落ちこぼれのつわもの   作:カルビ

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おまたせしてすみませんでした。
一応、今回で本編は終わりです。
いやー、初めて小説を完結できました。めちゃ感動しましたよ。


第10話 理想

 目を開けると、知らない天井だった。

 なんて、某大人気アニメの主人公のようなセリフを言うことはできなかった。俺の場合目を開けるとそこには音も光も、果ては空気までもがないような、そんな空間が広がっていたからだ。

 そんな世界に俺は一人(地面とも言えるのか不思議なところに)立っていた。

 

 「…………なんだ、これ」

 最初に出てくるのは、やはり正体不明の空間に立っていることへの謎。

 たしかに俺は、あのバーで理子に撃たれた。ほぼゼロ距離からの弾丸を心臓にくらって、そのままゆっくりと意識が朦朧としていった。

 そして、目を開けた今に至る。

 何かのトリックかと、一瞬思ったがすぐに否定する。なぜなら、そう思える要因があったからだ。

 俺の知っている空間というのは、何かが肌に張りつくようなところだ。夏や冬にはよく感じる空気や、カーテンやドアの隙間から差し込まれる光。それらが単独で、または混ざり合って肌に張りつくことで、俺はそこにいるのだと実感する。

 だがここは、そういったものが何もない。肌が感じるものが何もない。触れても興味が無いように、そのまま通りすぎてしまうような感覚。いや、感覚という概念すらないのかもしれない。

 とにかく、そこはなんとも言えない、『無』が支配していた。

 

 「まさか、ここが地獄なのか?」

 と、ここに来る前に、理子に言われたことを思い出す。

 ここが地獄。そう解釈すれば、何もないことにも納得がいく。一つ納得できないといえば、俺の思っていた地獄とイメージが違うという点だが。

 

 「ということは、俺は死んだのか?」

 その問いに、答えは帰って来なかった。

 当然といえば当然だ。仮にもし俺が死んだとすれば、それを確かめるための術はない。死人に口なしというように、肉体が死んだのであれば、その肉体を使って声を出していた燃料のような魂に、できることなんてなにもない。マンガやアニメなら、何か特殊な理論やらで言葉を発することができるだろうが、俺が生きているのはそんな世界じゃない。

 だと思っていたのだが、俺は今こうして声を出すことができている。

 死んでいないのか? それとも、異世界にでも飛ばされたのか?

 

 「なにがどうなってんだ」

 まったくもって意味がわからない。俺は今、どこで一体何をしているんだ。

 思考回路はショート寸前だ。次第にどこからか支障をきたして、しまいには大爆破でも起こすのだろうか。

 と、頭の中を整備士が確認していた時だ。

 ふと、何かに導かれるように目線を上げた。その先に、歪んだひし形を形作るような、白い亀裂を見つけた。

 その直後。白い亀裂は輝きを増し、形成されたひし形から一筋の光が、黒一色だった世界に降り注いだ。

 

 「なんだ、あれ」

 不思議に思った俺は、降り注いだ光に向かって歩き出した。

 一歩一歩、カラス貝よりも黒い地面(?)を歩き、光へと進む。それと同時に、今度は頭の中に声が聞こえた。最初こそか細くシャーペンの芯みたいな声だったが、どうやら光に近づくにつれて音も大きなってくるようだ。

 光まであと少しといったところで、俺はようやくその声の主に気づいた。

 

 「神埼?」

 姿はおろか声まで瓜二つの、まるでアリスの生まれ変わりのような存在。

 好きだったはずのその声をなかなか聞き取れなかったのは、意識的に神埼を否定していたからだったのか。それとも、意志を流されないようにするためだったのか。

 多分、両方だったのだろう。なにせ俺は、誰よりも甘い男らしいからな。

 

 「懐かしいな……」

 普段いい加減に過ごしてきたせいか、学んだことはすぐに記憶の奥底へと放り投げるようになっていたらしい。

 だがアリスとの時間を思い出すことは、口を開くことよりも当たり前のようにできた。まるでお気に入りのおもちゃをすぐに取り出せるよう、目印をつけているようだ。

 

 「アリス──」

 願うように、許しを請うように(・・・・・・・・)、俺は彼女の名前を呟く。

 それで何かが変わればいいのだが、変わることなどありはしないだろう。もし仮に変わることがあるのなら、この世から罪と罰は消えてしまう。

 だけど、そんな淡い期待を込めてしまう。所詮俺も、罰せられることが恐いのだ。だから罰から逃れるように、歪んだ道を走っていた。

 それじゃあ何の解決にもならない。そんなことわかってはいたが、わからないふりをしていた。

 だけど。

 

 「今、なら……」

 と、そこで。

 終わりを告げるように。

 光が俺を初め、世界を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと何時間とをかけ、沈んでいたプールから浮かび上がるような感覚だった。

