まあホルス出たからまあまあいいけどさ。
「…………奴隷って……どういう意味だ? SMプレイがご希望ならそういう店に行ってこい」
どうやら恐怖に侵されてしまった人間というやつは、恐怖の対象となっている相手から、動こうにも動けなくなるらしい。
事実、俺はこいつから今すぐにでも離れたいというのに、身体がなぜかそれを許さない。世間一般に知られる金縛りってのは、こういうことを言うんだろうか。
と、身をもって体験している怪奇現象に興味と恐怖を抱いていると、神崎が俺の質問に答えた。
「
「断る」
即答だった。神崎がそう言を発したコンマ何秒後にキンジの口から、それに対する答えがまるで、ダムの放水のように勢いよく吐き出された。
あんぐりと口を開けた神崎。すぐに閉じて次の言葉を出そうとしたが、畳み掛けるようにキンジがまた吐き出した。
「俺は強襲科が嫌で、武偵高で一番まともな探偵科にしたんだぞ。よりによってあんなトチ狂ったところに戻れ? 絶対に嫌だね。それに俺は、来年でこの学校とおさらばしようと思ってる。武偵じたいやめるつもりなんだよ。だから無理だ」
「あたしには嫌いな言葉が三つあるわ」
即答(?)だった。キンジがそう言った直後、今度は神崎がまるで、ジェット機の如く速さで言い放った。
ただその言葉は、完全に前の文脈をぶち壊していた。
「『ムリ』、『疲れた』、『めんどくさい』。この三つは人間の持つ可能性を押しとどめてしまうよくない言葉よ。二度とあたしの前で使わないこと、いいわね?」
まるで総理大臣が新たな法律を発表するかのように、独裁者が無理難題のルールを提示するように、神崎は言い放った。
というか、冗談抜きで女王に見えてきたぞ。なんだ、お前はエリザベス女王の子孫か。
そう思わせるほど、その時は威厳があり、度胸が強そうに思えた。
神崎は指を口元に当てながら、
「そうね…………うん、やっぱりキンジはあたしと同じでフロントがいいわね」
「よくない。そもそもなんで俺なんだ」
「太陽はなぜ昇る? 月はなぜ輝く? さっきも言ったけど、武偵なら自分で推理してみなさい。質問ばっかで子どもみたい」
「法律的には子どもだ」
どっちも子どもだ。いや、神崎が二つくらい上かな。
にしても、ただの勧誘にしてはかなり強引過ぎる。普通部屋まで来るか? 同じクラスで隣なんだし、いつでも言えるはずだ。
あの態度でシャイって訳じゃないだろうし。ほんと、なんなんだ?
と、神崎がキンジを狙うことの考察をしていると、キンジが目で助けて、とサインを送ってきた。
キンジ、お前たまには自分で何とかしてみろ。まあ助けるけどさあ。
ということで、お助け船が出港した。
「まあ……あれだ、神崎には何かあんだろ。一人で解決できない何かが」
そう会話に入ろうとすると、どこに食らいついたのか、神崎の興味が俺に向いた。
「それを推理してみなさい、コウ」
「推理ねぇ。…………ダメだ、わからん。」
「なによそれ」
はあ、とため息を付く神崎。
しかたねーだろ、ノーヒントだぞ。俺は某少年名探偵じゃねーんだよ。
「とにかく!」
俺の助け舟が気に入らなかったのか、キンジがこれまでにないほど強気で、神崎に声をかけた。
「帰ってくれ」
「まあそのうちね」
「そのうちっていつだよ」
「今でしょ? あんたが望むのは。でも断るわ」
ムカつく言い方だなおい。俺がムカつくんだ、キンジの奴も多分ムカついてんだろうな。
と、キンジの顔を見てみると、案の定ムカついた顔をしていた。もうこめかみがピクピクと音を立てるくらいにだ。
「あたしには時間がないの。もし、うんって言ってくれないなら──」
「言わないなら? なんだよ」
