だから今度は別の作品を書きたくなってきてしまった。
ちなみにバイト始めたので更新が遅くなると思います。
今朝も毎日出勤するサラリーマンのように東から顔を出した太陽は、今や勤務時間が終わり西へ沈もうとしていた。時刻は午後五時を過ぎ、あと二十分もすれば六時になる。
そんな時に俺はキンジ、それに理子と学区内にある植物園にいた。
男が二人に女が一人。大人なビデオじゃあナイトゲームが始まるシチュエーションだが、俺たちの場合は違う。
俺たちの今の関係を表すならば、
峰理子という女は、バカだ。だがその実、理子は探偵科の凄腕Aランク武偵。
そして理子はある条件と引き換えに依頼主の望む情報を、法律の許す範囲内であれば、どんなものでも供給してくれる。
そういうことで俺たちは、ある条件を呑んである情報を依頼した。
言うまでもないだろうが、
ちなみにある条件とは。
「──うっはー!! 『シロクロ』に『
ぴょんぴょんと、まるでうさぎのように飛び跳ねる理子。
「……俺たち、初めてエロゲーを条件に情報を手に入れるのか」
「ああ……なんか変な気分だ」
峰理子という女は、オタクだ。それもただのオタクじゃない。防弾制服を改造して、メイドのスカートについている白いフリフリをつけるほどのコアなオタクだ。
オタクだが凄腕武偵。プラスロリ巨乳。そういうこともあって、理子も神崎と同様にファンクラブがいたりする。
中には信者もいるなんて話も聞いたことがある。ああ、美人ってこえーな。
「あ、これとこれはいらなーい」
と、言って理子が返してきたのは、『妹ゴス』の2と3だった。
なんだ? これ好きじゃねーのか?
同じことを思ったらしく、キンジが俺の思いを代弁した。
「なんでだ?」
「『2』とか『3』とかは侮蔑だよ。個々の作品に対する侮辱。嫌な呼び方」
と、少し悲しげな顔をして理子は言った。
そうか? たかが数字だし、そんな気にしなくてもいいと思うけどな。
と、思ったが口には出さなかった。なぜかはわからないが、出してはいけないような気がした。
キンジは妹ゴスの『2』と『3』を受け取ると、理子に催促した。
「とにかく、それ以外はやる。だからアリアの情報を教えろ」
「はーい」
返事をして理子が手を入れたのは、自分にある胸の谷間。まるで、というか絶対みせつけるようにして、何枚かセットのA4用紙を取り出した。
「ここに、アリアに関することすべてがまとめられているのでーす」
「サンキュ」
そう言い、キンジは紙を受け取った。顔が少し赤くなっていたのは言うまでもない。
さっそく目を通し、そして俺たちは驚いた。
「……あいつSランクなのか」
「ただの疫病神じゃないな、超ド級の疫病神か」
なるほど、あの強さにも納得がいく。まあ、初めから闘うつもりなんてなかったし、誰がやっても同じ結果だったろうけど。
俺は次のページに進みながら、
「Sランクって、二年じゃ片手で数えるくらいしかいなかったんだよな」
「うん。それに徒手格闘も強いんだよ。たしかバ……バリッ、バーリ……」
「バーリトゥードな」
「そうそれ! 拳銃とナイフはもう天才の領域なの。ちなみにあの子、両利きなんだよ」
なんだそのチート能力。某社長が特殊なコマンド入力でもしたのか?
「でね、二つ名もあるんだ。『
「いや笑わねーけど、あいつ二つ名持ちなのか」
「それに、アリアって十四歳からヨーロッパで武偵として活躍してるんだけど……今日まで犯罪者を取り逃がしたことはないんだって。目をつけられたら最後、一巻の終わり。犯罪者からは『紅い死神』なんて名前で知られてるとかなんとか」
「…………マジかよ」
それが事実ならキンジも、俺も逃げようがないじゃねーか。なんだ? 地獄の果てに行くしか逃げ道はないのかよ。
ふとキンジの顔を見てみると、案の定絶句していた。もう口がそのまま落ちるんじゃないかというほど、あんぐりと開いていた。
まあ仕方ないわな。
「あ、あとアリアってクォーターなんだよ。お父さんがイギリス人と日本人のハーフなんだって」
「なるほど、髪とミドルネームの理由がようやくわかった」
「アリアの一族だけど、すごい有名なんだよ。お婆ちゃんはたしか、イギリスのデイムっていう称号を持ってるんだって」
「…………」
こればっかりは、俺も絶句せざるを得なかった。
デイムというのは、イギリス王家から女性に与えられる勲章の一つ。これは中世の騎士階級に由来していて、デイムはナイトの女性版の呼び方とか。
もうなにが起きても驚かない気がしてきたぞ。今日の短時間でびっくりどっきりしすぎだろ。
「でもアリアって一族──『H』家でもうまくやれてないらしいよ」
『H』家。そこで俺は、なにか神崎という存在に大きく近づいた気がした。キンジもそう感じたのだろうか、理子にその『H』家のことを訪ねた。
「なんだよ、『H』家って」
「アリアの一族の名前。詳しくは禁則事項なので教えられませーん」
「なんだよそれ。……じゃあ、うまくいってないってのは?」
「そのまんま、仲が悪いってこと。まさに名前の通り『
コケに、そして清々したように、理子は皮肉めいた口調で言った。
だから、友達探しのためにロンドンから日本まで来た。そして俺とキンジをお友達にしようって魂胆か。
だとしたら、壮大な物語だな。国をもまたぎ、駒を求める暴君。タイトルはこれがいいだろう。