 そんなよくわからない表現をしているが、無理もない話だろう。俺はこれまで、意識を失ったことなどなかったのだから。

 もし過去にあったとしても、明確に意識が戻るときを鮮明に覚えているなんてことはありえないだろう。意識を失うということは、肉体が一時期不良を起こすということ。

 とにもかくにも、俺は意識を取り戻すことができたらしい。未だに視界はぼやけているが、時期に元の高解像度の映像に戻るだろう。

 と、自分の体のことは当然気になるが、それは銀メダルほどの価値になっていた。

 一番気になる本命の金メダルの価値をもつもの。それは自分の体のことより重要かと言えばそうじゃない。だが今の俺にとっては、重要でありいの一番のことだった。

 多分、五肢の一部がなくなっていたとしても、そっちを優先するだろう。

 そこまで言わせることとは、一体何なのか。

 国政の崩壊か、核戦争の勃発か、隕石の衝突か。いいや、それのどれも当てはまらない。

 そんな大それたことなんかじゃなく、もっと国よりも、街よりも小さなこと。

 

 

 

 

 なんで動いてるんだ(・・・・・・)?

 

 

 

 

 

 景色が変わるためには景色を映すもの、つまり目が移動しなければならない。目が単独で動くならば別だが、そんな生物は俺が知るかぎりこの地球上に存在しない。

 そして俺は今、身動きがとれるような状況じゃなかったはずだ。心臓に、しかも運の悪いことにゼロ距離から防弾制服からとはいえ弾丸をぶち込まれ、おまけに意識を失っていたはずだ。

 となれば、誰かが運んでくれているのか?

 

 「ぁれが──」

 その先が続くことはなかった。心臓から始まる痛みに続けられる気がしないのもあるが、それよりも続けようと思わせないものがあったからだ。

 

 「っ! 気がついたのね、コウ」

 それだけで一発で姿が浮かび上がるような、特徴的な声。そしてその姿も(性格は忘れたいが)、一度見れば忘れられないほど特徴的なものをしている。

 神埼・H・アリア。俺の大切な存在に似ているこいつが、小柄で今にも崩れそうな華奢な体で、その倍はあろうかという俺を支えながら歩いていた。

 

 「止血して弾丸も抜いてあるけど、あまりいい状態じゃないわ。今から操縦室に行くけど、あんたは動かないで」

 「ぁ、んざき……な、んで」

 絞りに絞ってやっと出たようなか細い声で、俺は言葉を繋げた。 

 まだ呼吸は思うようにはいけていない。確証は得ていないが、なんとなくわかっていた。恐らくこれからも、元の呼吸法を思い出すことはないだろう。そんな状況では、当然声を出すのも難しいはずだった。

 だが、やはり、こればかりは聞かざるを得なかった。

 強欲だと思った。こんな無様な格好で、神埼の真意を知りたいという自分に。

 返答はすぐに返ってきた。しかし、違う形で。

 

 「武偵憲章一条、『仲間を信じ、仲間を助けよ』。あたしはこれに従っているだけよ」

 バカバカしくなりかけた。まさかこんなバカげてる回答が帰って来るとは、正直思ってもみなかった。いや、思おうともしない。思おうとすること自体おかしなことだ。

 お前のやっていることは間違っている。それを証明するように、俺は口を開いた。

 

 「お、れは……ぉまえ、らを……ぅらぎた」

 なにを言おうが、これだけは揺るぎない事実だ。裏切りという行為は、仲間とのつながりを断ち切るのにこれ以上ないのものだ。

 その場で見捨てようとも、誰も咎めることはしないだろう。むしろ、それこそ裏切り者には相応しい末路のはずだ。俺も同じ状況なら、無論そうするだろう。

 だが、やはり、この神埼という人間は異常だった。  

 

 「違う、あんたはただ理子に利用されていただけよ」 

 俺の心がある意味へし折られた瞬間と同時に、本当にSランク武偵かと疑った時だった。

 武偵は常に冷静に判断し、分析し、事件を解決へと導く。冷静さを欠いて真先に私情に走るのは、武偵の本質を違えているということ。

 今の神崎は私情で、俺は犯罪者に利用された被害者だと思っている。

 違う、そうじゃない。俺は自ら望んで、理子と協力関係になった。お前はそれがまったく見えていない。そんな奴じゃないだろう、お前は。

 不思議と、神埼の言動に怒りを覚えていた。それは、本来ならば出てくることのない感情だった。 ワガママで横暴で他人のことを一切考えないくせに、姿だけはあいつだったことから、俺は神埼を避けていた。それがやがて積もり積もって、裏切りという結論に至った。

 なのに、なぜ、神埼はこうも俺を仲間にしたがる。俺はお前の望んでいる、パートナーの席には相応しくない。その席は俺ではなく、キンジが座るべきだ。

 そう思うのは、裏切ったことへの償いからなのか。いや、恐らく俺は、本心からそう思っているのだろう。

 というのも、俺は今の神埼に対する気持ちがわかっていなかった。

 なんでイラついて、なんで失望しているのか。わからないのに、それが俺の中で渦を巻いている。

 それを確かめるように、俺はまた口を開いた。

 

