BLACK★ROCK SHOOTER -Wishing on a STAR- 作:アカ狐
十三時十五分
アレスとアンドレは自分たちにあてられた部屋に荷物を置くなりさっさと街に繰り出し、雨にもかかわらず商店が並ぶ通りを十分少々歩いていた。
アンドレは傘をさし、アレスは黒い外套のフードを深く被っている。
通りは閑散としており、ほとんど人が出歩いていなかった。
「半年前ならまだ活気があったんだがな。この雨のせいか…」
「さぁな、だがなんにせよ雨は気分がいいもんじゃない。黒い雨ともなれば尚更だろう」
二人はそんなやりとりをしながら時折目に入った歩いている人達に目をやった。
皆が皆、雨合羽や傘で濡れないようにして、そのどちらもが真っ黒く汚れてしまっている。
毎日振り続けて、ついに綺麗に手入れすることさえやめてしまったのだろう。
途中店から人が出てきたが、二人の姿を見るなり逃げるように早足で去っていった。
「…ともかく食事にしよう。何か食べておきたい」
「おっそうだな。そこに飯屋があるぞ。そこで食おう」
アレスの言葉にアンドレは頷いて、目に入った店の看板を指さした。
二人は歩くペースを崩さず扉を開け、滑るように店の中に入る。
カランカランとベルが軽快な音を響かせる。
しかし、店内は異様な空気だった。
店の中はアレスとアンドレを含めて見える限りで6人。
20人は入れそうな広さの空間に3人の客がバラバラの席で話もせずにいる空間を、傘を畳みながら見たアンドレの頭の中で閑古鳥の鳴き声が聞こえてくるほどであった。
カウンターで暇そうに立ってテレビを眺めていた店員が、二人を見るなり慌ててカウンターを拭き始めた。
店内は食事の音と、厨房から響く調理音と、カウンターの棚に置かれたテレビの音だけが響いているだけであった。
「空いてる席に適当に座ってくれ。見ての通りガラガラなんだ」
カウンターの店員が二人を見て気まずそうに言った。
アンドレはアレスと目を合わせると、誰一人座っていないカウンターに並んで座る。
「この店でオススメの料理は何があるんだ?」
アンドレは帽子を取って尋ねた。
アレスもフードを取り、テレビが置かれている棚を見上げる。
どうやら古い映画が流れているようだった。
「ミートパイとポークビーンズさ。最近じゃ頼む客も減ったがね」
「じゃあポークビーンズをくれ。アレスさんだっけか?アンタはなににする?」
「…私はミートパイでいい」
「ポークビーンズとミートパイだね」
店員はそういって店の奥に行く。
入れ替わりで別の店員が厨房から出てきて、新聞を読んでいる客のテーブルに料理を出してまた厨房に戻っていく。
「…アレ、なんて映画だろうな?」
アンドレはテレビを眺めて言った。
「さぁ…、私も映画には疎いものでな」
アレスの言葉を聞いて、アンドレがアレスの方を見る。
そのままじっと見てくるアンドレにアレスは気味悪さを感じ、
「…なんだ?」と問いかける。
「…いや、アンタを昔何処かで見たような無いような気がしてな」
アンドレが答える。
「私もよく他人と間違われるよ」とアレスは言った。
「アンタみたいな顔が何人もいるのか…」
「ああ、不思議なことにな」
思わぬ返しに驚くアンドレにアレスは左手で髪をかきあげた。
何かを削り取ったような跡がついた眼帯が見え、降りた前髪ですぐにそれは隠れた。
程なくしてポークビーンズとミートパイがカウンターに並べられた。
アレスとアンドレはそれぞれフォークを手に取り一口頬張った。
「…ん、美味い」
「俺のは、そうでもないな…」
二人の感想は別々だった。
アレスはそのままミートパイを食べ続けたが、アンドレはやや渋った。
そうしてアンドレは食べながら時折映画に目をやりつつ、周りのほとんど動きの無い客と外の様子を見ていた。
“カランカラン”
ドアの開く音と、ベルの音。
来客の音にアンドレは入口の方を見る。
やってきたのは、女性だった。
黒いドレスに二つ結びの黒い巻き髪、整った顔立ちに緑色の瞳が際立って見えた。
女性は傘を畳みながら窓際の席に座り、雨垂れで黒く汚れ切った窓越しに通りを眺めた。
アレスは彼女の方を見ようともしない。
よっぽどミートパイが美味いのだと、アンドレは思った。
そんな彼の視線に知ってか知らずか、女性は外を見たまま口を開いてこう言った。
「酷い雨ね。街に来た時から思っていたけれど」
「……」
アレスは手を止める。アンドレは誰に向かって話しているのか分からずに、窓の外を眺める彼女を見て呆然とした。
そして彼女はゆっくりと首を回して、カウンターに座るアレスとアンドレの方を見た。
アンドレは目を合わせまいとしたが彼女の緑色の瞳を見た瞬間、その強烈な殺気に思わず息を呑んだ。ひゅっと小さく声を漏らし、彼女から目を離せない。
(目を逸らせば、殺される…!)
