そして投稿するとなるとまともな文が書けないっていうね。
他人が死ぬときに、人はどんな気持ちになるんだろう。
そんなブラックなことを俺は、中一の冬ごろ、風呂に浸かりながらに考えていた。
別に親戚が死んだからそんなことを考えたんじゃなくて、多分毎日ニュースで人が死ぬのを知って、悲しいとも嬉しいとも思わないことに、不謹慎だが好奇心を抱いたんだと思う。
そうして考えながら中三の夏、俺は自分流の回答を見つけた。
毎日ニュースで人が死んでいるのに何も感じないのは、その人のことを何も知らないからだ。
知らないから、その人との思い出も出てこなくて悲しくならない。知らないから、その人の憎たらしい姿も浮かび上がらずに嬉しくもならない。
『死』は、人の感情がはっきりとしてはっきりとしない。何事もそうであるように、『死』も答えが一つだけではない。
なら、今の俺の答えは、一体なんなのだろう。
「──アリア! おいアリア!」
倒れた神埼に、目前の俺たちに目もくれず、キンジは神埼に向かって声を上げていた。
呼びかけられる神埼だが、当然反応はない。切りつけられた側頭部からは、痛々しいほど多量に流血している。精神が相当丈夫か、イカれてでもないと失神するレベルだ。
「くふふっ、あっけなかったねアリア。こーんな簡単にやられちゃってさ。あ、そうだったそうだった。りこりんがー、強すぎたんだよねえ!? あっはははははははははッ!!」
理子のその声は、狂気に満ち溢れていた。神埼を殺すと決めた時から(どれくらいかは知らないが)ずっと描いてきた未来予想図。それが実現したのだ。形は違えど、喜ばずにはいられないのだろう。
理子はそのまま笑い続ける。それが隙だったのかどうかは知らないが、キンジはその間にバタフライナイフをしまい、小柄な体型の神埼をひょいと抱きかかえ、侵入してきたドアから逃げ去っていった。
去り際にキンジが俺を見た。その目はまるで、未だに俺を信じているかのような、幼い子どものようだった。
俺は伸ばしていた腕を下げると、
「逃げたぞ。どうするんだ?」
「もちろん、追いかけるけど?」
「…………殺すのは神埼だけじゃなかったのか?」
「キンジを見逃して何の特になる? ありはしないだろうが、それであたしが『武偵殺し』だってバレたらどうするつもりだ。厄介ごとは少ない方がいいに決まってる。それに」
「それに?」
「アリアはまだ死んでないよ。それに、キーくんも
意味がわからない。俺の頭にすぐ浮かんだのは、それだった。
あれほど忌まわしげにしていた神埼が、ようやく自らの手によって斃れた。これで目的が達成されたはずだ。
なのに、なぜ、理子はそう言えるのか。俺にはまったく理解できなかった。
「くふふふ。さあて、狭い飛行機の中のかくれんぼが、はーじまーるよー」
一歩、理子は足を前に出して歩き出そうとする。
今の理子は、一時的だが支配者になっている。先ほど機体が傾いたのも、あれは理子が意図的にやっていたことだ。
恐らく、操縦桿に電気信号を受信する装置でも取り付けて、髪に仕込んだリモコンで操作してたんだろう。でなければ、あれほど都合のいいように機体が傾くことなどない。
すべては神埼・H・アリアを殺すためにしたこと。
たかが名前のために、そこまでできるのかよ。まったく、一族の人間ってのは、どうしてこうバカげてるんだろうな。たかだか名前のため、一族のため、名誉のため。結局そういう人間ってのは、自分のために動いたことなんて、何もねーじゃねーか。
ああ……なるほど。そうか、結局俺は……そういうことなのか。
そう、何か踏ん切りがついた。
そして俺は、下げていたナイフを、
「……何のつもりかなー? コーくん」
「頭のいいお前ならわかるだろ、大怪盗の四世さん。そういうことだ」
「……くふふふ、アリアに情でも湧いたのかなー? アリスちゃんと似てるから」
「知らねーよそんなの。ただ俺は武偵として、目の前にいる『武偵殺し』を捕まえようと思っただけだ。それ以外、意味なんてねーだろ」
「理子の
「お前こそ、俺の異名を忘れたのか? 接近戦なら、俺はお前に負ける自信はない」
言いながら、俺はナイフを握りしめる右手をさらに力強く握る。いつでも、理子の首をかっ切れるように。
