Fate/immature children 作:waritom
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ルスハイム。スイス南部の都市は美しい山々や湖を有していながら、観光地としては無名に等しい。原因は交通手段にある。空港からルスハイムそのものへは交通手段はある。自分で運転しても、苦もなく辿り着くだろう。一方で、街から見える美しい山に分け入る手段は希薄だ。地元の人間の案内で分け入るくらいしか方法はない。まして、その山稜の奥地にあるプラウレン湖と呼ばれる湖は存在すら知られていない。何故か。それらは全てロットフェルトと呼ばれる魔術師一族が秘匿しているからである。
その一族を引き継ぐには何が必要か。当主と血縁関係である。然り。賢きこと。然り。これは現当主の嫡男であるアーベルト・ロットフェルトの考えである。更に加えて言うのであれば、血縁も、賢きことも超え、一族に恩恵をもたらすことができるもの。これが相応しきものだと思う。
「私はね、自分がしてきた実績で評価して欲しいと言っている。ロットフェルトの持つ医薬系の企業は私が面倒を見ているのだよ。父が直ぐに投げ出した経営というものをね。今ではどの企業も抜群の業績だ。……確かに魔術というものには素養がなく、逃げ出したさ。だがね。誰がロットフェルトの家に一番貢献した?ウッツは他所の国で医者になり、エルナは早々に他の家に嫁いだ。学生の兄弟はまだまだ未熟という他ない。本来、議論にはならないはずなのだよ」
ルスハイムの中、一際目立つ高い建物がある。数少ない観光客向けに建てられたシティホテルだ。その最上階、ワンフロアをアーベルトが借り切っている。
アーベルトが高々と演説をするのは、最上階のフロアの中でも彼お気に入りの部屋だ。大きな窓からは今でこそ夕闇で何も見えないが、朝には広大な山稜が映し出される。アーベルトは窓を背に、続ける。
「聖杯戦争。魔術師には常識なのかどうか私にはわからん。知る気もない。ただ、そんな胡散臭い儀式で後継者を決めるなど、あってはならないのだよ。今までも父君には具申したがね。取り付く島もない」
彼らは神妙にうなずく。数にして十を越える男達。皆が迷彩服に身を包み、大きな荷物を抱えている。アーベルトはその中身を知っている。言葉で聞かぬものを説得するための道具。
「君たちを雇うのも、実は心苦しかった。実の父に銃口を向けるなど、できた息子のすることじゃない。だがね、父は三年前、勝ち取れといった。なら、そうするのが筋というものだ」
アーベルトが笑う。男たちは皆、押し黙っている。
「我が社が取引をする非合法な組織の中でも、とりわけ君たちはこの手の出来事に強いと聞いている。何、老人ひとりに考えを改めてもらうだけだ。この誓約書にサインをする気になるようにね。明日には出かけ、直ぐに戻ろう。祝杯はチューリッヒのレストランだ」
男たちが笑った。アーベルトは彼らの人数を用意しすぎたのかと後悔する。小心に駆られ十人もここまで連れてきてしまった。思えば老人一人。やろうと思えばアーベルト単身でも武力に訴えることができたのではないか。
そして、考えを打ち捨てた。これはロットフェルトの当主となる前夜。言わば、独身最後の夜のようなものだ。荒くれ者に囲まれて過ごすのも良いだろう。クーラーボックスからビールを出す。前夜祭と言わんばかりに飲もうじゃないか。
「さあ、君たちも飲み給え」
男たちが歓声を挙げ、クーラーボックスに群がる。緊張した空気が弛緩する。何人かが近寄り、荒々しくアーベルトに感謝を述べた。その中の一人がアーベルトの持つビールに触れた。その男がアーベルトの持つビールを欲しがっているのだと気が付き、手渡す。
「これもまた君たちの習慣かね。東洋で言う、同じ釜の飯を食う、というような」
アーベルトの言葉に男は答えない。アーベルトは見る。男がビール瓶の栓をちぎり取るように素手で開けると、その中身を一息で飲み干した。
「まずいな」
アーベルトの意識はそこで途絶えた。全身に張り付くような黒い鎧の男が、自分の頭にビール瓶を振り下ろす様を記憶して。
ロイク・ロットフェルトはルスハイムの高級ホテル、それも最上階にいた。ランサーを召喚したのが先日、もはや今朝のこと。そこから眠り、夜に目が覚めると否応なく行動を開始させられた。
『聖杯戦争の参加者は全て魔術師なのだろう。であれば取るべき手段は単純。この地の魔術師を根絶やしにする』
唖然とした。どうやら冗談の類でもないらしく、訝しむロイクを常に囃し立てるのだった。
『おいおい、どうした。まさか今になって怖気づいたのか。それともお前、昨晩のことを根に持っているのか。右手くらい多めに見ろよ』
昨晩ランサーにヒビを入れられた右手は現在も回復していない。現代治療とロイクの治療魔術で日常生活は過ごせるように誤魔化しているが、全快には時間がかかる。それよりも、左の手の甲。令呪の一画を既に失ったのが痛手だ。しかも内容が、自分を殺すな、だと。
