でも学校休めたし、いいかな。
てことで始まります。
一般高に『科』というものがあるように、武偵高にも『科』がある。だがこっちの場合、名前を聞いてピンとくるようなものじゃない。
その中の一つの
そして社会は何にでもランクをつけたがるようで、武偵にもそのランクがある。単純にアルファベットを頭につけただけだが、そのランクだけでどれだけの実力者かすぐにわかる。
上から順に、A、B、C、D、E。この五つで、その武偵の素質を決める。
そんな格差社会を俺たちは、高校生のうちから生きているのだ。
「今日はなんか……寒いな、キンジ」
「たしかに、もう春だってのに寒いな」
時刻は午後七時十一分。春とは言えど、やはりもう闇に呑まれている時間だ。
そんな青や黄色い街灯がちらほらと見える夜道を、俺たちはフラフラと歩いていた。男子寮に帰るためだ。
普段ならバスに乗って帰るはずなんだが、運悪く午後六時五六分の最終便を逃してしまった。だからこうして歩いて帰っているわけなんだが、男子寮まで地味に遠い。
いつもならバスで五、六分くらいなんだが、徒歩となればその倍以上の時間がかかるわけだ。バスのありがたみが体に染みる体験だよ、まったく。
「それで、お前あのあとどうした。うまく戻れたか?」
「他人事みたいに言ってるけどよ、お前のせいだぞ。おかげで苦労したんだからな」
「の様子じゃ、面倒にはならなかったらしいな」
「ああ。少しヒスりそうになったけどな」
なにがあったんだよ。いや、キンジはパンツ見ただけでもヒスりそうになるし、それにあいつらだ。大方大股開いて大の字にでも寝てたか。
と、女性に対して醜悪なイメージを抱いているように見えるが、これは事実だ。実際、見たことあるのだから間違いない。
黒の割合が高かったのは余談だ。
「そういやお前──あいつらと仲いいんだな」
「ああ、なかだけにな」
「は?」
「いい日は出してもいいってことだ」
と、言った直後、キンジが顔を赤くして股の間を押さえ込んだのは言うまでもない。
ウブだな、反応が中学生みたいだ。
「お……おまっ、なに言って……!」
「お前も溜まってんならあいつらに頼め。依頼で結構金あんだろ?」
「ふざけんな、んなことしたらあれが発動すんだろうが」
「そういやあそうか」
キンジの場合キスだけでなりそうだ。まあキスだけっていっても、深いタイプだからな、あいつらのは。
「いつから……いつからあいつらと付き合うようになったんだ?」
「…………ちょうど、【あれ】が起きたあとだな。今日でざっと3ヶ月くらいか」
「──そ……そう、か……」
ああ、と。返したのを最後に、俺とキンジを沈黙が支配してきた。闇に加えての沈黙は分が悪い。気まずい空気が余計気まずく感じる。
そう思い、俺は話の的を方向転換した。
「にしても、お前マジでついてないな。今日から神崎に狙われるわけか」
「やめてくれ、思い出したくないんだよ」
「……なんで?」
「…………今朝、そいつのせいで──その……ヒスっちまったからだよ」
恥ずかしそうに、まるで俺が誘導尋問をしているような空気の中、キンジはそう言った。
「マジで? あんな奴のどこに興奮すんだよ」
「し、仕方ねーだろ。その……む、胸がか、顔に……」
「あーね、そりゃ仕方ねーわな」
「……なんかムカつくなその言い方」
そりゃ、俺はチェリーじゃないから。
なんてことは言わない。言ったら言ったで少しおもしろそうになるかもしれないけど、それによって少しだけ修復した空気が、逆にさらに重くなるのはゴメンだからな。
「まあ学校でヒスらねーように気をつけな」
「ほんと、なんで俺はこんな……」
「俺が持ってればよかったのにな、その体質」
「心底そう思うよ」
と、真逆の立ち位置にあるものを見つめていると、男子寮へと着いた。
一般的な六階建てマンションをそのまま使っているようなここには、一年時に振り分けられた時から卒業するまで自分の部屋となる。基本的には一人一部屋なのだが、俺たちの代はどうやら男子の入学希望者が多く、人数分の部屋を用意できなかったらしい。
まあ、部屋はそれなりに広い。個人的な感想だが、六本木の高級マンションと比較しても引けを取らないレベルだろう。
それに、寮なのにエレベーター付きときた。これだけあれば、他人とシェアハウスしても文句を言おうだなんて、よっぽど嫌いな相手じゃない限り言おうとは思わない。
と、この寮のすばらしさを思い出しながら、エレベーターのボタンを押した。
信号を出されたエレベーターは、途中で道草を食うこともなく、素直に俺たちの一階まで来てくれた。
乗り込み、再びボタンを押した。今度は五階のボタンだ。
そして、これまた途中で道草を食うことなく、素直に五階まで向かった。
いつもなら平均二回ほど途中で止まるはずだが、今日はいいみたいだ。朝の厄介事のご褒美かな。
と、苦があれば楽もあるということを、身をもって感じた瞬間だった。
