俺は居間でポケモンバトルを鑑賞していた。この世界においてポケモンバトルというのは、最もポピュラーで流行している興行として位置づけられている。目をやる先は小さなモニターだが、そこから溢れる迫力は筆舌に尽くし難い。
おォ……。
今、ゲンガーのシャドーボールが繰り出された。やはり特殊技というのはいいな、ロマンがある。特になんちゃらボールという系統の技はお気に入りだ、持てる力を凝縮して放っている感じが魅力的だからだ。俺はポケモンの技について考えを巡らす。
ポケモンの技というのは、ポケモンそのものが持つ種族的能力の応用とはまた違う、独立した能力である。火を吐ける器官を体内に持つポケモンは火を吐けるが、持たないポケモンであっても技として"ひのこ"なり"かえんほうしゃ"を使用することで吐くことができる。ポケモンの技は結果を保証する、"たいあたり"によって相手に運動エネルギーを用いた攻撃を行った場合、相手に損傷を与えることができるが、自身への反作用の影響はまるで無い。魔法のようなものだ、コマンドといっても言い。
この世界でも物理法則は存在し、事象は基本的にそれらに倣って解決される。しかし、例外がある。それがポケモンだ。ポケモンの技は引き起こされる事象自体は物理現象であるかもしれないが、事象が誘発される過程は物理現象で説明がつかない。このゲンガーのシャドーボールについてもそうだろう。コイツはそもそも事象自体が魔法じみているというか、科学での説明は難しそうだが……。
ゲンガーのシャドーボールが決め手だったのだろう。対峙していたニドリーノが崩れた。ポケモンバトルは相手の手持ちのポケモンを全員瀕死にさせることが第一目標となる。聞こえは物騒だが、ポケモンの瀕死とは人間のそれと比較するとそこまで危険な状態ではない。というのも、ポケモンとは極めて生命力の強いしぶとい生命体なのである。消し飛んでしまうような一撃を食らっても死ぬようなことはない、ボロボロにはなるが。ポケモンはどのような攻撃を受けても多くの場合瀕死で耐えきり、行動不能に陥る。その状態で更なる消耗を続けると流石に危険ではあるが、この瀕死という名の休眠状態に入ったポケモンは圧倒的な生命力を発揮する。瀕死状態に陥ったポケモンはポケモンセンターという施設にある不思議な装置を使うことで、すぐに生命力を取り戻す。……やばい、生命体としての格の違いを見せつけられたな。万が一にも人間が勝るところがあるのだろうか?
色々あやしい生命体であるポケモンだが、既に社会に浸透し人間との共存を成し遂げている。そして今この瞬間にも着々と数を増やし、また種族を増やしているのだ。既に存在した何かを置き換えることで……。
……これはとてもまずいことなのでは? 順調に侵略されている気がするよォ……。
俺は戦慄した。ポケモンは種族としてこの世界に現れるとき、既にあった何かを上書きする形で生まれているらしい。同時に歴史や認識も改変する、その為かこの世界にそれを認識する人はいない。俺はある程度、世界の揺れやズレ、歪みに対する抵抗があるらしい。その恩恵は凡そ10年生きてきて実感している。……しかし、今この瞬間が改変された現実であるかもしれない。具体的には諸事情により消された現実を埋めるための、1/3程度に圧縮された現実である可能性が……。
俺は言い知れぬ恐怖への同調を求めた、俺たちが生きている今が仮初のものであったとしたら、怖くない?
「なにそれ? 次のバトル始まるよ?」
……。彼はこっちの世界での初めてのお友達である。所謂幼馴染、非常に高スペックな人間である。まるで主人公だな。素っ気ない対応を面白くないと感じた俺は主人公くんにちょっかいをかける。ヘーイヘイヘーイ。ヘイガニである。
「やめて。 ほら、サイドンとゲンガーだ。サイドンには"じしん"があるし、ゲンガーが不利かな」
そうですね。俺は中身が大人であるため、切り替えには自信がある。だが、中身ではまだ引きずっていた。現実の改変は恐ろしいんだ……この世界の人々はそれを認識できないが。お前だってひょっとしたら人格をいじられているかもしれないんだぞ……!!
何が人間を人間たらしめるか、という問答はどの世界でも度々行われるものであるが、多くの場合は人格やそれに類するものを持った時点で人間であると判断される。俺は、人格は経験の積み重ねによって形成されていくと考えている。一方でポケモンは経験を積むこととは別に、ポケモン同士で戦闘を行い、相手を瀕死に追い込むことで経験値が貰える。これを貯めていくことでポケモンとしてのレベルが高まるのだ。経験を積むことが、人格の形成、精神的な成長を引き起こすとしたら、ポケモンの生態は精神的な成長を促すような構造をしている。ポケモンというのは精神性に重きを置いた生命体であるらしい。……まぁ瀕死に追い込むところはどうかと思うが。前述したとおり、ポケモンにおいて瀕死というのはさほど危険な状態ではない。人間とポケモンとの間では価値観が違うのだろう。
あれこれ考えている間にサイドンが勝った。"じしん"が効いたようだ。……ん? ゲンガーって特性"ふゆう"ではなかったのか?
「違うよ? ゲンガーの特性は"のろわれボディ"。 相手の技をかなしばり状態にすることがあるんだ」
へぇ? ……聞き覚えのない特性だな。俺はこの世界が急激に嫌になり、大の字に寝転がる、はいだいもんじー。俺の中身は所詮年寄りである、若者には勝てねぇ。人間という生き物は、知識や技術で置いて行かれると途端に興味を失い、やる気をなくすのだ。少し離れたMMOやソシャゲに近いかもな、ソシャゲやったことねぇけど。あーつまんないぜェ、主人公くんは構ってくれないしよォ。俺はそのまま肘枕に移行する、あぁ俺にはやることがあるんだった。
この世界では10歳になると半成人となり、地域によっては旅に出される。各地では旅を支援する施設やサービスが充実しており、割と一般的なことなのだ。この世界の10歳というのは比較的大人びていることもあり許されているのだろう。かく言う俺も旅を目前にした少年である。楽しみだなァ!! 俺はとりあえずポケモントレーナーを目指すという名目で旅に出るが、ポケモンリーグに挑戦する気はない。安定した職探しと、住みやすい場所を求めて世界を巡るのだ。前の世界では都会に住んでいた俺は田舎に飽きた。マサラというのはド田舎である、何もない。旅行にくるのなら良いが、若者が暮らす町じゃ無いなァ。せめて老後でしょう? ならカントーにおける屈指の都市部……ヤマブキとタマムシだ。甲乙つけがたいが、大型デパートが近いっていうのはアドバンテージですねェ。よし、俺はタマムシを目指すぜ。俺はのっそりと立ち上がり、旅の準備を再開することにした。