Fate/immature children   作:waritom

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第一章
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 銀の双眸が彼方を睨んでいる。

 礼拝堂の最奥に設置された像だ。本来は十字架が掲げられるはずの場所に、老いた長い髪の男の像がある。石造りで、全身が白と灰の間のような色をしているが、目だけは違った。古びているわけでもなく、あとから改修をしたわけでもない。銀の瞳はこの像の本来の姿なのだ。

 クサーヴァー・ロットフェルトは像の前に立っている。外へ繋がる扉に背を向けて、銀の瞳を見上げている。

 側面に取り付けられた窓から微かな光が入る。この場を照らす明かりはそれだけだ。

 ロットフェルト家の当主となってから幾度となく訪れた場所である。心に迷いが生まれるたび、礼拝堂の像を前に思案に耽ったことを思い出す。この像はロットフェルト家の幾代か前の当主を現したものだ。地方の魔術一家に過ぎないロットフェルト家を大家と言わしめるまで押し上げた当主。クサーヴァーは決断に迷うたび、過去の当主の思いを馳せていた。だが、これほど忸怩たる思いを秘め立っていたことはない。

 礼拝堂の空気が重く肩にのしかかる気がした。空気さえ支えきれぬほど老いたか、心の中で自嘲する。

 当主としてロットフェルトの魔術の完成に血道を上げ、先代から受け継いだ遺産たる魔術刻印はクサーヴァーの代で大きく拡張された。一代の魔術師として、大きな成果だと自負している。

 だが、ここ数年は魔術の研鑽よりもいかに這い寄る老いを引き伸ばすかに腐心していた。身体は節々が痛み始め、幾多の魔術理論を確かめるはずの脳も錆びついたように冴えを失っている。何より、確かに感じ始める死の予兆が、恐ろしく思えるのだ。

 当主の座を次代につなぐときが来たのだと思う。

「旦那様。皆様が揃いました」

 近くに控えていた使用人のクリストフの声が聞こえる。嗄れた、しかし、クサーヴァーよりも幾分若さを感じる声だ。身を翻すと、扉が見えた。像の真反対にある。そして、像と扉を結ぶ通路を挟むように、長椅子が左右に別れて整列している。

 クサーヴァーの血を分けた子ども達がいた。長椅子に、まばらに座っている。ある者は迷惑そうな渋面で、ある者は好気を目に宿しクサーヴァーを見ている。クサーヴァーは全員を見渡して、五人しかいないことに気が付く。

 ……あやつは、やはり来ないか。

 参集を呼び掛けたうち、一人がいない。しかし、あり得ることだと予想していたため、触れることなく話題を切り出し始めた。

「よく集まってくれた。皆も察している通り、儂はロットフェルト家の当主を退く。それゆえ、次の当主を決める必要がある」

 空虚さの漂う礼拝堂に、クサーヴァーの声が響いた。大きな反応を見せる者はいなかった。クサーヴァーが老いているのは誰もが知っていることだ。故に、当主を退くことなど驚きに値しないのか。

 ……皆が気にしているのは次だろう。

 そう思い、言葉を続ける。

「誰が継ぐか。これが問題だ。当主となるためには、ロットフェルトの魔術刻印を継ぐ必要がある。先祖から六代続くこの遺産はとても気難しい」

「親父殿」

 中央の長椅子に座る渋面の男が声を挙げた。次男のウッツだ。確か今はイギリスの大病院に勤めているはずだ。

「前口上はいらない。俺達がここに集められたのは、誰に継がせるかを宣言するためだろう。俺はそれが知れればいい。そもそも、当主の座にさえ興味のない奴だっているだろうさ」

 自嘲するようにウッツが言う。魔術の才能がない次男は、この話題には興味が無いのだろう。

「そうか。では言おう」

 クサーヴァーは少し間を置く。忸怩たる思いの根幹はここにある。

「ロットフェルト家の当主にふさわしい者はいない」

 クサーヴァーの言葉に、礼拝堂には動揺が広がった。この言葉は予想外であったろう。結論を急かしたウッツでさえ驚愕している。

「ロットフェルトの魔術刻印は資格を問う。ただ血族であるというだけ、魔術回路を持つだけでは受け継ぐに値しない。そもそも魔術回路を持たぬ者、魔術の道に背を向け家を出た者など話にもならない」

 長男のアーベルトが羞恥からか顔を伏せる。この男は魔術の修行に音を上げ、成人のおりに家を出た。十年以上前のことだ。きまりの悪い表情をする長女のエルナは生まれつき魔術回路を持たない。

「待ってくれ。父様」

 子ども達の顔を見渡していると、末の息子であるロイクが声を挙げる。出口の近く、クサーヴァーから最も遠い長椅子に座っていた。今は立ち上がっている。

「僕は魔術回路を受け継いでいるし、魔術の修行を投げ出してもいない。そもそも僕が生まれたのは兄さん達が当主として適正でなかったためだと聞いている。父様はそんな僕にさえ不適格だと言うのか」

 若い、二十代に届かない声が礼拝堂に響いた。

「そのとおりだ」

 ロイクの目が見開く。クサーヴァーは言葉を続ける。

「ロイク。お前は自分で言う通り、魔術師の資質を持ち生まれてきた。そして我が元で十全とはいかぬまでも修行を積んだ。同年でお前ほどの魔術を扱うものは少ないだろうよ。……だがな、お前が当主に足り得ぬのは臆病者の気質のためよ。脅威や困難を見れば逃げ惑い、逃げ切れぬとあれば儂に泣きつく。もし、 テオほどの魔術の器量があれば目を瞑ったろうがな」