そう、扉が開くまでは。
次の瞬間。それは嘘だということを、これはアメとムチのアメであったことを、思い知った。
扉から出ると、そこにはただの廊下と、俺たちの部屋があるはずだった。
だがそこには。
「──は?」
「──な……なんでいるんだよ!?」
淡いピンク色の長いツインテールは、朝のあの騒動を思い出させる。
小柄な合法ロリな体型は、二発の弾丸を思い出させる。
両目がつり上がった顔は、あの自己中心的で自尊心の高そうな発言を思い出させる。
そしてその姿は、無理やり刻み込まれた名前を思い出させる。
「こんな時間までどこいってのよキンジぃ!! それにコウ、あんた約束すっぽかしたわね!!」
神崎・H・アリア。俺が出会った中でも一番に関わりたくない相手が、赤いトランクケースを片手に、堂々と仁王立ちをしていた。
「ど……どうやってここを突き止めたんだよ、お前!」
「あたしは武偵よ? それ以上でもそれ以下でもない武偵。あなたも同じでしょ? だったら推理してみなさい」
「…………
「ご名答よ、コウ。でも、こんなことすぐに分かるわよね」
いや、分かりたくなかった。分かるってことは、同じ思考回路のパーツがあるってことだ。
こんなのと同じは、正直あまり嬉しくない。
「まあいいわ、とにかく入りましょう」
と、まるで自分の部屋に招き入れるように言うと、カギが締められていたであろうドアを、当たり前のように
「──なっ、お前……!」
「なに? 言いたいことがあるなら中で言いなさい」
本当にこいつはなんだ。そう思わせるセリフを吐き出して、神崎は部屋へと入っていった。
さっきの物言いといい、ピッキングといい…………こいつ、マジでやばい奴じゃねーか。
「……な、なあコウ」
「聞くな。言いたいことは分かるけど、まずはあいつのところに行かねーと何も始まらない」
だな、と。少し冷静さを取り戻したキンジは、深呼吸をした。そして意を決し、ドアのぶを握り、こちら側へと引いた。
ドアは普通に開き、玄関は普通に出向かい、昨日と何一つ変わらない光景が、そこにはあった。
知らない小さな靴を除いては。
「まあ……とりあえず行こうぜ」
「……そうだな」
俺も意を決した。俺たちは靴を脱ぐと、いつも通りにリビングへと向かった。
そこに広がる光景は、やはり玄関と同じように変わらない。
テーブルがあり、キッチンがあり、テレビがあり、ソファがあり、と。何も変わらない、変わってなどいない。
ただ、一つを除いては。
「なかなかいいわよね、日本の部屋って。初めて来た時は全部和室かなって思ったんだけど、和室は京都か田舎にしかないのよね?」
「いや、東京にも和室のレストランとかはあるけど……」
「そうなの?」
「あ、ああ」
気づけば普通に会話していた。なんだ、どうなってんだ一体。あまりの恐ろしさに頭がイカれたのか?
と、目前の恐怖をこれでもかというくらいに体験していると、それはキンジの怒声によって消しさられた。
「お前何したかわかったんのか!? 住居不法侵入だぞ、不法侵入!!」
時間を忘れ、周りを忘れ、キンジはただ己の怒りを爆破させた。当然だ、神崎のやったことは決して許されることではない。
何を思ってこんなことをしたのか知らんが、こいつとはどうやら今日でおさらばらしい。
だが、そんなキンジに、神崎は何か言いたげそうだった。それも、キンジに何か教えようといった風に。
そしてゆっくりと口を開いた。
「あんたバカァ?」
某弐号機パイロットのセリフが飛び出した。
「あたしが去年までいたヨーロッパの方じゃ、こんなこと日常茶飯事だったわよ? むしろ侵入されないためにはどうしたらいいとか、された時の迎撃方法とかを考えるにはいいと思うけど」
さすが外国だ。考え方が日本と違って柔らかい。その柔らかさを是非とも今の教育委員会に少し分けたいくらいだ。
「ここはヨーロッパじゃない!」
「仕方ないじゃない、
「知らんで済むなら警察も武偵もいらねーよ!」
激昂のキンジをぬらりくらりと躱していく神崎。さながら源義経の幼少期、五条大橋で弁慶と戦った時に魅せた技のようだ。
キンジも躱されたことに士気が下がったのか、それからの言うこともすべて躱され、最終的にはため息をつくようになっていた。
と、そのため息で思い出したように、神崎は新たな口を開いた。
「そうよ、あたしはあんたと口喧嘩するためにここに来たんじゃないの」
「じゃあ…………何しに来たってんだよ」
愚問ね、と。そう言いたげな顔をすると、神崎はおもむろにL字型のソファにドカッ、と腰を落とした。
足を組み、まるで女王にでもなったかと思うと、そのキンキンと響く声で、その言葉の意味を理解していないのか、通常の音量でこう言った。
「キンジ! あんたあたしのドレイになりなさい!」
今回のネタは、Zガンダムのあの名言が出ています。
見つけられるかな?
次回は土曜の更新を予定としております。