落ちこぼれのつわもの   作:カルビ

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突然ですが、この小説はあと3,4話ほどで完結させるつもりです。



第8話 敗北

 空飛ぶ桃源郷。たしか、そんなキャッチフレーズだった気のするでかい航空機。その一つであるバーカウンターに、初めて見る青い酒と金髪の女をセットに、俺は座っていた。

 だが搭乗するにあたって俺が得た代償というのは、今後の人生を左右する、というか間違いなく良い方向には向かわないものだった。

 俺はこれから、神崎を殺すんだ。この航空機で、犯罪者の傍らとして。

 来るまでには長いと感じていたが、来てしまえば今までの時間が、すごく短く感じていた。

 と、つい二週間ほど前までの出来事を昨日のように思い返していると、扉が乱暴に開けられ、神崎とキンジが侵入してきた。

 その手には、武偵の象徴でもある拳銃を握っていた。そう、これから俺たち、犯罪者を捕らえるためにだ。

 

 「───え?」

 その声は、二人同時だったか。わずかながら神崎の、消えてしまいそうな声が聞こえた気がした。

 そういやあ、最近キンジの声を聞いていなかった気がする。それとも、俺が聞こうとしていなかったのだろうか。

 

 「な、なんであんたが───」

 「あーもー、コーくんばっかり見てないでよー」

 主役なのにライバルが愛される。そんな扱いに嫌気が差したようで、自ら正体をバラすことにしようだ。

 その聞き覚えのある声に当然、二人の顔がさらに驚愕の表情に染め上げられる。まるで、黒を塗った画用紙の上に、また黒を塗ったような顔をしていた。

 

 「こんばんわ(bonn soir)───アリアにキーくん」

 ベリベリベリっ、と。ガムテームを剥がすような音を響かせて顔を引き剥がすと、その下から本物の顔が姿を現した。

 幼さのある、よく知っている顔。共にこの間まで一緒にいた仲間のはずだった理子の顔が、神崎とキンジの前に現れたのだ。

 

 「アタマとカラダで戦う才能ってさあ、けっこー遺伝するもんなんだよねー。武偵高にも、お前たちみたいな遺伝系の天才がかなりいる。でも───お前は特別だ、オルメス(・・・・)

 オルメス。それが、神崎の『H』の別名義なのだろう。そう思えたのは、その単語を聞いた時の神崎の表情が、今ある状態からさらに深く驚愕の表情に染められたからだ。

 大きな目をさらに大きく見開いた状態で、神崎は口を震わせながら開いた。

 

 「あんた、一体何者……?」

 「───理子・峰・リュパン四世。それがあたしの本当の名前だ」

 おもしろそうに、得意そうに。まるで自分にしかないものを見せびらかすように、理子はその名を口にした。

 その時だけだろう。彼女の表情が、絶頂に変わる時というのは。

 

 「リュパン……だって?」

 「そう、フランスの大怪盗『アルセーヌ・リュパン』。理子はそのひ孫。でもねー、みんなってば酷いんだよ? みんな理子のこと呼ぶときって、四世、四世、四世さまーって呼ぶんだよね───クソヤローばっかだと思わない?」

 俺にはクソヤローのことゴチャゴチャ言うのに自分はいいのかよ。

 

 「そ、それの何が悪いのよ。四世の───何が悪いのよ?」

 それは、神崎にとっては『名前』だったのかもしれない。

 いくら自分が一族の落ちこぼれだとしても、彼女は正統な『H』の一族だ。その一族を証明するための呼び名で呼ばれることは、あれだけ誇りを持っている彼女にとってみれば、間違っても不快な気分になることはないだろう。

 だが彼女は───理子は違った。詳しいことは知らないが、彼女が一族を証明するための呼び名で呼ばれることは、彼女にとって屈辱でしかなかった。

 直後、理子は文字通り『キレた』。

 

 「ふざっけんなよ!! あたしは数字か、ただの遺伝子か? ちげーだろうがッ!! あたしは理子だ! それ以外あるわけねーだろうがッ!!」

 もう女性ということを忘れてしまうほどの、荒々しい口調だった。

 いや、忘れているのかもしれない。それほどまでに、彼女にとって『名前』とは意味を成しているものなのだ。

 それこそもう、名前を気にしなければならないほどの、暗く辛い環境にいたのだろうか。

 女性が、女を忘れてしまうほどの。

 

