マサラ・ナラティブ   作:U.User

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越権行為とその対価

 俺は今、ニビシティのジムリーダーであるタケシに挑んでいる。タケシが繰り出してきたポケモンはイシツブテであった。安心したぜ、流れからしてサンドパンやダグトリオが出るのかと思ったよ。

 試合開始の合図、直後タケシはイシツブテに"たいあたり"の命令を下した。イシツブテも即座に反応して砲弾のように跳んでくる。俺はピカチュウに指示を出そうとしたが、その瞬間にはピカチュウは駆け出しており、攻撃を躱していた。……いいぞー、俺は下手に指示を出すよりも、それっぽいことを言ってこの場を乗り切ることにした。

 ポケモンは技という超常現象を引き起こす権限を与えられている。使用回数に制限こそあるが、技をもつポケモンは任意の現象を引き起こすことができ、それらは種族固有の能力によって引き起こされる現象と比較して、消耗が無いという優位性があると俺は分析していた。種族固有の能力とは、ピカチュウでいう所の電気袋である。電気袋は電気を溜め込む器官であるが、それは当然ながら科学的なものではないだろう。おそらく原理や作用は魔法的な何か、権限によって成り立っている。ポケモンは種族ごとに与えられた役割とそれに応じた権限があり、それによって火を噴いたり、冷気を生み出したり、電気を発生させたりする。技と異なる点は権限の行使に消耗が伴うところだろう。ピカチュウはでんきタイプの技を使用しなくても、電撃を起こせる。しかし、これらの代償は疲労となって表れる。この世界においてもピカチュウの蓄電量と睡眠時間との間に相関が見て取れたとする論文が出ていた。ポケモンの権限は主に、こうした種族固有の権限と、保有している技の権限の2つに分けられるのではないかと俺は考えていた。

 使用回数以外に消耗が無いといったポケモンの技であるが、それは正確ではなかったかもしれない。実際の権限行使は殆どの場合越権行為になるからだ。トキワの森でトレーニングをしているとき、野生のポケモンが複数体、同時に襲ってくることがややあった。俺はピカチュウに対処を任せていたが、ピカチュウは"でんきショック"でポケモンの群れを一網打尽にするのだ。この時、ピカチュウは大きく消耗しているように見えた。"でんきショック"は単体を対象とする攻撃技として知られている。複数体をまとめて攻撃するというのは、"でんきショック"という技で行える事の範疇を超えている。こうした技の範囲、強度、速度、効果などは実は消耗と引き換えに使用するポケモン側の裁量次第で伸ばすことができるのではないだろうか。これを越権行為と俺は呼んだ。この行為は例外的に見えて非常に普遍的な現象であるといえる。元来ポケモンの技とはそのままであると融通が利かないものになっている。ポケモンはトレーナーの意図を持ち前の共感能力で読み取り、期待に副うような結果になるよう越権して技を放っているのだろうと考えた。越権行為は無限の可能性を秘めているといえる。勿論、伴う消耗という問題をしっかりと認識し、考慮せねばならないが、技そのものの汎用性と可能性を大きく広げる。上位のトレーナーになるほど、適切な越権行為を適所で指示するのだろう。

 

「イシツブテ! 連続で"たいあたり"だ! 地形を利用して追い詰めろ!」

 

 このように、だ。俺は思わず歯噛みした。このニビジムではいわタイプのジムらしく、地形がむき出しの岩山という様相である。イシツブテは至る所に牙のように向き出た岩を反射板として利用し、勢いを殺さないまま連続で"たいあたり"を繰り出す。さながらピンボール台のバンパーに囲まれたかのように、高速の砲丸が四方八方からピカチュウに迫る。ここまでくると"ころがる"と見分けがつかないな、いや宙を浮いている上にこの速度だと脅威はそれ以上かも? こうなった場合、あの技にいわタイプの補正が乗るのだろうか? だとしたら食らうのは不味い。

 始めの"たいあたり"を躱してから徐々にフィールドの中心に誘い込まれていたピカチュウは、まさにこの時というタケシの主導の越権行為によってフィールドの中央に囚われ窮地に立たされていた。この場をどうにかするのがトレーナーの腕の見せ所なのだろうな。幸い、運が絡むが手はあるので指示を出す。ピカチュウにも焦りが見え始めているしな。やはりトレーナーの存在はポケモンを安心させる、ピカチュウは強いが焦っていては力も出せないだろう。

 ピカチュウ! あれやれ! あれ! あれやってフィールドの端まで出ろ!