幸先の悪さに溜め息がもれるが、発見もある。ランサーの態度が若干だが柔らかくなったのだ。もしかしたら、令呪の効果でロイクへの殺意が薄まったためかもしれない。
『……闇雲に歩くなんて馬鹿な真似をする気はない。サーヴァントを実体化して戦闘させるだけで、こっちはそれなりに消耗するんだ。もともと、マスターの可能性のある奴は目星がある。そこから当たろう』
既にロイクの使い魔が街中を調査している。内容はロットフェルト家の兄弟やロイクが知る有望な魔術師がいないか。尤も、ロイクが知る有望な魔術師は、ロイク程度の監視で見つかるほど間抜けではないが。
『ほう、話が早いな。であれば早々に向かおうではないか』
これが二時間ほど前のこと。そしてこの高級ホテルに目をつけ、最上階のアーベルトを発見した。ロイクは部屋の外だ。透視魔術により中を見つつ、人よけの結界を展開している。
……一方的だ。
ランサーはまず室内で実体化すると、アーベルトに近づきビール瓶で殴り倒した。英霊の姿で何ら警戒されずに近づけたのは、空気が弛緩しているのもあるが、なにより。
……こいつら、素人だな。
ここが敵地であると理解していない根本的な違い。ここにいる全員が良くても独学の魔術使いといったところだろう。
ランサーもそれに気が付いていたのか、彼の象徴たる槍を出さずにいる。ロイクは薄ら寒い思いに駆られる。昨晩の思い出、あの射抜く様な目が思い出されたのだ。
時間にしたら、数十秒だろう。ランサーは中の人間を素手で引きちぎり、亡きものとした。戦闘というより、何か巨大な生き物が餌を捕食するようだった。
扉が内側から蹴破られる。見るとランサーがいた。
「終わったぜ。こいつらは外れだな。お前に負けず劣らずの軟弱揃いだ。極めつけに軟弱な奴を一人残しておいたぜ。あれがターゲットだろ?」
ロイクは透視魔術を解き、室内へ入る。むせ返るような血の匂いに満ちていた。魔術で生贄の血を頻繁に扱うロイクでさえ、この惨状には吐き気を催した。
部屋の最奥、窓を背もたれにしアーベルト・ロットフェルトがいた。両の手で頭から溢れる血を堪える姿は、在りし日の年の離れた兄に重ならない。魔術に傾倒するロイクを侮蔑した兄とは。
「ロ、ロ、ロイクか!お、お前が何で」
アーベルトの動揺ぶりに思わずロイクは笑ってしまう。
「何故って。アーベルト兄さん。これは聖杯戦争だよ。選ばれた者同士が戦い合う。敗者の末路は決まっているだろう」
愕然とするアーベルトの手の甲を見る。右、左。双方に令呪は見つからない。
「兄さん、服を脱いで」
「え、え、」
「早く!」
突然の命令に混乱するアーベルトをロイクは一喝した。傍らで見守るランサーは笑っている。
一通り肌を改めるが、令呪らしきものはなかった。つまり、アーベルトはマスターではない。外れだ。ロイクの見立てでは、嫡男であるアーベルトが一番当主に固執していると思ったが、聖杯には選ばれなかったか。
「……マスターじゃないのか」
「だろうよ。ここまでやっておいて、サーヴァントが出てこないしな。次に行くぞ、マスター。さっさと片付けろ」
ランサーは懐から短剣を取り出し、ロイクとアーベルトの間に刺した。ロイクがそれを引き抜く。左手に持つ。話が理解できていないであろうアーベルトが短い悲鳴を挙げた。
「そいつを生かしておく理由もないだろう」
「ロイク、すまない!すまなかった!今までのことは謝る。お前に対してひどく侮辱するようなことを言い続けた。すまなかった!」
ロイクに戸惑いが生まれた。ランサーのことがなくとも、当主を巡り聖杯戦争に参加する時点で兄弟を殺す決意は持っていたはずだ。もとより魔術師。必要であれば、殺人など躊躇わない人種。だが、目の前の兄はひどく保護しなくてはいけない存在に思えた。自分が苦労して育てた子犬を生贄にしたときでさえ、こんな気持にはならなかった。
「そ、そ、そ、その右手、どうしたんだ。ロイク。怪我をしてるじゃないか。す、直ぐに治療しよう。お前は昔から怪我ばかりしていたから」
甲斐甲斐しく世話をしようとアーベルトが右手に手を伸ばした。昨晩の情けない自分を思い出した。ふ、となにかが胸の内に点火する。その感情に逆らわず、ロイクはナイフ振り回しアーベルトを拒否する。
「うるさい!」
退けるためだった。だが、ナイフの切っ先はアーベルトの喉を切り裂いていた。兄の身体が崩れる。死んだのだ。アーベルトの身体がだらしなくもたれかかった。喉から噴き出る血が、ロイクのズボンを汚す。
「ほう。筋がいいじゃないか。その感触を忘れるなよ」
身体の中央に炎が揺らめいている気がした。寄りかかる兄の身体を打ち捨てる。ランサーを伴い、ホテルの部屋を出た。勝ち残るためには、この炎を宿し続ける必要がある。そんな気がした。