武偵は基本、特別な処置が施されなければ、犯罪者も含め人は殺せない。だが俺は殺す、殺すことができる。殺してでも、こいつを止める。
戦力的に見て、こいつが優勢なことは一目瞭然だ。間近で見た俺が言うんだ、間違いはない。
それに勝つんだ。だったら、多少のリスクを背負ってもお得なもの。
何かを背負う覚悟も、捨てる覚悟も、【あれ】以来俺は持ち続けてきた。だから今更、これくらいのリスクを背負えないわけがない。
「なるほどー、愛しのアリスちゃんのことはもういいんだ」
「……さっさと武器捨てて、両手を挙げろ。髪の中にあるリモコンもだ」
怒気と威圧が混ざり合った声で、俺は理子に指示をする。
だが、理子は急に笑い出したかと思うと、
「ねえ、コーくん。仏の顔も三度って言葉、知ってる?」
「……それがなんだ」
「仏さまってね、普段は怒らないんだけど、顔を三回撫でたら怒り出すんだよ。それから、どんなに怒らない人でも、積み重なっていったら、最終的には怒っちゃうってことなんだ」
「だからなんだッ!」
「んもー鈍いなーコーくん。つまりコーくんは──あたしをムカつかせたってことだよ」
静かな殺意が、そこにはあった。神埼に匹敵はしないが、確かにそれは、明確な俺への殺意だった。
それに気づき、怯んだ俺は、思わず理子から距離をとってしまった。
それが仇となった。
「死ねッ!」
理子は背中を向けたまま、言った。
それを聞き取ったのと、肩を越してある髪の隙間から光る物が見えたのは、ほぼ同時だった。
直後。
静かな銃声が、バーに鳴り響いた。
撃たれた、撃たれた。撃たれた。撃たれた。
撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた撃たれた。
──撃たれた。
「ッがあああああああああああああ……!?」
気がつけば、床に倒れていた。
左胸の、ちょうど心臓のある場所。そこから、赤以外をすべて取り除いたような鮮血がゆっくりと、グラスにワインを注ぐように流れ出る。
だが。
だが。
だがそれよりも。
それは、【あれ】の時と、まったく同じだから。
「……ッはあ、はぁ……!」
思うように息ができない。しようとすれば、何かが引っかかって、空気の通り道を邪魔すような感覚に襲われる。
ほぼゼロ距離から放たれた弾丸。いくら防弾制服といっても、こればかりはどうにもならないらしい。
「り、りぃごお……!」
「あっははははは! 『風人』も大したことないじゃん、だっさあ!」
目前で高らかとあざ笑う理子。そんなことに怒りを覚える暇もなく俺は、ただただ突然襲われたことにパニックを起こしていた。
現状が理解できない。つい先ほど起きたことのはずなのに、うまくそれの形を表すことができなかった。
視界がぼやける。水の中で目を開けた時みたいに、理子の顔が認識できない。加えて、冷や汗も垂れ出した。俗に言う嫌な汗というやつだろう。
だがそんな状況でも、不思議と聴力は弱っていなかった。
理子の笑い声はしばらく続くと、
「バカだよねえコーくんさあ、なーんでこーんなことになっちゃうかなー?」
「……ッか! あ……」
「うんうんわかってる、わかってるよー。コーくんは結局落ちこぼれだったんだよ。だから勝てない相手に立ち向かって、こんな無様な格好になっちゃうんだよねー」
「ぎ……がぁ!」
だんだんと、言葉を発することもままならなくなっていた。発せられる単語はうまく繋げることができず、まるで初めて言葉を知って喋ろうとする赤ん坊みたいだ。
「まあでもさ、それもこれで終わりなわけだ。ある意味コーくん、こっちの方がよかったんじゃない?」
一つ、また一つと、理子は俺を削り出してくる。言葉の一語一句の杭が、内側から無数に突き刺されていく。
否定する。そんなことはないと。俺はこんな結末を望んでなどいないと。そう口を動かして言っているつもりだった。
だがそんなことはありえず、理子の言葉を鵜呑みしようと耳が奪われてしまう。それまるで、俺のすべての制御が、理子にコントロールされているみたいだった。
なんとも言えない不快感が、ゆっくりと俺を包み込んでくる。抜け出すための出口はあるはずなのに、体が言うことを聞かずにやはり抜け出せない。
「じゃあねコーくん。
「ぁ、て……!」
言って、理子は今度こそ、バーの出入口から出て行った。
そして俺も、沈むように意識を失った。