なんだよそれ。あいつもそんな理由で俺に近づくのかよ。こんなこと──
「バカげてる」
口に、出ていた。
思わない奴から、思わない言葉が出たのが気になったようだ。キンジと理子が、一斉に俺に目線を移した。
「……コウ?」
「あ、いや……なんでもない」
そう返した言葉は、いつもの重みがなかった。
なぜだ、なぜなんだ。と、そう自分に問いかけるが、答えは決して帰ってこない。
ほかのことはわからないことだらけだ。なのに、これだけははっきりとわかっていた。
【あれ】が近づいている。また目の前に、【あれ】が広がろうとしている。
「…………悪いキンジ。先に帰る」
「え? あ、ああ……」
ばつの悪い感じになった空気に耐えらなかった。俺はキンジにそれだけ言うと、植物園をそさくさと後にした。
バラやひまわりなどが装飾された門をくぐり抜けると、夕焼け雲の間から光が、俺の目を潰そうかというほどの光を照らしつけてきた。
まるで、最後の光だとでもいうように強く当てられた光は、突然に姿を消した。雲に隠されたのだ。
「……雲も俺から奪う、か」
と、なんのおもしろみもなさげに呟くと、今度こそ植物園を後にした。
夜になると、今度は月が出勤することになる。とは言ったものの、実際に働いているのは太陽であり、月はただ太陽の光を受けているだけ。例えるなら、レギュラーが月で、補欠が太陽みたいなものだろうか。
と、先週の美しかった満月から半分ほどになった月を、俺は男子寮の屋上で眺めていた。
神崎・H・アリア。
正直言って、なんでここまで執着できるのかわからない。
元の人間性の問題なのだろうか、それとも──
「いや、そんなこと……」
あってはならない、そう断言はできなかった。正確に言えば、八割方はできかけているのだが、残りの二割がどうしても留まってしまう。
【あれ】以来、俺はもう迷うことはないと思っていた。
もう迷うことなく、ただ道をズルズルと、足を引きずりながら歩いていく。そう思っていた。
だが今は、まるで真逆のことをしようとしている。
進んできた道を戻って、正しい新たな標識を作ろうとしている。
矛盾。今の俺を表すには、十分過ぎる言葉だった。
「俺は──」
と、そこで。
ポケットに突っ込んでいたケータイが、バイブと着信音で通知してきた。
ポケットから黒い、少し前のモデルを取り出し相手を確認した。
「……理子?」
俺からかけることはあっても、あいつからかけてくることはそうそうなかった。
珍しいシチュエーションに少し驚きも混じえて、俺はケータイに出た。
「理子、お前から俺にかけて来るなんてめずら──」
『上条アリスの真実について、知りたくないか?』
理子の、声のトーンが落ちていた。と言うよりかは、こちらの方が正しいと、まるで誰かに言い聞かされている気がした。
だが。
だが。
だがそれよりも。
聞き捨ててはならない、決して聞き捨ててはならない言葉が、ケータイの向こう側から聞こえた。
「…………どういうことだ」
声のトーンが下がった。意識的に下げているのではなく、自然とこの音程に下がったのだ。
だがそれには、隠しきれない怒気を孕んでいた。
『そのままの意味だ。お前にとって最も大切だった女の真実について、知りたくないか?』
「……要件はなんだ理子。俺は昨日からイラだってるんだ。さっさとしろ」
『くふっ、じゃあ──アリアを殺すために協力しろ』
思考が停止した。思いもしない発言と、通常ならばまず聞くことのない言葉に、思考が停止した。
やがて溶けていく氷のように、思考の波が不純物と一緒に流れ出した。
「…………なに、言ってんだ」
『あいつを殺さないと、あたしがあたしになれない。だから殺す』
「正気かお前? 意味はよくわからねーけど、間違いなくお前がマイナスになる話じゃねーか」
『くふっ、それがプラスになるんだよねー』
まるでそこに二人いるかのように錯覚させる口調の変わりぶりに、ただただ俺は驚きを隠せなかった。
まさか普段のは猫かぶりで、本物がこっちなのか? だとしたらアカデミー賞ものの演技だな。
『お前にとっても悪くない話のはずだ。アリアが死ぬことで、お前への呪縛も解ける。上条アリスの呪縛がな』
「……いちいち癇に障るヤローだな」
『くふっ、りこりんはヤローじゃあないよー』
「おちょくるのも大概にしろ」
『ならさっさと答えを出せ。返答によっては、お前の頭にキレイな穴ぼこを開けることになるが』
カチャ、と。頭になにか冷たい鉄のようなものが触れ、向こう側の声と肉声が、同時に聞こえた。 なるほど、イエス以外認めないってわけか。
「……半殺しでズタボロにするじゃダメなのか?」
「だーめ。ちゃーんと──ぶっ殺すんだよ」
いちいち切り替わりが激しいやつだ。スイッチかよ。
この状況、逃げ切れる自信はない。
周りはこれといった物もないただの屋上。それに加えて相手はAランクの実力は未知数の人間。どう考えても勝ち目はない。
それに、たしかにこれは、俺にとってかなり得のある話だ。
なら、答えは一つ。
「リョーカイしましたよ。で、そこまで神崎を殺したいお前の正体は?」
その問いを待っていたのだろうか。銃を下ろし、ワン、ツー、スリー、とステップを踏みながら俺の前に来ると、その艶やかな唇が動きだし、口からその言葉が発せられた。
「理子・峰・リュパン四世。今やってる映画の主人公の、ホンモノの子孫だよ」