マサラ・ナラティブ   作:U.User

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上位者と実行権限

 俺は朝早くから、薄暗いポケモンセンター内部を徘徊していた。この施設は食堂、売店、宿泊施設などを内包している。まるでホテルだな。俺は前の世界で、早朝に宿泊したホテルや旅館を徘徊することが好きだった。漂う何とも言えない雰囲気が好きなのだ。

 ピカチュウもついてきている。トキワの森を越えた後、このピカチュウは"でんこうせっか"を覚えていた。個体によってはその前に"なかよくする"という技を覚えることもあるらしい。まぁコイツには無縁の技だろう。

 この世界のポケモンは優れた身体能力を持っている。しかし、ポケモンの生命体としての優位性はそれだけではない。ポケモンは技を用いて超常現象を起こすことができる。ポケモンの世界では技を4つまで覚えることが出来るとされている。この世界でも同じだ、5つめの技を覚えるときにポケモンは任意の技を忘れることができるらしい。そうして新たな技を習得するのだ。しかし、ポケモンは技を忘れている訳ではないだろう。使用できる権限の種類が4つまでであるといったところか。ポケモンの技は権限というべきかも知れないな。コラッタは"たいあたり"を使い、ピカチュウは"でんきショック"を扱える。技を通さなくてもコラッタは体当たりできるし、ピカチュウは電撃を起こせる。しかし、技を通さないこれらの行動には消耗が伴う。逆に言えば、技として使うと結果が担保される、消耗も起きない。使用回数に制限が設けられており、現実に及ぼす影響はステータスに依存するが、ポケモンは技を通して世界に現実改変を働きかけることで超常現象を起こす。これこそが、俺が技を魔法だのコマンドだの権限だのと比喩する理由だ。

 そしてピカチュウが覚えた"でんこうせっか"は刹那、消えたかのような速度で移動し相手に攻撃する技だ。文字通り怪物のような身体能力を有する相手であっても、先制を許さない速度で体当たりをする技である。技を発動している間は速度という面で、絶対的な優位性が担保される。

 俺はピカチュウを連れて外にある広場に出た、技を確かめてみるのだ。"でんこうせっか"は急な超加速、その勢いのまま相手に体当たりする驚異的な技だ。しかし、自分には加速に伴う負荷の影響が全くなく、相手に与えるダメージも"たいあたり"と大差ない。爆発的な速度を持ち、変わらない質量を維持しているのにも関わらず、だ。……訳が分からないな? 俺はかつて学んだ物理学の全てと、物理教師に向けて叫んだ。どういうことだよォ!!

 まぁ、答えは既に出ている。"でんこうせっか"は超高速で移動し、普通に相手に体当たりする魔法、そしてそれを引き起こせる権限なのだ。へぇ? まったくわからん。

 まぁ実験と観測あるのみよ。俺はピカチュウに"でんこうせっか"を繰り出すように言った。ピカチュウはピッっと返事をすると"でんこうせっか"を繰り出した。俺の腹部に向かって。

 

 

 命令は正確に出すべきだな、誤解が生まれるような指示は好ましくない。俺はトレーナーとして反省した。目的語が抜けていたよ、謀反を起こされるとはね。俺は腹を撫でた。まぁ奴なりのスキンシップだろう、俺は中身が大人なので寛大な心で受け入れた。

 ポケモンセンターで同期くんと朝食をとる。今日は博物館内を見学した後、トレーニングを行う予定である。ジム戦はまだだ、受け付けている日が限られていた。

 この世界におけるジムとはポケモンの養成施設だ。ポケモンジムでは各地で専門とするタイプがあり、そのタイプのポケモンを如何にして強く育て上げ、そしてよく躾けられるかということを研究、実践しているらしい。つまりジムトレーナーやジムリーダーは正確にはポケモントレーナーというよりは、ポケモンブリーダーなのだそうだ。優れたポケモンを育て上げ、巧みに戦えるトレーナーを各地のジムリーダーが認定し、証としてジムバッジを渡すということらしい。

 早い話が、今日はポケモン育成の日だから試験はやんないよってことだ。こちらのポケモンのレベルに合わせて、ジムリーダーも使うポケモンを選ぶ。認定には勝利は必須条件でないらしいが、重要なファクターであることに間違いはないだろう。レベルも上げつつ、経験や技量に重点を置いてトレーニングをしなくてはなァ。俺は朝食を食べながらトレーニングのメニューについて考えていた。

 朝食のメニューはハムエッグだ。原材料は……。豚と鶏ともいえるし、ポケモンであるともいえる。所謂、シュレディンガーの猫だ。ポケモンは現実改変を行いつつ、この世界で暮らしている。歴史ごと何かを置き換えることで種として世の中に現れ、ステータスの影響を受けた物理現象の作用、技の使用による超常現象の発現を行うなど、この世界で好き勝手している。世界は丁度いい感じの結果を出力し、我々人間は改変された現実を収まりのいい形で認識する。しかし、ポケモンはやりすぎたんだ……。合わない辻褄を無理やり合わせ、こうあるべきとされた現実をピタリと定義した結果、やはり至る所にしわ寄せがやってきてしまった。この世界の食品原材料問題はその一つだ。

 この世界で暮らしていて気がついたことがある。食べたモノの原材料がちょくちょく変わるのだ。あるときは食べたものは動物であり、またある時はポケモンであったりする、同じ食材であってもだ。この世界の人間はそれを疑問に思わないし、認識できない。そして俺も正しく認識することができない。おそらくだが、何が原材料か、何を食べているのかという情報は、重なり合った状態として存在している。そこには曖昧さがある……量子論に近いな。程度の差こそあれ、前の世界も曖昧さというのは存在していたが……。まぁ人間には少しばかり難しいのだ、少なくとも俺には理解できないね。

 俺の食べているこのハム、何から作られているか知っているか?