 俺は聞こえていないかもしれないピカチュウに向けてニンニンとサインを出す。ピカチュウはサインに目をやることなく"かげぶんしん"を繰り出した。……。この"かげぶんしん"は"なきごえ"と入れ替わりで新たにピカチュウの手札に加わった新鋭である。複数体のピカチュウが一斉にフィールドの端へ向けて駆け出す、何体かに向けてイシツブテの"たいあたり"が襲い掛かるが、本体ではなかったようだ。

 イシツブテが"たいあたり"をやめた。当然だろう、勝負をかけた越権行為だっただろうに、消耗は相当に激しいはずである。そこをピカチュウは見逃さなかった、俺が停止したイシツブテに目を向けた瞬間には、もうイシツブテの目の前に居たね。怖すぎる。そのまま"でんこうせっか"を叩き込んだ。イシツブテの戦闘不能判定が出るとピカチュウはこちらを伺ってくる、余裕の表情だ。やるじゃない、でももう一体いるぞ? 俺は気の引き締めを促した。そう、ジムバトルはまだ終わっていない。

 

 

 タケシはイワークを繰り出した、想定通りだな。俺は隙を見て"しっぽをふる"ようにピカチュウに指示を出す。イワークというのは非常に防御力の高いポケモンらしい、同期くんが言っていた。また、能力を上げたり、下げたりする技は、変化する能力の元の大きさに応じて上がる量と下がる量が変化する。要は倍率だ、これは俺が知っていた、同期くん情報ではありません。大きな岩の怪物であるイワークを目の前にして俺は疑念を抱いていた。こんな見るからに頑丈そうな奴、果たしてペチペチ"でんこうせっか"して勝てるのか? と。俺は気が付けば天井にスプリンクラーを探していた。……!! 不正は良くないよね、主人公くんの視線を感じた気がした俺はピカチュウに目を向ける。おろろ?

 ピカチュウはイワーク相手に有利に戦っていた。十分に"しっぽをふる"ったのだろう、イワークへの"でんこうせっか"がそこそこ効いているように見える。あっ。

 イワークの"たいあたり"を受けてピカチュウは大きく吹き飛んだ。あちゃー、やられちっちですかぁ? しかし、脳裏に浮かんだ最悪の結果とは裏腹に、ピカチュウは綺麗に4点着地を決めた。ダメージこそ少しあるものの、まだまだ平気であるようだ。

 ポケモンの図体だけで勝負は決まらない。ポケモン同士の戦いになるとステータスがものをいう。ステータスは身体能力そのものに直接影響している、訳ではないのかもしれない。この辺りは要調査だな。今言える確かなことは、ステータスが密接に関わるのは技の行使、そして種族特有の力の行使だ。強靭な筋力が特徴の種族であれば、ステータスは直接身体能力に影響するかもしれないな。

 イワークのステータスはピカチュウのステータスと比較して、驚異的な数値でもなかったのだろう。"たいあたり"はピカチュウに大きなダメージを与えていないようだ。……ピカチュウ結構強いなァ? 心配していたが、その必要はなかったようですねェ。ピカチュウは何処からともなくオレンの実を取り出し、齧った。……えっ? 今、何処から出した? 何そのオレンの実。きのみを食して体力を回復したのだろうか、ピカチュウは"でんこうせっか"で果敢に攻めていく。うーん、もしかして最初に渡したきのみかね? 持ち物扱いになっていたのか。ポケモンは何かしらの道具を持つことができる。多くは持っていても効果のないものだが、稀に効果を発揮するものが存在する。きのみはその一つだ。きのみは種類によって効能が違う、ポケモンたちはその効能を正確に知っているようで、必要になったときに消費する、はずである。

 俺にはあのオレンの実の消費が、必要な時の消費に見えなかったんだが? まぁ言いたいことは飲み込んだ、俺は中身が大人だからな。とりあえず今は快勝を果たしたピカチュウを迎え、褒めておくとしよう。戦闘不能の判定を受けたイワークの前で待っているピカチュウの元へ歩いていく。俺たちはニビシティのジムリーダー、タケシとのポケモンバトルに勝利した。


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