夜道を歩く。月明かりに照らされた街は人で賑わい、客寄せ達が声を荒げながら売り上げを伸ばそうと必死になっていた。
少々早かっただろうか。待ち合わせ場所の広場に着いたのは集合時間の30分程前であった。これでは彼女もまだ来てないだろう。
はぁ、と息を吐く。2月の空気はまだまだ身体の芯から凍てつくような寒さだ。30分もここでただ待ち続けては風邪を引いてしまうかな。
俺は近くに自販機があったかなと、辺りを見渡しながら少し前に連絡をもらった彼女の事を考えていた。
電話から聞こえた声が少々彼女らしくもなく、いかにも悩んでます的な声だったのが気にかかる。なにかあったのだろうか。
ベンチに腰掛けてから、ほんの数分だろうか。後ろから聞き慣れた声がする。
「早かったな」
……驚いた。
「もう来てたのか、待たせて悪いな」
「私が呼んだんだ。お前を待たせるわけにはないかないさ」
やだ、素敵。なんてかっこいい事を言う女なのだろう。俺が女なら惚れちゃうね。
俺に声をかけたこの女、名を織斑千冬という。別名を世界最強といい、世界的ISの大会の初代王者である。今では現役を引退し、IS学園というIS操縦者の育成学校にて教鞭をとっている。言わばエリート中のエリートだ。
彼女の整った顔から観れたのは安堵の表情。
本日呼び出されたのは、やはり相談したいことがあるからなのだろうか。
「では行こう。店を予約してあるんだ」
やだー素敵ー。やっぱり惚れちゃいそーう。
彼女について行く自分の姿は、普通は反対なんじゃないかと考えながらもいや、俺にこんな気の利いた事は出来ないかという結論に至るまで全く時間がかからなかった。うーん、我ながらなんと情けない事なのか。
どうやら千冬が予約していたのは商店街の地下にあるバーだったようだ。俺も千冬に誘われて何度か来たことがある。
マスターに挨拶した後、案内されたのは部屋の角の2席。わざわざ俺と話すためだけにこんな所を予約してくれたのだろうか。なんだか申し訳ない。
上着を脱ぎ足元にあるカゴに入れ、オーダーを千冬にまかせる。注文したのはグラスビールのようで、すぐさまマスターが準備にかかる。白髪のオールバックと口ひげが似合う店主の手際は洗練されており、ビールが出てくるまでそんなにかかるようでもなかった。
「どうぞ」
俺と千冬のビール、それとこれはサービスなのかな?キューブチーズを出してから、マスターは俺達とは少し距離を置く。相変わらず気配りの上手い人だ。
「乾杯」
チン、とグラスの音が心地良い。酒は嗜む程度にしか飲まない人間なので、一度に多くは飲まないようにしている。少しだけ口に含み、舌触りを楽しむ。ああ、やはりここの酒は美味いな。
それで、今日はどうしたんだ?
「ああ、相談があるんだ」
返事の内容は容易に想像出来ていたことだった。しかしコイツが悩むような事とは一体なんだろうか。予想を立ててみる。
1番、弟くんの事。
2番、千冬自身のこと。
3番、職場での悩み事。
3番は無いな。少なくともわざわざ俺に相談するまでもなく、コイツは自分で解決しようとするタイプだ。というより、職場での悩みなんて俺が答えられるとは思えないのでその相談はやめていただきたい。
2番はどうだろう。千冬は結構悩み事を溜め込むタイプだ。というよりは身近な人間で相談できるような相手が少なかったと思う。絞り出して俺ぐらいだろう。少なくとも弟くんに相談して、彼を悩ますような真似は嫌っている。ブラコンだしな。
となると、考えられるのはやはり弟くんの事か。まあ千冬だしな。弟くんの事は昔からよく相談を受けた。多分今回もそれだろう。
「実は一夏の事なんだが」
やはり1番だったか。
「これはまだニュースにすらなってないんだがあいつがISを動かしてしまってだな」
え、マジ?
「おそらく一夏は世界で唯一ISを動かせる男として、研究材料になるというか」
おいおい、幼馴染の弟くんがモルモットだなんて洒落にならないぞ。
「いや、それは大丈夫だ。政府としては一夏のISのデータ収集が目的のようでな。現在決まっているのはあいつのIS学園への強制入学なんだ」
女だらけの、いや女しかいないあの学園にか。それはまたなんというか。男冥利に尽きるというべきか?
「お前への相談というのはだな、たまにあいつと連絡を取って話をしてやってほしいんだよ」
なんだ?いまいち話が見えないぞ?
「女しかいない空間だからな。おそらくアイツは同性との付き合いだとか会話に飢えると思うんだよ」
あーなんか分かるわ。四六時中女に監視されてるようなものだもんな。可哀想に。
「お前なら昔から付き合いがあったからな。アイツも気軽に話しがで出来るし、安心出来ると思う。」
うーん、なんだか大事になりそうだな。要するに弟くんと話をして、彼の精神上のストレス発散に付き合ってやってほしいって事だな?
「話が早くて助かる」
簡単に言ってくれたが、俺はそんなカウンセラーの真似のようなことが出来るわけではない。昔から千冬やら篠ノ之が騒いだり暴走しているのを眺めながらたまに会話していただけだ。たしかに聞き手側に徹することが多かったが。
そもそもの話、そんな事ならわざわざ俺に頼まないでも弟くんが彼の友人に相談したりするのでは無いだろうか。
あれ、俺である必要ってあるかな?
「アイツはお前の事を兄のように慕っている。私が相談を受けてもいいんだが、あそこでは私は教師だ。あまり姉として接してしまうと生徒達に舐められてしまいかねん」
姉であるお前がそんな事を言うのか。
おそらくそんな事はない。千冬の人気は正直言って異常な程だ。姉としての一面が見れたとなると、おそらくそれはそれで喜ぶ連中だと思うがな。
「どうだろう、引き受けてくれないか?」
どこか心配そうか千冬。普段の彼女を知る人間がその表情で頼まれて断れるわけがない。
俺は大して悩みもせず、二つ返事で了承した。
「ああ、良かった。すまないな」
目尻を下げて笑う千冬の笑顔はまさしく絵になるような美しさで、正直ドキっとした。昔から美人な奴だったはいえ、幼馴染相手に何考えてんだか。千冬も普段からさっきみたいな顔をしてればそれはもう今以上に人気が出るだろうに。
しかし、コイツのブラコンっぷりは昔から全く変わらないな。女だらけの学園に放り込まれる訳だし、弟くんに彼女とか出来たりしたら千冬はどんな反応をするのだろう。哀れ、まだ見ぬ弟くんの未来の彼女。君の1番の敵は世界最強の姉だ。
「何か失礼な事を考えているな?」
相変わらず察しのいい奴だ。これ以上無駄な事を考えずに今は千冬との酒を楽しむことにしよう。そろそろお互いにグラスが空になっていた事だしな。もう一杯頼んでおこう。
「あまり飲み過ぎるなよ?」
心得ているよ。
10年近く読み専でしたが、思い切ってやってみました。
どうかお手柔らかにお願いします。