それを待っていたのだろうか。神崎は小悪魔チックな笑みを顔に浮かべた。
そしてまたも、その言葉の意味を理解していないのか、当然のように言い放った。
「泊まってく」
次の瞬間、時が静止した。某悪のカリスマが時を止めているのだろうか。いや、止めたのは紛れもない、目の前にいる神崎だ。
こいつ、ある意味で同じ能力を持ってるのか。普通に恐ろしいわ。
と、静止した時の中でさらに恐怖が倍増しているのを実感していると、キンジが振り切って口を開いた。
「──な、なに言ってんだお前!? ふざけんな今すぐ帰れ!!」
「うるさい! 泊まってくったら泊まってくの! 長期戦も想定済みよ」
と、赤いトランクケースを指す神崎。
「なるほど、そういうことか。ずっと考えてたんだよなあ、なんでトランクケースがあんのか」
「何のんきに納得してんだよコウ!」
いやだって、気になるでしょ普通。某豪農のご令嬢も気になるって絶対。
ストレートに感情を表して、なんか心を掴むよなあのセリフ。筆者天才か。
と、あえてシンプルなセリフを考案した筆者に感動していた。
次の瞬間。
「──出てけ!」
「な、なんで俺が出ていかなくちゃいけないんだよ!?」
「うるさい! 分からず屋にはお仕置きよ! 外で頭冷やしてくるまで帰ってくんな!」
「ふざけんな! 出て行くのはお前の──」
「口答えしない!」
そのセリフを最後に、神崎とキンジはリビングから消えた。廊下からはギャーギャーと、まるで動物のケンカを聞いているような声が聞こえてきた。この場合、犬と猫だろうか。……いや、犬と子ライオンだな。
と、しばらく二人のケンカを聞いていると、バタンという音とともに、一方の声が消えた。犬の方だ。
どうやら子ライオンが勝ったらしい。キンジよ、お前それでいいのか。
そして子ライオンは、再びリビングへと戻ってきた。フーフーと唸ってる様子は、まさにネコ科の動物を表すにピッタリだ。
と、出て行っていないもう一つの異端分子に気づいた神崎はその俺に近づき、
「あんたも出て行きなさいコウ!」
「とばっちりじゃねーか」
「うるさい! か弱い女の子一人の部屋に、あんたまさか堂々といるつもり?」
「正確には、たくましい男の子の部屋だがな」
反論すると案の定、うるさいの一点張りだった。抵抗するわけではないし、俺は離れられるなら別に部屋を奪われようとどうでもよかったから、素直に出ていこうとした。
リビングから出て、そのままフローリングの廊下をまっすぐ歩く。そして玄関にたどり着くと、黒いカジュアルシューズに履き替え出ようとした。
その時、神崎が声をかけてきた。なんだ、わざわざ見送りに来たのか。
「いいコウ? 明日の午後三時に第二体育館の近くにある闘技場に来なさい。あたしと闘うのよ」
どんだけ闘いたいんだよお前は。某戦闘民族の王子か。そのうち髪が黄金に光ってオーラでも出てくんのかおい。
「わかったよ、明日はちゃんと行きますって」
「約束よ?」
「はいはい、約束するよ」
「嘘ついたら針千本飲まして風穴よ」
拷問じゃねーか。そういうのはギャグ補正のついた奴にしてくれ。某下町の警官とかにさ。
「嘘つかねーよ、ちゃんと行くって」
もう本当めんどくさかった。だからテキトーに神崎に返したんだが、なぜか神崎は顔に笑みを浮かべていた。
なんか、マンガでよくある企みの笑みだったが…………気のせいだろう。
そんなことを考えながら、まだ若干寒い春の夜の下に出た。
そこにキンジの姿はなかった。おおかた、コンビニで時間でも潰してるんだろう。
少し速いけど、江口たちのとこに行くか。
そう決め、俺は夜の街へと歩き出した。