 俺は相席している同期くんに訊ねた。

 

「ん? ハムなんだし、豚肉なんじゃないのか?」

 

 うん、そうだよね、ありがとう。同期くんはこのハムを豚肉のハムだと答えた。ある食材に関して同じ人に訊ねても、時と場所、場合によって動植物の名前ではなく、何かしらのポケモンの名前を答えることがある。今日のこの瞬間、この世界はどうやら豚肉の気分らしい。俺は時々、この世界の曖昧さを利用して占い事をする。根拠なんてない、ただの暇つぶしだ。経験上、ハムが豚肉の日は良いことが起こりやすいぜ。俺たちは朝食を済ませると博物館へと向かった。

 

 

 ここはニビ科学博物館というらしい。入館料は50円だ。……流石に安すぎるでしょう? やっていけるんですか? 俺は心配になり職員に訪ねてみた。大丈夫らしい、まぁそれならいいけれどさ。この世界は一見すると資本主義であるが、資源に溢れているため共産主義的だ。色々なモノやサービスが、無料か低価格で提供されている。お金にあまり価値がない。まぁそれもそうだ。この世界には魔法使いが沢山いる。現実を改変するポケモンさんは人間にとって、利益の錬金術師だろう。"ネコにこばん"がいい例だ、無から有を生み出していやがる。それがどれだけ大変なことなのか理解しているのかよ? いやぁいつもありがとうございます。俺は理想郷を実現させた上位生命体たちに感謝した。

 

 

 俺は絶句した。何だアイツは……。各自でニビ科学博物館を見学することにして、俺は2階に上がったのだが、そこにはとんでもない奴がいた。……派手すぎる。全身極彩色の目が痛くなる色彩をした、派手な衣装に身を包んだ人物がいた。服にはよく分からない意匠が凝らされていて、襟首の羽根が着用者を目立たせている。サンバかよ? 俺は恐る恐る声をかけた。

 やぁ、どうも。つきのいしに興味があるので? その人物は展示されているつきのいしの前にいたので、その話題を振った。

 

「あぁどうも! いやねぇ、これがつきのいしだって言うからさ、見てみたんだけど。……どう思う?」

 

 どう思う、だって? 俺はたじろいだ。何という答えが期待されているのだろうか。このド派手な人物は若い男だった、といっても同い年くらいか? この世界の10代は大人びているからなぁ……。

 うーん。私は石に対する知見がなくて……、ただの石ころに見えてしまいますね。

 この人物が石マニアであると、取り繕っても意味がなさそうなので正直に無知であると答えた。俺は中身が大人であるため、自身の無知を認めることができる。

 

「そうだよねぇ! 昔から思っていたんだ。つきのいしっていうぐらいだから、もっと綺麗で光り輝く、荘厳なものであるべきだと思うよ。これでは些か、地味すぎる」

 

 君と比べたら何でも地味だよ、という言葉は飲み込んだ。何だコイツは……濃すぎる……!! これほどの男がモブキャラな訳がないだろう。俺は返す言葉に迷った、ピカチュウに助けを求めるように視線を流す。ピカチュウは派手男を凝視し、固まっている、眉間にシワを寄せて。無理もない、この男の色彩は自然界では警告色ととられる。こいつには毒があるぜ……!!

 

「ん? 君のピカチュウかい?」

 

 派手男が問うてきた。あぁ、そうだよ。俺はピカチュウを紹介した。ピカチュウのカラーリングも警告色と言えなくもないだろう、お仲間同士仲良くしてくれや。俺はピカチュウを押しつけた。

 

「君は中々目立つね、オーラがある。だが、あえて指摘するならば単調かな。どれ、私がコーディネートしてやろう」

 

 滅茶苦茶に目立つ男が言う。単調っていうのはカラーリングのことか? ピカチュウはピカチュッと応じた。

 へぇ、普段口数が少ないお前にしては、やけに饒舌じゃねェか? 俺はピカチュウをからかった。ポケモンの鳴き声の長さは、語る内容の量に関係しないと考えている俺だが、質には関係しているのかもしれないな。具体的には大まかな感情であるとか……。つまるところ、ピカチュウは割と必死らしい。見ればわかる、眉間のシワの寄り具合が酷い。俺は中身が大人であるため、相棒の気持ちに配慮して派手男の申し出を断った。

 悪い、真の主人公はイエローなんだ、このままでいい。

 俺の主張を聞いた派手男は、あっさり引き下がった。

 

「あぁなんだ、君はしっかり自分を持っているんだね。悪いことをした、押し付けるつもりはなかったんだよ。許してくれ」

 

 この派手男は悪い奴ではなさそうだと、俺は感じた。

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