 ロイクの顔が怒りで紅潮する。ここにはいない兄弟を引き合いに出され、気に触ったか。だが、何も言い返そうとはしない。

「そうやって怒りに駆られようとも、何もできないのがお前よ。それでよく適正者などと言えたものだ」

 再び告げられたクサーヴァーの言葉に応じるように、ロイクが礼拝堂を出ていこうとする。扉に手がかかったところで長女のエルナが口を開いた。

「待ちなさい。ロイク。まだ話が終わっていない」

「これ以上聞いたところで無駄だよ。ロットフェルトに次代はない。クサーヴァー・ロットフェルトが最後の当主だ」

「それがあり得ると思うか。親父殿がこんな形で諦めると思うか。ロットフェルトの跡継ぎのを作るという目的のために、これだけの子どもを異なった女に産ませた親父殿が」

 涙声のロイクに答えたのはウッツだ。エルナとウッツは気が付いている。クサーヴァーがまだ本題を話していないことに。

「座れ。ロイク。なに、子ども達をなじるためにスイスの山奥へ呼びつけた訳ではない。儂が言いたいのは、ロットフェルトの次代を担うには今のお前らでは荒療治が必要だということだ」

 クサーヴァーは懐から羊皮紙の巻物を取り出す。

「これは極東の地で行われた儀式の仕組みを示したものだ。曰く、万能の願望機である聖杯を地に下ろす」

 唐突に告げられた言葉に、子ども達が不審そうな目を向ける。極東、万能の願望機、聖杯。この場に相応しい単語ではないだろう。構うことなく、クサーヴァーは説明を続ける。

「無論、聖書に謳われる聖杯とは別物よ。だが、この聖杯も願望機として機能する。ロットフェルトに相応しき魔術師になることなど造作も無かろうよ」

 言葉を切る。その場の全員が願望機という荒唐無稽な言葉を吟味しているのだろう。信じられるのか。だが、クサーヴァー・ロットフェルトがこの場でふざけるような人間か。

「日本の冬木という地では三度この儀式が執り行われ、聖杯が降臨した。最後の聖杯は時計塔から離反したダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが奪い取ったそうだがね。この巻物は彼から譲り受けたものだ。少しは信じる気になったかね」

 嗄れた声でクサーヴァーは嗤う。忸怩の念は自虐へと昇華した。このような外法を用いざるを得ない、我が身の愚かさに。

「儂はこのルスハイムの地で儀式が行えるように準備をする。残された時間は僅かだが、三年後に始めることを約束しよう。……忘れていたよ。聖杯を手にできるのは唯一人だ。皆、意味がわかるか」

 クサーヴァーが問う。そして自ら回答する。

「ロットフェルトの当主を望むのであれば、聖杯を奪い合え。これは、ロットフェルトを賭けた聖杯戦争だ」

 

 礼拝堂に残ったのはクサーヴァーと使用人のクリストフだ。疑問を挙げる子ども達の声を無視し、話はこれまでと解散させた。

 冬木の聖杯。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。情報を得るためにヒントは十分に散りばめられてある。疑問があれば、自ら調べれば良い。聖杯戦争の血なまぐさい現実に、尻込みするのであればロットフェルトになる資格はない。

「クリストフ」

 クサーヴァーの言葉に、使用人が無言で応じた。側に寄ってきたクリストフに命じる。

「此度の聖杯戦争、余所者が入り込む可能性がある。邪魔が入らぬように尽力せよ」

 クリストフが黙り込む。クサーヴァーは彼が言葉を選ぶとき押し黙る癖があるのを知っている。

「恐れながら。マスターの席を一つ、いただけませんか」

 クサーヴァーは笑う。

「儂と変わらぬ老いた身で、聖杯にかける願いがあるのか。かまわんぞ。儂が当主になってからの付き合いだ。特別に参加を認めよう」

 クサーヴァーの言葉にクリストフは首を振り否定する。そうではないと。

「旦那様が手がける聖杯戦争。聞き覚えがあります。世界中で散見されている魔術師同士の争い。人理に刻まれし英霊を召喚し争わせるという」

 クサーヴァーは関心する。老いた使用人が世界で起こっている聖杯戦争について知っていると思わなかったためだ。

「旦那様であれば、必ずルスハイムの地に聖杯戦争を実現するでしょう。それも、完璧に近い形で。そうであれば、ただの魔術使いである私めなど、微力にも及ばず。……万難を廃するには、専門のマスターとサーヴァントが必要かと」

「よい。では、人選も含めお前に任せる」

 クリストフが頷く。礼拝堂を出ると正面にプラウレン湖が見えた。思いの外、時間が経っていたようだ。湖面には夕日が射している。

 傍らに伴っていたクリストフに思い出したように声を掛ける。

「クリストフ。これをテオの元へ届けよ」

 応じて側に寄ってきたクリストフにクサーヴァーは手紙を渡す。

「よろしいのですか」

 言葉少ない疑問にクサーヴァーは首肯する。この場に集まらなかった我が子。魔術の才に恵まれながらもロットフェルトの家を出た。手紙には先程に説明した内容が書き記されている。

「テオにも参加の資格がある。ただの魔術比べであれば、あやつが一番有利だろうよ。問題は本人が望むかどうかだけだ」

 聖杯は願いあるものを呼び寄せる。テオにロットフェルトを惜しむ気持ちがあれば、戻ってくるだろう。

 クサーヴァーは自身の工房へ歩き始める。聖杯戦争の完遂は魔術師として、当主としての最後の大仕事であろう。魔術師としての狂熱を胸にする。そこには我が子を蠱毒じみた儀式へ誘う罪悪感は微塵も宿っていなかった。

 

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