 「曾お爺さまを超えなければ、あたしはあたしじゃない! だからオルメス。お前を殺して、あたしはあたしをもぎ取るんだッ! 『イ・ウー』で手にしたこの力で!」

 そこで、わずかだが神崎の表情にまた、驚愕の色が追加された。

 まったく、お前はどんだけビックリ要素を隠し持ってんだよ。

 

 「ま、待てよ理子! まるで意味がわからない。『武偵殺し』の犯人は、本当にお前なのか?」

 「キンジー、この状況でまだそんなこと聞いちゃう? あんなもの、アリアをぶっ殺すための──たんなるお遊びだよ」

 お遊び、か。そんなことで江口は死んだってのか。……なんだそれ。

 

 「百年前、曾お爺さま同士の戦いは引き分けに終わった。つまりアリア、今からあたしたちがするのは、曾お爺さまたちのリベンジマッチってことだ。そのためにいろいろと苦労したんだからね? コーくんは失敗しちゃうから。あの離れた状態からキンジをこうしてくっつけてあげたのも、素敵な出会いをキャスティングしてあげたのも、ぜーんぶあたしのおかげなんだからさ」

 つまり、すべては理子の手の上で踊らされていただけだったということか。その中から俺は弾き飛ばされ、舞台の裏方に回れという指示を出されたわけだが。

 

 「なにもかも、お前の計画通りってわけかよ!」

 踊らされていたことに気づいたキンジが逆上し叫ぶ。だが理子はそんなキンジに対し冷静に、まるで子どもをあやしつけるように説明しだした。

 

 「いーにゃ、そうでもないよ? さっきも言ったけど、アリアとキーくんがすぐにくっつかなかったのは誤算だったよ。あ、でもそれで、優秀でもないけど使える駒は手に入ったからいいのかな? 理子、リアルチェスなんて初めてやっちゃったよ」

 キッ、とキンジが、その駒に該当する俺を睨みつける。まだ半信半疑のような感じだが。

 

 「でーも、キンジはやっぱり動いてくれたねー。NARUTOに出てくるサスケ君もそうだけどー、やっぱりお兄さんのことになると冷静になれないものなのかなー?」

 「理子ォ!!」

 それ以上言ったら殺す、そう言わんばかりの憤慨した叫び声が、静寂をモットーとするバーに響いた。初めてだ。キンジがここまで、腹の底から誰かの名前を憎たらしく叫んだのは。

 それを象徴するかのように、銃口は明らかに胴体から頭部にへと変わっていた。

 それを制止するために、神崎がキンジに声を上げるが、今のキンジは聞く耳を持っていなかった。

 そして引き金を引こうとした、刹那。

 

 『──ッ!?』

 この場にいる俺と理子以外の人間すべてが、体制を崩した。

 目眩とか、そういう個人的要因じゃなく、その要因はもっと大きいものにあった。たらいに入っている水を傾けると水が傾くように、機体が傾き、中にいる人間も傾いたのだ。

 その一瞬の隙をついて、理子はキンジに一気に前進した。

 

 「ッ!」

キンジはかろうじてそちらにも気を配れたようだが、時すでに遅し。キンジの握っていたベレッタは、理子の蹴りによってバーカウンターの隅に弾き飛ばされ、前進すると同時に取り出したであろう理子の拳銃──正確には、ワルサーP38は、キンジの額へと向けられていた。

 

 「ノンノン、ダメだよキンジ。元来オルメスのパートナーはただ戦うんじゃあない。オルメスが前線で戦い、パートナーがそれを分析してオルメスに勝利へのヒントを与える。そういう戦い方じゃないと」

 からかうように理子は言うと、ちらりと神崎へと目線を向けた。それが挑発だということは、この場にいる人間ならすぐに読み取ることができた。

 瞬間、神崎は挑発に飛び乗った。床を力強く蹴り、あの時俺を撃った銀と黒のガバメントを構え、引き金を引くと同時に、一気に理子へと接近した。

 獲物がかかった。そう言わんばかりの表情で、放たれた弾丸を躱しながら、理子はキンジから神崎へと狙いを変えた。

 そして手を背後へと回し、もう一丁のワルサーを取り出した。 

 