瞬時にそう判断し、椅子からゆっくりと立ち上がりこちらに近づいてくる彼女以外を見ることができずにその緑色の瞳を見続けるアンドレ。
そうして女性は口を開いた。
「ねぇ、この街に二人の子供が来たと思うのだけれど…」
一歩、また一歩と近づく足音に店内が支配される。
アンドレまであと5歩という距離まで近づいたその時だった。
“ガシャン!”
突然陶器か何かの割れる音に女性は音の方を見た。
それと同時に、アンドレは拘束が解かれたように体が軽くなり、彼女と同じ場所を見た。
アンドレの隣、アレスの足の近くで、水が入っていたであろうグラスが割れていた。
「すまない、グラスが割れた。弁償させてくれ」
アレスは落ち着いた様子で椅子から立ち上がり店の人間に金貨を二枚手渡した。
そしてフードを被りなおし、女性の方へ体を向けてこう言った。
「それで?この街に来たばかりのさすらい人の我々に何の御用ですかな?」
「この街に来た子供が二人ほどいたと思うの。国境警備兵の服を着ているから、目立つと思うわ」
女性はアレスに動じることなく答える。
彼女からはもう先ほどの殺気は感じられなかった。
「そうでしたか。ですが私たちは知りません。何故国境警備兵なんかを追うのです?プルートともあろう御方が」
アンドレはその名前を聞いて驚きを隠せなかった。
民衆たちを導き、政権を握っていた王国軍を討ち倒し、革命軍を勝利へと導いた12人の英傑ゾディアック
その7番の地位に就いているのが、目の前にいる女性だということがにわかには信じがたかったのだ。
プルート、誰であろうと容赦をしない冷酷な戦いぶりから死神(デッドマスター)と呼ばれている存在が自分よりも若い、それも女性であることが。
(話には聞いていたが…まさか、まだ子供じゃないか…!)
「貴方に答える義務はないわ。知らないのであれば此処にはもう用は無い」
プルートと呼ばれた女性はアレスにそう言い切ると踵を返して店を出ようと扉まで歩き手をかけた。
そして去り際に、
「もし見かけたなら民兵に迷わず突き出してくださいね…でないと、貴方達も殺すわ」
と言って店の外に消えていった。
「...ったく、不気味だぜ此処は……」
アンドレは肩の力を抜くなり悪態を吐いた。
「すまないね…いつどこで民兵が見張っているか分からないから、私たちも君達の肩を持てないんだ…。」
「なるほど、なら我々も引き上げることにしよう。ここのミートパイは美味かったよ」
店員の言葉にアレスはそう言って店を出ていく。アンドレはそれを見て慌てて代金を支払うとその後を追った。
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十四時十分
「あ、おかえりなさいアレスさん、アンドレさん」
二人が宿屋に戻ると、シャツとネクタイ姿のトトが出迎えた。
エプロンを巻き、それなりに様になっているなとアレスは思った。
「なかなか様になってるじゃないか?」
「そうでしょォ?かンわいいわよねェ?」
アンドレがそういうとその背後から現れたエルンストがトトにウインクをした。
「あ、あはは…」
トトが苦笑いをしたのは勿論だが、アンドレはもはや苦笑いどころではなかった。
アレスに至っては気配を察した直後に右に二歩ほど逃げている。
「でもアタシ、アナタみたいな男も好きヨ?」
「あはははは…そりゃどうも」
アンドレは明後日の方向を見ながら返事をするが、目も顔も笑ってはいなかった。
そんな会話をしていると、トトと同じデザインのエプロンをしたユナとステラがフロントすぐの場所にある部屋から出てきた。
ユナはバケツとモップを、ステラはシーツを抱えていたのを見て部屋の掃除が終わったのだろう。
「一階の言われた部屋の掃除は全部終わりましたよ。あと何部屋ありましたっけ?」
ユナがエルンストを見て言った。
その態度を見てあまり話をしたくないんだろうなとアンドレは思った。
アンドレ自身も嫌なのだが。
「あとは二階が2部屋だけよォ、ユナちゃん」
「うぇ…、その“ちゃん”って付けるのやめてもらっていいですか?」
「ぇ~?いいじゃなァい減るものじゃなし~」
エルンストの言葉にユナは呆れたようにため息をついて二階へ上がっていった。
「これはどこに置いていったらいい?」
ステラがエルンストにシーツを見せて言った。
「それはランドリーに持って行って、貴方達の部屋の前よ。」
「…?ラン…??」
「あぁっ、ぼ、僕も一緒に行くから…」
首を傾げるステラを見たトトはすぐに声をあげた。
ステラは小さく頷いてトトの後に続く。
「皆良く出来た子達ねェ」
「エルンストさん、此処に民兵かえらく怖い雰囲気の女の子が来なかったか?」
「いいえ?どうして?」
アレスの問いに彼は不思議そうな顔をした。
「いや何、あまり彼らに知られたくないことなのでな。特にトトのことは。すまないが民兵達が来てもシラを切ってくれ」
「大丈夫ヨ、こんな寂れた宿屋に来る民兵なんかいないわ。娼婦を連れてくることすら無いのよ?」
エルンストは笑って答える。
だろうなとアンドレが思う横で、アレスは嫌な予感を拭えなかった。
だがその前からアンドレは、エルンストの手がずっと自分の肩の上に乗っていることに嫌な予感しか感じていなかったのだった。
(続く)