 「ぁんで……ぉうも、う?」

 「……あんたと勝負した後なんだけどね。あたしやっぱり、あんたのこともっと知りたいって思っちゃったの。それで──」

 「こま、で……ぃった?」

 「あんたが……なんで銃が使えなくなったのか(・・・・・・・・・・・・・・)ってところ」

 それはクイズでいうところの、ほぼ正解の回答。そして俺が、理想を諦めた理由でもある。

 ただのトラウマで終わればかわいいものだった。だが不要に、トラウマの代金を支払うよう迫られた。

 その代金が、俺の理想。失うには、とてつもなく巨額な代金だった。

 

 「あんたは去年まで強襲科(アサルト)のAランク武偵で、『風人』っていう異名を持つほどの実力者だった。その由来は、『風の速度で相手の間合いに入る人間』。強襲科の間じゃ、今でもあんたを目標にがんばってる人たちがいるほどの人気者だった」

 「……あぁ」

 「でも去年の十月三一日に起きた、人間が爆弾にされる(・・・・・・・・・)変則爆破事件、通称『ブラッディ・ハロウィン』。それであんたは当時パートナーだった、上条アリスを亡くした。それも……あんたが殺した(・・・・・・・)

 「…………」

 「射殺許可を出したのは武偵局の現トップ、前原映司。事件現場だった大阪ドームのライブ観客数七一万人と、爆弾にされた武偵一人の命を天秤にかけた結果、九を救うため一を捨てる苦肉の策を出した。……そしてあんたが、自らその射殺を買ってでた」

 まるで昔から俺の隣にいたのかと錯覚させるほど、神埼の推理は的中していた。ここまで的確に知られると、正直気味が悪い。少なくともいい気分にはならない。

 だが、今の俺に神埼を、感情的に怒る気なんてものはさらさらなかった。

 それは怒る気力もないほど衰弱しているのもあるだろう。自ら犯した罪に罪悪感があるからというのもあるだろう。

 だが、それ以上に、俺は神埼を怒ることのない『何か』があった。

 未だに曖昧で、霧のように霞んでいる『何か』が。

 

 「ごめんなさい、こんな状況で。……でも今だから、あんたに言いたいことがあるの」

 最初こそ弱々しいような声だったが、裏返るように凛とした声で神埼は言った。

 それは間違いをした子どもを叱るように、しかし柔らかく説明するような口ぶりだった。

 前奏は終わった。これからオペラが始まる。

 それの始まりを、神埼は静かに告げた。

 

 「あんたはただ……愛がほしかっただけなのよ」

 簡単に、あっさりと、まるで最初から答えがわかっていたように、神崎は核心をついた。

 

 「一緒にいたら楽しくて、嬉しくて、笑いが耐えなくて。時には喧嘩もするけど、最後は泣いて笑って許せることができて。その人のためなら、なんだって一生懸命になれて。途中で挫折しても、その人のことを想うだけでまたがんばれて。自分がその人の感情を支配している気持ちになれて。くだらないことを毎日やって。その一つ一つが思い出になって。イベントごとは盛大にやって喜ばせてて。悲しくて辛いことがあれば支えてあげて。いつか愛しあうことになって。結婚して子どもができて。家族を持って。子どもを育てて。死ぬその瞬間まで、一緒に隣で手を握ってくれる人。……あんたはヒーローになりたかったわけじゃない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。ただ自分が愛して、愛される人がほしかっただけなのよ」

 本当はそんなこと、もうとっくに気づいていたのかもしれない。

 肉親とは違う、まったくつながりのない相手を愛したかった。だからそのために、みんなから愛されるヒーロになりたかった。

 本質的ではなく建て前としてのヒーロー。けどそれじゃあダメだと思って、無意識のうちに本物になろうという仮面を被っていた。

 いつしか、ヒーローになることが理想になっていた。悪者を倒してみんなを助けて、いつかは世界をも救い出す。

 そんな、ヒーローになることが。

 けど。

 だけど。 

 そうじゃなかった。

 俺は、ただ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 上条アリスという一人の女を愛したかっただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ぉか、れは……んとぉぁ……そぉだた、ぉか」

 『何か』が見えた。霧が出番を終えたようにそっと消え、隠されていたものが姿を現した。

 それはとても単純な、しかし難関なもの。一度覚えてしまえば、もうその味を忘れることは容易ではない。

 でも、だからこそ。

 それを人間が口にすることが、とても素晴らしいものだろう。

 やがて、神埼は動くのを止めた。

 

 「ついたわ。何かあったら声でもアクションでも、なんでもいいから教えて」

 本来ならばパイロットが座るべき席に俺を降ろすと、神埼はすぐさま次の動きを開始する。

 そこで。

 俺は神埼の袖を掴んだ。

 ゆっくりとこちらを振り向く神崎。同じそのカメリアの瞳に吸い込まれたあの時を思い出しながら、俺は言葉を漏らした。

 

 「……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を開くと、知らない天井だった。

 なんてセリフは、やはり俺の場合言うことができなかった。

 だからこそ、そのカメリアの瞳に吸い込まれながら、俺はオリジナルのセリフを言うんだ。

 

 「待ちくたびれたよ、コウ」

 「ああ……お待たせ」




本編は一応終わりですが、次回はこの小説について、ゲストを招いて解説していきたいと思います。
ではみなさん、ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました。
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