 「二丁拳銃が自分だけだと思うなよ、アリアッ!」

 予想外の行動に少し困惑したその隙を、理子は見逃さず畳み掛ける。二丁のワルサーを向かってくる神崎へと向け、その引き金を引いた。

 銃声がバー全域に鳴り響くころには、神崎は理子の伸ばしきった両腕の下にいた。そこから腹部にガバメントを突きつけようとするが、左に動かされ目標を見失う。

 そこから先は、互いに譲らないシーソーゲームになっていた。神崎が撃つと躱され、理子が撃つと躱される。神崎が撃とうとすると弾かれ、理子が撃とうとすると弾かれる。

 殴って、蹴って、崩して、撃って。俺の目の前で、暴力に支配された円舞曲(ワルツ)が披露されていた。

 戦闘が始まりすぐに逃げ込んだ物陰から見ていたが、肉眼でぎりぎり見える程度だ。もう俺の知る人間の動きじゃあない。まるで映像を早送りして見ているみたいだ。

 だがその円舞曲も、いずれ終わりを迎える。それを示すのが、弾切れ。

 武偵は常に防弾制服に身を包んでいる。だが、いくら防弾制服と言えど、至近距離から放たれた弾丸は、死にはしないが相当な痛みを覚える。つまり武偵に対して、銃は一撃必殺の武器ではなく、バットや鉄パイプなどの打撃武器となっている。

 ワルサーもガバメントも、どちらとも銃の能力的にはほぼ互角だ。そんな状況で勝敗を決めるのは、弾丸の装弾数。あとから補充すれば問題はないが、一刻を争う戦闘の中でそんな余裕はない。

 そして今回の場合、神崎は不利だった。

 

 「ッ!?」

 神崎の眉間にしわが入った。恐らく、弾切れだろう。

 残念だったな、神崎。どうやらこの勝負、理子の勝ちみたいだ。

 と、俺は一人勝利を確信したが、そんなことは起きるはずがなかった。なぜなら、相手はあのSランク武偵であり、神崎・H・アリアだったからだ。

 直後、床を蹴り、神崎は伸ばされていた理子の両腕を脇で挟み込んだ。

 

 「キンジ!」

 神崎が叫ぶ。その声と状況から、すぐに自分の成すべきことがわかったのだろう。同じく物陰に隠れていたキンジは、顔だけから身体全体を現し、神崎と理子の交わるバーの中心へと走り出した。

 その手には、紅いバタフライナイフが握られていた。なるほど、それを理子の首筋にでも当てるつもりか。

 

 「……考えることが一緒だな、キンジ」

 ボソッ、と呟き、俺もまた物陰から姿を現した。懐からファイティングナイフを取り出すと、バーの中心へと走り出した。

 そして俺とキンジは同時、互いのリーダーの首筋へと、ナイフの刃を突きつけた。

 

 「ッ! なんでだよコウ……!」

 (キンジ)の問いに、俺は答える口を持っていない。いや、捨てたのだ。それを持っていたのなら、俺はこんなところにはいられないし、こんなことはできていない。

 と、ここで、理子が突然笑いだした。

 

 「くっふふふ……奇遇だねぇ、アリア。|戦闘スタイルに家系にキュートな姿。それにパートナー(・・・・・)まで一緒だなんてさあ」

 「あんたと一緒になんかしないで! ふざけてないで、いい加減武器を捨てなさい!」

 「この状況でよくそんなことが言えるねアリア。お前たち武偵は人を殺せないけど、あたしたちは殺してもなーんともないんだよ?」

 「うるさい!!」

 理子のペースにゆっくりと、しかし着実にはまっていっている神崎。

 なんだ、お前ってこんなんだったっけ? なんか俺が見たのは、もっと違ったような……。

 

 「あ、そうだそうだ。もう一つ同じところがあったんだよねー」

 言った直後だ。理子のツインテール。その左側が、ふわりと、文字通り浮かび上がった。そして意思を持っているかのように動き出し、気づいたときにはその先にナイフが握られていた。

 高く上げられたナイフはそのまま、神崎の小さな頭めがけて振り下ろされた。

 直撃だった。ナイフは神崎の即頭部を切りつけ、そこから出る鮮血が宙を舞った。

 主要部分を傷つけられ、制御を失った神崎の体は、ゆっくりとスローで倒れていく。そして、神崎は床に倒れた。

 

 「『双剣双銃(カドラ)の理子』って言うんだけど……もう聞こえないよねえ!? あっはっはははははははははは!!」

 狂気じみた笑い声が、バー全域を包み込む。

 そして。

 

 「ああっ……あ、アリアあああああああ!!」

 反感するように、キンジの絶叫が鳴り響いた。

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