ振り返る。
ステラがこんなもの初めて見たと言いたげな表情で箒を持っている。
「私は何をすればいい?」
「あ、うーんと…じゃあ、窓を開けてくれる?開けたら箒の使い方を教えるから」
「…わかった」
ステラはそう言って部屋の窓を開けていく。
「これは箒。あれはバケツ。あれは雑巾。」と言いながら。
「ほ、本当に掃除するのか?ココ?そんなに張り切ってやることないんじゃ…?」
ユナが水の入ったバケツを持って風呂場から出てきたトトを見て言った。
「でも、ここで宿の代金分を働いて稼がなきゃいけないんだ。言われたことはやらなきゃ。キスも嫌だしね」
「そ、そうだな…」
ユナは何とか自分を納得させ、ようやく箒を手に取った。
(続く)